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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
11/15

ACT.09 夜は千の鈴を鳴らす


―――太陽を《神》と畏れ、敬う街。


その神を失った今、『内部』にただならぬ執着心をもつ人々。



その想いが造り出したモノ―――それが、“ハーメルンの笛吹き”。


その始まりだった。



**



「そう。僕に実体は有りません。それゆえに、限られた時間しか実体化出来ない――それが、“ハーメルンの笛吹き”です」



ゆっくりと、語りかけるような口調で、笛吹きは言う。



「『妹』に代わり…僕がすべてお話ししましょう。でもその前に――妹の拘束を、解いて頂きたい」



チラ、と深緑の瞳が指導者である青年を見やり、それに応じるように、赤の眼が頷いた。



『滅亡童話』が解かれ、依頼人の拘束も同時に解かれた。


ありがとうございます、と微笑してから、ハーメルンの笛吹きは言葉を紡ぐ。



「太陽を《神》と畏れ敬う街からその神が奪われたのは、今から3年前――政府がとある研究を行うことになった頃」



やや自虐的な笑みをつくる笛吹きは、ふと窓の外に広がる闇を見つめ、続ける。


「その研究は――そう、純粋な“子供”の魂魄を使って兵器を造ると言う――云わば人体実験です」




「……人体実験は前々から禁止されている筈だろう」


訝しむように言ったのは零。えぇ、と頷いてから、笛吹きは告げた。



「ですが、政府自らそれを黙認……訳も分からぬまま、“子供”達は街から連れ去られた…たかがひとつの兵器の為に」



そう紡ぐ唇に浮かぶのは嘲笑。心底――嘲笑うような声音だった。



「僕ら兄妹も――当時はその候補に上がっていました。けれど――妹は、妹だけは、逃れる術があった。何故なら」



「この世界に呼ばれたときから、“契約”を持つことが出来なかったから」



不意に、指導者である青年が言葉を引き継いだ。


“契約”を持たないと言うことは、魂魄に何かしらの“支障”があるということを意味する。

純粋な魂魄を必要としていた政府にとっては興味がなかったのだろう、と。



「そう。次々と抹消されていく“子供”たちの中――僕は妹を連れて脱走しました。……愚かなものですよ、当時の政府は。大勢を持ってしても、たかが二人の子供を捕えられなかったのですから」



口元にくすり、と笑みを浮かべる笛吹きは、続ける。


「そうして戻ってきた故郷……けれど、街の人々の反応は決して暖かいものではなかった」


笛吹きは、フードに隠された視線をゆっくりと祈響へと向け、言う。



「あからさまな拒絶、非難の眼差し…『我が子は帰って来ないと言うのに、何故この兄妹だけ戻ってきた』、『何故我が子では無いのか』……彼らは無言で、けれど確かにその表情は、その眼は、告げていました。勿論、街に入れては貰えず、壁の外で過ごす日々が続きましたよ」



〔酷い…〕



スケッチブックをぎゅっと腕に抱き、目を伏せる由良に、笛吹きが苦笑する。



「この頃から人々は『外』に並々ならぬ恐れと憎しみを抱いていましたからね。しかしこのままでは、僕はともかく妹の身が持たない――だから僕は、彼らにひとつ、提案をしました」



拒絶を露にする人々に、ひとつ提案をした。



「……彼らの我が子に対する“想い”を――僕が全て引き継ぐ、と言うものです」



“子供”達は帰って来ない。


けれどせめて。



それに対する想いを。



「それが僕に出来る唯一の事でした。それと同時に――妹を“生かす”、最後の希望だった」




「え……?」



その言葉に驚きをこぼしたのは依頼人。

彼女に笑みだけ返して、笛吹きは言う。



「僕が負の“想い”を一身で受け止める。…それで人々が納得すれば、妹だけは助かる……だったらそれを喜んで選ぼうと」



しかし街の人々が抱える負の想い。


それはあまりにも強すぎた。



「当然、僕の身体は人々の想いに耐えきれず、実体を無くした“思念体”となり――それでも悲しみを拭いされない人々の記憶は、現実を避けるように捏造されていきました。『我が子が帰って来ないのはこの街に夜毎現れる“思念体”のせいだ。全ては彼のせいだ』…とね」



