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第四十一話 敵対と信頼

 俺は戦闘態勢を取りながら、チャイナ服の少女と睨み合う。

 今にも戦闘が始まりそうだが、出来ればそれを避けたいというのが俺の想いだった。

 彼女は恐らく、悪い人間ではない。たった一人で盗賊を懲らしめにやってきているところから見て、むしろ義憤溢れる少女なのだと思う。

 だからこそ彼女は盗賊のような悪党が許せないのだ。そして、その思いが強すぎて周りが見えていない。俺の意見を聞かないのがその証拠。

 俺としてはその隙を突くべきなのだろうが……何となくそれはしたくなかった。彼女の目があまりにも真っ直ぐだから。

 こんな時だが、俺は小手先のことをしたくなかった。彼女とは真っ向から戦いたい。

 ――そして、なるべく傷つけたくない。

 盗賊たちがやってくれば誤解も解けるかもしれない。

 俺のやるべきことは、盗賊たちが来るまで彼女の攻撃を凌ぐこと。それしかない。

 そのように決めると、俺は彼女の攻撃を正面から受け入れるべく、腰をさらに落とす。

 すると、チャイナ服の少女の口元に笑みが浮いた。


「ほう? 盗賊にしては良い気迫ネ」

「………」

「では、行くヨ?」


 彼女も腰を落としていく。仕掛けてくるつもりだ。

 先程彼女が飛び込んできた時、そのスピードはあまりにも速かった。もしかしたら速度だけなら本気の姉さんを超えているかもしれない。

 ただ、速度だけとはいえ、あの姉さんを超えるのは並大抵のことではない。

 そこで俺は一つの仮説を立てた。

 俺は【流体魔道】でチャイナ服の少女の足元をじっと見つめる。

 そして――動く瞬間――足元にだけ魔力が異常に集まって行くのを見た。

 ――やはり、【部分身体強化】の魔術! オキクのやっていたあれと同じだ! でも、こんな少女がそれを使いこなすのか……!?

