ある短篇
当初はハーレム系ラブコメ主人公がヒロインをよその男に渡したくなくて行動する奇怪なメカニズムへのアンチテーゼ的な感じで書こうと思っていました。
宮原篤人は最近、幼馴染で想い人の佐伯綾子が変な遊びを覚え始めたことに悶々としていた。
物心つく前から一緒にいた彼女のことを、篤人はかなり前から好いていた。
長い艶やかな黒髪。
細いが優し気な目。
小柄でスリムな身体。
同級生の中ではとりわけて綺麗だということもないが、ある程度の男心をくすぐる女を持っている、綾子はそんな少女だった。
物静かだが、いつも顔には微笑みを浮かべているし、話しかければちゃんと相槌もうてば興味も持ってくれる。
一緒にいて落ち着く――そんなところに、彼は惹かれたのかもしれない。
昔からずっと変わらずにいた綾子であったが、高校二年生になってからこの方、わずかだが近しい人が見れば分かる変化をしつつあることに、篤人は薄々勘づいていた。
それは例えば耳にピアスをつけたりだとか、香水を華やかなものに変えたりだとか、流行りの服に目移りをしただとか、一般的には思春期の心の動きと関連付けて理解される程度のものであった。実際、綾子もその例に漏れなかったのでろう。
しかし何を思ったのか、篤人はそこに男の影を幻視した。
綾子に男ができた。
年若い少年はそう早合点して、思うが早いが、いつものならわしで佐伯家に入ると綾子を厳しく問い詰めた。無論彼は綾子の恋人でもなんでもなかったのだが、彼は自分には知る権利があると固く信じて疑わなかった。綾子も大人の女に近づきつつあるとはいえ、生来の内気な性格は手つかずのままであったから、何がなんだか分からぬまま「違う、違うよ」とただ泣きながら何度も繰り返していた。篤人もそれを見て気の毒に思ったか、それとも自分の過ちに気づいたのか、慌てて謝りながら彼女の涙をぬぐって抱きしめてやった。
しかし、彼らの人生は、ここに交わりここにすれ違ったのであろう。
直感的に言えば、直線は曲がらない。
* * *
半月が経ち、とうとう綾子に彼氏ができた。
篤人が自分の思いの膨れ上がるのを自覚しつつひた隠しにし、悶々と日々を無聊に送っていた最中でのできごとであった。
無論彼は驚き、憤り、悲しんだ。が、その様々な負の感情というのは、自分を捨てて他の男のもとへ走った綾子に対してというよりは、情けなくも自分の恋心を指を咥えて見つめているしかできなかった自分へと向いていた。
綾子の彼氏は関沢という一つ年上の男で、女癖の悪い男であったが、数多の女と枕を交わしていることもあって女の扱いはかなり長けていた。そこに、篤人以外の親しい男もいない綾子は見事に引っかけられたのである。
篤人は、そんな悪い噂のある先輩と付き合う綾子の身の上を案じ、考えを改めるよう暗に伝えてもみたが、綾子は取り合わなかった。どころか、関沢の趣味に合わせて化粧を覚え、制服を着崩し、篤人が好きだった濡れ羽色の黒髪も明るいブラウンの色に染めてしまった。身も心も、関沢のものになったのであった。