とある寂れた住宅街
魔術方程式の解法の番外編です。
本編を進める前に短編として出してみました。
描写の大き少ないのご指摘お願いします。
カッカッカッとリズムよく足音を鳴らしながら1人、女性が歩いていく。
空は灰色の雲で覆われており、太陽がどこにあるのかすらわからない。
女性は目的地が分かっているようで、脇目も振らずに早足で歩いていく。
腰あたりまである黒髪をゴムで雑にまとめ、一回りサイズの大きい皮のジャケット、足の長さを強調する黒のジーパンを見事に着こなしていた。
目的地に着いたのだろうか。足を止める。
口元に加えたタバコを手で持ち、思い切りよく白い息を吐き出す。
手に持ったタバコはそのまま足元に落とされ、足で火を消される。
ジリジリと必要以上にタバコを踏みにじるのは苛立ちからだろう、一つの一軒家を前にし、サングラス越しにその目は見えないが、明らかに眉間にシワが寄っている。
しかし、目に見えて苛立っている姿でさえ、どこかのモデル雑誌の表紙に飾られてそうなスタイリッシュな姿だった。
風が吹き抜ける音がする。
あたりにはそれ以外の物音はせず、人の気配すら感じない。
あたりの住宅を見ても庭の手入れはされておらず、草木が無尽蔵に生えており、なかには屋根に鳥の巣が作られた家もある。
彼女、梶 弓子はため息をつくとポケットからスマートフォンを取り出し、目の前の住居とメールに添付された画像を見比べる。
「確かに、ここか。随分ちゃっちい問題だねえ」
独り言を呟きながら頭の中で依頼をもう一度確認する。
五年前、アメリカのとある住宅街で年齢12歳から14歳までの子供たち20人近くがほぼ同時期に発狂した。
彼らは「化け物が襲ってくる」「ここはもう嫌だ、もう離れたい」「俺(もしくは私)が悪かったから」と絶えず呟いており、親に向かって引っ越しをすることを何回も要求していた。
発生から一週間ほどたつと、自殺した人間が5人に登り、警察が本腰を入れて調査をし出したが、決定的な原因は得られなかった。
というのも、彼らに共通しているのは全員が同じ学校の生徒であり、言葉の中に
「ごめんよ、ヘンリー」
というものがあったため、同名の生徒が学校にいないか調べてみると
確かにヘンリーという少年は在籍していた。
しかし彼は事件発生の二週間前に自宅で首を吊って自殺をしていた。
彼の死体を発見した両親も程なくして心中をしてしまったのだろう、2人とも遺体で発見された。
残されたヘンリーの遺書にはいじめを告発する内容と生きることへの絶望、理解者へを求める彼の最後の嘆きが書かれていた。
被害者が全員町から引っ越すと警察はこれをいじめに対する罪悪感からくる精神異常と断定。
適当な因果関係をつけて事件を無理やり終わらせた。
しかし、その後この町の付近には奇妙な噂が流れ始めた。
曰く、理解してしまう、ということだった。
町の近くを通ると、知らない、小さな子供の記憶が頭の中に流れ出し、同時に周囲に見える全てのものが自らに危害を加えようとしているように感じる。
しかし、町から遠ざかるとその感覚はたちまち消えてしまい、残るのは虐げられた人間の辛さ、悲しさ、恐怖だった。
被害を受けた人は見違えるように人に対して優しくなり、動物に対して慈しみを持ち、ベジタリアンになるものまでいたという。
側から見ると良い結果のように思われるが、もちろん好き好んでそのような場所に住む人間はおらず、程なくしてだれも近寄らないようになってしまった。
しかしそのままでは困るものもいたのだろう、それは不動産屋かはたまた政府かはわからないが、警察の次に頼ったのが、梶のような人間だったのだろう。
また嫌な依頼を持ってきやがったなあ
と心の中で赤髪の女性を思い浮かべ、悪態をつく。
強い風が吹き抜けると、どこかに留まっていたのだろうか、十数羽のカラスが一斉に羽ばたき始める。
「だあー、もうわかった、いくいく、いきます」
そう下を向いて吐き捨てると梶は敷地内へと入り始める。
五年間も放置されていたからだろう、他の家と同様に庭は荒れ果て、飾り物の妖精の足元には緑色の苔がびっしり付いていた。
なかでも彼女の目に留まったのは錆びついた自転車だった。
