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第十七話 妹の決意

「そう、体の力を抜いて……」


 俺はルナの体を後ろから抱えながら囁いた。


「まだ力が入ってる。もっと力を抜いて、君の全てを俺に委ねるんだ」

「ん……」

「いいぞ。じゃあ、いくよ」

「に、兄様がルナの中に入ってきます……!」

「ほら、また力が入った。これじゃあ先に進めない」

「だ、だって……」

「君の全てを開いて。俺を受け入れてくれ」

「に、兄様……」


 先に言っておくが、別にいやらしいことをしているわけではない。

 と誰にともなく言い訳をしながら俺はルナの魔力を操る。

 俺は今、妹のルナに魔術の使い方を教えているところだ。

 口で説明するよりも、実際彼女の中の魔力を操ってどのように魔術を行使するのか体で覚えてもらった方が早い。

 ルナは誰よりも体内魔力に恵まれているし、魔力コントロールも長けている。

 後は魔術の理論と使い方を覚えてさえしまえば、いつでも魔術を使えるはずだ。


「ああ、兄様……わたくしもう溢れてしまいそうです」


 別にエロくないから!

 ルナは妹だし、何より溢れそうなのは魔力ですから!

 そんな言い訳をしながらも俺はルナに向かってフィニッシュを決める。


「風よ、刃となりて天を貫け」


 俺がルナの耳元で囁くと、ルナの手の平から膨大な魔力が解き放たれた。

 瞬間、辺りに凄まじい風が吹き始めたかと思うと――俺たちの周りに大きな竜巻が発生する。

 その竜巻は俺とルナのいる場所を台風の目として、轟々と吹き荒れた。

 本当に天を貫かんばかりの壮絶な竜巻。

 天に向かって撃ったにもかかわらず、威力が強すぎて空中庭園の地面が衝撃で揺れている。

 この空中庭園は結界が張られていて滅多なことでは衝撃を抑えきれないことはないのだが……さすがルナの魔力としてか言い様がない。直撃すらしていないのに余波だけでこの威力とは……。

 ルナの魔力が半分を切ったところで俺は魔術を止める。


「魔術を止める時はこうすればより効率的に止められる」


 俺はそう言うと、ルナの魔力を操って風の魔術を停止させた。すると途端に、今までの竜巻が嘘だったように風は微塵も吹かなくなる。

 恐らくここまでスムーズに魔術のスイッチを切れる者はそうはいないだろう。少しでも魔術を自由自在に操ることは、魔術を扱う上でとても重要なことだ。

 しかしこれが意外と知られていない。そんなことよりも、よりたくさんの魔術を扱えることこそが魔術師のステータスになってしまっているからだ。悲しいかな、それが一般的な世の中の見解である。

 結局は魔力コントロールに優れた方がよりたくさんの魔術が扱えることに繋がるのだが……別に他人のことなどどうでもよいので特に教えてやるつもりもない。

 どの道、【魔力ゼロ】の俺の言うことなんて誰も耳を傾けるはずもないからな。

 要は自分の大切な人にだけ教えてやれればいいのだ。


「どうだ、ルナ。今のが風の上級魔術の一つだ。やり方は何となく分かってくれたか?」

「はい! さすが兄様です! あんな難しい魔術をこうも簡単に……しかもわたくしの魔力を操ってわたくし自身の手から行使させるなんて、常人では一生かかってもたどり着けない境地ですわ!」


