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第四十四話 少女の純粋

 ファラウェイが村の村長と知り合いだというのは嘘ではなく、彼女が一声かけただけで村に配置されていた衛兵たちが一斉に盗賊のねぐらへと向かって行った。

 どうやらこの村はあの盗賊たちに苦しめられていたらしく、盗賊を倒した俺たちは村の人たちから厚い歓待を受けた。

 俺やファラウェイは本気で感謝され、村人たちはそれぞれ自慢の料理を持ち寄ってパーティを開いてくれた。

 それらの料理は俗に言う中華料理っぽいものが多かったのだが――

 肉まん、回鍋肉、チンジャオロース――俺が知っている前世での食べ物がいっぱいあった。それらは、この国の始祖であり転生者でもあるウー・シィアンによってもたらされたものだろうか? そうかもしれないし、もしかしたら元からあったのかもしれない。

 まあ、どちらでもよい。俺は前世の時から中華料理は大好物だったので、目の前に並んだ色とりどりの料理に目移りした。久々の中華料理は俺の心を鷲掴みにするものがある。

 実際に口にすると、その味付けは実に俺好みだった。分かり易く言えば超美味い!

 俺は元々、高級料理店で出される中華料理よりも、安い中華飯店で出される中華料理の方が好きなのだ。つまり大衆的な味が大好き!