車輪も小さく、子供用であろうそれは、胴体が思い切りひしゃげており、人為的になされたものだとわかる。
やっぱり、いじめは世界共通なのかねぇ
と思いながら、母国を思い浮かべる。
もう憎い連中の顔すら思い出せなかった。
チッと舌打ちをすると眉間にさらにシワがよる。
玄関までたどり着くと貰っていた家の鍵を使って中へと入る。
ギーッと映画でよくある音を立てながらドアを開けると、
正面から霧状の物体が突き進んできた。
それは13歳程度の少年、少女、成人女性、男性などさまざまな顔を形作りながら叫びあげる、
「なんでお前みたいなやつがいるんだ!!」
「んなことたあ、知らねえよ」
そう呆れたように言い放つと、梶は軽く目の前を手で払う。
するとたちどころに霧は消え、再び建物の軋む音だけが残る。
「この程度でギャーギャーやかましいんだよ」
そう言うと、そのまま階段を上っていく。
ギシ、ギシと一段ずつ鳴らすたびに、彼女の脳裏に知らない子供の記憶が流れ込んでくる。
同年代くらいの子供であろうか。
子供を囲っている。
理由のない暴力
見覚えのない罪
笑われる恐怖
途中から子供の姿は消え、目の前に親らしき人物が現れる。
親は子供を見てため息ばかりつく。
否定される努力
感じられない愛情
それらを前にして子供は何一つ声を上げず、ただ黙っていただけだった。
勝ってに流れ込んでくる映像を見て、ただただ梶は苛立ちを膨らませる。
二階につくと、右手に進み一番奥の部屋の前に立つ。
ドアには、図画工作の作品だろう、下手な木の表札にヘンリーの文字が書いてある。
「お前の、問題を見せろ」
そう梶が呟くと、ドアの前に四角い枠が現れる。
――――――――――――――――
欲求=理解者
友人≠嫌なやつ
両親≠愛情無き者
(痛み×恐怖+記憶)×他人=理解者
X(m)<町
(ただし、欲求とはヘンリーの物を表すとする)
問
ヘンリーに足りなかったもの
――――――――――――――――
「やっぱり、随分ちゃっちいな」
大きなため息をつくと、目の前の問を睨む
すると、先程記憶に現れた、人々にヘンリーと呼ばれていた少年が彼女の後ろに現れる。
無表情で、気だるげそうなまま口を開く。
「それじゃあ、答えを聞かせて」
梶は少年を見向きもせずに、応える。
「答えは『声』だ。お前には自分の苦痛を相手に伝える声が足りなかったんだ」
それを聞くと少年はどこか安堵の表情を浮かべながら、少しずつ透明になっていく。
両隣には彼の両親であろう2人が肩に手を置き、笑いかけて、共に消えていく。
少年が完全に消滅しきると、目の前の問題も消えた。
梶はドアノブに手をかけるとゆっくりとドアを開けていく。
部屋の中は実に子供らしい部屋だった。
天井には戦闘機のプラモデルが吊り下げられ、布団の柄も壁紙にも少年向けのイラストがあしらわれていた。
誇りを被ったそれらを気にもせずに、梶は真っ直ぐ机に向かい引き出しを開けた。
そこには子供が持つには明らかに不自然な、小さなパールがついた指輪が入っていた。
「ほんとは、こんなもの持つからいけないんだけどな。まあ死んだらなにもかもおしまいだが。」
それをポケットに突っ込むと、手早く任務終了の知らせをメールで打ち、上司へと送る。
頭の中から消えていく少年の記憶を見ながら、梶は呟く
「こんなもの、まだまだだよ」
四ヶ月後
梶は空港にいた。
先日と変わらない格好でターミナルの椅子に寝そべっている。
スマホをいじりながら、依頼内容を確認する。
明らかに長期任務だった。
「ほんと、人使い荒いなあ」
なにが嫌で好きでもない母国に帰らなければならないのだろう。
ったく、と悪態をつきながらタバコを取り出し、火をつけようとするが。
従業員に止められる。
「あー、もう自由にタバコも吸えないのかぁ。しかもここよりもっと厳しいんだろうなあ」
そう言っていると、アナウンスが彼女の乗る飛行機が到着したことを告げる。
よいしょ、と立ち上がりキャリーバックを動かし始める。
ロビーの電光掲示板には彼女の飛行機の行く国の国旗、白旗に赤い丸を描いた旗が点滅していた。
日本は梅雨の真っ只中である。