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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
5/15

ACT.03 死は我が踊り手

流血表現注意。

「…どうするつもりだ、祈響」


どうするのか、と問われ、祈響は銀糸をかきあげた。



「夜も明けた。一旦戻って仕切り直しといこうか」



行くぞ、と促し、祈響は歩み出す。



「……?」


その後ろ姿をしばし見つめ、零は妙な“違和感”を感じた。



〔零?〕



こちらを見上げ、ペンを走らせる少女。



〔傷、痛むの?〕



不安げに文字を紡ぐ由良に「問題無い」と告げ、零はその藍色の髪に軽く触れた。



「一雨来そうだ。早く戻らないと風邪ひくぞ、由良」


踵を返し歩み出す零の言葉に由良は頷いた。



ひらりひらりと、蝶は舞う。






「零、ウチの書庫に有るだけの昆虫図鑑を事務室に運んでくれるか」



「はぁ!?」



組織に戻って来るなり突拍子も無いことを言い出したリーダーに零は思わず聞き返す。



「いいから、昆虫図鑑。至急」



有無を言わせぬ口調でそう言うと、祈響は銀糸を揺らし一人事務室へと姿を消す。



「まったく…何なんだ、あいつは」



こちらを見上げてくる由良に「先に戻ってろ」と一言告げ、零は踵を返した。




「案外早かったな、零」



我関せずの表情で愛用のソファに座る祈響の目前に書物を積み上げ、零は眼鏡を押し上げた。



「…至急と言ったのはお前だろう。 …大体、こんなものを何に使うんだ」



怪訝そうな声音にフ、と笑いかけ、祈響は一冊を手に取る。

そして、静かに言った。



「“蝶”の住み処を探すのさ」







「蝶?」



「そう、蝶々。あの呪い憑きの首にそれが刺青として印されていた。まるで神の生け贄のようにな」



もっとも本物の“神”ではないだろうが、と祈響は苦笑する。



〔他に誰かいるの?〕



「おそらくな」



まだ憶測の域を出ないけど、と微笑んで、祈響は続ける。



「要するにあの呪い憑きはいわば試作品。土から“人間”を造り出した“神”と同じように、死体から擬似的に動き、且つ自我を持つ屍を造り出す…かの古代神官のような奴が今も優雅にこの空を飛び回ってるって事」



