第十二話 【流体魔道】の極意
おかげさまでまた日刊ランキングの160位くらいに入ってました。感謝です(*^_^*)
その代わりと言ってはなんですが、フライングしてみました。
俺は振り返ると、もう一度彼女に向かって突進した。
そのスピードは先程までとは比べるまでもないほど速い。
もちろん魔力で体の機能を底上げした結果である。
体に定着した魔力はきちんと俺の体を強化してくれている。
「なんじゃ!? 何故急にスピードが上がった!?」
俺の手を躱しながらストロベリーが問うてくる。
しかし俺はその問いに答えずただ彼女を追いかける。
避けられてもすぐに追いつき腕を振るう。
それでも躱されてしまうが、彼女の顔からは先程までの余裕が無くなっていた。
そして何かに気付いたように声を上げる。
「まさか……身体強化の魔術か!?」
へえ、身体強化の魔術というのか、これは。
「バカな……魔力ゼロの貴様がどうやって……!?」
俺の手を掻い潜りつつも、彼女は驚愕の声を上げていた。
俺は無言で彼女を追い続ける。何故ならこちらにも答える余裕がなかったからだ。
身体強化の魔術で体を強化したのはいいが、それでも彼女の方が術の練度は上であり、そもそも体の鍛え方も違う。
それを彼女の方も理解しているのだろう、
「ふん、小癪な! どういう理由かは知らんが力を隠していたとうわけか。……しかし、そうずっと続きはすまい。身体強化の魔術は魔力の消費が激しいゆえな! そもそも身体強化の魔術とは常は力をセーブしつつ、要所要所で使っていくものじゃ。見た感じ貴様は常に全力で魔術を展開しておるじゃろ? そのようにずっと全力で使い続けるような者はまずおらん。愚策ともいえよう!」
彼女の言う通り、確かに本来ならこんなずっと魔術を使い続けていたらすぐに魔力が切れているだろう。
実際、彼女は俺から逃れるほんの一瞬だけ身体強化の魔術を使っていた。もっと詳しく言えば足を踏み出す瞬間だけ身体強化の魔術を使っている。
だが、それは言う程優しい技術ではない。身体強化の魔術のスイッチを切ったり入れたり、ほんの一瞬だけ使えるのはひとえに彼女の魔術コントロールが極めて長けているからだ。
俺は辛うじて身体強化の魔術を使えてはいるものの、まだそこまで出来る自信はない。
例えば彼女のように自分の体内魔力を使えるのであれば、彼女程とはいかなくてもある程度は瞬間的にスイッチの入れ替えを出来るかもしれないが、いかんせん、俺は空気中の魔力を使っているのだ。空気中の魔力を体内に取り込んで魔術を使うことは、前にも言った通り、通常よりも魔術のコントロールを十倍は難しくする。
だからまだ今の俺には一瞬だけ身体強化を使うという芸当は出来ない。
――まあ、する必要もないのだが。
何故なら俺の【流体魔道】は半永久的に魔力を使えるのだから。
これは魔力コントロールが難しくなるというデメリットを上回る大きなメリットである。
実際にこれだけ身体強化の魔術を使い続けても魔力が尽きる気配は全くない。
それでもまだ彼女に比べると俺の魔術の構築が雑であることは間違いなかった。だからもっと魔術を洗練しなければならない。
今はとにかく彼女の魔術コントロールを盗んで、少しでも彼女に近付け!
「バカな……!? いつまで身体強化の魔術を使い続けられる!? 一体どれだけの魔力を持っておるのじゃ!? それどころか、どんどん速度が上がっておるじゃと!?」
少しでも彼女の技術を取り入れる。その分、少しずつ彼女の体に近付いていた。
「くっ……!」
少しずつ彼女の体に掠りそうなぎりぎりのところまできた。
もう少し……! もう少しだ!
しかし現時点ではこれ以上、急激な成長は見込めないところまで彼女の技術は盗み切った。
あと少しが届かない……!
俺は魔力は無限だが、しかし体力はその限りではない。
このままでは体力の差でこちらが先に参ってしまう……。
………。
仕方ない。勝負に出よう。
俺はそれまで魔力のコントロールを安定させるためにある程度のところで魔力を体内に入れるのを止めていた。
だが、ここで一気に体内に魔力を取り込み始める。
同時に魔力コントロールが一気に難しくなる。コントロールを失えば魔術式は成り立たなくなり、魔力は散って、身体強化の魔術は消えうせるだろう。
しかし一瞬だけなら……!
俺は細心の注意を払いながら一気に魔力を取り込み、一瞬だけだが大幅な身体強化が出来た。
すぐに魔力コントロールがぐちゃぐちゃになって魔術式は消えてしまったが、一歩大きく踏み出すことだけは成功した。
急に俺のスピードが上がったことにストロベリーの表情が歪む。
「しまっ……!?」
結果、俺はタックルするような形で彼女の体を捕えていた。
だが、このままでは彼女を地面に押しつけながら彼女の体を削るようにして地面をすべってしまう。
いくら相手が強いと言っても、女の子を傷つけるわけにはいかない……!