 そして、村人たちが出してくれた料理は大衆料理の中でもかなり美味い。

 すると当然、箸が止まらなくなるのだが――隣ではファラウェイも凄い勢いで料理を口に入れていた。

 彼女は中でも特に肉まんが好きなようで、肉まんに伸びる手の頻度が異常に高い。

 しかしその気持ちは分かる。前世の俺は主にコンビニの肉まんばかり食べていたのだが、コンビニの肉まんに比べてここの肉まんは十倍以上美味しい。

 肉はほどよくごろりとしており、肉汁も旨みが溢れジューシー。こんなに美味い肉まん食べたことない。

 そんなわけで半ば取り合いのようにファラウェイと共に肉まんばかり食べていたら、供給が追い付かず、最後の一個になってしまった。

 そして、その最後の一個に俺たち二人の手が同時にかかる。

 さすがに奪い合ってまで取るのはどうかと思い俺は手を引っ込めるが、ファラウェイはその肉まんをじっと見つめた後、断腸の想いといった感じで俺に肉まんを差しだしてきた。

 よほど好きなのだろう、手がぷるぷると震えているが、それでも俺に食べろと言わんばかりに肉まんの乗った皿をこちらにぐいぐい押しつけてくる。……何この子、可愛すぎ。

 ちなみにオキクは何故か給仕する側に回っている。どうやらそちらの方が落ち着くらしい。でも、後でちゃんと食べてもらわないとな。


 そんなこんなで賑やかな晩餐が終わり、村長の家に招かれた俺たちは、村長宅のダイニングテーブルでこれからのことを話し合うことになった。

 はちみつ入りのホットミルクが入った銀のカップに口を付けながら、横に座っているファラウェイが口を開く。


「これからエイビーはどうするつもりアルか?」


 これからとは、今日この後のことではなく、明日からどうするのかという意味だろう。


「俺は色々とやらなければならないことはあるんだけど、中でも早急にやりたいのは優れた錬金術師を探すことかな」

「錬金術師? 錬金術師に何の用アルか?」

「錬金術を覚えたいんだよ」

「ほあ。何か作ってもらうのではなく、覚えたいアルか」


 俺の答えが予想外だったのか、ファラウェイがびっくり眼を開けて俺を見ていた。

 作ってもらえるならそれに越したことはないが、作って欲しい物は玉璽……この国の国宝だ。多分無理だし、レプリカを作るにしても本物が近くにないと出来ないだろう。

 玉璽は恐らくマジックアイテム。マジックアイテムとはその名の通り魔術的効果があるアイテムであり、アイテムそのものに魔術的な術式がかかっているアイテムのこと。

 だから俺が【流体魔道】で玉璽を視てコピーするしかないと考えている。それ故に錬金術を覚えたいのだ。一目見てコピー、そして錬金術で作り上げる予定。

 これはこれで色々と難関があるが、それでも一番現実的な案だと思われた。

 そんなことを考えていると、同じテーブルにいた村長が横から口を挟んでくる。


「ニャ……ファラウェイ様。あなた様ならば、この国一番の錬金術師にツテがあるのでは?」


 村長は小奇麗な口ひげを生やしたダンディーな中年男性だ。

 見返りなしで盗賊を倒した少年ということで、どうやら大分気に入ってくれているようで、今もこうして助け舟を出してくれた。

 ――ただ、今の話は本当か?

 期待を込めてファラウェイの方を見ると、しかし彼女は渋い顔をしていた。


「うむ、しかし……アル」


 その顔に村長もハッとした顔になる。


「……そ、そうでしたな。差し出がましい口を挟みました」


 村長がファラウェイに深々と頭を下げる。中年男性が十二歳ほどの少女に向かって頭を下げるその姿は、一種異様にすら映った。

 いくらこの村を救った恩人とはいえ、その態度は少し常軌を逸しているようにすら思える。

 そんなことを考えていると、


「でも、なんとかするネ。エイビーにこの国一番の錬金術師を紹介するアルよ」


 ファラウェイは決心したように宣言した。

 だが、直前のあの渋い顔を見ると、一筋縄ではいかないことは目に見えている。

 だから彼女に頼るべきか否か悩んでいると、ファラウェイは続けて言った。


「別に見返りは求めないアルよ? ワタシ、純粋にエイビーの役に立ちたいネ」


 その言葉には……そして、その表情にはまったく裏が無かった。本当に言葉通り、俺の役に立とうとしているのが伝わってくる。

 ……ヤバい。普通に惚れてしまいそう。

 俺は頭を下げた。


「ありがとう。その好意、受けさせてもらいたい」

「ワタシもそうして欲しいネ」


 どれだけいい子なんだ、この子……。

 だからこそ、好意に甘えるだけではいけないと思ってしまう。


「俺にも何かお返し出来ることがあればいいんだけど……。と言っても、婿になってくれと言われても困るんだが……」

「大丈夫。気にしなくていいネ。それはそれ。これはこれヨ」


 いっそ罪悪感すら覚えてしまうほどいい子だった。なんかもう普通に婿になってもいいかなとすら思ってしまうが、ルナやストロベリー姉さんの顔が頭に過って思い止まる。

 ――でも、だったら他に何が出来るのか?

 ………。

 よし、決めた。いつかこの子のために何か出来ることがやってきたら、その時は命を懸けよう。

 そのように決心したところで、俺は彼女に質問する。


「そういえば、錬金術師を紹介してくれるのは嬉しいんだが、そもそもファラウェイは自分の目的はいいのか? 何か目的があって旅をしているのではないの?」

「ワタシは武者修行の旅をしながら人助けをしているだけネ。別にそれはどこでも出来るから気にしなくていいヨ」

「そうか……それは助かる」

「それに、エイビーに付いて行けば、きっと色々面白いことがある……そんな気がするネ」

「ええ? そ、それはどうだろう……」

「あと、エイビーを婿にしたいアルし」

「そ、それもどうだろう……」


 そんなことを言い合っていると、村長が驚いた顔で、


「む、婿ですと? ニャ……ファラウェイ様が?」

「うむ」

「この少年を……?」

「エイビーが運命の相手だと直感したアル」

「そうですか。あのファラウェイ様が……知らぬ間に、大きくなられましたなぁ」


 あれ? ちょっと待て。何を普通に受け入れてるの? 感慨深く涙ぐまれても困るのだが……。


「エイビー殿。ファラウェイ様をどうかよろしくお頼み申します」

「え? い、いや、村長?」

「ファラウェイ様はこの通り、とても心の清いお方です。いつか誰かに騙されぬかと心配でしたが、エイビー殿なら心配いりませぬ。それにファラウェイ様がここまでお認めになったあなたなら……」


 やばい。村長が感極まり過ぎていて口を挟めない。

 大体、何で一介の村長が、流れの拳士であるファラウェイにここまで肩入れするのか?

