ACT.00 オワリノヨルノハジマリ
流血表現あり。
「断る」
抑揚の無い声音が部屋に響く。
だが、その声は人影と対座している青年ではなく、その傍らに立つ男のものである。
「どうしてだ! 今人不足だと聞いたから……」
「聞こえなかったか? 断る、と言った」
間髪入れずに男は淡々と言い放つ。
男を宥めるように右手で制止し、ソファにもたれている青年はようやく口を動かした。
「……要するに、だ。お前みたいな覚悟の無い奴はこの組織には要らないって事」
瞬間、青年の薄い胸ぐらは人影に掴まれていた。
「ふ…ざけるなっ おれがどんな思いでここまで来たと思ってるんだ!」
「さぁな。オレの知ったことじゃない。この組織に必要なのは理想郷に残る覚悟のある者のみだ」
人影の手が青年の首を締め付け始めた。が、首を締め付けられて尚、青年は笑みを浮かべている。
「どうした? 早くその手に力を込めればいい」
まるで他人事のように言い放つ綺麗な声音はどこか異国のもののよう。
「こ、このまま、あんたを殺してもいいのか」
「できるものなら」
青年の首を締め付ける腕が仄かに蒼く光り始めた。 反射的に得物をとる男を眼差しで制し、青年は相手を見据える。
「……っ。その腕……〈契約〉か」
それはこの世界に、『アイツ』に、認められた証。
それはこの“ゲーム”に参加する為の切符。
「ああそうだ。おれはこの腕でたくさんの魂を喰ってやった。あんたの魂も喰い破ってやる。前のあいつらみたいにな」
青年は涼やかに口元をつり上げた。
「……本性、見せたな」
そう言い放った、瞬間。
「馬鹿が」
その声は誰のものだったか。
書類の吹雪とともに人影から右手が消えた。否、あらぬ方向へと飛び散った。
紅い水滴と共に。
「あ…あ……」
一瞬にして人影の表情は驚愕に染まった。
「……お前はひとつ、勘違いをしているな。オレ達『ローズロイヤル』はそんなに甘くはないんだよ』
人影は床にのたうちまわりながらも、青年の足元にすがり付く。
「…た…すけてくれぇ…死にたくない……っ」
必死の哀願すらも、青年は冷笑ひとつで切り捨てる。
「『死ぬ』…? それは“生きている”モノに使う言葉だろう?」
もうとっくに命なんてものは一度散らしてる。
それはお前もオレも同じだろう?
オレ達は…“動く死体”
『屍』なんだから。
「これがオレとお前の『覚悟』の差だよ。お前は今オレを畏れた…その時点でお前の負けだ」
既に虫の息である人影の耳元に屈みこみ、
「……消え失せろ。雑魚」
部屋内断末魔の叫びが響き渡る。
青年は人影を見下ろし、さも愉快げに笑った。
彼の左瞳はまるで、紅い宝石を埋め込んだような赤。
彼の体を取り巻く漆黒の鎖がじゃら、と音をたてる。
それでも綺麗な声音が変わることは無く。
「じゃあ、報酬の受け取りと後始末は頼んだから。後よろしく」
対して相手の男は露骨に嫌な顔。
「たまには自分でやったらどうだ、横暴リーダーが」
「…疲れた。後で事務室にコーヒー運んで。ブラックで」
小さく舌打ちをする副リーダーの横をすり抜けてひらひらと手を振りつつ、青年は扉を閉めた。
事務室。
「…ったく、最近はあんな輩ばかりだな。ただでさえゴタゴタしてるっていうのに…」
スーツの上着をかなぐり捨て、青年はソファに倒れ込んだ。
仰向けのままゆっくりと目を閉じ、束の間の眠りに落ちるよう。
だがそれは騒がしい電話の音に見事妨げられる。
運悪く傍にあった受話器を不承不承手に取り、耳へ当てた。
綺麗な声音は、出し惜しみするかのように今は掠れていて。
「……はい? こちら『ローズロイヤル』。依頼内容は短く、簡潔に、尚且つ分かりやすく。オレの機嫌を損ねたら即打ち切りだ。……ん? あぁ、名乗るのを忘れてた」
暗闇の中、禍々しい程の紅がゆらりと煌めく。
「オレは祈響。『ローズロイヤル』のリーダー、祈響だ。よろしく依頼人」
さぁ、始めようか。
理想郷に残る為の“ゲーム”を。