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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
14/15

ACT.12 狂詩曲

「“親しき仲にも礼儀あり”だろう? 『マリゴールド』」



「“慇懃無礼”と言う言葉を知らないか、『ローズロイヤル』」



両指導者は言葉を交わすと短く笑う。

『壊し屋』を率いる指導者と『狩人』の名を持つ指導者が正面で向かいあい、ビリ、と空気が震え始める。

けれど動じぬまま、祈響は凛とした声音と言った。


「標的探しなら他をあたってくれないか。オレ達にはまだやらなきゃいけない事が山程有るんでね」



「“理想郷”か。実に下らない」



下らないな、と『マリゴールド』指導者はせせら笑う。


「―――夢だの想いだの心だの…この世界の住人は腐っている。“理想郷”、“桃源郷”…そんな妄想に過ぎぬ架空物、目指したところで無駄と言うもの。現実から目を背け終いには“神”などと言うモノにすがり付く――実に愚かだ。だからこそ我々の『革命』が必要不可欠なのだよ」



「『革命』を起こすのは結構だが…他人の“夢”にまで干渉しないでもらいたいね。それに」



赤の瞳が、僅か細められる。



「――夢を見るのが愚かかどうかは自分で決めることだろう?」




だからお前に干渉する権利は無い、と青年の冷ややかな眼光が告げる。



「そう思うこと自体が愚かだと言う」



「構わないさ。この組織の同胞達はその“愚かな”奴の集まりだからな」



「――…指導者が指導者なら団員も団員か。所詮は『壊し屋』だな」


「されど『壊し屋』さ」



くすり、と笑って祈響は応じた。


「…話にならんな」



「そうだな」



堂々巡りもいいところだ、と両指導者は笑みを浮かべる。


ふと『マリゴールド』指導者が言った。



「頭まで腐っていないなら、良く見てみると良い…今こそ革命が必要不可欠な時代だと分かる筈だ、『ローズロイヤル指導者』」


今こそ革命の頃なのだ、と。


言った刹那。

『マリゴールド』指導者の手のひらから契約の光が放たれ、大きな影が再び具現する。



斧。



『クリムゾン』と呼ばれる、それそのもの。



それは迷い無く――少女へと向かう。



「―――由良ッ」



金色の瞳の少年よりも。


深緑の瞳の副長よりも。



一番に。




銀色が、動いた。



その刹那、真紅の名を持つ得物が、振り降ろされる。




揺れる銀糸。


水を打ったように、沈黙が訪れる。

けれど不規則に滴り落ちる赤の雫が、それを破った。


次いで、声音。



「――…無事か、由良」



そう紡がれる声音は、いつもそうと変わらない。だがその肩から腹にかけての生々しい傷が、その“事実”を物語っていた。



「ほう――己の身を挺してまで小娘を庇うか。随分とお優しい事だな、祈響」



「…そういうお前は、随分と悪趣味になったじゃないか、常陸(ひたち)



「レディーファーストと言うだろう?」



「ならウチの補佐はとんだ似非紳士に目をつけられたものだ」



危うく狩られるところだった、と祈響は口元に笑みを浮かべる。

『マリゴールド』指導者も笑みで応じ、得物を退いた。

その尖端に付着した赤が床に弧を描く。



「そう深傷を負って尚焦りひとつ表に出さないか。流石は“化け物”だ」


突き付けられた皮肉にも、祈響は冷笑で応じる。



「ならオレは精々“化け物”らしく、お前を殺めてみようか、常陸」


言って――

左右異色の瞳がす、と細められる。


「―――…ほう」



常陸が呟く。



「『血の静寂(ブラッディ・サイレンス)』――契約主の血を媒体とし、具現する鎖…か」



赤の契約の光。

具現する漆黒の鎖。

それは床に弧を描いている赤の線から。



『マリゴールド』指導者の首を締め付けるように蠢いたそれに、貴様の傷口から流れ出た血がその媒体と言うわけだ、と常陸が口元を歪ませる。



「体内だけでなく体外に流出した血までも操るか…無様だな」

実に不恰好だ、と嗤う『マリゴールド』指導者を左右異色の双眸で見やり、祈響はやおら体勢を立て直す。

その刹那鈍い鎖の音が『マリゴールド』指導者に首元を僅かに締め付けるよう。


「……お前が『クリムゾン』を振り下ろすのが早いか、オレの『ブラッディ・サイレンス』がお前の喉笛を潰すのが早いか――だな」


試してみるか? と祈響が余裕を含んだ笑みで問う。

刹那の沈黙の後、常陸は短く嗤った。


「あくまで中立を決め込むか、『ローズロイヤル』。どちらにも手を貸さずただ政府の“影”として在り続けると?」


「オレにとってはお前らがどうこうしようが関係無いんでね。政府にいつまでも従うつもりは毛頭無いが……オレは『ローズロイヤル』を“理想郷”へ導く為なら手段は選ばない」


