第二十六話 幼き日の誓いは
姉さんが家にやって来て、ルナとケンカばかりしていたその翌日――
早速ショットとチェリーの二人が遊びに来た。
しかし結局、遊びに来たと言ってもいつもとやっていることは変わらないのだが。
いつものように俺と姉さんとショットでの模擬戦。そこにチェリーを加えて行うことに。
それは主にショットによって提案されたのだが、いずれルナにも近接戦闘を教えようと思っていた俺にとって断る理由はなく、五人で空中庭園へとやって来たわけである。
それで今、様々な組み合わせでの模擬戦を終え、最後に俺とショットで戦っているところだった。
「はあっ!!」
「ちっ!」
俺の剣をいなすと同時にショットが得物を振るってくる。
ちなみにショットが現在使っている武器は大鎌。初めは剣を使っていたショットだったが、どうもしっくりこなかったようで、いつだったか突如、死神が持っているような大鎌を持って来て、「かっこいいだろ、これ?」とか言って使い始めたのだ。
最初はかっこいいという理由だけでそんなピーキーな武器を使い始めたショットの頭を疑ったが、しかしそれが意外と合っていたようで、今ではその大鎌を体の一部のように使いこなしている。
今も器用に大鎌の先端で俺の剣を受け流された。こんな芸当が出来るとは、やはりショットの戦闘センスの高さは異常だ。
最終的に俺の首にショットの大鎌がぴたりと当てられていた。
「へっ! 勝負ありだな」
「……参りました」
やはりまだまだ近接戦闘ではショットに敵わない。
「おい、エイビー。お前、まだまだ俺には敵わないとか思ってやがるだろ?」
「あ、ああ、その通りだけど……」
「そんなことはねえよ。少しずつだが俺に追い付いてきてやがる」
「え? 本当に?」
「ああ。弟分に抜かされないようにこっちだって必死なんだぜ? しかもお前は近接戦闘以外にも力を持っているようだしな」
どうやらショットにも既に【流体魔道】のことがそれとなくバレているようだ。
まあ、彼は信頼出来るからバレても別にいいんだけど。
ところでルナはきちんと見取り稽古で何か学んでくれただろうか? そのように思って彼女の方を向くと、当のルナは何やら震えていた。
「な、なんなんですの、このメンバーは!? 超人軍団じゃないですか!?」
俺たちの模擬戦を一通り観戦し終えたルナが叫んだ。
「超人軍団は大げさだろ」
「ぜ、全然大げさなんかじゃありませんわよ!? 屋敷から全く出たことが無いわたくしでも、平均というものがどれくらいかは分かっているつもりです! この屋敷にいる者たちと比べてみてくださいませ!」
「俺、屋敷の人たちに嫌われてるから、そう言われても今一つピンとこないんだよね……」
「うう……ツッコみづらいですわ、兄様……」
何だか妙な雰囲気になってしまった。
俺は慌てて言いつくろう。
「い、いや、遠目に見ている限りでは、確かにこの屋敷に勤めている人たちはそんなに強くはないのは分かるよ。恐らくウチで戦闘に特化しているのは父上の側近であるメイド長くらいだろ? でも、そんな人たちと比べられてもなぁ」
俺がそのように答えると、姉さんがぼそりと呟く。
「これじゃよ……エイビーは常識というものが欠落しておる」
「それについてはロリ婆と同意見ですわ……。ウチの方たちはけして弱くないどころか、上級魔術師揃いですのに……」
「誰がロリ婆じゃい、このチビ!」
「はい、ブーメラン! チビって言う方がチビなんです~」
……本当に飽きないな、この二人は。昨日からずっとこの調子だ。
まあ、何にせよルナにとって良い刺激になってくれたならそれでいい。彼女は天才だと言われ、もてはやされてきたからな。実際ルナはとてつもない才能を秘めてはいるが、だからこそ上には上がいることを知って欲しかった。精進を止めて欲しくないから。
ただ、出来れば姉さんと仲良くやってくれると嬉しいのだが……。
そんなことを考えていると、チェリーが申し訳なさそうに言ってくる。
「ごめんね? エイビー。姉さんが迷惑かけちゃってるみたいで……」
「いや、こっちの方こそ妹が迷惑かけてしまって……」
そのように言い合うと、俺とチェリーは何だかおかしくなって笑い合った。どうも似たような苦労をしていることを分かり合ってしまったから。
しかし、そんな俺たちに対して姉さんとルナが怒鳴ってくる。
「そこ! 男同士でイチャイチャするでないわ!」
「そうですわ! 男同士で……え? 男?」
どうやらルナはチェリーが男だと気付いていなかったようだ。無理もない、チェリーは今日も絶賛美少女中だからな。
本日の出で立ちは、以前のフレアスカートと白ブラウスの上から、さらにライトアーマーを装着している装いで、その姿がまたイヤになるくらいハマっている。
俺がチェリーの姿に見惚れていると、ショットが姉さんに話しかける。
「おい、アネキ。ライバルが現れていよいよエイビーが好きってことを隠さなくなってきたな?」
「だ、誰がじゃい!!」
「ぐぼぉっ!?」
何やら姉さんをからかおうとしたらしいショットが、瞬間移動並みの速さで間合いを詰めてきた姉さんの一撃を腹に食らって吹っ飛んで行った。
ショットは地面を滑ると空中庭園から落ちるギリギリのところで止まって、そのままぴくぴくと痙攣して動かなくなる。
それを見てルナが顔を青ざめさせていた。
分かったか、妹よ。あの人を怒らせたらああなるんだぞ?
