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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
6/15

ACT.04 暗き静寂

目覚めた最初の記憶。



“やぁ、はじめまして”



温かかった。



そこから先の記憶は無い。



もう一度、目を開けた時には。



◆◇◆◇



「祈響」



「……なんだ、零。安眠妨害もいいところだぞ」



闇黒隔離中央地区。

『ローズロイヤル』事務室で愛用のソファに寝そべる青年は、あからさまに不満げな文句を吐いた。



銀糸から覗く血色の瞳をチラ、と横に平行移動させ、突き出すように手渡された書類の束を見つめる。



「…政府から、か」



面白みもあったもんじゃないな、と青年は仰向けのまま無造作に書類をめくる。



と。傍らに置いてある電話が騒がしく鳴き出した。



「―――零、取って」



「お前の方が近いだろうが」


「取ってオレに渡してくれれば良いから。ほら、早くしないと依頼が逃げる」



促され零が渋々受話器を取ると、ようやく電話は鳴ることを止める。



「…はい、『ローズロイヤル』…あぁ、あんたか。……ははっ 生憎こちらは寝起きなものでね。…で、要件は?」



血色の右目がゆらりと煌めく。



「………良いだろう。勿論、好きなようにやらせて貰うけどな」



くす、と笑って事も無げに電話を切る祈響に零は怪訝そうな表情のまま、



「…また変な依頼を受けたんじゃないだろうな」



「残念ながらハズレ。政府からの緊急要請だ」



行くぞ、と上着を羽織り、青年は“壊し屋”の象徴である王冠と薔薇が刻まれたネクタイを締める。



「『聖域』ね…なかなか興味深い」



程なくして送られてきた依頼状をさして興味無さげに一瞥し、祈響は零に行くぞ、と促す。


入れ替わりに事務室に姿を現した少女にふと微笑して、



「由良、悪いが留守番頼むぞ」



〔分かった。いってらっしゃい〕



藍色の髪を撫で、祈響はよろしくな、と告げた。



「……良いのか」



「…政府の“我が儘”に由良を巻き込む訳にもいかないだろう?」



緊急要請。


政府にとって厄介且つ面倒だと判断された依頼。

言わば世界の“歪み”を正す為の出動である。





鬱蒼とした森の中。



「……平和になったものだな。こうして歩いていても誰ひとり襲い掛かって来ないとは」



つまらない、と祈響は欠伸を噛み殺しながらぼやく。


先程から視界の隅には違法の屍であろう影が飛び交っているが、決して彼の視界を遮ろうとはしない。否、出来ないのだ。



蝶々が鷲を畏れるように。


“人間”が“神”を畏れるように。



誰もが畏怖を抱く“幻葬”。


神とも謳われる存在の寵愛をその身に受ける美貌の青年。



“幻葬”と同じく血色の瞳を輝かせるその姿に、更なる畏怖と蔑みの意を込め、屍達は呼ぶ。



“化け物”と。



けれど、祈響はその状況を楽しんでいるかのように微笑する。


と。



「おいッ お前ッ」


息を切らし、こちらを呼び止めたのは。



「……見ろ、零。勇敢な奴がいたぞ」



まだ幼い雰囲気を拭い去れず、木の棒を握りしめるその姿さえも違和感を感じさせない少年だった。



「こっ、ここから先はおれたちの村だッ 部外者は入るなッ」



精一杯の強がりなのだろう。睨むように向けられた大きな瞳は固い決意を携えていた。



「…………なんだ、このガキ」



「ガキじゃないッ おれにはコウタっていうちゃんとした名前があるんだッ」



少年――コウタは木の棒を振り回すが、刹那速く零の手に頭を掴まれ反抗はかなわない。



「放せ眼鏡ッ おまえらなんか居なくても、もうすぐあの『ローズロイヤル』が来ておれたちの村を助けてくれるんだッ」



「だから俺達が――」



その『ローズロイヤル』だ、と零が言う前に、祈響が口を開いた。




「ほう。それは凄いな。オレ達も是非一度お目にかかりたいものだ」



唐突な言葉に、零は思わず少年の頭を掴んでいた手を放す。



「だろ!? きっとすっげーカッコいいおっさん達がくるんだぜっ」



ぱあっと自慢気に目を輝かせる少年の頭上に零が「誰がオッサンだ」と拳を見舞った。