いつかの“死体卿”と同じようなものさ、と銀糸をかきあげ、祈響は頁をめくる。



「…あれよりタチが悪い」



憮然とした副リーダーの呟きに祈響は乾いた笑いをこぼす。



「はは、同感。だが同胞がその試作品に喰われたとあっては黙っている訳にもいかないだろ?」



そうだろう? と問われて零は言葉を詰まらせた。


ふと血色の瞳で窓の外を仰ぎ、祈響は冷えた声音で笑う。



「…我らから逃れられると思うなよ。“蝶”風情が」


今は悠々と蜜を吸っているといい。


お前が何処に隠れようと我らの鼻がお前を嗅ぎ付ける。


我らの爪がお前を切り裂く。


ただその時まで夢に酔うがいい―――




ひらりひらりと、蝶は舞う。夢華に誘われて。






半数ほど書物を読破したところで、祈響がふと顔を上げた。



「零」



「…何だ」



「コーヒー」



「…それくらいでいちいち人の名前を呼ぶな」



「なんとなくな。ブラックでいいから」



それだけ言うと再び視線を落とし“蝶探し”に没頭するリーダーに、零は浅いため息をついた。



派手な事をやったかと思えば突拍子もないことを言い出し、雑務的な事まで顔色ひとつ変えず行う目前の青年。



それは静かに、けれど確実に獲物を仕留める鷲のようで。



「………馬鹿馬鹿しい」



ポツ、と呟かれた文句も青年の耳には入っていない様子。

コーヒーを机上に置き、零は内心舌打ちする。



程なくして、青年の頁をめくる手がピタリと止まった。


「……見つけた…」




ひらりひらり、と蝶は舞う。夢華に惑い、紅に魅入られて。





祈響は図鑑を閉じ、口元をほころばせる。



〔見つかったの?〕



「あぁ。どうやら相当な“かくれんぼ好き”らしい」



首を傾げる由良に微笑して、祈響は放り投げてあった上着を羽織り、血色の眼を爛々と輝かせる。



「行くぞ。零、由良。“鬼”が動かないとかくれんぼもただの独りよがりだ」




祈響が立ち止まったのは、かつて『屍喰い』と恐れられた廃墟。



〔昨日の場所?〕



「そう。此処が他ならぬ“蝶”の住み処だ」



ひら、と舞い降りてきた蝶々を指先に止まらせ、祈響は微笑する。



「……どういう事だ」



「『ローズロイヤル』きっての“頭脳”なら朝飯前だろ?」



どこか感じていた“違和感”。



蝶の刺青。



図鑑の意味。



“かくれんぼ”――…



零は舌打ちした。気付くのが遅すぎる。



「頭が良いのは認めるがもう少し柔軟に考えた方が良いぞ、零?」



あからさまにからかいの笑みを浮かべ、祈響が言った。



「…年中柔軟に考えすぎのお前に言われる筋合いは無い」



不意に2人の会話を聞いていた少女が少々不満げにペンを走らせる。



〔二人だけ分かっててずるい〕



「ははっ。悪いな、由良。結論は零に聞いてくれ」


な? と同意を求められ、零はため息まじりに告げる。



「……この『屍喰い』と恐れられた廃墟は最初から“存在しなかった”と言うことだ」



「そう。要するにオレ達は踊らされていたって事。この蝶々と、この廃墟にまとわりつく“磁気”のおかげでな」



〔“磁気”? この場所が“磁場”だってこと?〕



「当たり。 …まぁ、自然に出来たものじゃないけどな」



〔でも、“磁場”だって気付いたら近付かないんじゃないの?〕



この世界で“猛毒”とも揶揄される“磁気”。それに自ら踏み込む屍などおそらく居ないだろう。



「そう。毒と知って自ら踏み込む馬鹿はそう居ない。だが、もしそれに“気付けなかった”としたら?」



由良は閃いたようにペンを走らせた。



〔無意識に自分から毒に入る…〕



「そういうこと」



祈響は笑って指先の蝶々を見つめる。



「…そして、その最後の仕上げとして使われたのが、コイツだ」



〔蝶々?〕



「この蝶の名は『Hallucination』。直訳は『幻覚』だ。その名の通り全ての感覚を狂わせ時には幻をも見せるそうだ。集団となればその幻はより現実的になり、やがて――…」



