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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
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ACT.05 自由への渇望

それは、村の外れに存在した。



手入れのされた名残さえ無く、ただそこにあるだけの空間。



『聖域』



その目前で、祈響は足を止める。



「……狼」



「は?」



それまで無言だった青年の唐突な言葉に、零は思わず訊き返した。


ふと紅の目が見つめていたのは、石像。


かろうじてその存在を示すそれは、まるで忘却の果てに奉られた神のよう。



「………狼は本来『大神』と書くらしい。たとえこの地の狼が絶滅したとしても『大神』は“神様”として眠ることは赦されない。 ……こうして、奉られる限り…」



憐れだな、と。



そう嘲笑する声音は冷たく、何処か自虐めいていて。



「…祈響」



「…ただの戯言だよ。気にするな」



色の違う瞳を細め、ふと空を仰ぎつついつもの調子で祈響は笑う。



「……今日は月が綺麗に見えそうだ。もしかしたら狼男に出逢えるかもしれないな」




世界を包み込んでいた赤が闇に払拭され、色を変える。



「…下弦か」



祈響は夜空を仰いだまま呟いた。


細い銀糸が月明かりに照らされ、鈍く光を放っている。

同じく照らされる紅の左目が、微笑。



「…なかなか美しいが月は自ら光を放っているわけでは無いんだったな。そう思うと酷く滑稽に見える」



そうは思わないか? と祈響は背後の零に笑みかける。



「………興味が無いな」



冷ややかに応じる零に「そうか」と告げ、祈響は止めていた足を再び進めた。



その、刹那。




月が闇に覆われた。否、影が遮ったのだ。


「……へぇ」



それを紅き瞳で捉え、青年は口元を涼やかにつり上げる。



「まさかそっちから出迎えてくれるとは思わなかったよ。 …もうひとりの“神様”さん」



低い咆哮。相手を威嚇するように牙を剥き、金色の瞳で此方を見据えるのは。

この地に祀られる『大神』そのものだった。



「…満月でも無いのに狼男か…馬鹿馬鹿しい」



それまで祈響の背後に居た零がおもむろに『滅亡童話』を開く。



だが。



「待て、零」



良く通る美声が、制止した。




その僅かな隙を掻い潜るように、『大神』は瞬く間に闇と同化した。



零は舌打ちをすると己を引き止めた青年を深緑の眼で睨み付ける。



「……何のつもりだ、祈響」


何故止めた、と問われ、祈響は紅の目を僅か細めて応じる。



「お前の眼鏡もとうとう度が合わなくなったのか? あの『大神』…いや、狼は神でも、ましてや違法の屍でも無い…ただの屍だ」



「……何だと」



「さしずめ“古代種”と 言ったところか。それに、気にかかることもあってな」


「…………」



「あの狼…深手を負っていただろう」



「…それが何だ」



「……矛盾しているんだよ。仮にあいつが村長と爺さんを殺したとして、何故深手を負っている? あれほどの“力”を持つ者が、あんな無様に深手を負うか?」



「……不意討ちか」



「そういうこと。やはりもうひとり、“参加者”がいるようだ」



「…参加者?」



怪訝そうな表情の零に祈響はふと笑みかける。



「あぁ。村長と爺さんを殺し、狼に深手を負わせた…愚か者がな」



銀糸が揺れ、紅き瞳が禍々しい光を放つ。



「あの狼に直接話を聞いた上で…その参加者を引っ張り出してみようか」



「…あの狼相手に話が通じるとは思えない」



「それはやってみないとなんとも言えないよ。意外と会話が弾むかもしれないだろう?」



「……ならば何故さっき話そうとしなかった」



訝しむように深緑の瞳を細める零に、祈響はやれやれ、といったふうに肩をすくめる。



「……深手を負っている奴から無理矢理話を聞こうとするほど、オレは薄情者じゃないさ」



唇に薄い笑みを浮かべ、青年は続ける。



「まぁ、あれくらいの外傷なら、直ぐに治るかもしれないけど」



地に落ちている血痕を見つめて、祈響は何処か冷めた声音で言う。



「…ま、何はともあれ、あの狼の住み処まで足を運ぶとしようか」






咆哮。


何処か遠くで聞こえるそれは、まるで哀願のようで。



「また咆哮か…これで何度目だ、まったく」



呟く零に、祈響は笑う。


「願い事でもしてるんじゃないか? 流れる筈もない星々に」



「……くだらない」



「――…そうだな」



不規則ながらも途切れることはない紅き血痕は、未だ目前に続いている。



銀糸を揺らし、青年は口元に薄い笑みを浮かべた。


「…だが、そんな“くだらない”ことにすがり付かないとオレ達は“生きて”いけないんだろうさ。 …闇夜に浮かぶ、月のように」



やがて赤は途切れ、道も止まった。



――『聖域』



此処がその、最奥。



ヒタヒタと妙な空気がすり抜ける。



だがそれすらも気にしない様子で、祈響は血色の瞳を細めた。



「…零、村長の謁見に行く際に、狼の幻を見たと言っていたな」



「……それが何だ」



「今、そのことにようやく合点がいった」



あれはこの奥にいるであろう狼だ、と青年は告げた。



そして、続ける。



「…我を失う程の怒りと怯え…“神”として隔離され奉られ続ける悲しみ…そして狂う程の淋しさがあいまった結果、こいつを突き動かしたのは…“自由への渇望”…ただそれだけなんだよ」




“自由への渇望”