―――我等では政府に敵う筈もない。

けれど、我が子は。


あの兄妹だけ。何故。

あの兄が我等の想いを受け止めるのでは無かったか。


ならばこの気持ちはあの子供のせいだ。

あれを見る度に我等は我が子を思い出す。



全てはあの兄妹が奪ったのだ――



「自分たちの愚行を明らかにしたくなかったのか、掲示板にも僕の…“ハーメルンの笛吹き”の情報は無かった」



書いてしまえば自分たちの愚行を認めてしまうことになりますからね、と笛吹きは微笑する。



「僕はそれでも構わなかった。妹さえ、人々に受け入れてもらえるなら」



ただそれだけで、良かった。


妹だけは。

無垢な、妹だけは。



喩え太陽(カミサマ)を無くした世界の中でも。



笑っていて、欲しかった。


ただ、それだけを願って。


「けれど――それももう終わりです。街に子供達はもい居ない。居ないのなら必要無い――政府はこの街を最初から無かったかのようにするつもりですよ」



唇にだけ笑みを浮かべ、笛吹きは自虐的に笑う。



「だから僕は、妹に貴方がたを呼んで欲しいと頼んだ。…“思念体”は外に出ることは出来ませんから」



貴方がたを呼んだのは他でも無い僕ですよ、と。



「もっとも――」



言って、笛吹きはおもむろにフードへ手をかける。

目深に被っていたそれがパサリと音を立てて笛吹きの肩へ落ちた。



「理由は知らせませんでしたけど」



フードに隠されていた瞳にうっすらと笑みを浮かべ、依頼人と同じ顔で、笛吹きは言う。


祈響は短く笑って彼に訊いた。



「ならばオレ達をここに呼んだ理由は何だ?」



妹にも教えていないその理由とやらは、と問われて、笛吹きは刹那黙る。


けれど、静かに、そしてとても哀しい眼で笑って言った。



「その眼で、僕を――」




けれど、それは不意に遮る声音に止められる。



「私を、殺して下さい」



笛吹きは弾かれるように、声の主を振り返る。紛うことなく、自らの妹だった。


「…リーダーさんなら、ご存知ですよね。契約を持たない者の末路を」



「……あぁ」



静かに、『ローズロイヤル』指導者は応じる。



契約を持たぬ者。


それは神の恩恵を受けないに等しく、そう長くはこの世界に存在出来ない。



「薄々は、気付いていました。兄は何も言わなかったけれど……そういう行動をとるときほど、何かを抱え込んでいるヒトだったから」



言って、依頼人は微笑する。



「…そう経たないうちに、私は消える身…だから兄が自ら『死』を選び、貴方を呼ぶのだと気づいた時に私も決めたんです」



何かを言おうとして口を開く笛吹きに、良いんです、と依頼人は呟くように言った。



「最期ぐらい…『妹』に我が儘を言わせてください―――“お兄ちゃん”」



「……良いのか」



青年が問う。

その双眸は『ローズロイヤル』指導者としての鋭い眼光を携えていた。



えぇ、と迷わず頷く依頼人を見つめ、兄である笛吹きは刹那瞳を伏せる。

