第十話 【武神】ストロベリー・ラム・パトリオト
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あの後オキクから事の詳細を教えてもらった。
俺がパトリオト伯爵家の息女から剣術を教えてもらう一連の流れは、要は政治である。
叔父は魔術師としてだけでなく政治家としてもやり手らしく、帝国の中でここ最近台頭した存在だ。つまり叔父は貴族の中で注目株であり、既にかなりの力を持っているということ。
そうすると出る釘は打たれるというか、敵もまた多くなる。
まあ、あの叔父はそこら辺も上手くやっているらしく表立って敵対する者はそこまで多くないらしいが、潜在的な敵はかなり多い。
恐らく暗殺者のオキクを派遣してきた者もその一人だろう。
だからこそ仲良く出来る家とは仲良くしておきたいらしい。
しかもそれが隣接している国となれば尚更で、今回の先方の申し出は叔父にとって渡りに船だったわけである。
で、その生贄にめでたく俺が選ばれたというわけだ。
ただ、今回の申し出は俺にとっても実は渡りに船だった部分がある。
将来の俺の戦闘スタイルを考えると、今から近接戦闘のイロハを覚えることはけして悪いことではない。むしろ金を払ってでも得るべき技術だとすら考える。
何故なら【流体魔道】は空気中の魔力を利用するよりも、相手の魔力を利用した方が強い魔術を行使出来るのだから。
だから将来、敵と出会った時に相手の懐に飛び込み、相手の魔力を利用できるようになれば、一撃必殺の方法で攻撃できるようになるはずだ。
特に魔術師相手なら尚更有効な戦法だろうし、そういう観点から考えると、その方法を極めれば俺は魔術師キラーとなることだろう。それはこの魔術師優位の世界ではかなりのアドバンテージとなるに違いない。
ただ、一つ心配があるとしたら、先方から派遣されてくる姫がどういう人物なのかということか。
ストロベリー・ラム・パトリオト伯爵令嬢。
若干十二歳にして将来、【武神】としての二つ名が約束された少女。
それどんなゴリラ? 失礼ながら俺はそう思いました。
まあ別に見た目はどうでもいいのだが、いずれにせよ俺が求めるような人物かどうか見定めねばならない。
いくら強いと噂されていても先生として優秀とは限らないし、そもそも俺の目標とする戦闘スタイルと合致するかも分からない。
性格の良し悪しもある。
俺とて時間を無駄にするつもりはない。前世のように時間を食い物にすることだけは絶対にしたくないのだから。
――とにかく、一度会ってみるしかない。そのストロベリーとかいう子に。
そう思いつつ俺は外出の準備を始めた。
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ストロベリー・ラム・パトリオト伯爵令嬢が派遣されるのは『見晴らしの丘』と呼ばれる小さな丘の頂上だった。
見晴らしの丘はスカイフィールド伯爵家と隣接する二つの家との丁度国境線となる場所にあり、その内の一つがパトリオト伯爵の領土というわけだ。
だから結局は俺もその見晴らしの丘まで赴かなければならない。
まだ馬に乗れない俺はオキクの馬に乗せてもらって約束の場所へと駆けているところだ。
それにしても……俺はオキクの腰にしがみつきながら思った。
オキクのウエストって細いな~。
そう言えばオキクと出会って既に六年の月日が経つのだが、彼女は出会った時と見た目がほとんど変わっていない。
つまり出会った時と同じ見た目十五歳くらいの少女のままだ。
うん、一体どうなっているんだろう?
生まれつき若い見た目をしているのか? それとも魔術で若さを保っているのだろうか?
そこら辺について一度オキクに質問したことがあるのだが、「女性に歳のことを訊くものではありません」というセリフと共に殺気を浴びせられてそれ以上何も聞けなかったという……。
あと、俺に飲ませてくれていた母乳についても不思議しかないんだよな。
俺はオキクの母乳で育ったわけだが、しかしオキクには他に子供がいるようには見えない。
普通、乳母とは子供が生まれたばかりの女性が連れて来られるわけで、そもそもオキクのような年若い少女がそれを務めていること自体違和感だらけである。
実年齢は不明だが、多分オキクは見た目通り若いと思う。これは前世で39歳まで生きた俺の直感だ。
だからその辺に関して一度詳しく訊いてみたいのだが、もし何か深刻な話だったらどうしようという思いがあって切り出せないでいる。
でも、彼女にはそこまで深刻なものを背負っている雰囲気がないんだよなぁ。
よし、決めた。やっぱり聞いてみよう。今ここで。
「ねえ、オキク。オキクはどうやっておっぱいを出していたの?」
「気合です」
「………」
なんか斜め上の答えが返ってきたんだけど……。
……え? おっぱいって気合で出るものなの……?
そんなバカな……!
女体の神秘に俺が愕然としていると、オキクが続けて説明してくる。
「里にいた頃、くの一としていかなる潜入任務でもこなせるように様々な訓練をしましたので」
いやいや、訓練で母乳って出るようになるの?
というか『くの一』って言っちゃってんじゃん!?
え、忍者なの!? この世界にも忍者っているの!?
「あ、間違えました。そういう設定です」
「今さら遅いけど!?」
「設定です、坊ちゃま」
「わ、分かったから殺気を向けないで。ちびりそう……」
本当に怖いよこの子……。体は6歳だからオキクの凄まじい殺気に耐えられないんだよ……。
でも『くの一』か~。
もし本当に忍者の里があるのなら、いずれ行ってみたいのだが。
うーん、でも……何でそんなものがあるんだろう? 忍者って俺がいた世界の日本だけの話じゃないのか?
