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第十一話 少女の強さの秘訣

「まずはこの円の中に入るがよい」


 俺は言われた通り、彼女が描いた円の中に足を踏み入れる。

 お互いに手を伸ばしたら触れ合いそうな距離に彼女はいた。

 そんな距離であるにも関わらず、彼女は続けてこのように言ってくる。


「貴様は武器を使ってもよいぞ。剣を振って追い詰めるもよし、最悪剣でワシを斬って動きが鈍ったところを捕まえても良いというわけじゃ。まあ、そのくらいせんとワシを捕まえることは出来んだろうしの」


 驚いたことにこんな小さな円の中で俺が剣を使ってもいいと彼女は説明している。

 いくら子供の俺とはいえ、剣を使えば端から端まで届かせることが出来る。

 それを理解した上で彼女は剣を使えと言ってきている。

 ……そこまでの自信があるのか。

 しかし俺は腰に携えてきた剣を取り外すと、円の外へと投げ捨てる。

 その様子を見ていたストロベリーが眉をぴくりと動かし、


「ほう、見た目によらず男じゃのう。じゃが……同時に失望したぞ。その程度の覚悟でワシを捕まえられると思っておるのか?」


 本当に失望したのか彼女は軽くため息を吐いていた。

 しかし俺はそれでも剣を拾うつもりはない。

 彼女はさっき自分のことを斬ってでもと、そう言った。だが、俺は年端もいかぬ少女を斬ってまで目的を達成したいとは思わない。

 それに、俺は今まで剣を振ったことがなかった。慣れない剣を振るよりも、体一つでぶつかっていった方が良いと判断した。

 だから俺はそのまま腰を落とし、いつでも始められるよう両手を構える。

 すると彼女は、今度は笑う。


「ふっ、それでも剣を拾わぬか。中々肝は据わっておるではないか。そういう一本気なところは嫌いではないぞ」


 どうやら彼女の琴線に触れたらしい。……武人肌の子が考えることは今一つ分からないな。


「じゃが……じゃからと言ってこちらが手加減する謂れはないがな。……さあ、いつでもかかってくるがよい。貴様がワシを捕まえられれば貴様の勝ちじゃ」


 そう言いながらも彼女は普通に立っているだけだ。別段、構えるわけでも逃げようとするわけでもない。ただ自然に立っているだけ。

 先程も言った通り円は小さい。

 少し足を踏み出せばすぐにでも掴めそうな距離に彼女はいる。

 いくら何でも舐めすぎだと思うのだが……。

 そう思いつつ、俺は一歩前に踏み出した。

 そして彼女を捕えんと手を伸ばす。

 が――


「遅いのう。止まって見えるわい」


 気付けば彼女はそこにはいなかった。

 真横だ。気付けば真横にいた。


「まるで見えなかった……」


 どういうことだよ……? 人間の動きじゃないだろ!?

 いや、微かには見えていた。それはけして瞬間移動ではなかった。

 ただ単に速く動かれただけだ。それも目で追えぬほどのスピードで……。


「くっ……!」


 俺は横に向き直ると、もう一度手を伸ばす。

 今度は見逃さない……そう思い目を細めながら。

 すると彼女は腰を落とすこともなく、苦も無く横に移動した。やはりとんでもないスピードで。

 辛うじて右に移動したことを見抜いた俺はそのまま右腕を横に振るうが、


「甘い」


 あっさり避けられる。というか既にそこにはいなかった。

 声が聞こえたのは真後ろだ。


「くそっ!」


 俺は悪態をついて後ろに向き直り、そのまま突進する。今度は腕を滅茶苦茶に振るいながら。

 しかし気付けばまた真後ろからため息が聞こえるのだった。


「やみくもに動いてこのワシを捕まえられるわけがなかろう。もっと動きを見定めんか」


 ……信じられない。この狭い円の中、まったく彼女を捕まえられる気がしない。

 たかだかまだ二、三回避けられただけなのに、圧倒的な実力差を感じた。

 ……そもそも人間の動きかよ!?

