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第三十四話 炎の魔術師

 姉さんとメラン公爵が勝負することになり、俺たちが連れて行かれたのは中庭にある修練場のような場所。

 ただ、修練場にしてはあまり使われた形跡もなく綺麗な状態なので、ここは恐らくメラン公爵だけのプライベートなゾーンなのだと思う。

 今からこの場所で勝負を行うらしいが……しかし、俺は一目見て分かった。

 かなり巧妙に隠してあるが、ここには設置式の魔方陣が至る所に仕掛けられている。恐らくそれらはメラン公爵の手で簡単に発動できるタイプの魔方陣だ。

 ……こんな場所で勝負だと? ふざけるな!

 つまりこれは――


「これは罠だ!」


 俺は叫んだ。

 周りの者たちは怪訝な顔で一斉に俺の方を見てくる。「こいつ、何をいっているんだ?」という目を隠そうともせず、ぶしつけな視線をこちらに向けていた。

 確かに、ここは一見したら普通の修練場にしか見えない。だが、間違いなくそこらには設置式の魔方陣が張られている。

 その証拠に、俺の発言にメラン公爵の眉がぴくりと動いたのを俺は見逃さなかった。

 しかし、彼はこのように言ってくる。


「たかだか【魔力ゼロ】のガキが人聞きの悪いことを言ってくれるな。それに約束しよう。わたしゅはわたしゅ自身の力しか使わない、とな」

「……本当ですね?」

「どこまで無礼なのだ、ガキ。それ以上言うなら即刻叩き出すぞ」


 メラン公爵の両隣に控えていた護衛が気色ばんで俺のことを睨み付けていたため、俺はそれ以上何も言えなくなる。

 その代り、俺は姉さんに向かって耳打ちする。


「姉さん。気を付けて」

「案ずるな。ワシを誰だと思っておる? そう言えばエイビーにはワシの本気の戦いを見せたことがなかったな。そこで見ておるがよい。これも修行じゃ」


 そう言って姉さんは俺の髪をわしゃわしゃと撫でてくれる。

 ……そうだ。姉さんを信じろ。例えメラン公爵が罠を発動させたところで、姉さんがそれに負けるはずがない。


「頑張って、姉さん」

「おう!」


 姉さんは笑って答えた。

 メラン公爵は未だニヤニヤとしながら俺たちの様子を見ていたが、今にその顔を歪めることになるはずだ。こいつは姉さんの力を甘く見ている。

 姉さんはまだ成人して間もない上に、ランク試験も受けていないのでランクは無い。Aランクのメラン公爵からしてみれば、いくら将来有望と言われようが現時点で自分が負けるとは思っていないのだろう。

 ――今からそのツラが驚愕に染まるのが楽しみだ。

 そんなことも知らずに、メラン公爵は他の観客たちに向かって説明する。


「皆さまはこちらの観覧席の方でお楽しみ下され。この観覧席と武舞台の間には結界が張られており、流れ弾が飛んでくる心配もございませぬゆえ」


 確かに観客席と武舞台の間には結界が張られているようだ。スカイフィールドの空中庭園にかけられている結界と似たような類のものだが、しかしその強度は比べるまでもなく弱い。……大丈夫かこれ? 姉さんの攻撃に耐えられるかな?


「それでは我が華麗で豪然たる魔術を、とくとその目にご覧いただこう」


 そう言ってメラン公爵は武舞台の中央に向かって歩き出す。自然、少し離れるような形で姉さんもそれに続く。

 辺りではメラン公爵の炎の魔術が見られることに対する期待の言葉で溢れていた。また、その相手が新進気鋭の見目麗しい少女ということもあって、かなり盛り上がっている。

 しかし彼らは共通して認識していることがある。それはメラン公爵が負けるとは微塵も思っていないこと。

 どうやらメラン公爵は自らの力を誇示する傾向があるらしく、結構たくさんの人が彼の魔術を見たことがあるようだ。その上で彼が負けるはずがないと思っているということは、やはりメラン公爵の力はずば抜けているということなのだろう。