 ルナはこちらに尊敬の目を向けてくる。

 ちなみにルナは八歳になり、その美貌がより浮き彫りになってきた。

 ツインテールの金髪は幼少時よりも長くなって、碧の瞳はより美しく澄んでいる。

 その顔はまるでビスクドールのように整っており、彼女の感情によってその表情が一喜一憂する様は自然と周りを惹きつけるほど。

 兄のひいき目なしで美しい少女だと思う。

 もちろん年相応の幼さはあるが、年を経るごとにその端麗さに磨きがかかっていくのは近くにいても分かった。

 しかしその顔は今、悔しそうに歪んでいる。


「兄様はこんなに凄いというのに、それを誰にも言ってはダメなんて……!」


 ルナは悔しそうな表情で強く握った拳をぷるぷると震わせる。

 今でも俺の【流体魔道】について知っているのはルナとオキクしかいない。

 彼女たちは律儀に秘密を守ってくれていたが、しかしルナはどうやらそれが不満なようだ。


「知ってますか兄様!? 未だに兄様のことを悪く言う家人がいるんですよ!? まあ、そういう者は見かけるなり罰を与えてはいますが」


 俺の悪口を言う者に関しては将来どうしてやろうかと考えていた時期もあったが、もはやその必要も無くなっていた。何故ならルナがそれを絶対に許さないからだ。


「ルナ、気持ちは嬉しいけど、あまり君の立場が悪くなるようなことはしないでくれよ?」「でも、ルナは兄様が悪く言われるのはイヤなんです!」


 そのストレートな物言いにさしもの俺も狼狽えてしまう。

 いや、嬉しいんだけど……しかし、前世でそんな真っ直ぐな感情を向けられたことがないので、こういう時どうすればよいのか戸惑ってしまう。

 そんな中、ルナが何か思いついたように口を開く。


「……あ、そうです。オキクに頼めば証拠を残さずに消してくれるでしょうか?」

「お願いだからやめて?」


 きっとその通りだと思うけど、さすがに悪口くらいで暗殺されてしまうのは夢見が悪い。

 というか妹が平然と人を「消す」と言える子に育ったことが怖い……。間違いなくオキクの影響である。


「だって兄様はこんなに凄いのに、誰もそれを分かってくれないなんて悔し過ぎます!」


 そのように叫んで本当に悔しそうに地団太を踏むルナ。

 俺はもはや苦笑するしかなかった。


「いつも言ってるだろ? 俺は分かってくれる人が分かってくれればそれでいいんだ。ルナが分かってくれればそれでいいんだよ」

「兄様……」


 ルナは泣きそうな顔になってしまう。

 俺は慌てて付け加える。


「それにほら、最近ではストロベリー師匠とかも俺のことを分かってくれているし」


 そのセリフにルナの眉がぴくりと動く。

 俺としてはこれ以上ルナに心配かけないようにそのように言ったつもりだったのだが、しかしルナの表情はどう見ても不機嫌のそれだった。


「ストロベリー・ラム・パトリオト……またその女の話ですか……」

「……え?」


 な、なんだ? 妹の声が急に低くなって怖い……。


「最近、兄様は口を開けばその女の話ばかりですねぇ……」


 その女て。言い方よ。

 ちなみにルナはあまり師匠のことを好きではないようだった。

 俺は師匠のことを褒めまくっているのだが、それなのにルナは彼女に対して悪感情を募らせていく一方である。


「決めましたわ! ルナは……わたくしは一度きっちりその方とお話する必要があります。兄様、次の修行をする時はわたくしも一緒に連れて行ってくださいませ!」

「ええっ!?」


 その発言に俺は大いに戸惑った。

 おいおい、一体何を話すつもりだよ? 「兄がいつもお世話になっています」とか言いそうな雰囲気でもない。

 ――それに、だ。

 どの道、彼女をあの見晴らしの丘に連れていくことは叶わない。

 何故ならルナは……妹はこの屋敷から出ることを禁じられているからだ。


「ルナ、君は外に出てはいけないと父上からきつく言われているだろう?」

「……はい、そうでした……」


 ルナがしょんぼりした表情で俯く。

 ルナを屋敷から出してはいけない――それがあの叔父の言いつけだった。

 どうにかしてやりたくて、俺は叔父にその理由について問い質したことがあるのだが、叔父は「お前が知る必要はない」と一点張りだった。

 しかし――俺は知っている。この屋敷が厳重な結界によって守られていることを。

 それは恐らくルナを守るためのものであり、彼女を外界の目から隠すためのものだ。

 ……あの人、一体どこからルナを拾ってきたんだ? 俺は訝しく思うしかなかった。

 だが、いくらルナを守るためとはいえ、彼女をずっと屋敷内に閉じ込めておくのはあまりにも不憫だ。

 少なくても友達くらい作ってやりたい。それが俺の願いだった。

 いずれにせよ、俺が兄として何とかしてやらねばならない。


「よし……決めた」

「え? 何をです、兄様?」

「俺、父上にルナを外に連れ出せるようもう一度頼んでみるよ」

「え……でも、兄様は父様に嫌われているのでは……」


 ルナの表情が歪む。

 俺があの叔父から嫌われていることはとっくにルナも気付いていた。

 しかし、だからと言ってルナのことをこのまま放っておくことなんて出来ない。


「いいから、兄様に任せておけって」

「あ、あの……兄様? やっぱりいいです。ルナは今のままで大丈夫ですから」


 ルナは慌てて俺を止めようとするが――

 それは嘘だな。きっと彼女は俺が叔父に嫌われているから気を遣ったのだろう。

 それに「大丈夫」と言っている時点で問題があると言っているようなものだ。本人は気付いていないみたいだけど。


「ルナ。もっと俺を信用しろ」

「しています! ルナが兄様のことを信用していないわけがありません! でも……」

「だったら兄様に任せておけって。な?」


 そう言うとルナは少しの間、何やら考えていたようだが、ややあってから元気よく返事をする。


「……はいっ!」


 俺はその元気な返事を聞いて満足げに頷き、空中庭園を出た。

 いざ叔父と話をするため、彼のいる執務室に向けて歩き出す。



 **************************************



「兄様に任せておけ」


 その言葉はルナにとって魔法の言葉だった。

 自分が困っていると兄は決まってそのセリフを言って彼女のことを助けてくれる。


「ふふっ……」


 ルナはそのことがたまらなく嬉しい。

 しかし同時に申し訳なくも思う。

 いつも彼女は助けられてばかりで、何も返してあげられていない。

 彼女は兄のことを深く信頼している。それは彼女にとっての絶対だった。

 だからいつか、必ず兄のことを助けてみせる。

 彼女は心の中でそのように誓った。


 ただ……少し嫌な予感がした。


 父は兄のことを嫌っている。それはもはや紛れもない事実。

 無茶なことをしなければよいが……。

 ルナは胸の不安を掻き消すようにして、何事も起きないようにと祈った。



お世話になっております<(_ _)>


次は21時半に投稿予定です。


よろしくお願いします。

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