 ………。

 いや、違う。冷静になれ。

 今のは間違いなく普通の人間の動きではない。

 これでも既に六年間この世界にいるのだ。だからそれなりに幾人もの人間を見てきた。

 しかしその中に彼女のような動きをする者は一人もいなかった。強弱はあれ、少なくても常識の範囲内の動きをしていたと思う。

 ……なにかカラクリがある。俺はそのように結論づけた。


「ほう……意外と悪くない目をするのう。ワシを見定めようとする目じゃ」

「………」


 俺は何も答えない。

 幸い制限時間は設けられていない。ならば存分に試させてもらうだけだ。

 俺は再び彼女に襲い掛かった。しかしまた簡単に躱されてしまう。

 俺は振り返り、動きを止めず彼女に向かって突進するがまたひらりと避けられる。

 それでも諦めず、俺は彼女を追い続けた。

 近付いてもすぐに離され、手を伸ばしても届かない。お粗末なフェイントを入れたところであざ笑うかのようにフェイントで返され、かと言って本気で追いかけても簡単にあしらわれるだけ。

 まるで捕まえられる気がしなかった。


 しかし――俺はあることに気付き始めた。


 ん……? 彼女が俺から逃れるようにして動くその一瞬、彼女の体の中の魔力が異様な動きをしているような気がしたが……?

 それは今までずっと瞑想をしてきたからこそ気付けた現象だった。

 だから俺は、今度は彼女の体内魔力の動きを注視しながら彼女を追う。

 俺は彼女に向かって手を伸ばす。すると彼女が俺から逃れるようにして横に動くその一瞬……彼女の体の中で魔力が爆発的に高まったのを見逃さなかった。

 まるで彼女の身体機能を底上げするかのように、魔力が彼女の体の隅々まで行き渡り、その魔力が彼女の体に付着した。

 ――魔力が体に付着しただって!?

 俺が目を見開いている間に、ストロベリーはまた俺の手から逃れていく。

 その際、俺はあることに気付いた。

 ……足に付着した魔力が脚力を強化していた……?

 俺の目にはそのようにしか見えなかった。

 俺は一度動きを止める。


「? どうした?」

「少し時間をもらってもいいですか?」

「別によいが……体力を整えるつもりか? 意外と姑息じゃのう」


 もちろん俺はそのつもりではない。俺は気にせず考えをまとめる。

 ……俺が見た限り、彼女は間違いなく肉体を強化していた。それも自らの体内魔力で。それが彼女の異常な動きの正体だ。

 きっとこのままでは一生かかっても彼女のことを捕まえることは出来ない。

 では、どうするのか?

 答えは簡単だ。


 ――そうだ。俺も同じことをすればよい。


 俺は目を瞑る。


「ぬ……?」


 ストロベリーの訝しげな声が聞こえてくるが、今は自分に集中する。

 まずは【流体魔道】で辺りの魔力を自分の体内へと集める。

 そして……その魔力を体の隅々へと運んでいく。

 そう。彼女がやっていたように。

 今の俺は他人の中の魔力の流れをかなりハッキリと見ることが出来る。その者がどのようにして魔力コントロールを行っているのかを詳細に『視る』ことが可能だ。

 だからその魔力の動きさえ覚えてしまえば、後は同じように魔力を動かせばその者と同じ魔術が使える。言ってしまえばコピー出来てしまうのだ。

 ただ……この体を強化する魔術は思っていたより難しい。

 今までストロベリーに会うまでこんな魔術を使う者に会ったことがなかったことからして予想できたが、これは上級にランクする魔術だ。しかも普通の上級の魔術とは違うセンスを要求される独特の魔術である。

 だが、俺とてこの二年ただひたすら瞑想し、ただひたすらに魔力コントロールを極めてきた。

 ここで使いこなしてみせなければ意味が無い。

 彼女は俺にとって絶対に必要な人材だ。

 ――ここで逃してなるものか。

 絶対に捕まえてみせる!

 その思いで必死に魔力をコントロールした結果……体の隅々に魔力が定着した瞬間、体から力が溢れるのを感じた。

 ……よし。成功だ!


「ん? なんじゃ……?」


 何かに気付いたのか怪訝な声を上げるストロベリー。

 俺は目を開けると、


「行きます」


 一応断りを入れてから前に足を踏み出した。

 すると一瞬にして彼女との距離を縮めることに成功する。


「なっ……!?」


 彼女の顔が驚愕に歪んだ。

 俺は手を伸ばす。


「くっ……!」


 俺の手はぎりぎりで彼女の体を掠ることなく空を切った。

 惜しかった……! だが……これならいける!

 俺はそう確信した。





明日は21時30分頃に投稿いたします。


よろしくお願いいたします。

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