 しかし一方で、彼らは姉さんの力を噂でしか知らない。

 姉さんは単なる新進気鋭の若手少女などではない。既に完成された武を持つ少女だ。

 少なくても訓練を怠っているメラン公爵などに後れを取るとは思えなかった。

 姉さんとメラン公爵は武舞台の中央まで行くと、互いに距離を取って向き合う。

 メラン公爵が確認するようにして口を開く。


「勝負はどちらかが参ったと言うか、もしくは戦闘不能と判断するまで続けられる。それでよろしいかな?」

「承知いたした。それで構いませぬ」


 姉さんは既に鎧姿に着替えており、背中にはいつものように巨大な戟を背負っていた。その戟を姉さんは背中から抜き、構える。


「それでは、いつでもどうぞ」

「ふむ。では始めるといたしましょうかねぇ」


 そう言うとメラン公爵は体に魔力を巡らし、両手に炎の球を浮かべた。それはあっと言う間に人が一人、丸々入り込めそうなほど大きくなり、宙に浮かぶ。


「おお……! あれほど大きな火球を、息をするように作り上げるとは!」

「さすがはメラン公爵だ」


 そのような賛辞が至る所から聞こえる。

 確かに凄いが……しかし、対峙する姉さんに焦った様子は見られない。

 メラン公爵は唇を吊り上げ、


「その可愛らしい顔に火傷を作りたくないので、出来ればすぐに降参してもらえると嬉しいのですがねえ、ストロベリー殿」

「お気遣い痛み入る。しかし遠慮は無用です」

「ほう、さすがわたしゅが見込んだストロベリー殿だ。勇ましいことこの上ない。そういうことろも好きですぞ」


 そう言いながらもメラン公爵は、甚振ることに快感を覚えている目をしていた。


「しかし、わたしゅの言うことを聞かないところはいただけませんからなぁ。少し思い知らせてあげましょう」


 メラン公爵は両腕を上に上げて、それを振り下ろす。

 同時に二つの火球が姉さんに襲い掛かる。

 姉さんはその内の一つを躱すと、もう一つを戟を振るって消し飛ばした。戟を振るった際の風圧で炎を吹き飛ばし、姉さんはまったくの無傷。

 姉さんの後ろで最初に躱した火球が爆発する様子を尻目に、メラン公爵の顔が引き攣る。


「ほ、ほう? 少しはやるようですな」


 どうやらあんなにあっさり避けられるとは思っていなかったらしい。


「ならば、これはどうですかな?」


 メラン公爵は両手を前に出すと、体内の魔力を練り上げる。

 すると彼の体内魔力が爆発的に高まるのが視えた。

 しばし集中し彼の魔力が両手に集まって行くのが視えるが、その間、姉さんは一切手出しをしない。

 魔力の練り上げが終わると、メラン公爵は、


「炎よ、我が敵を焼き尽くすがよい!!」


 先程の火球とは違い、今度は炎が渦を巻くようにして一直線に姉さんへと襲い掛かる。威力も先程の火球と段違いだ。


「おお!」

「す、すごい!!」

「あれがメラン公爵の炎!」


 周りは盛り上がっているが――

 姉さんはそれを横に飛んで躱してみせる。


「甘いですぞ!」


 メラン公爵が構えた両手を横にずらすと、炎の渦の車線軸もずれ、姉さんの方へと向かっていく。

 しかし姉さんは戟を地面に突き刺してそこに昇り、飛び上がって炎を躱した。飛び上がった瞬間に戟の回収も忘れていない。


「ぐっ!? まだまだ!」


 メラン公爵はさらに追随させるように炎の渦を追いかけさせるが、それでも姉さんは上手く躱し一向に掴まらない。

 そして最終的には、


「はっ!!」


 戟の一閃。それで炎の渦は完全に消失する。

 メラン公爵は息を切らしながら茫然としていた。


「はぁ……はぁ……。バ、バカな……!?」


 あれだけ魔力を垂れ流しにすれば、そりゃ息も魔力も切れるだろう。見かけだけは派手だが、まったくもって効率の悪い魔術だった。

 一方で姉さんは余裕の表情である。

 一応メラン公爵に華を持たせるつもりなのだろう。敢えてあっさりとは倒そうとはしない。

 しかし、手を抜くこともしない。

 まったく姉さんらしいと思った。

 姉さんは戟を構えると、メラン公爵の方に向かって進み出す。立場を考えてか、降伏を促し相手を辱めるようなことはしない。

 恐らくルナと戦った時のように、相手の目の前に戟を突き出して、誰の目にも明らかな勝敗をつけるつもりなのだろう。それもまた姉さんらしい。

 だが――ふと、メラン公爵が笑った。

 あれはよくないことを考えている目だ。

 まさかあいつ――!?


