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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
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ACT.13 夜想曲

「―――由良が居なくなった?」


簡易ベッドに散らばる銀糸を払いのけ、祈響は赤の眼をす、と細める。


「……誘拐、か」


それがどういった目的を以て行われたのかは分からないが、と祈響は呟いた。


「だがおおよその見当はつく。仕組んだのは『マリゴールド』だろう?」


「…おそらくな」


「なら話は簡単だ。指導者補佐と引き換えに『マリゴールド』側に加勢しろ、とでも言って来るんだろうさ」


『マリゴールド』が『雪月花』に仕掛けた“革命”。


中立である『ローズロイヤル』はさしずめ盤上のゲームを傍観するギャラリーと言ったところだな、と。


言って、青年は上半身を起こす。


「だがそのギャラリーが手駒に取れさえすれば……そのゲームは間違いなく『マリゴールド』に傾く、という訳だ」


「……どうするつもりだ」


問う副長の言葉に、指導者は双眸を伏せる。


「…中立を破るつもりは無いさ。この戦争……仮に東雲が承諾したとしても『ローズロイヤル』はどちらの組織にも手を貸さない。……絶対な」


「ならばあいつを……由良を、どうするつもりだ」


「…………オレは『全』と『一』、どちらかしか選べないとき、前者を選ぶしか出来ない立場に居る。……それくらい分かってるだろ、零」


開かれた左右異色の瞳が、一筋、揺らいだ。





―――白い、壁。


体が、やけに重い。

意識を浮上させ、途切れた記憶をなんとか手繰り寄せる。


部屋に戻って。


いつのまにか眠っていて。


目が覚めたら視界にはライカと雄飛が居て。


それから―――


―――雄飛?


「―――っ」


反射的に無理矢理身を起こすと「わっ」と少年らしき声がする。


「びっくりした…目、覚めたのか、由良」


次第にはっきりしてくる視界。

そこに金色は無く、“生きて”いた頃と変わらない幼馴染の姿。


言葉を紡ごうとして、手元にスケッチブックが無いことに気付く。それを見透かしたように―――ごく自然に、「はい」と相手がそれを差し出した。


「これ?」


軽く頷いてそれを受け取ると、相手が苦笑する。


「……そっか。やっぱり“こっち”の世界でも…声、無くしたまんまなんだな、由良」


今度は刹那躊躇って、由良は首肯する。



沈黙。



それを取り繕うように、少年が言う。


「まだ体ダルイだろ? ゆっくりしてていいから。ここ、オレの自室だし」


言って、雄飛がしまった、という風に口を塞ぐ。苦虫を噛み潰したような表情で。


〔雄飛〕


「……ごめん、お前をここに無理矢理連れてきたことは謝る。でも、これしか手がなかった。お前だけは……」


〔私、だけ? どういうこと?〕


「…あ…何でもないよ、由良が気にすることじゃない」


〔私を人質にするの? 雄飛〕


「……表面上は、そういうことになると思う」


〔無駄だよ、雄飛。祈響は自分の意思は絶対曲げない。私を人質にしても、何もあの人の気持ちは変わらないから〕


「…『ローズロイヤル』指導者の意思は変わらなくても…『マリゴールド』指導者は違う」


〔え?〕


雄飛の言葉に由良が訊き返す。

ふ、と苦笑して、雄飛は続けた。


「……あの人は、『ローズロイヤル』指導者の“背景”を狙ってる。それを手に入れる為なら、たとえ戦争を起こしても…たとえ相手が三大組織であろうと政府であろうと容赦なく狩るよ。あの人に敵う奴なんて居ないんだ」