「……本物と同等、もしくは本物以上の“幻”となる」



祈響の言葉を憮然として零が紡いだ。



「つまりこの『屍喰い』と言われた廃墟そのものが“幻”。だが、その事実に気付かせず猛毒とも言われる磁気に屍を誘い、弄んでいる“蝶”は此処にいる」



幻の解けた後に現れるであろう“ただの”廃墟にな、と祈響は銀糸をかきあげる。



「さて、行こうか。マジックショーもそろそろ幕引きだ」




祈響は廃墟へと足を踏み入れた。

以前とは違い、天井にはところせましと蝶々が息づき翅をはためかせている。

「さて、コイツらには即刻退場してもらわないと困るな」


祈響は薄く笑って銀糸をかきあげる。



「零」



「分かっている」



零は自身の得物を開く。


「――『ナベリウス』」



深緑の“契約”の光と共に漆黒の羽をはためかせるのは大鴉。



「…殲滅しろ、ナベリウス」

“主”の命令に、大鴉は飛び立つ。



紫に煌めく翅が舞い、地に堕ちる。程無くして、鴉の啼き声と共に羽ばたきが降りてきた。



刹那、万華鏡のように情景が歪み、そして霧のようにかき消える。



祈響はフ、と口元をほころばせると奥に広がる闇へと視線を向けた。



「――……―」




そのまま闇に、笑う。



「…もう“かくれんぼ”は終わりだぞ」



“鬼”であるオレ達がお前の居場所を見つけたのだから、と祈響は奥の闇に笑いかけた。



僅か空気が震え、“闇”が唇を開く。



「ノックも無しにヒトの家に入ってくるなんて…不法侵入だよ? お兄さん達?」


コツ、と靴音を響かせて闇から“ヒト”の形に切り取られる輪郭。それは口元だけ僅か歪んでいた。



「だったらノック出来るように扉のついた部屋にするんだな」



祈響は薄く笑う。紅の眼が鈍く煌めいた。



「ひどい事いうねぇ。…まぁ良いや。お兄さん達、エンターテイナーとしては最高に面白そうだから」



にこり、と笑って闇から姿を現した少年は続ける。


「初めまして。ボクはノア。こっちは可愛いボクの『作品』」





初めまして、と微笑する少年。いや、“笑って”いるのは口元だけだが。


『作品』と呼ばれた屍はピタリと少年に寄り添っている。

その首筋にはあの“呪い憑き”と同じく蝶の刺青が刻まれていた。



「可愛いでしょ。お兄さん達もそう思わない?」



ボクの一番のお気に入りなんだ、とノアは笑う。



「生憎だが人形を弄ぶ趣味は持ち合わせていないんだ」



祈響は涼やかに口元をつり上げる。



「そう」



にこり、と少年が笑うと同時に『作品』が動く。

だが振りかざされた刃物が青年に届くことは無く、深緑の瞳をわずかに細めた副リーダーに遮られていた。



「…ウチのリーダーに気安く近付かないでもらおうか」



言って、零自身が内心舌打ちした。反射的とはいえ何故いつも自分はコイツを庇ってしまうのか。自分に腹が立つ。



刃物を持った手を腕ごと掴まれている『作品』の瞳が刹那少年に向き、それに答えるように少年は軽く頷いた。



「良いよ、相手してあげて。せっかく役者が足を運んでくれたんだもの…最高の喜劇になるよね」



パチン、とノアが指を鳴らした。途端、闇からひとつ、またひとつと屍が湧き出てくる。



「どう? ボクの『作品』達もあの死体卿と同じ…いや、それ以上の出来映えだよ」



自分達を包囲するように群がる『作品』を見やり、祈響は紅の瞳に冷笑を浮かべた。



「――…悪趣味にも程があるな」



何百と群がる『作品』達を前に、祈響は笑う。



「…『ブラッディ・サイレンス』」



透き通るような声音に応じるように刹那彼の体が“契約”の紅い光を帯びる。

具現したのは漆黒の鎖。


チラ、と銀糸から覗く紅の眼で副リーダーを見やり、祈響は口元をつり上げた。


「――せいぜい同じ所に深手を負わないように注意するんだな、零」



対して、零は掴んでいた腕を刹那引き、バランスを崩した相手を壁際まで突飛ばして冷ややかに言う。



「馬鹿言うな。そんなヘマはしない」



ふ、と微笑して、祈響は背後の少女に声をかける。



「援護頼むぞ、由良」



少女は頷く。



それを確認すると青年は銀糸を揺らし、『作品』の奥に佇む少年を見据えた。


「さぁ…ゲームスタートだ、少年」






「――『マルコシアス』」



抑揚のない声音が古文書に紡がれた文字を告げた。

呼応したように現れたのは翼ある狼。その口元からは蒼い焔が吐き出されている。


向かってくる『作品』を深緑の瞳で一瞥すると、零は冷ややかな声音で、自身の得物を操った。



「……雑魚が」



刹那たじろぎ、今度は少女へと標的を移す『作品』達。だが、彼女達は知らなかった。

その選択によって――『ローズロイヤル』リーダーに背を向けてしまった事を。



「…ウチの可愛い補佐に何の用だ?」