 驚く俺を他所に、チャイナ服の少女はとてつもないスピードで間合いを詰めてきた。

 しかし、先程とは違いその動きが見えていた俺は、


「風よ!」


 彼女の放った拳を、風の魔術で弾く。


「っ!?」


 驚く彼女を他所に、俺は彼女の懐に入り、先程のように掌を彼女の胸に当てようとするが、


「甘いネ! 同じ手は食らわないアル!」

「くっ」


 俺の手は、彼女の手によってガードされていた。拳を放った手とは逆の手をいつの間にか胸の前に回していたのだ。

 彼女はまるで蛇のようにその手を俺の手首に這わせ、掴み、俺の体を引き寄せた。そしてそのまま掌を俺の胸に当ててくる。

 先程と同じようにまた魔力を俺の体の中に注入しようとするが、俺は今回、【流体魔道】でその魔力をリフレクト――弾き返した。

 すると、彼女の手がバチンと弾かれる。


「なっ!? バ、バカなアル……!?」


 驚愕するチャイナ服の少女。

 体勢を崩した彼女に向かって俺は手を差しだすと、


「風よ! 我が敵を飛ばせ!!」


 俺の手の平から強い突風が生まれ、彼女の小柄な体を吹き飛ばした。

 かなりの勢いで飛ばされていくが、彼女の体術なら問題ないだろう。

 案の定、彼女は空中でくるりと体勢を立て直すと、木の幹に着地する。

 木の幹に張り付いたまま、彼女はこちらに訝しげな視線を向けてきた。


「……オマエ、どうしてワタシに攻撃しないアルか?」


 彼女はじっとこちらを見つめてくる。


「オマエの動きからは悪意を感じないネ。オマエは真っ直ぐアル。……もしかして、オマエが盗賊じゃない言うのは、本当のことアルか?」


 言葉では通じなかったが、拳を通じて分かってくれたのか。本当にそんなことってあるんだな。

 そして、思っていた以上に彼女も真っ直ぐな人間らしい。


「何度も言うけど、俺は盗賊じゃない。盗賊を懲らしめに来た側だ」

「あいや、ワタシと同じだたアルか」


 俺の答えに、彼女は木の幹から飛ぶと、俺の目の前に着地した。

 そして、両方の拳を合わせ、頭を下げてくる。


「申し訳ないことをしたアル。この通り。すまなかたヨ」


 青い黒髪のサイドテールが垂れ下がった。

 一度非を認めたら躊躇いなく謝ってくるとは……。やはり悪い子ではないようだ。


「いや、分かってくれればそれでいいよ」

「そうはいかない。何かお詫びをしなければ」

「いいって」

「そうはいかない」


 どうやらこの少女は結構頑固者らしい。

 しかも先程までの敵意はどこにいったのか、俺の手を取ってぐいぐい顔を近付けてくるので俺は狼狽えるしかなかった。

 どうしたものか俺が悩んでいると――そんな時、後ろから叫び声が響く。


「おいおい、俺たちのアジトの前で何をイチャついてんだ!?」


 見れば滝の裏から盗賊たちがぞろぞろと出てくるところだった。

 そしてあっという間に俺とチャイナ服の少女は囲まれてしまう。

 俺とチャイナ服の少女はとっさに背中合わせになって構えた。

 盗賊たちの先頭にいる眼帯を巻いた一際ガタイの良い男が、彼の隣にいる先程ここまで案内してくれた盗賊に話し掛ける。


「おいおい、二人ともガキじゃねえか。こんな奴らにやられたって言うのか、てめーらは?」

「ち、違いやす! やられたのは男のガキの方でさあ! そ、それより頭ぁ。あいつらが潰し合うのを待った方がいいって言ったじゃねえですかあ」

「てめえ、舐めてんのか!? 相手はたかだかガキが二匹じゃねえか!」


 ここまで案内してくれた盗賊は頭に殴られていた。殴られた盗賊が地面で伸びるのを見ながら、盗賊の頭が一人ごちる。


「ったくよお、こんなガキにやられるなんざ、あいつらどれだけ油断してやがったんだ? 後で俺様自らぶっ殺しに行ってやる!」


 さすが盗賊の頭。荒々しいな。俺はある意味感心してしまった。

 なにせ俺にとって前世から合わせて初めての本物の盗賊だ。中二心が蘇り、密かに興奮してしまう。

 まあ、ロクでもない奴らなので好きにはなれないが……。

 盗賊の頭は片方の目でぎろりと俺を見下ろしてくると、


「おい、ガキ。今なら殴らずに許してやる。投降しろ」


 許す、だって?

 その言葉を額面通りに受け取るはずがない。

 それに殴らないと言っても、結局は売り飛ばされるなり慰み者にされるなりするのだろう。

 何よりこいつらを野放しにしておけば、そういう被害者がこれからまた増えるのだ。放っておくわけにはいかない。

 そんなわけで俺はこのように答えた。


「そっちこそ、投降するなら痛い目に合わなくて済みますが」


 俺のその発言に、盗賊たちは一斉に顔を見合わせる。

 そして、大爆笑が巻き起こった。

 何やら子供の俺を嘲るようなセリフがそこかしこから聞こえてくるが、そんな中――チャイナ服の少女が動き出す。

 彼女は一瞬で間合いを詰めると、彼女の目の前にいた奴を素手で吹き飛ばす。

 木の幹に叩き付けられる仲間を見て、盗賊たちの笑い声が一瞬で止まった。

 静寂の中、チャイナ服の少女が口を開く。


「その少年は見掛けこそ幼いアルが、中身は誇り高き闘士。それをあざ笑うのはワタシが許さないネ」


 ……相変わらず手が早い少女である。

 だが、俺を庇ってくれたことはちょっと嬉しかった。

 それにしても、彼女は自分が正しいと思ったことには一切の躊躇いがない。本当に真っ直ぐな子だ。

 しかし案の定、盗賊たちの顔色が変わる。


「許さねえのはてめーらの方だ、コラァッ!!」

「覚悟は出来てんだろうな、オオッ!?」


 盗賊たちは一斉に気色ばみ、それぞれ武器を構えた。

 その様子を見て俺は呟く。


「本当は相手を油断させている間に奇襲をかけたかったんだけど……」


 それに対し、俺の後ろに戻ってきたチャイナ服の少女が背中合わせになりながら、


「そんな面倒なことする必要ないヨ。お互い五十人ずつ倒せばいいだけアル。楽勝ネ」

「簡単に言うなぁ……」

「ワタシとオマエなら簡単ヨ」


 ……むぅ。そんな可愛いことを言われたら、これ以上文句は言えない。

 仕方ない。覚悟を決めるか。

 俺はアイテムボックスを開くと、そこから剣を取り出した。

 そして鞘から刀身を引き抜く。

 こうして二対百の戦いが幕を開けた。







誤字報告ありがとうございました!


あと、また評価をいただきありがとうございます!


明日は19時半ころ投稿予定です。


よろしくお願いいたします。

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