赤の瞳がそう告げると、常陸は言う。


「―――つまらんな。なかなかきりふだを見せない貴様にしびれを切らして、『狩人』自らが直々に出向いてやったというのに、抵抗という抵抗を見せない」


興醒めだ、と。

言って常陸は優雅な足取りで踵を返す。


「――――ッ」


契約の具現を解き、どう見ても「無防備」と取れるその背後に金色の瞳を携えた少年が牙を向けようとするところで、


「止めろ、ライカ」


『ローズロイヤル』指導者がそれを制する。

「―――成程。駄犬よりは少しばかり賢明な判断をするようだな、祈響」


「これでも指導者だからな」


お褒めの言葉をどうも、と祈響は皮肉げに笑う。


振り向くことはせず、罅割れた窓から外へ跳躍する手前、常陸がふと背後に控える自らの副長に声をかける。


「……戻るぞ、雄飛」


雄飛、と。

その単語に、祈響に未だ庇われたままの由良が反応する。


「……はい」


応じる声音。

明るい褐色の髪を揺らした少年だった。


先に姿を消した指導者の後を追うように窓枠に手を掛け、けれど、ふと思い留まったように室内へその褐色の双眸向けた。


「―――噂通りですね。その髪も、その眼も」


その銀髪も、その赤の眼も、と。

少年は大人びた口調で淡々と告げる。


「“噂通り”の“化け物”を見た感想はどうだ、少年?」


あからさまな嘲笑で応じる青年に、「特にありませんよ」と少年が言った刹那、由良が動揺を隠せないまま紙面に文字を紡ぐ。


〔雄飛?〕


それに気付き、少年は視線を移動する。

そして。


「―――……由良……」


褐色の瞳にふと別の色がよぎって、けれどそれを振り払うように、雄飛は踵を返す。


「…………ごめん」


そう一言呟くと、指導者の後を追うように外へ消えていった。

本来の役割を失った窓硝子を赤の目で見つめ、祈響はやれやれ、と肩を竦めた。


「…窓硝子だけでなくソファも使い物にならないな…」


気に入ってたんだけど、とため息をつき、背後を振り返る。


「…由良、怪我してないか?」


呼ばれて我に返る少女の髪を青年が撫でようとするところで、


少女の瞳から一筋の雫が零れた。


「…由良?」


それは頬を伝い、スケッチブックに落ちて、紙面の黒字を滲ませる。


〔ごめんなさい。私のせいで〕


「…お前が無事ならそれで良い。…恐い思いをさせて悪かったな」


左右異色の瞳が微笑して、青年が涙を指の先で拭う。


「落ち着くまで休め。オレなら大丈夫だから」


促されて、由良はライカと共に、事務室の扉を開けた。





少女が扉を閉めた後。

祈響は壁に背を預け、浅く息を吐いた。


「……少しばかり、血を流しすぎたかな…思いの外、体が冷える」


「……無茶のし過ぎだ、馬鹿」


零は自らの上着を脱ぎ、祈響へ放る。

それを受け取ると青年は苦笑した。

「少しぐらいは褒めてくれても良いんじゃないか? 今回の犠牲は窓硝子と愛用のソファだけなんだから」


極力犠牲は減らした、と祈響は力なく笑み、負った傷の痛みに僅か顔を顰めて続ける。


「…っ、全く……こういうときばかりは願うな…“痛み”など感じなければ良いのに……と」


「―――…それは」


零は言いかけて、止めた。

ぐら、と、青年の痩躯が傾ぐ。

それを反射的に受け止め、零は思う。


―――冷たい。


“あの時”と、同じように。


―――馬鹿馬鹿しい。


浅くため息をついて、零は祈響を抱え医務室へ向かった。



〔ねぇライカ〕


少女は傍らの少年に問いかける。


〔私、何やってるんだろ〕


藍色の瞳が歪む。

少年の瞳が暫し考えるように細められる。


スケッチブックを抱きかかえるようにして、由良は眼を伏せた。


―――祈響。

自分は“指導者”である彼を補佐する立場にあるのに、逆に護られて。



―――何を、しているんだろう。


不意に、考え込んでいたライカが寄り添ってくる。

そしてひとつひとつ慎重に言葉を選ぶようにして、告げた。


「…ユラのこと、キキョウ心配してた。だから、今はゆっくり休むこと、大事だと思う」


僅か視線を上げると、金色の瞳と交わる。


〔うん。そうだね〕


由良は文字を紡いだ。

それと同時に、脳裏にもうひとつ人影が浮かぶ。

幼馴染で“あった”、彼。


―――雄飛。




『ローズロイヤル』医務室。

零がその扉を開けるや否や、椅子の音と共に人物が振り返る。


「……あら、アンタが抱えてるのって、もしかしなくてもリーダー?」


そう紡ぐ唇は紅い。

長く細い脚を組み替えて『ローズロイヤル』専属医――桜霞おうか――は言った。


意識をとうに手放した銀色を覗き込むと、


「相変わらず色白ねぇ。羨ましい…って、そうじゃないわよ。どうしたの、この傷」


「……『マリゴールド』の連中だ」


前半の内容には触れず、零は手短に説明した。


「…あぁ、彼らね。その指導者とやり合ったってんじゃ、無理もないわね」