だが、もう遅い。



クス、と笑い、祈響は銀糸をかきあげる。

現れる紅の眼。それは禍々しく煌めく、“神”の瞳そのもの。



「伏せろ、由良」



そう笑う声音が、終焉を告げる。



「――…余興は幕にしようか」

刹那。



世界が紅に染まり、刻を止める。



瞬間、包囲していた『作品』達が散った。跡形も無く。


祈響は薄く笑って靴音をひとつ、響かせる。



対して、少年は口元にだけ笑みを浮かべ、言った。


「…流石だね。だけど…ボクはその瞳を手に入れて新しく生まれ変わるんだ。醜いサナギから、美しい蝶に…」



恍惚と何かにとりつかれたように呟く少年に、祈響は嘲笑する。



「自覚が有るのは結構だが……寝言はもう一度“死んで”から言え、少年」



「何?」



少年は刹那表情を強張らせる。

嘲笑う声音のまま、青年は続けた。



「蝶々気取りもいいところだな。だが、甘い戯れ言ばかりを吐き散らかし“此処が光だ”と何も知らずに飛び交う様は…蝶ではない、醜い蛾そのものだ」



ただ冷たく、それでいて針に糸を通すように正確に発せられる言葉。



「ッ違うッ」



せせら笑う青年を前に少年は声を荒げた。



「ボクはあの“幻葬”さえ届かぬ蝶になる。神と言っても全能じゃない。全てを操れやしないッ」



「…『アイツ』なら、やれるさ。他人の心を見透かし思うままに踊らせる。『アイツ』はどうすればお前が期待通り動くか知ってる。お前以上にお前の事を知ってるよ」



盤上の駒を操る騎手のようにな、と祈響はなおも笑った。



「そんな事、奴に出来るもんかッ ボクはボクだッ」



「まぁ、それは正論だな。お前はお前でしかない。しかし…」



祈響は一旦言葉を切り、紅の眼で少年を見据えた。



「その“お前”という存在をこの世界に確定させたのは他でもない“神”である『アイツ』だ」



淡々と言葉を紡ぐ青年に少年は唇を震わせ、「違う」と独り言のように幾度も呟いた。


だが刹那、その声音が嬉々としたものに変わる。


「そうか…そうだよ。奴が“神”なら、ボクも同じ力を手に入れればいいんだ。最初の目的とはちょっと違っちゃうけど…」


唐突に外の天候が変わり、雨音がひびき始める。



「ねぇ、お兄さん…ボクにその“瞳”……早く頂戴?」


雨音を遠くに聞き、少年は笑う。



「ねぇ、頂戴? ボク、赤いモノが大好きなんだ。でもこんなにキレイな紅は初めて見たなぁ」



にこり、とノアが笑った、刹那。



地面から鈍く光る物体が蠢いた。



「……“契約”か」



首をめがけてきたそれに、祈響は呟き己の得物を拮抗させる。鈍い金属音が刹那響き、バラバラと砕けた物体が地に落ちた。


それは濡れ羽色の有刺鉄線。



「そっか、ボクとお兄さんの契約って似てるんだね。でもボクの“契約”は―…」



一度言葉を切り、少年は微笑。



「…まるで鋭い刃物のように相手の首、切れるんだよ」



「当たれば、の話だろう?」


くす、と笑う青年に少年は口元にだけ笑みを浮かべた。



「そうなんだよねぇ。此れがなかなか当たらないんだ。 だから……“ボク”は蜘蛛も利用しようと考えたのさ」



「……!」



四肢が動かない。否、“動かせない”と言った方が適切だろうか。



暗闇に紛れ張り巡らせてあったのであろう少年の“契約”。先程見せたのは言わば“囮”と言うわけだ。



「無理に動かそうとすると体が千切れちゃうよ。気を付けてね、お兄さん」



「……本来自身が捕らえられる筈の“蜘蛛の巣”までも利用するか…“蝶”風情が」



冷ややかに笑う青年に近づき、ノアは猫なで声じみた声音で青年の頬に触れ呟く。



「もったいないから…お兄さん、このまま剥製にしてあげようか。あ、でも…その“眼”はもらわなきゃ」



必要不可欠だからね、と笑ったノアに祈響は鼻で笑う。



「…はッ。欲しければくれてやるよ。お前に覚悟と力量が有るのならな」



出来るものなら、と祈響は薄く笑みを浮かべた。


ノアは刹那笑みを消す。けれどすぐに満足げに口元を歪ませ、青年の血色の瞳へと指を伸ばす。



――紅い紅い、華が咲いた。







「キレイ…これがあの“幻葬”の…すごい、本当に真っ赤だ…っ」



手のひらの中にある“それ”をうっとりと見つめ、新しい玩具を手にした子供のようにノアは無邪気に笑う。



“それ”は青年から切り離されて尚、まるで自身が呼吸しているかのように息づいていた。



「これでボクは生まれ変わるんだ…醜い殻を捨てて、美しい蝶々に! もう誰にも邪魔なんて――」



させない、と言い終える前に、ゾクリと肌が粟立つような感覚に体を支配される。



「うッ!?」



途端に胸を押さえたかと思うと、少年は激しく咳き込み、苦しんだ。

耳には恐ろしく冷たい声音が響いて聞こえる。



“還せ”



“還せ”



