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永遠に葬れ  作者: 灰神楽
10/15

ACT.08 想いの残骸

「……毎度毎度手当てするこちらの身にもなれ、お前は」


呆れた、と言わんばかりのため息をつき、零は慣れた手付きで包帯を巻いていく。


「そう言いつつも毎回丁寧に手当てしてくれる副長さんには少なからず感謝してるよ」


くす、と微笑する青年を前にもう一度ため息をつき、零は巻き終えた包帯を箱へ戻した。


「……怪我、また増えたな」


今回の傷とは別のそれらを見て、零は言う。


「ん? あぁ、もう殆ど痛みは無いけどな。痕はそれなりに残るらしい」


消えないものだな、と祈響はふと自嘲めいた笑みを浮かべた。



羽織るシャツと上着で覆うようにして隠される“痕”。

それは、青年の痩躯を縛るように、戒めるように、刻まれる痣と傷の名残。

それらが戦いの最中で負ったものでは無いことを、零は知る。



“可哀想に”なんて言葉では到底届かない様な。




「……」



「どうした、零。急に黙り込んで」



「――…別に」



柄にもない。それに、目の前の青年は“同情”を何よりも嫌う。

そんなものは偽善でしかないと。



酷く、嫌う。



「しかし、こうも夜が続くと時間感覚がずれるな」



“朝の来ない街”だから仕方ないか、と青年は銀糸をかきあげる。



「時間帯から言えばとっくに夜は明けてる」



副長の言葉に「そうか」と頷いて、祈響は微笑。



「―――それじゃあ、依頼人も含めた作戦会議としよう」



例の人物との第一接触(ファーストコンタクト)も済んだことだしな、と祈響はネクタイを締め直し、言った。







「――“ハーメルンの笛吹き”について…ですか?」


「あぁ」



青年の言葉に依頼人は暫し考え込むような顔付きで俯く。



「ごめんなさい。子供を夜毎さらっていくこと位しか私は知らされて居なくて…」


「…そうか」



赤の眼に鋭い光を宿し、祈響は僅か頷いた。



「“知らされていない”と言ったな。他に誰か情報源となるような人物が居るのか?」



「あ…いえ、情報源が特別いる訳ではないんです。掲示板が街の広場に有るので、皆其処から情報を得るんです」



「…成程な」



“外”からの情報がほぼ皆無なのだから当然だろう。

結局“内”の情報を信じるしか無いのだ。


「……あの」


「ん?」



遠慮がちに掛けられた声音に、祈響は短く応じる。

「“ハーメルンの笛吹き”は、本当に“居る”のでしょうか」


「…どういう意味だ?」


「私は思うんです。本当はそんなもの、存在しないんじゃないか…って」


私の偏見かもしれませんが、と紡ぐ依頼人に祈響は微笑して訊いた。


「………どうして、アンタはそう思う?」


「え? あ、えぇと、なんとなく、そんな気がして。…すみません、余計なことでしたよね」


頭を下げる依頼人に、青年は

「別にいい」と告げる。


「“ハーメルンの笛吹き”は存在しない…か」


青年はふと呟き、続けた。


「何か“都合”が悪くなったとき…人々は決まって自分とは別の、責任を転嫁させるべき『モノ』を求める。寧ろそうせずにはいられない…もしかしたら、あの笛吹きもその『モノ』なのかもしれないな」


そう告げる声音は、常になく淡々としていて。

赤の眼だけが鈍く煌めいていた。




「…『モノ』…」



「偶像崇拝というヤツだ。それにこの世界の住人が抱く“想い”が反応し、具現化したのかもな」



“想い”



それは時に何よりも優しく、何よりも冷たい。


銀髪の指導者は、ふと冷笑を唇に浮かべ、続けた。



「だが、まだその“想い”が形になるのなら良い。形にならぬ“想い”など…この世界では“歪み”としか認識されない」



一方は善。一方は悪。



“想い”と“歪み”。


元を辿ればそれはきっと同等のもの。



「―――ま、それは後々分かるだろう。第一接触が済んだ今、相手の出方を窺う必要があるな」



“いつもの”笑みと声音で、青年は告げる。



「依頼人を狙ってくる可能性も踏まえて、零、護衛を頼む」



「……あぁ」



「由良とライカ、広場の掲示板とやらの情報確認を頼めるか」



〔分かった。祈響は?〕



「オレは少しばかり別ルートの情報を調べてくる。…皆、異論は無いな?」



各々頷くのを確認し、青年は笑う。



「…それじゃ、会議はお開きにしようか」




“朝の来ない街”に“昼”が訪れた。


しかし広場と形容されるで有ろう場所は、静寂を崩さない。



掲示板。



その手前に、由良は佇んでいた。



“ハーメルンの笛吹き”


目下情報収集中である件の人物についての情報を探る。



けれど。



(……あれ?)



