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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
3/15

ACT.01 虚空の祭壇

「死体卿?」


愛用の黒いソファに腰掛け、机に足を乗せたまま、祈響は訊ねた。


“死体卿”を名乗る男を抹殺せよ”


それが政府から下った今回の依頼内容だ。


「…それで? その死体卿とやらは何をしでかしたんだ」


「執行人に連れられた死体を法外な報酬で引き取り、実験の糧にしているらしい」


所詮他人事、とでも言うかのように、(ぜろ)は淡々と続ける。


「加えて、相当な屍を殺してる」


「……だろうな。報酬は?」

「三千万」


「男一人の抹殺にしては随分と高価な額だな」


政府の関係者か、もしくは…


いい加減机から足を下ろせ、と睨むような表情で告げる副リーダーの台詞に渋々足を下ろしつつ、祈響は笑った。


「…分かった。今回はオレとお前、それと…あいつで行くとするか」






「あ、おはようございますっ。リーダー」


「あぁ、おはよう」


「リーダー。この書類なんですが」


「あぁ、零にでも渡してくれればいい」


ふ、と微笑んで団員達とすれ違い、向かうのは黒地の扉。


「……由良(ゆら)、居るか?」


きろり、と藍色の瞳がこちらに向けられた。その両手には大事そうにスケッチブックが抱えられている。

〔依頼?〕


祈響は、あぁ、と頷く。

スケッチブックに描かれた丸みを帯びた字は、彼女の唯一の交流手段だ。


「今回はオレと零も行くから。心配しなくていい」


軽く頭を撫でてやると、由良は静かに頷いた。


「よし。準備出来たら来な。部屋の外に居るから」





薄暗い森を抜け、爪先上がりの坂道を上りきったところに、件の洋館はある。

どことなく古城を思わせる建築様式。

鋭く尖る屋根。古びた煉瓦の壁には苔がむし、蔦や茨が這いまわっている。

窓硝子の奥は深い闇。今のところ気配は感じられない。

つい、とスーツの裾を引っ張る感覚に祈響は足を止めた。


「……どうした? 由良」


〔誰か居る〕


一体誰が、と訝しむ間もなく、ひたひたひた、と常人では聞き取れないであろう、ひそめた足音が近づいてくる。



「まったく…」


はぁ、とため息まじりの息を吐き、祈響、零、由良はそれぞれ敵からの攻撃を避ける。


「随分と手荒な歓迎だな」


器用に中指で眼鏡を元の位置へ戻しつつ、零が呟く。


「これはこれで楽しめそうだと思うけどな」


面白い、と祈響は不敵に笑う。


「丁度良い。死体卿とやらの居場所を吐け。原型を留めていたいならな」


相手は猛襲の手を止めない。


「教えないなら道を空けろ。空けないなら……」


何処からか、雷鳴がする。


「……壊すぞ」





石造りの古びた螺旋階段を降りていく。


「地下室か」


零が呟いた。

鍵は掛かっていないらしい。だが、そこからは微かな灯りが漏れていた。

最後の一段を降りて、影の如くその部屋に入った。

静寂。


ひやり、と冷たい手に肌を撫で上げられるような心地がして、身が心なしかすくむよう。

天井から吊るされたシャンデリアに、蝋燭を思わせる照明がいくつか灯っている。

地下礼拝堂のような、空間。

正面にある複雑に入り組んだ機械はまるで教会の祭壇のようだ、と思うところでふと照明が消え、辺りは暗闇に抱かれた。

何も見えない。影さえも、闇に吸収されてしまっている。

この場合、瞳を開いていたところで何の役にも立たない。そう判断し、祈響は瞳を閉じた。

神経を研ぎ澄まし、視覚以外の感覚を鋭敏にする。

漆黒の闇。

雷鳴。

何者かの息遣い。

移動する音。


ひとつふたつと増える気配。前後左右、天地…殺気はあらゆる方向から感じられる。

初めは左横。

祈響は屈んで避ける。空気を裂く音からして、鋭利で長い爪のようなものが繰り出されたらしい。

二歩後退し、斜め前に跳ぶ。

すぐ真後ろで風が唸り、銀色の髪がなびく。


「数撃てば当たる…か。愚かだな」


攻撃をかわしつつ、祈響はフ、と笑い、〈契約〉を解いた。



――― 『ブラッディ・サイレンス』



彼の体が一瞬紅い光を帯び、漆黒の鎖が闇の中で蠢く。


やがて、ひとつの燭台にだけ灯がともった。


ゆらりと陽炎のように映し出される人影がひとつ。

ヒタ、ヒタ、ピチャ……と不気味な音する。


まるで、獣が仕留めた獲物の血を啜り、肉を喰らうような。


ひやりと冷たさが幾分ましたよう。


「雑魚ばかりだな。この程度で神様気取りか?」


ひとつ、またひとつ、と息を吹き返したように多くの灯火が戻った。


「そんな事はない。君たちが圧倒的なのだよ」


シルクハットにタキシードというまるでマジシャンのような出で立ちの“死体卿”は不気味に口元を歪ませる。


「実に興味深い。調べ尽くして更なる力として加えてみたいものだ。私の最高傑作“裁断者”の力に――」


余韻を残すように発せられた言葉は、背後から振り下ろされた大剣によって掻き消される。



「!」


片腕――右腕の感覚が無い。