俺は首を傾げるしかなかった。
「坊ちゃま、見えてきました」
その声に反応して顔をずらすと、既に見晴らしの丘の頂上付近まで来ていることが分かった。
オキクは馬を止めると、
「わたしはここで待機しております。お帰りの際にはまたお迎えに上がりますので」
そう言って俺は馬から降ろされる。
つまりここからは一人で行けということか。
「分かった」
「何かあればすぐに駆け付けます。ですから、そう肩ひじ張らずとも大丈夫です。何があろうとわたしは坊ちゃまの味方です」
まったくこの子は……。
「ありがとう、オキク」
「では行ってらっしゃいませ、坊ちゃま」
「ああ、行ってくる」
俺はオキクに手を振ると、頂上に向かって一人歩き出した。
間もなく頂上の風景が見えてくる。
そこはだだっ広い草原だった。
木はぽつぽつと立っているだけ。
辺り一面緑色でとても見晴らしが良い。
――その中央に一人の少女がぽつんと佇んでいる。
だが、俺は目を見張った。
その少女はどう見ても十二歳くらいなのに、華奢な背中に彼女の背の二倍以上となる巨大な槍を背負っていたからだ。
いや……あれは戟という武器では?
戟とは槍に似た武器で、先端の刃以外にも横に付属で一つ以上の刃が付いている武器だ。
有名なものでは中国三国時代の呂布奉先が持っていた方天画戟だろう。
実際彼女が持っている戟も先端の刃に付属する形で両側にもう一つずつ刃が付いており、どこか呂布の持つ方天画戟に似ている。
で、話を戻すが、そのいかつい戟を小さな少女が背負っているのだ。
その姿は違和感を超えて異様だった。
そして少女の方に目を向けると、予想に反して非常に美しい女の子である。
パッチリとした瞳を長いまつ毛が縁取り、薄い紅が差した形の良い唇。
薄い桃色の、腰の下まであるサラサラのストレートの髪。
そして白磁のごとき白い肌。
ここまでは単なる美少女で済む話だが、しかしその顔は不機嫌そうにむっつりとしており、その小さな体は完全武装で纏われている。
紅い鎧を全身に纏い、腰には一振りの剣。
そして前述したように背中には巨大な戟。
俺が近付いていくと、彼女――ストロベリー・ラム・パトリオトは不機嫌さを隠そうともせず鼻を鳴らす。
「どうしてこのワシが『魔力ゼロ』の相手などせねばならぬのじゃ」
いきなり吐き捨てられたそのセリフ。
どうやら彼女は俺に対して良い感情は抱いていないらしい。いきなり『魔力ゼロ』と罵ってきたことがその証拠だ。
彼女の方も自分の意思で来たわけではないようだ。
とはいえこちらとしては礼を欠くわけにはいないので、俺は頭を下げる。
「エイビー・ベル・スカイフィールドです」
「ふんっ、礼儀だけは弁えておるようじゃな。ワシがストロベリー・ラム・パトリオトじゃ」
随分と古風な喋り方をする少女だ。
まさか実際に『のじゃロリ』に出会うことになろうとは……。
説明しよう! 『のじゃロリ』とは見た目は幼女なのにジジババくさい言葉を喋る子のことで、日本のオタク界ではそれなりに需要があった。密かに俺も好きだった。
目の前にいるのは天然モノの『のじゃロリ』だ。俺が歓喜しない訳がなかった。ごめん、さっきは密かにとか言ったけど実はかなり好きでした。
しかし現実はそこまで甘くはなく、目の前にいる『のじゃロリ』は俺のことなど全く興味はなさそうである。
「勘違いするでないぞ。ワシは我が父に言われて仕方なくここに来ただけじゃ。……チッ、あの男、我が父ながら面倒くさいことを言い出したものじゃ。なんでこのワシがあの小心な男のために自分を犠牲にせねばならぬのじゃ。ワシは自分の武の鍛錬で忙しいというのに……ええいっ、腹立たしや!」
少女は苛立たしげに地団太を踏む。彼女が地面を蹴る度にズシン、ズシンと信じられないような効果音を響かせている。
こわっ……。俺は直感的に彼女はオキクとは別のタイプで怒らせてはいけない少女だと認識した。
「……まあよい。ここに来たからには一度貴様がどれほどやるのかだけは見てやろう。もしやる気がなかったり才能がないと分かれば即刻ワシは立ち去る。その時は二度とワシが貴様に剣を教える機会はないと心得よ。……まあ、言わずもがなワシにとってはそっちの方が都合が良いがな」
彼女はそう言って背中の戟を外し、それを地面に突き刺した。
そして原っぱを抉るようにして小さな円を描く。
「この円の中でワシを捕まえてみせよ。ワシは武器を一切使わないし、手を出すこともせん。貴様がワシを捕まえて見せれば、その時は剣を教えると約束してやろう」
何やら勝手に決められたが、それでも最低限の義理だけは果たそうとしてくれているのだろう。
お互いに家の都合で勝手に取り決められた約束だ。もしかしたらその方が良いのかもしれない。
しかし……悪いが俺には俺の目的がある。
もし目の前にいる少女が俺の眼鏡にかなうのであれば、申し訳ないが逃す気はない。
俺としては、簡単に捕まえられるような子なら敢えて捕まえないし、簡単には捕まえられないほどの動きを見せる子なら、逆に何としても捕えなければならない。
見れば彼女が描いた円はかなり小さい。半径一メートル弱といったところか。大人二人がその円に入っただけで手狭に感じるほどだ。
あんな小さな円の中で捕まえられない自信があるなど、恐らく彼女は本物だ。俺はそう直感した。
彼女は円の外に戟を放り投げ、腰の剣も鞘ごと取り外すと、
「さあ、始めようぞ」
こうして彼女――ストロベリー・ラム・パトリオトによる最初の授業の幕が開けた。
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次は今日の22時30分ごろに投稿予定です。
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