「何すんだこの眼鏡ッ 弱いものイジメをする奴は悪い奴だって、じいちゃんが言ってたんだぞ!」



「自慢するな、ガキ」



「ガキじゃないッ」



少年と副リーダーのやりとりを見やり、祈響は肩を揺らして笑う。



「「笑うなッ」」



丁度取っ組みあっていた二人の声が重なった。




ひとしきり笑った後、祈響は少年の元へと屈み込み、



「『ローズロイヤル』の奴らには敵わないかもしれないが…オレ達も戦う力を持ってる」



少年は半信半疑の表情で祈響と零を交互に見やる。


「……ホントに?」



「あぁ。お前の村を救う力になれるかもしれないぞ」


村を救う、力。



それを聞いた少年はぎこちない動きながらも案内してくれるよう。


こっちだぞ、と歩き出した少年の後に続こうとする祈響を零は引き留めた。



「…何故あのガキに正体を隠した」



自分達が『ローズロイヤル』だと明かさない理由は、と問われて、祈響は笑う。



「気まぐれ」



「……は?」



呆気にとられる零に祈響は続ける。



「事は言い様、物は使い様、だろ?」



くす、と不敵な笑みを浮かべ、祈響は踵を返す。



揺れる銀糸を暫く見つめ、零も歩み出した。


ため息と共に、ぽつりと呟きながら。



「……お前と関わるとロクな事がない」





風化し、文字すらもかき消されている看板を通りすぎ、より深緑の森に足を踏み入れる。



重く、暗い森。何かに呑み込まれたような、そんな錯覚を覚える。



刹那、空気が揺れた。



「……来たな。“子供”が無防備に歩いていれば放っておく輩は居ないと思っていたが」



“子供が”と。


祈響は口元を涼やかにつり上げ笑う。


魂魄の微力な屍は時折そう揶揄される。外見の年齢は関係ない。ただ“力”の強さ。


此れだけが、この世界のすべてなのだから。



フ、と祈響が笑うや否や、物陰から物体が跳躍した。木の葉がざわめき、空気が震える。


少年を標的と定め、ニタリと不気味な笑みを浮かべるそれを、一瞬速く赤い閃光が遮った。



漆黒の鎖。



銀の髪から覗く、紅の眼。



「――」



刹那『それ』は何かを発し――けれど、音になることはなかった。



その表情は畏れそのもの。



その表情は恐れそのもの。



それを悠々と見下す孤高の鷲。



蠢く漆黒。



刹那の悲鳴さえ赦さず、再び静寂が訪れた。



呆気にとられ、その場に座り込む少年に手を差し伸べ、祈響は笑う。



「……信じる気になったか? 少年」









鬱蒼とした森を抜け、おもむろに少年が指を差した。



「――ここが、おれたちの村だよ」



「…随分と静かだな。客人の姿に誰ひとり無反応とは」



「……昔は」



少年は俯き呟いた。



「昔は、もっと明るくてみんな楽しそうだったんだ。でも…」



「でも?」



「…前の村長が居なくなってから、みんな変わっちゃったんだ。人形みたいに、今の村長の言いなりになって…」



「……なるほどな」



政府からの緊急要請。

依頼状とまるで違う村の様子。



村の長が代わり、何かしらの圧力をかけているのだとすれば合点がいく。



「……よし、少年。お前の話が聞きたい。家に案内しろ」



「え?」



「おい、祈響ッ」



話が違う、とひき止める零に微笑みかけ、祈響は言った。



「高みの見物を決め込む村長になど、興味はない。村人たちも役に立ちそうに無いからな。少年、お前の話を聞く」



いいな? と有無を言わせぬ口調に少年はぎこちなく頷いた。

「……不満か? 零」



「…どうせ言っても、聞きはしないだろう」



微笑を浮かべるリーダーに零は冷ややかに言った。

まぁな、と祈響はふと空を仰ぐ。



「……だが今の村長に謁見を申し込んだところで何も解決しないだろうさ」



おそらくな、と祈響は血色の瞳を細め、笑った。



「ほら、早く来ないと迷子になるぞ、零」






「邪魔するぞ、爺さん」



入り口の低い扉をくぐり、祈響は声をかける。

白髪の老人はおもむろに振り向き、刹那目を丸くした。



「……これはこれは…このような辺鄙な村によくぞおいでくださいました」



どうぞ御上がり下され、と促され、客間に腰を下ろす。