否、右腕自体が己から切り離されている。


「裁断者はこれまでの実験結果を元に選りすぐり100体もの筋繊維を基盤の死体に移植した、敢えて言うなら機能強化型でね」


最新にして最強の屍だ、と勝ち誇ったように“死体卿”は笑う。

今度は薙ぎにくる大剣を一瞥し、祈響は口元をほころばせた。


「機能強化型ねぇ…雑魚でも篭りきって研究してれば一体位はマシなのも出来るか」


だが、と祈響は鼻で笑う。 その瞬間、振りかざされたはずの大剣が粉々に砕けた。

死体卿と裁断者の表情が徐々に驚愕へとすりかわる。


「コイツは最新でも、ましてや最強でもないな」


祈響は己の左目に手を翳す。空気が一段と冷たさを増した。


揺れる銀糸の間から垣間見えるのは―――



粉々に砕けた大剣を冷やかに一瞥し、“裁断者”を見つめるのは鮮やかな紅の瞳。


喩えるならばそれは錬金術師が用いたと言う血色の石のような。


視る者全てを魅了し、そして同時に畏怖を抱かせるような。


禍々しい瞳に見据えられ、裁断者はその巨体に不似合いな弱々しい声音で呟いた。



「……バ…ケモ…ノ…」



肯定するように、血色の眼を輝かせる銀髪の青年は口の端を持ち上げ笑った。



「なんだ? 今頃気付いたのか」


途端、世界は激しい閃光と共に“時間”を止める。




雷鳴が鳴り響く。


「ひぃッ…や、止めてくれ……逝きたくない……っ」


悲鳴じみた声を上げ、“死体卿”は、たちまち椅子から立ち上がろうと試みるが、かなわない。


幾千にもおよぶ針が椅子と死体卿とを繋ぎ止めているのだから。


〔動かないで。無理に動けば四肢が千切れるから〕


傍らの柱には小柄な藍色の髪の少女。


「…ほどいて…頼む……金でも、邸でも…欲しいものなら何でも……だから……ッ」


ほどいてくれ、と哀願するが別の声音に遮られる。

「…馬鹿が」


抑揚の無い声。吐き捨てるように呟いた零はおもむろに自身の得物である古文書を開く。



――『滅亡童話』――


記された文字が仄かに深緑の色を帯びる。


「ケルベロス」


呼応するように空気が刹那、震える。


闇が形どったように現れたのは、魔獣。

獅子の体に、蛇の尾。鰐の眼に、犀の鼻面。たてがみは虫のようにうねり騒ぎ、其処から絶えずポタリポタリと血が滴る。



「…さぁ、どうして欲しい? このまま魔獣に喰われるか、それとも――…」


床から切り離された己の右腕を拾い上げ、事も無げに接合すると、美貌の青年はゆっくりと死体卿へと近づいていく。

後方には魔獣、前方からは銀髪の青年。


すると、死体卿は何かに気付くような顔付きで、



「銀色の、髪? ……銀の……お……おまえっ……」




死体卿は銀髪の青年を仰ぎ、わなわなと唇を震わせ呟いた。


“幻葬”と。



「……ふーん、アイツを知ってるのか。それじゃあ政府の目に留まるのも無理はないな」


「あ、れは、架空の……とっくに……」



とっくに居ないのだろう、と震えながら言う死体卿の目前で、祈響は足を止める。


「それなら、冥土の土産に良いものを見せてやるよ」


くすり、と笑い、青年は銀髪をかきあげる。



“死体卿”は嫌々をするように首を振り、四肢が千切れるのも構わずに手を伸ばし、哀願した。


まるで許しを請う子供のように。


まるで助けを請う子供のように。


だが、もう遅いのだ。



血色の眼が妖しく光る。



「初めて見るだろ? これが――……」



死体卿は声すらも上げる事無く――否、上げる事が出来なかったのだ。



目の前に佇む銀髪の青年。その左瞳。


禍々しく、それでいて酷くこちらを魅了させる。


赤薔薇の如く美しく、同時に荊の如く鋭い――…




正真正銘の“幻葬の瞳”



「アイツが『架空』だったのは昔の話だよ」


さて、と祈響が笑った。

「そろそろ“神様ごっこ”も幕引きにしようじゃないか」



雷鳴が一際大きく響いた。




「…神には役不足だ。地獄に転職するんだな」


そう笑う声音は酷く、冷たい。

死体卿の胸ぐらを掴んだかと思うと、



「喰え、ケルベロス」



後方に控えている魔獣に声をかけた。


「…他人の魔獣に無断で命令するな、祈響」


「なら、今断っておくよ」


造作もなく、祈響は死体卿を持ち上げた。



「……行け、ケルベロス」


憮然とした面持ちのまま、零が呟いた。



稲妻と断末魔の叫びが混ざり合い、地に墜ちる。


「…ゲームセットだ。死体卿とやら」



***





「なかなか良い雷だったな」


 そう呑気に微笑むリーダーに零は半ば呆れたため息をついた。


「……お前な。こんな雑魚ごときにだらだら時間かけてるな、馬鹿」


「興味深い話ではあったよ」

反省の色など微塵も見せない祈響に、零は再びため息だ。


「……ったく、お前もいい加減危機感を覚えろよ」


「そんなもの、“理想郷”に辿り着く為には必要無いだろ? とにかく、これで依頼は完遂。後は政府の奴等に任せるとするか」


行くぞ、と促して、銀髪の青年は踵を返す。





さぁ、幕は上がった。


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