「す、すごいよね。姉さんの一撃をまともに食らって生きていられるのは、きっとショットとエイビーくらいだよ」
チェリーが訳の分からないところで感心していた。そんなことで褒められても嬉しくないのだけれど……。
しかしこのチェリーだが、こんなことを言いつつ彼女……じゃなかった、彼自身もかなり強い。【流体魔道】で雷の魔術が得意であることは見抜いていたが、実際に戦ってみて予想以上であることに気付き、驚いた。
彼女……じゃなかった、彼は近接戦闘が出来る魔術師タイプ――つまり俺と同じ戦闘スタイルなのだが、少なくても【流体魔道】を使わない状態の俺よりも強い。
魔法の槍で俺の近接攻撃を防ぎつつ、その魔法の槍を触媒として雷の魔術を撃ちこんでくる。
しかも、その雷の魔術が精度も威力も高い。
さすが姉さんの妹……じゃなかった、弟だ。
近接戦闘は姉さんから学んだのかもしれないが、驚くべきことに魔術に関しては恐らく姉さんよりもチェリーの方が上だ。そこからして、チェリーはきっとかなり独力で努力してきたのだろうと思う。
努力という時点で俺は共感を覚えるし、見た目が可愛いからさらに好き。
……ハッ!? いかん。いつの間にか好きになっていた。気付けばつい男であることを忘れそうになるから恐ろしい……。
と、そこでショットが腹を擦りながら戻ってくる。
そして彼は俺たちの顔を見渡しながら、
「くくく……いいね! ちょっと前まではこんな強い奴らと仲間になれるなんて思いもしなかったぜ。どうやらルナっちも結構やるようだし」
「ルナっち言うな! ……というか、あの一撃を食らって普通に帰ってくるんですね……」
「もう慣れたからな」
「やっぱり異常軍団です」
ショットのせいで超人軍団から異常軍団にランクアップされてしまった。
「あ、そうだ! いいこと思い付いたぜ!」
ショットが叫ぶ。
「将来、ここにいる五人で助け合っていこうぜ! そのための誓いを今ここで立てるってのはどうだ?」
ショットのその提案に真っ先に頷いたのは姉さん。
「ほう、それは面白いのう。ワシは賛成じゃ」
「チェリーは?」
「ぼ、僕なんかでいいなら……」
何故俺を見てはにかみながら言う?