だれひとりとして“現れない”住民。質素で古びた家々。何かしらの圧力をしいているであろう村の長。


「ところで、貴方がたは何用で此処に?」



何の目的で此処に? と問われて、祈響は背後の副リーダーにチラと視線を送る。


浅くため息をつき、零が口を開いた。



「………政府の依頼だ。この村の『聖域』とやらに用がある」



聞いて、老人がおぉ、と目を見張る。



「……やはり貴方がたがかの有名な…ですが…」



「…? 何か問題でも」



「…あそこには近付かないほうがえぇ。あそこには……もうひとりの神様がおる」





「……神?」



低い声音で呟いたのは祈響。老人は深く頷いて続けた。



「暗き静寂の中で…この村を、そして我らを…ひっそりと見守っておられるのじゃ。故に『聖域』と名がついてしもうた…」



―――もうひとりの、神。


その存在の佇む先は、深く閉ざされた静寂の闇。



「―――あの女のせいだ」



今まで沈黙していた少年がふと口を挟んだ。祈響はチラと血色の眼で少年を見据え、口を開く。



「村長か?」



少年は頷く。



「全部、あいつのせいなんだ。きっと、神様を閉じ込めたのだって…」



今の村長がもうひとりの神様を閉じ込めたのだ、とコウタ。



「……なら、オレ達がその“神様”に逢いに行く」



長居は無用だ、と常に無い冷えた声音が告げる。

銀糸を揺らし、立ち上がる祈響を前に、零はぞくりと肌が粟立つのを感じた。


青白い、炎。



血色の瞳に、チラ、とその色が見えた気がする。


ただ静かに、瞳の奥に秘めるそれは、一体。



「……行くぞ、零」




邪魔したな、と短く告げ、祈響は踵を返した。



「……正気か、祈響」



もうひとりの神と噂される輩に本当に逢いに行くのか、と問われ祈響はフ、と冷笑をこぼした。



「オレはいつでも正気だよ。だがそうだな……何も二人揃って出向くこともないか」



「……は?」



「…もともとオレの意見に賛成はしていなかっただろう? だったらいっそのこと別行動をとったほうが効率が良い」



そうだろう? と血色の瞳が笑う。



「…異論は無いようだな、零。じゃあここからは別行動だ。オレはもうひとりの神とやらに逢いに行く。お前は村長に謁見を願い出て話を聞く」



「…………初めからそうすれば良かっただろう」



憮然とした零の言葉に、祈響は苦笑。



「まぁ、そう言うな。 ……ほら、これやるから」



祈響はふと内ポケットに手を差し入れ、物体を取り出した。

反射的に受け取ってしまった“それ”を見下ろし、零は怪訝そうな表情のまま。


「…何だこれは」



「応接室の茶菓子。味のほうは保証するぞ」



手のひらに収まる、色とりどりのそれ。糖類とみて間違いないだろう。



「それでも食べて、少しは頭が柔軟に働くようにするんだな、零」



薄く笑むリーダーに手のひらの物を半ば押し付け、「要るか」と零は至極冷淡に言った。



「せっかく恵んでやったのにつまらない奴。 まぁ良い…ついでにもうひとつプレゼント」



うってかわって差し出された黒い物体。



「……?」



「自家製の通信機だ。尤も、オレが造ったんじゃないけどな」



「…“情報屋”か」



「ご名答。弱酸性ならぬ弱磁気だそうだ」



「……理解しかねるな、あいつの趣味は」



「ははっ。まぁ大丈夫だろ。あいつの造る物はいつも性能が良いから」



渡しておくよ、と祈響は告げ、踵を返す。



「じゃあな。幸運を祈るよ、優秀な副リーダーさん」




***




「――…?」



静寂に抱かれた道の途中。

零はふと足を止め、振り向いた。



「…風の音か…」



活気立つ気配を微塵も感じさせない村。当然の如く、人影どころか“人の気配”すら無い。



はぁ、と浅いため息の後、零は思案する。



政府からの緊急要請。



現村長への謁見。



圧力をかけられた村。



もうひとりの神。



それらは、ちりばめられた“欠片”のよう。



だが。



だが、あの眼は。



あの血色の眼に、迷いは無いのであろう。



あの“神の眼”と畏れられる、血色の瞳には。





(…馬鹿馬鹿しい。何を考えているんだ、俺は)