大袈裟にため息をつく桜霞が慣れた手付きで止血する。


「はい、一応血は止まったわ。まぁ、無理はしないように言っといて頂戴」


言って桜霞は椅子から立ち上がる。


「どうせこれから小難しい話でもするんでしょ? だったらアタシはさっさと自室に退散するわ」


面倒事なんてまっぴらごめんなの、と彼女はハイヒールの音を響かせて出て行った。



程なくして、青年が眼を開ける。


「…………腹が減った」


「…寝起きの第一声がそれか、お前は」


医務室。

簡素なベッドが並ぶその片隅。傍らの椅子に座っていた零が「呆れた」とため息をついた。

散らばる銀糸を鬱陶しげに払いのけ、祈響は視線を零へと移す。


「…何か変わったか?」


「いや、あれ以降『マリゴールド』の連中も動きを見せない」


「…あぁ、それじゃなくて」


由良のこと、と青年は呟く。



「…別に変わりないと思うが」



聞いて、青年は動くのも億劫だと言わんばかりに浅く息を吐き、刹那眼を伏せた。


「…そうか。なら良い。あいつは不必要に自分を責めるところが有るから…少し心配でな」



「……珍しいな」


「ん?」


「お前が他人を心配することが、だ」


言われて、祈響は苦笑する。


「―――同胞を心配するのは“当たり前”だろ?」


「……」


「まぁ変わりないなら良いんだ。…水貰えるか」


喉が渇いて仕方がない、と祈響は言う。


踵を返す副長の背中に、祈響はふと訊いた。



「…駒が動かないのには、ふたつの理由が考えられるんだ」


「……は?」


憮然とする零からグラスを受け取り、「『マリゴールド』を駒に見立てた比喩」と祈響は一拍置いてから続けた。


「一つ目は“動いたところで喰われるから”。二つ目は“今動くことに意味が無いから”」



分かるか? と祈響は視線で問い、グラスを傾ける。


「今の『マリゴールド』は後者か」


「ご名答。だがここでひとつ矛盾が生じてる」


「矛盾?」


「そう。――“駒は自ら動けない”だろう?」



全てを決めるのは騎手である“神”。

駒に役割や力は 有るが自ら動くなんてことは出来ないよ、と。


「つまりこのまま『マリゴールド』が動けば…均衡は崩れ、連中は“神”を裏切ることになるわけだ」


世界の均衡が崩れれば、“幻葬”は動かざるを得ない。


「…“神を引きずり出すつもり”…とはそういうことか」


「あぁ、恐らくな。だから余興として『ウチ』を選んだ。狙いが“それ”なら好都合だからな。……ッ」


痛みが断片的に襲って来るのか、青年が刹那呻く。


「…少々…疲れたな」


喋り過ぎたか、と祈響は苦笑。


「…だったら、今は休め。奴等が動いたら指揮を取るのはお前なんだからな」


「…あぁ、そうさせてもらうよ」


銀色が揺れ、白い波に沈んだ。







「アンタも大変ねぇ、零君」


扉にもたれかかり、腕を組む専属医が言う。


「……」


「……飲む?」



片手で弄んでいたワインボトルを差し出すが、零は一言で切り捨てる。


「仕事中だ」


「相変わらず生真面目と言うかストイックと言うか…年がら年中そんなんじゃ疲れるでしょうに」


微笑して扉から背を離し、椅子に座る桜霞がふと白い波に沈む青年を見やる。

「…『マリゴールド』、だっけ? あの自己陶酔気味の指導者のとこでしょ。これも“革命”とやらな訳?」


「……あぁ」


「なら相当自信アリみたいよ。切り口に無駄が一切無いわ。リーダーじゃなかったら喋ることは勿論、立つことも出来ないでしょうね。ホント、リーダーは凄いと思うわ、アタシ」


「……」


感心したように呟く桜霞を深緑の瞳で見据え、零は椅子から立ち上がる。


「あら、コーヒーでも飲んでいけば良いのに」


もう行くの? と告げる専属医に視線だけで応じて、零は医務室を後にした。



指導者補佐の自室。

ふわり、と吹き込んできた風に、由良は目を開けた。

窓際。

褐色が揺れている。


――え…?


〔雄飛?〕


「…久しぶりだよな、由良」


〔どうして、ここに〕


訊いて、由良は気付く。そして目を見開いた。


幼馴染の足元。

金色が、倒れている。



〔ライカ…!〕


駆け寄ろうとして、雄飛に止められる。


〔雄飛が、やったの?〕


「…うん。こうでもしないと、由良は話聞いてくれないだろ」


〔だからって〕



「―――…ごめん、由良」


少女の言葉を遮って、雄飛が呟く。


その刹那、首筋に微かな痛み。それが麻酔針だと気付く前に、体から力が抜けた。



ぐらり。


閉じていく視界に映ったのは、幼馴染の哀しみに歪んだ顔。


「ごめん」という言葉を最後に、視界がさらに蜃気楼の様にぐにゃりと歪む。


その瞬間、由良は急激に意識が堕ちて行くのを感じた。


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