無い。



子供達がさらわれたことも、笛の音のことも。

“ハーメルンの笛吹き”の情報が何一つ、無い。


まるで、元からそんな事件など無いかのように。


どういうことだろう、と思案するところで。



風が、



揺れた。



それに乗じ、聞こえてくる音色。


傍らにいるライカが低く、身構える。



闇色の“それ”はフ、と笑んだ。



「―――おや、“今宵”は可愛らしいお嬢さんでしたか」






空気が震えるのを、感じる。


間違いない。否、間違える訳がない。


片手には笛。目深に被ったフード。



――ハーメルンの笛吹き。


「この街の方では有りませんよね。…あぁ、あの指導者様のお供、と言うことですか」


さして興味なさげに、それは言う。

それと同時に金色の眼と、鋭利な牙が煌めいた。



刹那。



「――おや、“反則(フライング)”ですよ、“付き人さん”」



煌めく牙は。


笛吹きの片手――笛を持たない手に、押さえつけられていた。

そのままライカはバランスを崩し、地に倒れ込む。

笛吹きがくすり、と微笑し、由良の方へ視線をやる。


「…さて、付き人さんも倒れてしまわれましたよ? どうしますか、お嬢さん」


問われて由良は半歩下がり、得物を構える。

白銀に煌めく千本。

名は無い。


“契約”では、無いから。


駆け出し、風が藍色の髪を揺らした。



くすり、ともう一度、闇色が笑う。



「―――可哀想に」


そう闇色が呟いた、刹那。


ドサリ、と。


小柄故の軽い音が――重く響いた。


足元には、自らの得物。

その先端を染める赤は、自らの血。



(…“音”で、跳ね返した……!?)