思案ついでに余計なことまで考えてしまった。


第一、神などと言われる存在がふたつといたらそれこそ大問題になる。



『アイツ』ひとりでさえも、十分に迷惑しているというのに。



馬鹿馬鹿しい、と再度呟き、零は踵を返す。



刹那。



風の音が、一層強くなった。



その音は声のように。



その音は悲鳴のように。



響く。



“それ”に乗じ煌めくのは鋭利な牙。



その姿は魔獣か、狼か。




零は深緑の瞳を僅か細め、おもむろに自身の得物を開く。



「――『ケルベロス』」



その声に喚ばれ、現れしは漆黒の魔獣。


纏う覇気に僅か怯み退く屍達を見据え、低く、身構える。



「……やれ、ケルベロス」



“主”の命令でその牙が煌めき、標的へと。



だが。



「…!?」



消えた。



まるで陽炎のように。



まるで幻のように。



目前にいたはずの獣達が、消え失せる。



馬鹿な、と。



零が呟いた刹那、辺りに鈍い電子音が響いた。




「!?」



零は思わず身を強張らせる。



鈍い電子音は、自身の内ポケットかららしい。



《ジュシンチュウ ジュシンチュウ… ドウナサイマスカ ゴシュジンサマ》



場にそぐわない音楽の後、聞こえてくるのはそんな文句である。



(…あの悪趣味情報屋が…)