けれど再び瞳を開け、唇に微笑を浮かべて首肯した。


その唇が、次いで言葉を紡ぐ。



「ではひとつだけ、訊かせてください。――神に最も近いと噂される、貴方に」


そう言う声音は凛としながらも揺れ、震えていて。



「……神様が本当に居るとしたら…何故僕らだけ愛してくれなかったのでしょうか―――?」



その問いに。

懇願にも似た、問いに。

『ローズロイヤル』指導者は刹那の沈黙の後、静かに応じる。


左右異色の瞳が、ほんの僅か揺らいだ。



「…神はお前達だけ愛していないんじゃない。誰ひとり――心から愛してなんか、いないんだ」



赤の眼が、鋭く輝く。

その光に包まれて、ふたつの“想い”が弾けた。






赤い左目を僅か細めて、祈響は光の名残を見つめた。


「……“想い”…か」



依然として静寂を保つ窓の外をふと見やり、呟く。


〔祈響?〕


「まだやることは多そうだな…」


〔ハーメルンの笛吹きはもう居ないよ?〕


「オレ達が依頼されたのは怪奇現象を解決する事。消えたものは戻らないが……まだ終わってはいないだろう?」



〔あ〕



気づいたらしい由良ににこりと笑んで、祈響は視線を移し様、



「―――“朝の来ない街”の“夜”を、終わらせる」


「…『内部』に異常な執着を持つ連中に『外部』の話が通じる訳ないだろう」



そう冷ややかに告げる副長にフ、と笑んで、祈響は言う。


「あぁ。だから逆にそれを利用させてもらうのさ」


言うなり片手にペンを持ち、次いで紙を広げて祈響はさらさらと文字らしきものを紙面に刻む。


「ん。……まぁ、こんなもんか」


そう呟くと、祈響は視線を紙から外してライカを呼ぶ。


「ライカ。これを街の掲示板に貼ってきてもらえるか」


手渡された紙に僅か首を傾げる少年だったが、直ぐに頷いた。


駆け出して行く金色を見つめる青年に、由良が傍によって問う。


〔何て書いたの?〕


「ん? あぁ、さっきの紙か。……“私は先日、ハーメルンの笛吹きと接触しました。彼は私に様々な話をしましたが、どれも信じられません。どなたか、私に情報をくださいませんか。お願いします”」


語るような口調で内容を告げる指導者を前に、刹那の沈黙。


「少しばかりカマをかけてやったのさ」


そう笑う青年は、さて、と呟いて立ち上がる。


「これで連中は黙ってはいられない。どこの誰が書いたのかも分からない情報に、自分たちの愚行が明らかにされてしまう…それを回避すべく、奴等はその提供者を殺しにかかるだろう」

奴等は『内部』の情報を信じることしか出来ないのだから、と。


「此方も準備にかかろうか。現実を受け入れない連中の“殻”を叩き壊す為にな」





―――何だ、これは。



“ハーメルンの笛吹き”が話したこと。


我等のことか。それとも他愛ない話か。


誰が書いた?


ハーメルンの笛吹き自らか?


いや、奴は思念体。そんなこと出来る訳がない。


ならばあの兄妹の――妹。


あの、妹か。



どうする?



どうすれば良い?