“一つに戻せ”と。



その声音は――手のひらのなかから。

脳の奥深く――否、身体中を支配する、酷く冷たい声。

一度だけ。たった一度、聞いた。



そう。



“神様”なんて噂されている、



唯一の存在。



「……幻……葬……」




「――――愚か、だな」



不意にかけられた言葉に、少年は反射的に声の主を振り返る。



闇に紛れることの無い銀の髪。

青年はその美貌にわずか冷たさを含み――微笑していた。




揺れる銀糸。

青年は涼やかに口元を歪ませている。



「大人しく“幻葬”の頭上を飛んでいれば良いものを…」



銀糸からこぼれる押し殺した笑い声――嘲笑。

ノアは僅か後退る。



「どうした? 何をそう畏れる」



オレの“切り札”はお前の手のひらにあるだろう? と残る右瞳で少年を見つめ、なおも冷笑をこぼす青年を前に、ノアは悲鳴を上げた。



「ば、化け物ッ」



「…そんな言葉…今までに五万と言われてきたんでね。“化け物” “冷血” “非道” …皆が揃いも揃って同じ事を言う」



笑えるよ、と祈響は口元をつり上げる。



「さぁ、言いたい事はそれだけか?」



くす、と青年が笑った刹那、彼を縛りつけていた有刺鉄線がまるで弾かれるかのように――解けた。



解けた少年の“契約”を残る漆黒の右目で冷ややかに一瞥し、青年がス、と片手を上げた。



びくりと体を強張らせた反動で少年の手のひらから“紅の華”がこぼれおちる。



だがそれが、地に着くことは無く。



その光景にノアは絶句した。



自らの手のひらから舞い落ちた紅い華。

それは何の抵抗もなく――ただ吸い寄せられるように青年の左目に収まった。


まるで、そうである事が当然だと言うかのように。


左瞳からおもむろに手を離し、『壊し屋』のリーダーは笑う。



「生憎『コイツ』は“飼い主”を選ぶらしい。残念だったな」




狂ったようにノアは自身の“契約”を振りかざす。 だが、対して青年は口元に冷笑を浮かべたままそれを弾くように漆黒の鎖を操った。



―――何故。



少年の脳内に、ふと疑問が浮かび上がる。



―――自分では駄目なのか。力量不足だとでも、いうのか。



否、初めから分かっていたのだろう。



―――初めから、目の前の相手に、試されていたのだ。


“力”と“想い”。



比例するそれは、この世界の“すべて”。



「くそっ…『マリア』ッ、『グロリア』ッ……何で“答えない”ッ」



「そいつらが居ないからさ」


狂ったように自身の『作品』を呼ぶ少年に、祈響は笑う。



「……どうやらウチの敏腕助手の方が、一枚上手のようだ」




何百、否、何千といた『作品』はひとつ残らず――破壊されていた。


深緑の瞳を眼鏡の奥で煌めかせる男と、その傍らに控える藍色の髪の少女によって。



「…さて、そろそろ此方も幕としようか」



“人形劇”も終わったようだからな、と青年は笑う。


コツ、と靴音をひとつ響かせ少年に歩み寄ると、その胸ぐらを掴みあげ「そういえば」と冷たい声音で囁いた。



「…貴様は“観客”だったな。随分と舞台を引っ掻き回してくれたものだ…“蝶”風情が」



フ、とこぼされる冷笑。 その手が放された刹那。


紅い華が咲き誇り――


“蝶”は塵と化した。





それは、圧倒的な“力”。


“想い”がある故“願い”が生まれ、“力”となる。



――たとえ其れが、どんな結果をもたらそうとも。


青年は差し出していた手を握り、得た“何事か”を確かめるかのようにふと眼を伏せる。

フ、とその口元に笑みがうかぶと同時に瞳を開き、背後の人影に声をかけた。


「ナイスタイミング。零、由良」



絶妙なタイミングだったよ、と笑う祈響に零は至極冷淡な口調で応じる。



「……借りをつくるのは嫌いなんだ。此れでチャラだからな」



「あぁ、そうだな」



〔祈響。怪我、酷い〕



「大丈夫だ。幸い傷は浅いようだから」



くす、と微笑して祈響は踵を返す。欠伸をひとつ、噛み殺して。



「さて、これで依頼完遂だな。早く戻って一眠りするとしようか」





『ローズロイヤル』事務室。


青年の規則正しい寝息とせわしなく動くペンの音だけが、部屋に響いている。


「………」



やがてペンが止まり、男が立ち上がる。眼鏡の奥の深緑がチラ、と青年を見やり、けれど、扉を開けて男は姿を消した。



刹那訪れる、暗闇。



ふと、青年の瞳が開かれる。


漆黒の右。紅の左。


青年の唇から、ポツリと呟かれる“言葉”。



「―――」



それは空気と同化し闇に呑まれた。程なくして、青年の瞳が再び閉じられた。



“欲しい”



声がする。



“お前の血が欲しい”と。


“欲しい”



『アイツ』の、声がする。


“お前が欲しい”と。


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