零は内心舌打ちし内ポケットから“それ”を取り出す。



『…零、 聞こえてるか?』


微磁気らしい小型通信機からは、横暴リーダーの声音が聞こえた。


「…何だ、祈響」



『ふむ。聴こえは良いようだな。そっちはどうだ、零』



様子はどうだ、と訊かれ、零は口を開く。



「……獣がいた」



『獣? 魔獣か?』



「…いや、おそらく狼の類だろう」



おそらく狼であろうと告げると刹那相手が黙り込む。



『…成程、狼ねぇ…一応覚えておくよ、じゃあ引き続き頼むぞ』



それじゃあな、とこちらに有無を言わせずに通信を切るリーダーに、零は深いため息をこぼした。



「…………」



まったく、何処まで我が道を行くのか。

まぁ今に始まったことでは無いのだけれど。



「…退け、ケルベロス」



獲物を失い、“主”の足下に待機していた魔獣にそう声をかける。


肯定するように短いうめき声を発し、魔獣は空気と同化するようにかき消えた。

零は静寂の中、ふと仰ぐ。


「……あの塔か」



深緑の瞳が見つめる先に有るのは、村で唯一背の高い塔。


古びた村の家々とはうって変わってそれは何処か冷たい空気を放っていた。






「…この村の村長とやらに謁見を申し出たい」



高く聳え立つ塔までたどり着き、零は淡々と言った。



「申し訳ありません、ただいま村長への謁見はご遠慮していただいておりまして…」



受け付け役であろう人物が遠慮がちに声をかけてくる。


しかしネクタイに刻まれた“紋章”に、あ、と目を見張った。



「…ま、さか…」



察しがついたのであろう。好都合とばかりに零は口を開く。



「……『ローズロイヤル』副長、名は零と言う」




『ローズロイヤル』の名を知らぬ屍は、今や居ないであろう。

血色の左瞳を携えし“指導者(リーダー)”が率いる先鋭組織。

その冷静且つ大胆な判断、そして何よりも屍達に畏怖を与えるのは、



その“背景(バックグラウンド



「……ど、どうぞお通りくださいっ」



途端に弱々しい口調になった受け付け役を深緑の瞳で一瞥し、零は先へと足を進める。



ほどなくして件の部屋であろう扉が見えた。



その扉に手を掛けようとして、けれど、零はその場に立ち止まる。



「……」



冷え冷えとした空気。それと同時に、独特の“匂い”が鼻を掠める。



―――血の、匂い。



「……まさか」



反射的に、扉を開ける。


その先には。






紅い。


冷え冷えとした静寂の中、黒く変色した紅き華は散らばっていた。



「………」



目の前の“それ”は。



この村を治める者。



「………」



充満する独特の匂いに僅か眉をひそめ、零は足を踏み入れる。



屈み込みそっと指先で紅き華に触れた。



―――乾いている。


それも、完全に。



「……こうなったのは最近では無いと言うことか」



しかし、あの受け付け役もそしておそらく村の住人も――このことには気付いて居ないであろう。



あの。



横暴な“指導者”以外は。




「……祈響。聞こえているんだろう」



『…どうした、零。村長が何者かによって暗殺されていたか?』



何もかもを見透かしているかのように、通信の相手は言う。


解っていたのだ。


あの血色の瞳は。


あの銀髪の青年は。



「……何故言わなかった」



『“百聞は一見にしかず”と言うだろう? だが…どうやらそれが裏目に出てしまったらしい』



「裏目?」



『…あぁ。あの爺さんも殺されてる』



「!」



通信機の奥から、コウタと言っただろうか、少年の泣き叫ぶ声が聞こえる。



『……オレとしたことが、手段を間違えた。完全に後手に回ったな』



とんだ誤算だった、と告げる声音は酷く、冷たい。


『零、一度合流するとしよう。場所は少年の家。出来るだけ早く頼むぞ』



言い終わるや否や切られる通信機を内ポケットにしまうと、零は踵を返した。






「……何だ、案外早かったな、零」



「……お前な」



合流するなりあからさまなからかいの文句を寄越すリーダーに、零はため息をついた。


家の中では未だ少年の泣き声が聞こえる。実際、零が引き返してくるまでの時間はそうかからなかった筈だ。


それを横目で見やり、祈響は薄く冷笑を浮かべる。


「……お互い、状況はお世辞にも良いとは言えないな。手掛かりがあっという間に消え失せた」



幸いにもひとつだけ残っているけど、と銀糸を揺らし、屈んでいた所から立ち上がる。



残る手掛かり。



『聖域』と謳われる場所に住むという、“もうひとりの神”。



「やはりその『聖域』とやらに行かなければいけないようだ」



「…どうやって」



特定すらしていない場所にどうやって行くのだと問われ、祈響は僅か口元をほころばせる。



「…少しばかり手間がかかるが、“契約”を使う」



「契約?」



「あぁ。オレの『ブラッディ・サイレンス』を使う」



そう言うや否や、青年は刹那契約の光を纏い、やがて彼を取り巻くように漆黒の鎖が具現する。



「と言うわけで。零、暫くの間一言も発すな。 …あぁ、勿論呼吸はしてても良いけど」



「何?」



「…少しばかり集中力を要するんでな。静かにしていて欲しいだけだよ」



別に深い意味は無いと祈響は苦笑して、浅く息を吐いた。



色の違う瞳が伏せられ、刹那。



静寂の空気がビリ、と震え始める。




本物だ、と零は思う。



圧倒的な“力”。


目に見える程のそれはただ“強い”だけでは表現出来ないであろう。



―――“少しばかり”なんてものじゃない。



もっとも、目の前の青年が化け物じみていることは今に始まったことでは無いけれど。



不意に、青年の指先に絡められた鎖が僅か揺れた。


「―――…見つけた」



フ、と祈響は唇をつり上げる。



おそらく、契約である己の得物を通して探知をかけたのだろう。“力”、それもある程度強いものならば十分に可能だ。



伏せていた瞳を開け、けれど、刹那ふら、と体が傾いだ。



「祈響」



「心配無い。“力”を一気に使い過ぎただけだから」


村の全領域に探知をかけた、と祈響は他人事のようにさらりと言う。



「………」



―――自業自得だ。そんな荒業使う奴が他にいるとは思えない。



「…? 何か言いたそうだな、零」



「…別に。場所がわかったのならさっさと行くぞ、祈響」



「あぁ、そうだな。いざとなったら頑張って前線で戦ってくれたまえ、優秀な副リーダーさん」



心外だ、と言わんばかりに深緑の瞳を細める零に祈響はくす、と薄い笑みを浮かべて歩み出した。


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