「ルナっちは?」
「ルナっち言うな! わ、わたくしは兄様がいいなら……」
素直じゃないな。本当は仲間に入れてもらったことが嬉しいくせに。
もしかしたらこの時点で目的の一つが達成できたのかもしれない。
俺が兄として嬉しい気分でいると、ルナは姉さんを指差して言った。
「でも、わたくしはこの方とだけは仲良く出来る気がしません!」
せっかく仲良くなれそうな気がしたのに……。
そして案の定、姉さんはその売り言葉を買ってしまう。
「ほう、奇遇じゃのう。実はワシもお主とだけは仲良くなれる気がせんわ」
「なんですって!? この苺! ジャムになっちゃえ!」
「なんじゃと!? というか貴様から言い出したことじゃろうが!?」
ジャムになっちゃえとか、どういう煽りだよ……。
ちなみにストロベリーはこの世界でも苺という意味だ。
他にもこの世界には俺のいた世界と共通する点がいくつかあるのだが、歴史を調べた結果、この世界には俺のいた世界……それも日本から来たと思われる転移者がいることが分かった。だから前世で馴染のある単語がこの世界でもいくつかあり、恐らくその者の内の誰かが広めたのだろうと思われる。
まあ、千年も前の話ではあるが。
……おっと、話が逸れたな。
「取りあえずあの二人は放っておいて、エイビー、お前はどうだ? お前がいねえと始まんねえんだけどよ」
なんで俺がいないと始まらないのかは分からないが、
「もちろん俺も乗るよ」
「そうこなくっちゃな! さすがエイビーだぜ」
ショットが俺の背中をばしばし叩きながら笑った。
「よし! じゃあ誓いを立てようぜ! 出来たらグラスと酒で祝杯を挙げたいところだが……」
「それについては問題ございません。既にこちらに用意してあります」
いつの間にかオキクが俺の真横に立っていた。しかも酒が入ったグラスを乗せたトレーを持って。仕事が早過ぎる。
「うおっ!? この姉さん、一体いつからいた!?」
珍しくショットが目を剥いて驚いていた。
「エイビー坊ちゃま付きのメイドで、オキクと申します。以後、お見知りおきを」
オキクが優雅に礼をしてみせる。
その様を見ていた姉さんが目を細めて、
「ほう、やるのう……」
どうやらオキクは姉さんの御眼鏡に敵ったようである。
ちなみにオキクだけは【流体魔道】を使ってもどのくらいの力を持っているのか測れない。彼女は魔力の隠ぺいが極めて上手いからだ。
つまり今もってオキクの実力は未知数である。
「ま、まあいいや。とにかく助かったぜ、オキクさん」
「お礼を言わせていただきたいのはわたしの方です。皆様と付き合うようになってから坊ちゃまは明るくなられました。本当に感謝いたします」
そう言ってオキクは深く頭を下げるが、俺は反論せざるを得ない。
「ちょ、ちょっと待ってオキク。それじゃあ昔の俺が根暗な奴だったみたいじゃないか?」
「みたいではなく、実際その通りだったではありませんか? 二歳になるかどうかの時から毎日毎日朝から晩まで図書室に籠るか瞑想するかのどちらかで……わたしが心配していなかったとでもお思いで?」
「う……」
俺が言い澱んでいると、他の皆がそれぞれ勝手なことを言い始める。
「ほう……九歳の少年にも歴史ありじゃのう」
「だが、どんな少年時代だよ、そりゃ。二歳の幼児が毎日図書室と瞑想って……」
「エ、エイビーらしいね」
「努力家だとは思っておったが、そんな時から頑張っておったとはのう……」
「さすが兄様です!」
あの、みんな? 引かないで?
あとチェリーのフォローとルナの純粋な賛辞が今は逆に苦しい。
「思えば坊ちゃまは昔から手のかからない子供でして、三歳の誕生日プレゼントに『一緒にお風呂に入るのは恥ずかしいからやめて欲しい券』を求められた時などは悲しさのあまり一晩枕を濡らしたほどで――」
「わー! オキク! もう昔話はいいから!」
枕を濡らすとか嘘付けよ!? オキクのそんなところ想像出来ねえよ!