それは、縛られた己から抜け出すが故の。



「良く有るだろう? 富、名声、名誉…この世界の住人は皆、何かしらの“きっかけ”を求める。それが、こいつの場合には自由だっただけのことだ」



「……その想いは今や残像を村に具現させる…そう言いたいのか」



「ご名答。流石は我が『ローズロイヤル』きっての“頭脳”だな」



「……勝手に言ってろ」



祈響の足がふと止まる。


月光が射し込む、『聖域』の最奥。


其処に佇み、月を仰ぐ、『大神』。



それを血色の瞳で一瞥し、祈響は口を開いた。



「……願い事は済んだか?」



銀糸から覗く紅き瞳に、狼の金色の目がわずかにたじろいだ。

だが聖なる地を護る守護神のように牙を剥き、低く、身構える。



祈響は唇に薄い笑みを浮かべつつ、言った。



「…だが、星々に願い事をしてみたところで何も変わらないだろうな」



“願い事”なんて甘い虚言でしか無いのだから、と紅の眼が笑う。




「………お前、何をそんなに畏れている? この“眼”か? それとも“参加者”か?」



祈響が言い終わるや否や、鋭利な牙が月光に煌めく。


己に向かってくる“それ”を避けようともせずに、祈響は微笑する。


受け止めたその腕からはぽたり、と赤が滴った。



「――…ッ やれば出来るじゃないか。その“力”…遠慮無く己を傷付けた輩に使えば良い」



刹那。



金色の瞳が揺らぐ。




「こんなちっぽけな“檻”に閉じ込められて、神だなんだと白眼視される日々から…飛び出してくるといい」


牙が食い込む腕にも構わず、祈響は続ける。



「他者に流されるな。自分を変えようとする“呪い”に抗って、ただ破壊を望む心を自分の意志で飼い慣らせ」


暴れる自身の心を、飼い慣らせ、と。



紅の瞳がすべてを見透かすかのように、光る。



「…オレは屍の頂点を目指す。創られたこの世界を叩き壊してでも、理想郷へ辿り着いてみせる。自由が欲しいと願うなら――オレと共に来い」



しびれをきらしたかのように得物をとる零を眼差しで制し、「さぁどうする?」と狼に問い掛ける。



刹那躊躇うような表情を見せた後――『大神』は牙を退き、一歩下がった。

フ、と血色の左眼が微笑して、祈響は赤に染まる腕を下げる。



「見ろ、零。話が通じた」


 やってみなければ分からなかっただろう? と皮肉げに笑う青年を見やり、零は冷ややかな口調で応じる。



「……化け物同士だからだろ」


 「かもな」と銀糸を揺らし祈響は笑うと赤の目にふと冷たい色を携え、言う。





「――――いい加減出てきたらどうだ?」


 零にではなく、狼にでもなく。


 その問いは、背後の気配へ。





「……絶対に見つからないって、思ってたんだけどなぁ」


 大きな褐色の瞳。幼さが未だ残る容姿。

 名をコウタと言っただろうか。


「気になったから、おれもついて来ちゃった。すごいなぁ、お兄さんたち」


 駆け寄ってくる“少年”に祈響は冷笑を浮かべ、呟く。



「“気になった”ねぇ……オレ達がいつこの狼に喰い殺されるのか……それが知りたくて『猫かぶり』をしてまでついて来た訳だ。ご苦労な事だな」



「え?」



 少年が目を見張るのも束の間、漆黒の鎖が少年を捕らえる。



「なんで? どうして……」



「其れはどう答えれば良いか判りかねるな。何故“少年”である自分を捕らえるのか、それとも何故自分がもうひとりの“参加者”だと気付いたのか……もしくはその、両方か」



 さぁ、どれだ? とせせら笑う青年を暫し見つめ、けれど、少年は唐突に笑い出す。

 狂ったように笑った後、発せられた声音は“少年”とはかけ離れていた。



「強いて言えば後者、かな。上出来だと思ったんだけどね。あの演出も、泣き真似も」



「上出来ではあったんだろうが完璧には程遠かったな。仮にも『大神』を身代わりに暗躍するなんてのは喩えようも無く愚かだよ」