「だったら、これはどうですかな!?」


 メラン公爵が指をぱちんと鳴らした。すると姉さんの足元が急に赤く光り出す。


「なっ!?」

「食らいなさい!!」


 姉さんの足元に現われた赤く光る魔方陣から炎が噴き出し、姉さんの小さな体を炎で包みこもうとした。

 その瞬間、姉さんは足元に向かって戟を振り下ろし、どうにか魔術を掻き消そうとするが――結果として爆発が姉さんを襲う。


「姉さん!!」


 俺の目には、魔法陣から発せられた魔術式が完全に発動する前に姉さんの戟が掻き消したように見えた。しかし完全には掻き消せず、魔法陣に残った不安定な魔力が暴走した結果、爆発したのだ。

 元の威力よりは大分弱まったはずだが、それでも姉さんに直撃してしまった。

 俺の不安な目が見守る中、煙が晴れるとそこには戟に寄りかかった状態の姉さんがいた。

 顔や体に黒い煤が残り、少なからずダメージを負ったようだが、無事ではいてくれたか……。俺はホッと息を吐いた。

 しかし――汚い!

 俺はそのように叫ぼうとしたが、姉さんの視線はこちらを見ていた。

 その目は「大丈夫じゃ」と言っている。


「急なことで驚いたが……しかしメラン公爵。これは少々勝負が逸脱してはおりませぬか?」

「はて、何のことでしょう?」


 あくまですっとぼけるつもりか。

 しかも都合が悪いことに、周りの者たちも何が起きたのか把握していない。


「さすがメラン公爵だ! まさかノータイムであのような魔術を放つとは!」


 そのようなことを言ってメラン公爵に向かって賛辞を送っているが……そんなわけないだろ! 少しは魔術を視る勉強をしろよ!?

 俺以外に巧妙に隠された設置式の魔法陣の存在に気付いている者がいないのだ。俺はそれを歯がゆく思った。

 しかし、姉さんの顔は諦めていない。

 辺りには設置式の魔方陣――つまり罠が至ることろに仕掛けられており、メラン公爵の指ひとつで発動できるようになっている。

 それでも、姉さんはどうにかするつもりだ。

 まったく、あの人は……。

 姉さんは戟を構えると、メラン公爵に向かって駆け出す。その動きは先程までとは違い、試合モードから戦闘モードに切り替わっていた。

 紅く光る身体強化の魔術を使い、一気に距離を詰めてくるストロベリー姉さんに、メラン公爵の目に焦りが浮かぶ。


「この……!」


 メラン公爵が指をぱちりと弾く瞬間――姉さんが横に飛ぶ。魔方陣が発動する前に勘だけで動いたのだ。

 結果、姉さんは炎の柱を完全に回避することに成功していた。


「な、なんだと……!?」


 驚くメラン公爵に構わず姉さんが距離を詰めていく。


「この……! この……!」


 メラン公爵が指を弾くたびに地面から炎の柱が上がるが、姉さんはその全てを最小限の動きだけで躱していた。

 すごい……! さすが姉さんだ! あんな動き、俺には出来ない。

 メラン公爵へと距離を詰めていく姉さん。

 しかし――その距離が目前にまで迫った時、おかしな現象が起こる。

 最後まで指を弾いたメラン公爵の罠を躱し切った姉さんだったが――

 最後の罠を躱した後、その躱した先で別の罠が発動したのだ。それは先程までの罠と全く同じ種類の罠のはずだった。だからそれはメラン公爵が発動させなければおかしい。しかしメラン公爵は直前の罠を発動させたばかりで、その罠に関しては何もする暇さえなかった。

 そこで俺はハッとして横を見る。そこではメラン公爵の護衛の魔術師の一人が指を弾いた姿があった。

 しまった……! あの罠はメラン公爵だけに反応するのではなかったのだ。周りにいる護衛たちの魔力にも反応するようになっていたのか!

 しかも僅かな魔力で反応するように出来ていたらしく、あれでは周りの者たちにはそのようなカラクリになっているとは到底思えない……!

 結果、姉さんは炎の柱に包まれた。

 轟々と天に向かって屹立する炎の柱は眩い光を放っている。大きなエネルギーがそこに籠っている証拠だ。


「姉さん!!」


 俺が叫ぶ目の前で、炎の柱は煌々と凄まじい光を放ち続けていた。

 しばらくして、炎が収まった時――

 地面の上で煙を上げながら横たわっている姉さんの姿があった。




明日は19時半ころ投稿予定です。


よろしくお願いします。

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