というか二歳まで一緒に入っていた時でさえ恥ずかしさと罪悪感で押しつぶされそうだったんだから……。
「はっは! 珍しいのう! エイビーがそのように慌てふためくとは。三歳で女の体を意識し始めるなど、ませたガキじゃったんじゃのう? ん?」
「う、うるさいな、姉さん……」
「顔を赤くして可愛いのう! あ、そうじゃ。何ならワシが今度一緒に風呂に入ってやろうか? ん?」
この人……実際そんな度胸もないくせによく言う。
「苺ちゃんのそんなツルぺたじゃ兄様も興奮したくても出来ませんわよ。あ、失礼。本当のことを言ってしまいました」
「こ、このガキ! それが自分を傷つけているのだといい加減気付かんかい!」
「わ、わたくしはロリ枠だからこれでいいんです!」
……何だよ、ロリ枠って。
「じゃったらワシだってロリ枠じゃろが!」
「苺ちゃんはロリ婆枠です! 何度も言わせないで下さい!」
「ロリ婆言うでないわ! じゃ、じゃが、エイビーだってロリ枠よりもロリ婆枠の方が興奮するかもしれんじゃろ!?」
「あ、認めたー! 自分がロリ婆だって認めましたー!」
「あ、き、きさま……!」
……ほんと同レベル。ある意味、この二人はこれでちょうどいいのかもしれない。
「もうこいつら放っておいて、俺たち三人だけで誓いを立てようぜ」
ショットが呆れたように言って、俺とチェリーに酒の入ったグラスを渡してくる。
すると姉さんとルナの二人は慌て出す。
「あ、ま、待たんか! 最年長のこのワシを置いて勝手に誓いを立てるとか許さんぞ!」
「わたくしだってわたくし抜きで勝手に兄様と誓いを上げるなんて絶対に許しませんわ!」
そう言って二人もグラスを取る。
「じゃあアネキ、音頭頼むわ」
「え? わ、ワシ?」
「最年長だろ?」
「む、むう、仕方ないの……」
姉さん、意外とこういうことは苦手なんだよな。
「こ、こほん。では、ゆくぞ」
姉さんがグラスを上げると、俺たちもそれに倣ってグラスを天に掲げた。
すると姉さんが声高々に誓いを叫ぶ。
「この先どのような困難が起きようとも、我ら五人、助け合って全てを乗り越えていくことをここに誓わん! 我が名はストロベリー・ラム・パトリオト! これに誓いを立てる!」
姉さんの宣言はそこでひとまず終わった。
それに倣って順番に口を開いていく。
「我が名はショット・ロウ・ブルッフェ! 同じくこれに誓いを立てるぜ!」
ショットが叫び終ると、今度は俺に目配せしてくる。
「我が名はエイビー。同じくこれに誓いを立てる」
俺は敢えて家名を言わなかった。その方がいいと思ったからだ。
次に俺はチェリーに目配せした。
「わ、我が名はチェリッシュ・ラム・パトリオト。同じくこれに誓いを立てます」
チェリーはおどおどしながらもしっかりと誓いを立てると、最後にルナに向かって目を向ける。すると、
「わ、我が名はルナ・ベル・スカイフィールド。同じくこれに誓いを立てますわ!」
ルナは照れながらもはっきりと誓いを立てる意思を示した。
これで俺たち五人は仲間だ。
俺たちは誰からともなく互いのグラスを当て、その中身を一気に飲み干した。
そしてグラスを地面に叩き付ける。
その割れたグラスを見て姉さんが最後に宣言した。
「これにて誓いはなされた。この砕けたグラスは言わばワシらの代わり。ワシらの友情はこのグラスのように砕けることは一切ない!」
「ああ!」
「……うん」
「し、仕方ありませんわね。約束は守りますわ」
俺以外の皆が口々にそう言った。
その様子をぼうっと見ていた俺を不審に思ったのか、姉さんが心配そうに聞いてくる。
「エイビーよ、どうかしたのか?」
「ん? ああ、いや、何でもないよ。ただ……」
「ただ?」
「……なんかこういうの、いいなって」
俺のそのセリフに皆は一瞬ぽかんとなり、次の瞬間、一気にまくし立ててくる。
「バ、バカ者! あらためて言うでないわ! 恥ずかしくなるじゃろうが!?」
「ははは! いいじゃねえか、エイビーっぽくてよ」
「……う、うん。僕もエイビーと同じ気持ちだよ?」
「ああ……これで兄様との友愛は永遠のものですわ……」
皆が俺の肩を叩いてくる。ただ、ルナだけなんかアブナイ。
しかし、俺は本当に嬉しかった。
そもそもこんなこと、前世の俺からは信じられないことだった。
ずっと一人ぼっちで、信頼出来る者もおらず、ただ絶望して死んでいった前世の俺……。
それが今ではこうして心から信頼出来る者たちがいる。
心が温かくなった。熱くなった。
何だか泣きそうになるのを俺はぐっと堪えた。
俺はこの誓いがずっと続いたらいいなと思った。そしてこの誓いがずっと続くような気がしていた。
ただ――意外とその日は早くやってくる。
一章もいよいよラストスパート。
明日は18時半ごろ投稿いたします。
よろしくお願いします。




