第二十二話 師匠が家にやってきた!
叔父に頼んでいた「ルナにせめて友達くらい作ってやってくれ」という件が、二週間経った頃にようやく形として現れた。
「これからしばらく世話になる」
「ようこそ来てくれました、師匠」
「しかし大きな屋敷じゃのう。我が家と同じ伯爵家とは思えぬわい。さすがクウラ殿と言ったところか」
師匠は玄関ホールの空間の広さに感嘆の声を上げていた。
俺が出迎えるからと言ってあるので、周りには誰もいない、スカイフィールドの広大な屋敷の玄関口――
俺も最初見た時は驚いたものだが、どうやらこちらの世界基準でもこの屋敷は大きい方らしい。
ルナに友達を――その点で最も問題だったのが、妹の側に置くのは信頼出来る者に限るというところだった。
そこで白羽の矢が立ったのがストロベリー師匠である。
師匠は俺――【魔力ゼロ】に対しても親身に接しているということで名が通っており、スカイフィールド内部では信用出来る人物の筆頭だった。だからこそこうしてルナの友達候補として呼ばれたわけだが……しかし冷静に考えてみると師匠とルナの歳の差は七つも離れているんだよな。友達と言うにはちょっと無理がないか?
それは師匠も考えていたのか、
「すまんのう。どちらかと言えば弟の方が歳が近いと思うのじゃが、あやつは人見知りじゃから置いてきたのじゃ」
置いてきたのじゃって……またそんな可哀想なことをして……。多分この人のことだからチェリーに何も言わずに置いてきたのだろう。
しかし、その前に師匠には謝っておかねばならないことがある。
「そういえば申し訳ありません、師匠。あなたの弟に勝手なことを言ってしまって……」
勝手なこととは、彼に向かって「今のままで良い」と言ってしまったことに他ならない。何故なら師匠は弟が男らしくないことを嘆いていたのに、俺は期待されていたこととは正反対のことをしてしまったのだから。
だが、彼女は笑っていた。
「よいのじゃ。ワシが憂いていたのはあやつが自信をなくしておることじゃった。それをお主が取り戻してくれた。礼を言う」
そう言って頭を下げてくる。
「や、やめて下さい。俺は自分の思ったことをやっただけです」
「いや、やはりお主にあやつのことを任せたのは正解じゃった。ありがとうな?」
もしかしたら彼女に礼を言われるのは初めてのことかもしれない。それだけ弟のことで気を揉んでいたのだろう。
「知っておるか? あの次の日、帰って来た弟の目つきが違っていたことを。あれは迷いが吹っ切れた者の目じゃった」
「そうか……それはよかったです。と言っても、俺はあいつと友達になっただけなんですけどね」
「それでよい。助かる」
彼女はまた頭を下げてくる。
むず痒かった俺は話を変えた。
「そ、それにしても、師匠こそ良かったのですか? 今回スカイフィールドが出した要求は結構無茶なことを言っていたと思うんですけど……」
なにせルナに友達を作るためだけに師匠は呼び出されたのだ。
パトリオトの屋敷からこのスカイフィールドの屋敷まではかなりの距離があり、わざわざ通い詰めるのは効率が良くない。
だから師匠はこの屋敷に滞在することを条件に来てくれたのだ。
つまり、これからは一つ屋根の下で暮らすわけである。
俺としては嬉しいが……。
「十日に一度くらいは自分の屋敷に戻るつもりじゃし、問題あるまいて」
師匠はあっけらかんと言った。本来なら伯爵令嬢ともあろう身分の者が他家に寝泊まりすることはかなり問題あるはずなのだが、この人は相変わらず大雑把というか何というか……。まあ、今回ばかりはこちらとしてはそのおかげで助かったのだが。
続けて師匠はこのように付け加えた。
「実はワシとしてももう一皮むけたいと思っていたからのう。それには魔術の勉強をする必要がある。そして魔術の勉強をするにはスカイフィールドの方が良いと思ったのじゃ。なにせ、ここには良い師匠がおるからの」
「え? 良い師匠? 一体誰のことですか?」
「お主じゃよ、お主」
「……は?」
「ふっ、隠さずともよい。魔術に関してはワシよりもお主の方が優れておりことはとっくに分かっておる。それも数段もな」
い、いやいや、待て待て待て。
この人は一体何を言っているのだ?
「ちょ、ちょっと待って下さい。俺が師匠に魔術を教えられるわけないでしょう!?」
「……まさかお主、気付いておらぬのか?」
「? 何をですか?」
「自分の魔術がどれほど高みにあるのか、じゃよ」
「え? いや、そりゃ確かに多少は自信はありますが……」
「多少どころではない。お主は既に……いや、まさか本当に何も気付いていなかったのか?」
師匠はやれやれと首を振った。
「まあよい。一緒に暮らしておればそこら辺の常識も教えられることじゃろう」
「……常識くらいあるつもりですが……」
「ない」
言いきられてしまった。
まさかこの人に常識について諭される日がくるとは……。何気にショックだった。
「今度はワシに色々と教えてくれ、エイビーよ」
「は、はあ……俺に出来ることでしたら」
「じゃったら覚悟しておけよ? それはお主が思う以上にたくさんあると思うぞ?」
「え、ええ。俺に教えられることなら何でも教えますが……」
俺は首を傾げながらもそのように答えるしかなかった。
すると師匠は嬉しそうに笑う。
「よろしく頼むぞ?」
まさか師匠から頼りにされる日が来ようとは思いもしなかった。
「あ、そうじゃ。これからは教え合う仲じゃし、もうワシに対してだけ師匠と呼ばせるわけにはいかんな」
師匠はニッと笑うと、
「ワシのことは姉と呼べ。敬語もいらん」
そのセリフに俺は慌てるしかなかった。
「ま、待って下さい。師匠はずっと俺の師匠ですよ!」
「そう言ってくれるのは嬉しいがな。しかしそうすると、わしもお主のことを師匠と呼ばねばならなくなるが、どうする?」
「……恐れ多いです。勘弁して下さい」
「だったら姉と呼べ。師匠と慕ってくれるなら、心の中でそう呼んでくれればいい」
……師匠がそう望むなら、そうした方がよいか……。
俺がこの人を師匠として尊敬する心は何も変わらないのだから。
「分かりました……いや、分かったよ、姉さん」
「う、うむ。それでよい。でも自分で言っといてなんじゃが、お主に姉さんと呼ばれると何だかむず痒いのう」
師匠……ストロベリー姉さんは珍しく照れたように頬を指で掻いていた。
その様は新鮮で、ちょっと可愛いと思ってしまう。
すると、そんな時だ。玄関ホールに甲高い声が響いたのは。
「来ましたわね! ストロベリー・ラム・パトリオト!!」
声が聞こえた方を見れば、ルナが階段の踊り場の上で仁王立ちしていた。
腕を組んでこちらを――姉さんの方を見下ろしている。
……え? 何? この演出……。
「……なんじゃ、あやつ?」
さすがの姉さんも呆気に取られていた。
「……ごめん、あれ、俺の妹……」
俺は申し訳ない声でそのように答えるしかなかった。
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