第十四話 剣術の成長
一年後。
ストロベリー師匠の特訓は続いていた。
地獄の基礎訓練をこの一年間ずっとやり続けた結果、俺の体は七歳児とは思えないほどの身体能力を手に入れている。
やはりストロベリー師匠の言ったことは正しかった。超回復に魔力を混ぜて体に定着させることは、筋力の成長を二倍も三倍も速めてくれる。
恐らく今の俺は同年代の中では魔術なしで普通にケンカしても頭一つ以上突き抜けていることだろう。それだけ成長した自覚はある。
そして――半年ほどまえから剣の修行も開始している。
具体的には剣の型を体に叩き込むための素振りだが、ここ最近になってストロベリー師匠との模擬戦も取り入れ始めていた。身体強化の魔術を使うことは禁じられているので、素の身体能力での剣術だ。
今も彼女と剣の打ち合いをしている最中である。
「はああああああああああっ!!」
俺は気合と共に剣を振りおろす。その剣をストロベリー師匠は最小限の動きで躱し、お返しとばかりに突きを放ってくる。
俺はその突きを返す刀で弾いた。
そこからも幾度となく剣を打ち合い、その度に金属の弾ける音が山の手に響き渡る。
「まさかたった一年でワシとここまで打ち合えるようになるとはな……信じられぬ坊主じゃよ、お主は」
剣を打ち合いながら彼女は呟いた。
「じゃが、まだまだじゃ」
そう言うと彼女はごくあっさりと俺の剣を弾き飛ばし、武器を失って隙だらけとなった俺の首筋にぴたりと己の剣を当ててくる。
「……参りました」
「うむ」
彼女は剣を腰の鞘に納める。
「……まだまだ敵う気がしないですね……」
「当たり前じゃ。たった一年で追いつかれたらたまったものではないわい。これでもワシはこの歳にして既に【武神】の二つ名が定着しつつあるほどの武人なのじゃぞ?」
俺の呟きに対して彼女は憤慨したように答える。
確かにここ最近、ストロベリー・ラム・パトリオトといえば【武神】の二つ名が付いて回るようになっていた。そんな人が俺の師匠なのだ。
俺はまだ世界の全ての武人を知っているわけではないが、それでも俺の周りだけでいえば彼女は既にどの大人よりも強い。それも次元の違う強さだ。
しかも俺はまだ恐らく彼女の本気を見たことが無い。
何故なら彼女の家系は代々【雷魔法】が得意な家系であり、彼女自身も【紅い雷】を使うという噂を聞いたことがあるのだが、しかし俺はまだその雷の魔術すら見たことがないのだから。
ただ純粋な武術だけで彼女は既に常人の域を超えていた。
「じゃが安心せい。このワシから見てもお主の成長速度は異常なほど速い」
「……ほ、本当ですか?」
「こんなこと嘘を付いても何にもならんじゃろうが。それとこのワシが褒めるのはよっぽどのことなんじゃぞ? 自覚せい」
そういえば彼女に褒められたのはこれが初めてかもしれない。
「それとな、成長が早いということはそれだけお主の頭が良いことに他ならぬ」
「え?」
「成長の早さは頭の良さに直結する。常にどうしたら強くなれるのかを考え、常に試行錯誤をしている者こそが本当に強くなれるのじゃ。そして頭の回転が速い者ほどさらに成長速度は速い。実は武術こそ頭の良さが必要なのじゃ」
「そ、そうなのですか……?」
「ああ。それだけお主の頭は良い。他の者と比べてな」
まさかそこまで言ってもらえるとは……。
でも頭が良いなどと言われても今一つ実感が無い。俺はあまり他の人――特に同年代と比べる機会がないし、何より前世では頭が悪いせいで人生に絶望する結果となった。
それに……どの道ここで満足するわけにもいかない。というか満足するのが怖かった。
もしここで満足して足を止めてしまえば、きっと俺はここまでだろう。ここから何も成長しないに違いない。
それは前世の失敗があるからこそそう思えた。というかその確信がある。
だからこそ俺は努力を止めるわけにはいかない。ここで満足するわけにはいかないのだ。
そう、努力あるのみ。一に努力、二に努力。三、四も努力で五も努力だ。
そんなことを思っているとストロベリー師匠がやや呆れたように言ってくる。
「しかし本音を言えばお主は予想以上じゃわい……。本当は一度精神をバキバキに折るつもりでわざとギブアップさせる予定だったのに、まさかあの無理難題を全部乗り越えてしまうとは思いもしなかったぞ。その後も黙々と無茶なメニューをこなしていくし……正直言って、ワシが引くくらいの努力家じゃわい、お主は」
……は? そうだったの?
……いや、道理で異常にキツイと思ったよ……。いや、マジで。
どれだけ血反吐を吐いたか分からないし、実際に筋肉がぶち切れたこともあった。その度に上級ポーションで無理矢理に回復させられてまた続きをやらされるという……。
六歳の幼児に対してさすがに厳し過ぎないかと思っていた。
「まあ、よくやったわ、本当に。本来なら六歳の餓鬼が耐えられるものではなかったのだがな」
うん、本当にね。もし前世で同じことをやっていたら既に寝たきりになっていたかもしれない。それほどの地獄の特訓だったよ。
「おかげでワシも目が覚めたわ。【武神】などと言われて少しいい気になっておったが、うかうかしておったらお主に追い付かれてしまうからの。もう一度基礎から自らを鍛え直しておるところよ」
ただでさえ異常なほど強いのに、さらに努力を重ねるのか。
この人に追い付くには俺もさらに頑張らないとな。
「ま、お互いに将来が楽しみじゃな。お主が音を上げぬ限りはこれからも色々と教えてやるからの」
これだ。彼女は鬼のように厳しいものの、しかし根は親切だった。
だからこそ俺は彼女に頭が上がらない。
「これからもよろしくお願いします、師匠」
「うむ」
彼女は口よりも先に手は出る乱暴者だし、胸はいつまで経っても成長しないツルぺただし、時には理不尽に殴られることもあるが、その心根はとても優しい少女なのである。
だから俺は彼女には感謝してもしきれない。
「これならワシがどうなっても心残りはないかもしれぬのう……」
「え?」
「……いや、何でもない。それにしてもお主の剣はそろそろ限界じゃな」
見れば確かに至る所にひび割れがありボロボロだった。
そこまでまだ使ったわけでもないのだが、元々そんなに良い剣でもないからな。師匠と打ち合っていたらこうもなるか……。
「ひび割れも酷いが、何よりお主の身の丈に合わなくなってきておる」
ふむ……言われてみれば少し短く感じるように思える。
俺はショートソードを使っていた。俺は子供なので普通の剣では大きすぎるからだ。
しかし普通のショートソードでは既に小さくなってきているらしい。どうやら俺の背丈も成長しているようだ。
「よし。特訓はこれくらいにして、今日はこれから武器屋でお主の新しい武器を見繕うとしよう」
「え? 俺は金を持って来てないですけど……」
「なあに、心配するな。ワシが買ってやる」
「え? で、でも……」
「遠慮するでない。師匠から弟子へのプレゼントじゃ! あれからちょうど一年……お主の成長を祝ってやるわい」
そう言って俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくるストロベリー師匠。
……これだから俺はこの人に感謝してもしきれないのだ。
いつか絶対に恩返しをしたい。
俺はそのように決めた。
何にせよまずは強くならないとな。それが彼女に対して最低限果たさねばならない義理だから。
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