〔どういうこと?〕


「“革命”に理由なんて要らないんだ。味方以外は『狩人』に狩られる。情けも、容赦も無く。だから……」


だから、と雄飛は呟く。

そして少女を―――抱きしめた。


〔雄飛…?〕


「…お前だけは、あの人の獲物にしたくない。『マリゴールド』に居れば、『狩人』の眼は免れる」


その言葉の意味。

それは。


〔祈響を…『ローズロイヤル』を裏切れってこと…?〕



裏切る。

“指導者”である彼を。

その組織を。



〔出来ないよ。私には、出来ない〕


由良は小さくかぶりを振った。


「あの指導者を信じてるからか? ……あんな、化け物を」


幼馴染の冷えた声音に、由良は体を強張らせる。


〔違う。祈響は〕


「何が違うんだよ。あの銀髪、あの赤い眼……お前だって分かってんだろ? あれは化け物だ……ッ」


強く抱き締められて、由良は言葉を失う。

不意に、雄飛が我に返ったように身を退いた。


「…あ、ごめん。急にこんなところに連れてきて、こんなこと言って…混乱するに決まってるよな」


苦笑して雄飛は「ごめんな」と告げて立ち上がると踵を返した。


「…少し、頭冷やしてくる」


音を立てず閉じられた扉を見つめ、由良はスケッチブックを腕の中に抱いた。


―――どうしたらいいのだろう。


抜け出そうと思えば、今にでも抜け出せる。


けれど。


“存命時代”の記憶が唐突によみがえる。



“最期”の日。



あの“生きた”最後の時。



雄飛は。



自分のせいで死んだ。



あの時の彼の表情は。


今も忘れられなくて。



雄飛を。


彼を。


もう二度と悲しませたくない。


―――私は、どうしたらいいのだろう。




『ローズロイヤル』。

その医務室。


「……否が応でも動かないつもりか、祈響」


「……同じ事をお前は何回訊くんだ? 零」


副長に渡された書類をめくりながら、祈響は言う。


「中立のウチが相手を触発してどうする。それこそ被害が大きく成りかねない」


見たから判よろしく、と書類を渡し主に戻し、青年は簡易ベッドを降り、傍らの上着を羽織った。


「零、リハビリも兼ねて少しばかり歩いてくる。桜霞にそう言っておいてくれ」


踵を返す指導者に、副長は問う。


「……何処に行くんだ」


その言葉に、祈響はフ、と微笑んで、


「ライカのところ」



祈響は扉を開ける。

そこには「指導者補佐」と記されていた。


もっとも、今はそこに主の姿は無く、ひとりの少年が俯き、佇んでいる。


「ライカ」


祈響は少年の名を呼ぶ。

金色が振り返り、その瞳と青年の視線が交わった。


「―――……」


少年は沈黙したまま。


「…悔しいか?」


そう問う青年の言葉にも答えず、何処か上の空な表情だ。


「あいつを護れなかったことを責めるつもりは無い。お前が今どんな感情を抱いているかを聞きたいだけだ」


金色の瞳が僅かに揺らぐ。

そして。


「―――くや、しい」



聞いて、「そうか」と祈響は微笑する。


「そう思うのなら、いつまでも此処で後悔する必要は無い。あの時、オレに向けた牙を…今度は自分の目的の為に磨けばいいだけのことだ」


「もくてき?」


「あぁ。自分が今何をしたらいいのか、何が出来るのか……他人がどう言おうとそれを決めるのは自分だ。誰の為でもない、自分の目的の為を果たせれば、結果は伴う」


「……ライカでも、できる?」


「出来るさ。お前の“想い”が本物ならな」


「……うん」


楽しみにしてるよ、と“指導者らしく”微笑んで、祈響が踵を返すところで、



「――――――ユラが」


ライカが、告げる。





「……泣いてた」


「……」


「でも抵抗しなかった。最後に、ライカに言おうとしてた。―――“ごめんね”って」


「…………そうか」


ふ、と笑みを唇にだけ浮かべて、祈響は言う。

その赤の眼が、静かに揺らいだ。





〔マリーゴールド?〕


「うん。あの人の奥さんが好きだったとかで、中庭にあるんだよ」


綺麗だろ、と雄飛が微笑む。

変わらない笑み。

“光の時代”と。


「“存命時代”のものと全く一緒ってわけには流石にいかなかったらしいけど。でも、こうやって形に残せるのって幸せだよな」


〔…うん〕


由良は頷く。


形に残せる想いほどこの世界で幸福なものは無い。

だから、住人は「形」に残そうとする習性があると聞いたことがあった。

少しでも長く、それを近くで感じていられるように。

少しでも多く、がらんどうな心を満たす為に。



「……由良」


呟くように、花を見つめたままの雄飛が言う。


「もう“生きて”た頃には戻れないけどさ。今ならオレ、この手で由良を護れる。護ってみせるよ」


褐色の瞳が、少女へと向けられる。



「…性急過ぎるのも分かってる。でももう時間が無いんだ、だから」


だから、と。


「――――選んで。『マリゴールド』に来るか、『ローズロイヤル』に留まるか」





言って、少年が苦笑する。


「即答しなくて良いから。そんなすぐに決められないよな」


部屋戻ろうか、と促す相手の後を追い、由良は“呟く”。


「――――」


音にならない“声”。

“光”と共に失くした、声。


やっぱり駄目だな、と苦笑する。

言えない代わりに、藍色の瞳を刹那伏せた。


心の内で、もう一度、そっと呟く。




―――――“ごめんね”。




きっと、また。

私は。



―――――誰かを楯に護られる。



だから。


だから、私は。




コツ、と靴音が一段と響く。

祈響は半壊した事務室の扉を開け、微笑する。


「―――戻ってたのか」


ふと言葉を掛ける先。


背後の少女に、そう笑いかける。


「由良」



少女の藍色の髪が揺れ、その瞳が真っ直ぐに青年の背中を見つめる。


そしてその手のひらから。


白く煌く得物が放たれた。



青年の銀髪が一糸、床に落ちる。

けれど青年は振り向かない。



「―――…成程」



得物である“それ”を片手で捉え、祈響は冷笑。


「これがお前の“答え”と言うことか」


〔ごめんなさい〕


「謝られる義理は持ち合わせてないさ。オレが慈悲深い男じゃないことはお前も知ってるだろ?」



刹那の沈黙。


やがて踵を返して駆け出していった少女をほんの僅か一瞥し、祈響は眼を細めた。




『ローズロイヤル』医務室。


無駄の無い動きで書類を片付けている副長を横目で見やり、青年は何処か諦めたように言葉を紡いだ。


「……零、やはりそろそろ本気で気が狂いそうだ」


眉を顰める相手に少女の得物を手渡すと、左右異色の双眸が伏せられる。


それを見た深緑の瞳が僅か見開かれた。


「ッ、お前…ッ」


「あぁ、会ったよ。他ならぬ由良に」


もっとも、もう居ないがな、と呟く指導者に零は言う。


「何故引き留めなかった」


「それがあいつの意思だからだよ」


「……!」


冷えた声音。銀色が赤と黒を覆い隠す。



「…“指導者”であるオレに得物を向けた。その意味はあいつだって十分わかってるだろうさ」


分かっていて、“それ”を行ったのだ、と、祈響は告げる。そして続けた。



「――――……由良は、この組織を抜ける」






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