第四十三話 拳士と忍者
ファラウェイを宥めて夜の山林を抜けた俺は、ようやく目的の村を目にすることが叶った。
ちなみにどうやってファラウェイを説得したかと言うと、「後でね」の一言で問題を先送りしただけ。後が怖い……。
だが、何よりまず盗賊のことを衛兵に報せなければならないし、オキクとも合流しなければならない。
何事もなければとっくに村でオキクと合流しているはずだったので、きっと心配していることだろう。
ただ、彼女のことをオキクにどうやって説明すればいいだろうか……。ちらりと横を見ると、そこには俺の腕に自分の腕を絡めているファラウェイの姿があった。
歩きづらいったらないが、あまり邪険にも出来ない。
彼女は超真面目な顔で俺に腕を絡ませていた。きっと彼女なりに一生懸命なのだろう。
そう思うといじらしくもあり、無理矢理に引き離すのは可哀想だなと思ってしまう。
でも困るのも事実。俺はほとほと参っていた。
とにかく、まずはオキクにどう説明するかだな……。
そんなことを思っていると――ふと、殺気を感じた。
俺はとっさにファラウェイを安全圏に突き飛ばす。
その瞬間、冷やりと冷たい物が俺の喉元に突きつけられた。それは刀――
……い、いつの間に!? 俺とファラウェイの二人にここまで気配を感じさせずに近付いてくるなんて……!
「坊ちゃま、早速現地で嫁を作ったのですか? わたしが苦労して探し回っている間に、随分とお楽しみだったようですね」
え、オ、オキク?
耳元で聞こえたその声は、間違いなく彼女のものだった。
……オキクなら気配を殺してここまで近付けたのも納得だが……この子、ご主人様に何してんの?
一方でファラウェイも凄まじい殺気を放っていた。
「何者ネ。エイビーを放すヨロシ」
しかしオキクの実力を読めないのか、警戒して近付けないでいる。もしかしたら俺の身を思ってのことかもしれないが……。
そんな彼女に対し、オキクはこんなことを言った。
「動かないで下さい。この人がどうなってもいいのですか?」
え? この子、何言ってんの?
なんで俺がオキクの人質になってるの?
混乱する俺を他所に、二人の間では会話が進んでいた。
「卑怯アル……!」
「あなたが大人しくわたしに殺されるなら、この人は解放すると約束します」
ちょ、ちょっとオキクさん? 本当に何言ってるのかな?
大体、会ったばかりの俺のためにファラウェイがそこまでするはずが……。
「……分かたアル。好きにするヨロシ」
そう言ってファラウェイはあっさりと構えを解いた。覚悟を決めたように、達観した顔をして。
お、おいおい、何でそこまで……。
そう思った瞬間、オキクが俺の首元から刀をどけた。
「合格です」
……え、何が?
オキクのセリフに俺は首を傾げるしかない。同じくファラウェイもきょとんとした顔をしている。
「どこの馬の骨が坊ちゃまの腕を取っているのかと思いましたが、坊ちゃまを思ってのそのお覚悟、とくと見届けさせていただきました」
オキクはファラウェイの前で深々と頭を下げると、
「申し遅れました。わたしはエイビー坊ちゃまの付き人であり、育ての親でもあるオキクと申します。以後、お見知りおきを」
その言葉を受けてファラウェイも慌てて頭を下げた。
「エイビーの親御様でしたアルか。これはどうもご丁寧にですアル。ワタシは中華大国王……じゃなかた、流れの拳士でファラウェイと申す者。よろしくお頼み申すアル」
真面目なファラウェイらしく、既に今しがたのやり取りなど頭にないかのごとく丁寧に返答していた。
どうやら互いに認め合ったらしいが、当の俺は状況に付いていけていない。
「坊ちゃまをよろしくお願いいたします。ファラウェイ殿」
「承知仕りましたアル、オキク殿」
……ん? どういうこと?
何やら本人を無視してあっさりやり取りが成立したように見えたが……。
「保護者の許可が出たネ。さあ、ワタシを受け入れるヨロシ」
そう言ってファラウェイが再び腕を絡めてくる。
「いやいやいや、おかしいよね!? 本人の意思、完全に無視してるよね!?」
「無視なんてしてないアル。無視してたらもっと凄いことになってるアル」
「どういうこと!? ちょ、ちょっと、オキク!?」
「ルナ様やストロベリー様には後程ご説明差し上げればよろしいかと。問題は、誰が正妻になるかですが……」
何言ってんのこの子!? 頭どうにかしちゃった!?
というか二人とも頭がおかしい!
それともおかしいのは俺の方!?
「申し訳ありません、ファラウェイ殿。坊ちゃまは少し奥手なところがありまして……」
「心配いらないヨ、オキク殿。ワタシ、攻めるのは得意ネ」
それって戦闘スタイルの話? そんなわけないか……。
いや、もう、盗賊と戦った時よりも疲れるのだが……。
あ、そうだ。盗賊! まずはそっちを何とかしないと。
「と、取りあえず一旦村に行こう! 盗賊のことを衛兵に伝えなければならないし」
「坊ちゃま。もしかして坊ちゃまは近隣を荒らしているという【流水の狼団】を……」
「あ、ああ、ファラウェイと一緒に今倒してきたところなんだ」
「さすが坊ちゃまです。誰に何を言われることもなく、民のことを思っての行動……坊ちゃまがスカイフィールドの跡取りのままならば、必ず良いご当主になられたことでしょうに……」
後半は独り言のようで小声だったが、俺には聞こえてしまった。
どうやらオキクは俺が追放されたことをまだ引きずっているらしい。やっぱり俺が追放されたことはオキクにとってかなりショックな事だったようだ。
これは早いところ成長した姿を見せて、安心させてあげないとな……。
「それもそうネ。せっかく壊滅させたのに、万が一逃げられでもしたら最悪アル。ワタシ、あの村の村長と知り合いネ。ワタシが言えばすぐに衛兵を動かしてくれるはずヨ」
俺は頷く。
「それは助かる。じゃあ、行こうか」
「うむ、アル」
「はっ」
俺の言葉に二人とも頷いてくれるが、ファラウェイはというと俺の腕を放してくれる気はなさそう。
オキクもそれに対し、何も言わない。
仕方なくファラウェイを腕にくっつけたまま村へと向かうことになった。
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