俺はとっさに彼女と体の位置を入れ替えると、彼女を守るようにして衝撃に備えた。
「バ、バカッ! 離せ! それでは貴様が……!」
彼女のセリフが終わる前にインパクトが来る。
俺は彼女を守るようにして背中と後頭部に強い衝撃を受けつつ地面を滑った。
ようやっと止まった時には、俺は既に意識を手離していた。
**************************************
ふと、目を覚ますと青空が目に入ってくる。
頭が覚醒してすぐに体を起こそうとするが、
「いっ……」
背中が痛んで俺は呻いた。そのまままた倒れてしまう。
すると視界に何者かが入り込んでくる。
「まだ休んでおれ」
それはあの少女、ストロベリーだった。
そしてすぐにどういう状況か理解する。
俺は彼女に膝枕されていた。
「まったくとんでもない坊主じゃわい」
俺の顔を覗きこんでくる彼女の表情は呆れていた。しかしその顔はどこか優しい。先程までの刺々しかった雰囲気はまるでない。
「それにしても何故わざわざワシのことを庇った? どう考えてもお主の方がダメージが大きくなるのは分かり切っておったじゃろうに」
「……女の子に傷を負わせるわけにはいかないから」
ストロベリーは鳩が豆を食らったような顔になった。
そしてこちらから目を逸らしてぼそりと何かを呟く。
(六歳児を相手に何を赤くなっておるのじゃワシは……)
その声は小さくて聞き取れなかった。
しかし、すぐにまたこちらに視線を降ろしてきて、
「それにしてもお主、魔術は使えなかったのではないのか? いや、ワシから見てもお主に魔力があるようには感じられぬ。先程の身体強化の魔術はどのようにして使った? そもそも身体強化の魔術はそう簡単に使えるようなものではないぞ。お主はそれをどこで習った?」
ストロベリーは矢継ぎ早に聞いてくる。
まずいな……結果として彼女に魔術が使えることがバレてしまった。
しかし――それでも彼女は逃したくなかった。
彼女の動きには一切の無駄がなかった。きっと彼女から得られることは大きい。
将来俺が強者を目指すなら、彼女は絶対にいなくてはならない人材だ。
だからこそリスクは承知で魔術を使った。
だが、一体どうやって言い訳したものか……。
すると俺の態度から気持ちを察したのか、ストロベリーは訝しげに訊いてくる。
「お主……もしかして黙っていたかったのか? 自分が魔術を使えることを。だとしたらどうして無理をしてまで魔術を使った?」
その問いに対して俺は素直に答えることにした。
「俺はどうしても強くなりたいんだ。だからあんたを逃すわけにはいかなかった」
そう言うと彼女はきょとんとした後、大きく笑い出した。
「ふはははっ! そうか! 強くなりたいか! そのためにワシが必要と申すか! はははっ! 気に入った! 気に入ったぞ! エイビー!」
何やらお気に召されたらしい。
「よかろう。約束通り剣を教えてやるぞ。……いや、色々と教えてやろう。強くなるための方法をな。じゃが、ワシのしごきは厳しいぞ? エイビーよ、弱音を吐いたらすぐに訓練は中止するからそのつもりでおれよ?」
「ああ……よろしくお願いします、師匠」
すると彼女はまた呆けた顔をした後、
「師匠か。ふむ、意外と悪くない響きじゃのう」
何だか満更でもなさそうだった。
よかった。どうやら本気で色々と教えてくれるつもりらしい。
「ま、今日はこのまま休んでおるがよい。背中へのダメージもそうだが、身体強化の魔術を使ったせいでお主の体が悲鳴を上げておる」
確かに俺の体は背中へのダメージだけでなく、まるで筋繊維が痙攣を起こしているかのようにして手足が痺れていた。
その様子を見てストロベリー師匠が言ってくる。
「さてはお主、身体強化の魔術を使ったのは今日が初めてじゃな?」
俺はぎくりとした。まさかそこまで見抜かれてしまうとは……。
どのように返答しようか迷っていると、彼女は軽くため息を吐いて、
「まったく……本当にとんでもない坊主じゃ。この先が末恐ろしいわい」
それだけ言うと頭を撫でてくれる。
「ふんっ、こんなに甘やかせるのは今日が最初で最後じゃぞ。今はせいぜいゆっくり休むのじゃな」
どうやらそれ以上は追及してこないらしい。
助かった……。細かい事にはあまり気にならないのか、それとも気を遣ってくれたのか……。
いずれにせよ彼女はいい子だ。
俺は安心するように、再び意識を手離した。
……そういえば膝枕なんてされたのはいつぶりだろうか?
ブックマークありがとうございます。
次は夜の21時30分頃投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