―――殺そう。



あの妹の方を。



あの妹も、思念体にしてやれば良いのだ―――



そう思うところで、前方から人影が見える。

おそらく提供者が新たな情報を見に来たのだろう。


ならば、その隙をついて――――殺ソウ。


ひとつ唾を呑んでおもむろに人影に近付き、それに刃物を向ける―――



否。


向けた、筈だった。



「あ……?」



その音しか、唇から出て来ない。



背後。


背後から。

止められた。



それに意識を移して、けれど、絶句する。



「ふーん……こんな物を振りかざすとは…随分と気が立ってるな」



見慣れない銀色が、其処に居た。





「だ、誰だっ」


かけられた誰何の声に、銀色が笑う。


「ん? 訊いたところで別に何が変わる訳じゃないが…まぁ、教えてやるよ」


くすり、と形の良いその唇が歪む。



「『ローズロイヤル』―――通称『壊し屋』の、指導者さ」



聞いて、誰もが息を呑む。

『外部』の情報に疎い我等でも、その人物は知っている。


否、


知らない筈がない。


間違いない。


銀の髪。漆黒の右目に、紅の左目。


彼だ。


壊し屋を率いる指導者だ。


『ローズロイヤル』指導者はふと左右異色の双眸で辺りを見回して、嘲笑を唇に浮かべた。


「…成程。少数が企んだことかと思いきや、街の住人全員とはな」



青年の銀髪が僅か揺れ、夜風がやけに冷たく、通りすぎる。



「老若男女、皆が皆自分達の愚行を隠蔽する為にあの手この手か。……まったく、くだらないな」



住人はぐうの音も出ない。青年の良く響く美声だけが、告げる。



「せっかくの機会だ。お前らの『殻』…跡形もなく壊してやろうか」



くすり、と青年は美貌を笑みに歪める。


「―――さぁ、《太陽(カミサマ)》の再臨だ」


太陽(カミ)”の再臨。


それは文字通り、この街に太陽が戻ると言うこと。

壁を、壊すと言うこと。



「な、そんなことをしたら――」


「その壁には磁気が…猛毒が――」


「政府が黙って――」


「政府?」


矢継ぎ早に言われる言葉を遮るように、あからさまな嘲笑を唇に浮かべ笑う青年。


その左目が――艶やかに紅い。


「『政府のせい』…『政府には逆らえないから』…もっともらしい理由をつけて、いつまで現実から目を背けているつもりだ?」


くすり、と笑って青年は続ける。


「自分を正当化し…挙げ句の果てには責任転嫁か。太陽(カミサマ)が居て困るのは、あの兄妹ではなくおまえらだろう?」



神は全てを知り。

太陽は全てを曝け出す。



愚かな住人どもだな、と青年の美貌がせせら笑った。



「この街の壁に込もっているのは磁気なんかじゃ無いんだよ。おまえらの邪念だ。だからその“想い”ごと―――オレが壊してやる」

追い撃ちをかけるように告げる声音に、住人たちがようやく反抗の意を込めて発した言葉は、けれど、夜風に かき消える。


住人たちは誰ひとり動かない。


否。


動けない。


体が金縛りにあったかのように、動けない。


それを見透かしたかのように――それが計画通りだと言うように青年がくすりと微笑してから、自らの左目に手を翳す。


銀糸がせわしなく揺れ、その唇が刹那笑みを消した。

ひやり、と僅か冷たい声音が、終わりを予告する。



赤の光。


それが一瞬にして広がり、“想い”を砕く。


砕かれたそれから溢れてくる白い光に、皆が皆、目を眩ませる。

そして誰かが呟いた。



神様、と。


暖かく、そして何よりも美しく優しい。

太陽(カミサマ)》。


それは名を無くしたこの街の、唯一の証。

最も畏れ敬うべきもの。


住人たちはひとりふたりとその頬から透明な雫をこぼす。

いつしか“金縛り”は解かれていた。


「ご苦労、零」


祈響は笑みを浮かべて、契約を閉じた副長に言う。


傍らの少女と少年にも笑み掛けて、左右で色の違う瞳が《神》の戻った街の蒼空をふと仰いだ。


「…さて、帰ろうか。報酬を貰う依頼人も居ない事だし」



オレ達も戻るとしようか、と踵を返し、青年が笑むところで。



リン、と鈴の音が何処からか響いた。

次いで、声音。



「――相変わらず派手なことしてはりますなぁ」



赤の瞳が声の主を振り返ると、人影がふたつ。

その一方が、高く結い上げた長髪を揺らして、立ち上がる。

そしてにこりと笑んだ。



「久しぶりやなぁ。祈響はん」



独特なイントネーションをまじえたその声音は明るく、その笑みは決して裏を見せない。



「……東雲(しののめ)



「依頼終わったみたいやから来たんやけど。俺、自分にちょいお願いしたいことあんねん」



「『雪月花』指導者が自ら出向くような用件か?」



「まぁ、そやな。もうあんま時間もないさかい、手短に言わせてもらうけど――」



『雪月花』指導者は刹那笑みを消して、言った。



「―――俺らの為に、死んでもらえんか?」


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