「…“契約”では、無いようですね。僕も嘗められたものです」



お返ししますよ、と千本を少女に投げ、笛吹きは踵を半歩返し、微笑する。


「ご安心を。僕は貴女と戦うつもりは有りませんから」


チラ、と刹那“付き人”の方を見やり、笛吹きは言う。


「……ずいぶんと寡黙なお嬢さんですね。まぁ、それはさておき」



そこで一旦言葉を切り、刹那、歩み出した足を止める。


「貴女があの指導者様のお供なら…またどこかでお会いするかもしれませんね。その時の為にひとつ、彼にお伝えください」



風の音。



ふわり、と揺れる。



「――『“僕”は何処にも居ません。ただひとつの場所を除いて』――ね」




そして、



消えた。



「……ユラ、怪我…」



〔大丈夫だよ。かすり傷だから〕


慣れないながらも心配げに駆け寄ってくるライカに由良は「大丈夫」と笑んで、ふと思案する。



“ハーメルンの笛吹き”。

目深に被るフードの隙間から刹那覗いた瞳。


それはとても、哀しい眼だった。






「――あのリーダーさんって、どんな方なんですか?」


不意な依頼人の問いに、零は深緑の瞳を彼女に向ける。


「……?」


「以心伝心って言うんでしたっけ。お互いに信頼しているように見えたので」


つい訊いてみたくなりました、と依頼人は屈託のない笑みで言う。


「……とにかく横暴だな。だが、あいつはあいつで重いものを抱えている。誰も届かないような痛みを、知っている」


「…とてもそんな風には感じられません。強い人なんですね、あの方は」


見かけだけではやっぱりヒトの本質って分からないものなんですね、と、依頼人は言う。

それと同時に、内ポケットから鈍い電子音。


「……」


―――そういえば。


あの依頼の時、あの横暴指導者から受け取ったままだったと気付く。

微磁気であると言う、ふざけた通信機。


「失礼」と依頼人に断り、零はソファから立ち上がった。


「……何だ」


あの時とは異なり、壁のせいなのか耳障りな電子音が暫く続く。返答が来たのがそれから数秒後だった。

『…あぁ、まだ使えるようだな。零、ひとつ作戦変更だ』


「……」


沈黙を了解と取った祈響は続ける。


『近くに居るだろ? 依頼人。“護衛”ではなく“監視”しろ』


「…監視?」


『そろそろ“相手”がしびれを切らす頃合いだからな。まぁ、お前の事だ、こんな遠回しな表現じゃ納得しないだろうから結論から言うが――』


通信機から一旦意識を外したのは背後の“気配”を感じたから。


「……どういうつもりだ」

それは通信の相手に告げたものではなく。

気配に感付き咄嗟に腕を掴んで止めた片手に果物用のナイフを握る――




「――…さっき、言いましたよね。ヒトは見かけだけじゃ、本質を見抜け無いんですよ」



“依頼人”は。



フ、と冷笑を浮かべる。

一度は意識を外した通信機から、再び声が聞こえた。


『そこにいる依頼人…それが今回の首謀者だよ』



言って、美声が続ける。



『まぁ、そういうことだから。オレがそっちに戻るまでの時間稼ぎ頼むぞ』



「おい――」



こちらの言葉を聞く前に相手が容赦無く電子音を切った。



零は舌打ちすると片手で契約を呼び出し、告げる。



「―――『鬼身』」


冷ややかなその声音に呼応するように、“依頼人”の手からナイフが音を立てて滑り落ちる。



――『鬼身』。

一言で表すならばそれは『金縛り』と形容するもの。

形は無くとも、相手を縛りつけるそれを受け、けれど、“依頼人”はその唇に無理矢理笑みを作った。



「―――こんなことを“私”にしたところで、無駄ですよ」



馬鹿ですね、とせせら笑いをこぼすそれには応じず、零は変わらず得物を構えたまま。


“依頼人”はふと諦めたようにため息をつき、問う。


「ねぇ、副長さん。考えたこと有りませんか? ……自分にとって一番大切な人が――大きな…本当に大きな“勢力”によって、殺された…いえ、その存在自体を抹消され、独り残された人の気持ちを」




尚も応えない『ローズロイヤル』副長に、“依頼人”は先程まではなかった刺々しい口調で言う。



「…きっと考えたことなんて無いですよね、圧倒的な“力”を持っている人は。いつも誰かの先を行く人は」


そうでしょう? とその唇が続ける。



「“私達”がその大きな勢力から負った“痛み”がどんなに辛かったか、分かりますか? 今までずっと、堪えてきた痛みを――」



「………甘いな」



“依頼人”の言葉を遮るように、零がようやく口を開く。


とんだ妄言だ、と。


その冷ややかな言葉の棘に、“依頼人”は僅か顔をひきつらせる。



「え?」



「自分だけが被害者だと思うなよ。俺達はその程度の“痛み”など……とうに慣れた」



抑揚のない声音に、触発されたのか、“依頼人”は刹那俯いた後、叫ぶように言った。



「ッ、うるさいっ。あなたに――あなた達に何が分かるって言うんですかッ。何も…何も知らない『外』の連中が――」



「まぁ、分かるつもりは無いけどな」



「!」



不意に割り込んできた澄んだ声音。

その主を“依頼人”は自由の利かない体のまま、睨む。


“それ”は、『ローズロイヤル』副長の背後にある窓際に居た。


窓枠に着いていた足を部屋の床に着かせ、左右異色の眼で、笑う。



「“時間稼ぎ”ご苦労様、零」

窓からひょい、と身軽に降りた指導者に、驚くことなくその副長は呆れたように言った。



「遅い」



「そうか? これでも急いだつもりだが」



次いで、窓から由良を抱えたライカが降りる。



「…大体、窓から来る必要が何処にある」



「玄関が閉まってたから。幸い由良達とも合流出来たし」



「……」



再度呆れたようにため息をつく零に微笑して応じる青年を前に、“依頼人”は刹那歯軋りをした。


さてと、と祈響は視線を“依頼人”へと移し、言う。


「『予定通り』にはなかなか進まないものだな。あぁ、それはそうと、さっきアンタの“兄”に逢ったぞ」



聞いて、“依頼人”の表情が強張る。



「……兄?」



怪訝そうな表情で問う零に、肯定するように祈響は続ける。



「巷では“ハーメルンの笛吹き”と噂されてる」



そうだろう? と祈響が問いかける先は“依頼人”。


「客人。“ハーメルンの笛吹き”は――」



「何処で」



唐突に“依頼人”が口を開く。



「その情報を得たのか知りませんが、それをあなた方が知って何になるんです?」



「それは勿論依頼完遂さ。それに…アンタ達に隠されたその更に奥の事実も、掴んだよ」


ニ、と不敵に笑む祈響に、依頼人が何かを言いかけた、刹那。





ふわり、と。


まるで元からその場にいたかのように、“それ”は居た。

そして、言う。



「やはり――貴方は素晴らしい能力をお持ちのようですね」



“それ”が。


“ハーメルンの笛吹き”が笑う。



「……どうして」



唇を震わせて言葉を紡ぐのは依頼人。ハーメルンの笛吹きは、ふと視線をそちらに移し、微笑した。



「あの事実まで知られたとあっては、もう誤魔化しようが有りません。僕がどのような存在かも、ご存知ですね、『ローズロイヤル』指導者様」



「あぁ」



祈響が、短く応じる。



「…“ハーメルンの笛吹き”は想いの残骸から“造られた”……いわば思念体だ」


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