 口調からして昔からの知り合いであるような気配はあるが、それにしても感情移入し過ぎではなかろうか?

 そのことを不思議に思いながらも何も聞けないでいると、落ち着くからと言って俺の後ろに控え立っていたオキクが久々ぶりに口を開いた。


「村長殿、お気持ちは分かります。わたしもエイビー坊ちゃまを育てた身。坊ちゃまが異性から求められるのは寂しくもあり、嬉しくもあり……。いつの間にか大きくなられたのだと実感いたします」

「おお、オキク殿、お分かりいただけるか!」

「はい。育ての親としてはとても複雑な思いですが、坊ちゃまのお相手が理想的な女性だった場合、絶対に逃してはならないという気持ちになります」

「そうです! その通りなのです! いやあ、オキク殿とは良い酒が飲めそうだ」

「お付き合いいたします、村長殿」


 そんなことを言い合って、二人は本当に酒を酌み交わし始めた。

 ……なに、この四面楚歌感……。


「エイビー」


 ファラウェイがイスを近付けてくる。


「皆が祝福してくれるネ。それとも、ワタシのことが嫌いカ?」


 間近から見上げてくる瞳は、不安に濡れそぼっている。


「そ、そんなことないよ!」


 だから俺はつい慌ててそう言ってしまった。

 その瞬間、ファラウェイの顔がぱっと輝く。

 それは初めて見た彼女の笑顔だった。

 とても可憐だった。


「嬉しいアル」


 そう言ってまた俺の腕を取って抱き着いてくるファラウェイ。

 しかし、俺はほとほと困り果てていた。

 前世、孤独に死んでいった俺からしてみれば、今のこの状況は信じられないくらいに嬉しい……はずなのだが、ルナやストロベリー姉さんがいないところでこういうことをすることは、何故かとてつもない罪悪感があった。


「む……エイビーの中に、誰かがいるアルね」


 ファラウェイはそんなことを呟くと、俺の目を真っ直ぐ見てくる。


「でも、負けないアル」


 彼女の目には迷いが一片も見られない。

 その瞳は澄み渡っており、純粋に俺に対する好意だけが窺える。

 ……ヤバい、可愛い……。

 俺は心の中で悶えるしかなかった。

 そんな時、村長の奥さんが部屋に入って来る。


「お風呂が沸きましたよ。皆様、どうぞお入り下さい」


 村長の奥さんは中年の村長に比べて大分若い。恐らくまだ二十代半ばくらいだろう。

 長い髪を後頭部でお団子状にまとめており、一般的な麻の服を着ているが、見る者が見れば結構な美人であることが窺える。やるな村長……。

 しかし助け舟とはこのことだ。ここは乗っからせてもらおう。


「い、いやー、今日は疲れたなぁ。お言葉に甘えて、お風呂に入らせてもらおうかな」


 俺が言うと、気を利かせたファラウェイが俺の腕を放した。


「それもそうアルね。では、先に入ってるヨロシ」


 ん? まるで一緒に入るような言い方だが……。

 まさか、な。いくらなんでもそれはあるまい。先に入れということだろう。この子は若干カタコトだから間違えただけだ。

 そう思った俺は、その場から逃げるようにして風呂場へと向かった。





ブックマークと評価をいただきありがとうございます!


あと誤字報告も助かりました!


明日は20時半ころに投稿予定です。


よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 蛇足ながら。 「中華料理」は日本料理。 「中国料理」は外国料理。 果たして、ここで供された料理は、中華料理だったのか、それとも中国料理だったのか?
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