 クス、と嘲笑を浮かべる瞳は、酷く、冷たい。


「はは、ひどい言われ様。でもさ、誰にだってあると思うよ? “欲望”ってやつがさ」


 何かを欲し、其れが故に壊し、それでも手に入れようとする物。

 そういうの、あるでしょ? と“それ”は笑む。


「食べても食べても満腹にならない。むしろ渇いてく……でもそれを潤す術を知らないから、また食べる……美味しくもなんとも無いのにね。あの女も、老頭児ロートルも、大した力も無いくせに存在してるから……魂魄を奪ってやった。根こそぎね」



「『猫かぶり』の次は貪欲な狼気取りか? 生憎だがどんな芝居を打とうと“エモノ”にはありつけないぞ」


「お芝居はお互い様でしょ。お兄さんだって自分達が『壊し屋』だってこと隠してたよね」


「低脳な“ハイエナ”と違って脳ある鷹はきりふだを隠すんだよ。相手を狩る直前までな」


「じゃあ、今がその時なんだ? へぇ、面白い」



 微笑したかと思うと“それ”は鎖に捕縛されたままにも係わらず跳躍する。

 だが祈響はそれを一瞥すると涼やかに唇を歪めた。


「―――ひとつ、教えてやろう。深手を負った奴から無理矢理話を聞こうとするほどオレは薄情者じゃないが…愚か者に同情するほどお人好しでも無いんだよ」



「へぇ、だったらどうするの? お兄さん。おれの手を封じたところで足も動くし獲物だって喰える。油断したんじゃない?」



「…油断、ねぇ」



祈響は嘲笑う。



「死肉に群がるだけのハイエナが好き勝手ほざいてくれるなよ。…油断? そんなものしてないさ。“予想通り”だ」



言って―――



銀色が、揺れる。


紅が鈍い光を放ち、より禍々しい。



「さぁ――思い知るといい。『壊し屋』を見くびった報いを、そして、『大神』を侮辱した己の愚かさを…永久の牢獄の中で悔やむんだな」



冷えた声音で告げられる、“終焉”。



紅の華。



“刻”が消える。



紅。


禍々しく、それでいて酷く相手を魅了する。




「――…はっ…なんだ…お兄、さん…“本物”だったんだ…あーあ…ツイてないや…」



受け身をとることすら叶わず、地に着いた“少年”を冷ややかに見下し、祈響は嘲笑する。



「……“本物”なんかじゃ無いさ。ただの模造品だよ」



不規則に呼吸を繰り返す相手の耳元で、そう呟く。


「……そっ、か」



それきり、黙り込む。



踵を返した青年を、呻きながら仰ぎ見る事しか出来ない“少年”は、けれど“最期”の一矢で。



青年の首筋に噛み付いた。







―――筈だった。



「……馬鹿が」


鈍い銃声。

次いで、冷ややかな声音。鈍色の銃を構え、零が呟く。



青年にすがり付くような姿勢の後、頭上から細い煙を携えて、“少年”は力無く地に堕ちた。



それを、酷く冷たい瞳で見やると、祈響はそのままの姿勢で、



「珍しいな、零。お前、銃は滅多に使わないだろう?」


一応支給はしてあるけど、と祈響は笑う。



「………そういう日もある」


「なら今日は吉日だな。新入団員も増えた事だし」



「………お前、まさか」



ニ、と不敵な笑みを唇に浮かべ、祈響は狼の元へ屈み込んだ。




「悲劇はもう終いだ。主役も舞台から降りるのが自然……だろ?」



手を差し伸べ、“指導者”は微笑する。


一緒に来ないか? と金色の眼に、問い掛ける。



狼は。



金色の瞳を僅かほころばせ。



頷いた。



それを確認すると祈響は銀糸を揺らして立ち上がる。



「さて、戻ろうか。由良が待ってる」



踵を返して歩み出し、「あぁ、そうだ」と青年は振り返り微笑する。



「零、向こうに帰ったらコーヒー淹れてくれ。勿論ブラックで」


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