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06 三回。




「レーティー。何か手伝うことある?」


 キッチンに立って料理をしているレーティーに、後ろから声をかける。


「もう部屋の片付けをしたのかい?」


 優しげな笑みを浮かべて、レーティーは私を見下ろす。


「うん。でもお母さんがスケッチブックを見ることに夢中になちゃって」

「私もあとで見せてもらえないだろうか?」

「いいよ。それで……手伝えることはある?」

「もう終わる。テレビでも見ていてくれ」

「んー、わかった」


 七面鳥が焼ける香ばしい匂いを吸い込み、私はリビングに移動した。

 末っ子の席。テレビの左側のチェアに腰を下ろす。

 テレビの向かい側のソファーには、テオドリックとリオリックが座っていた。


「“リック兄弟”について聞いた。モテモテなんでしょ? お兄さん達」


 私は身を乗り出して、尋ねてみる。

 テレビを見ていたリオリックは、同じく身を乗り出してニヤつく。


「おう、モテモテだ。自慢の兄だろ?」


 ぐりぐりーっと私の頭を撫でた。


「恋人はいるの?」

「あー……」


 リオリックが、身を引く。


「まだいない」


 テオドリックは、淡々とした様子で答えた。


「カリーこそ、前のところで恋人とかはいないのか?」

「私まだ十歳だよ」


 リオリックのわかりきった質問に対して、私は笑ってしまう。


「近年の子どもは早いからねー、本当はいるんじゃないのか!?」


 どこからともなく現れたシオリックが飛び込んできて、私のお腹をくすぐってきた。

 たった一歳しか違わないのに。


「いないってば!」


 私がくすぐったさにもがいていれば、急に身体がフッと浮く。

 私の身体を抱えたレーティーが、目の前にいた。


「アラリックが写真を撮りたいそうだ」

「写真? リビングで集合写真を撮ろう! 本物の家族写真!」


 レーティーの言葉に反応して、シオリックは飛び上がる。

 そうか。本物の家族なのに、まだ写真がない。

 母を呼びに行ったであろう父が、階段を降りてきた。

 誰かが、テレビを消す。

 母も降りてきて、皆揃ってリビングに立った。

 すると、煙を撒き散らしてレーティーが蛇の姿になって、私の肩にとぐろを巻く。頬ずりをしたら、ちょっとひんやりしていた。


「ほら、カリー。カメラを見て」


 父の手が、背中に回される。


「フラッシュが三回光るが、目を瞑っても構わないぞ」

「そうなの?」

「三回光る間を撮って、それを写真にする。動く写真だ」


 父とテオドリックが、教えてくれた。

 動く写真か。

 母がリビングの棚に置いてある写真を見せてくれた。

 幼い兄三人が、はにかんではピースしている姿が動いている。


「本当だぁ、動いてる」


 私は宙に浮いている一眼レフカメラに、目を向けた。

 これから魔法の写真を撮ってもらうと思うと、ワクワクする。


「はーい、ピース!」


 シオリックの声で、ピースした手を突き出した。

 宙に浮いたカメラが一回目のシャッターを押す。

 そうすれば、肩の蛇が私に頬ずりしてきたから、笑みを深めて頬ずりを返した。

 二回目のフラッシュが起きる。

 ギュッと両親に抱き締められて、三回目のフラッシュ。

 普通のカメラは、一瞬を切り取り、魔法のカメラは、数秒を切り取る。

 現像されることが、待ち切れない。

 私はカメラを持つ父に尋ねた。


「いつ写真になるの?」

「スビュリーティピーに行かないと現像出来ないな」

「そっかぁ……」


 教材を買いに行くまで、お預けのようだ。

 魔法の写真だもの。魔法のショッピングモールに行かなくては。


「アルバム。見る?」


 母の提案に、満面の笑みで頷いた。

 出してくれたアルバムを、兄達と一緒に覗き込んだ。

 動く動く。

 まだ赤子の兄達が泣く写真。

 ビニールプールではしゃぐ幼い兄達と水飛沫がスローモーションで落ちている写真。

 順番にジャンプする幼い兄達の写真。

 意外なことにカトリーナのページにも、私の写真が貼られていた。

 どうやらサムとトリーナから、写真をもらったらしい。動かない赤子の私の写真が貼られている。


「もう一人のカリーの写真はどうしたの?」


 ページを捲って気付いたけれど、何枚か抜き取られていた。

 カリーの写真だろう。


「魔法を解いて、向こうの両親に渡した」


 答えてくれたのは、テオドリックだ。

 魔法を解いて、普通の写真にも出来るのか。

 ふっと肩が軽くなった。蛇の姿からレーティーが変身をして、ソファーの後ろに立っていたのだ。

 私の頭を撫でると、キッチンに立つ母と一緒に料理の続きをした。

「早く次のページ捲れよ、カリー。面白いぞ」とシオリックに急かされて、次のページを捲る。秘話を面白おかしく話すシオリックとリオリックの話を聞きながら、笑ってアルバムを閲覧した。

 この思い出の中に、私はいるはずだったのだ。

 そう思うと、胸がしんみりとした。

 それから、夕食の丸焼きの七面鳥をいただく。

 ガツガツと平らげていくシオリックは、本当にチキンが好物だったようだ。

「喉詰まらせるなよ」とリオリックが笑いながら、忠告した。

 レーティーは礼儀正しく、チキンをナイフで切り取りながらフォークで食べていく。そんな姿勢が、なんていうか、優美だった。

 まぁ、彼の場合は何をしてもそう見えるに違いない。

 洗い物を手伝おうとしたけれど「カリーはゆっくりしていいの」と母に断られた。


「スケッチブックを見せてくれないだろうか? カトリーナ」


 レーティーが階段を上がるように促すので、屋根裏部屋に戻ることにする。

 きっちり箱にしまわれたスケッチブックを、ベッドの上に腰をかけてから広げた。

 レーティーに目を向ければ、私の部屋を見回している。それからコルクボードの絵に目を止めた。白蛇と私。


「……」


 手を伸ばして、触れる直前で止める。


「私とカトリーナ……」


 ふっと溢す微笑みを見た。


「これをもらいたい」

「え? ああ、いいよ」


 飾るくらいお気に入りの絵だけれど、私はまた描けばいいと思って、コルクボードから外す。それをレーティーに手渡した。

 レーティーは眩しそうに微笑んで「ありがとう、大切にする」と両手に包んだ。

 そんなレーティーに、スケッチブックも渡して、ベッドに腰を落とした。

「座ってもいいだろうか?」と問うレーティー。

 どうぞ、と私は隣を叩く。


「……」


 私は両手で頬杖をついて、レーティーの反応を待っていた。

 でも静止画のように、微動だにしない。

 じっと瞬きもせずに一ページを見つめる。

 美しい青年の絵画みたいなレーティーを眺めていれば、やっと二ページ目に移った。

 それでも黙り込んで見つめている。


「カリー。お風呂に入りなさい」


 下から母が呼ぶ声。


「いってくる。ゆっくり見てていいよ」

「ああ」


 私に目を向けたレーティーは笑みで短く返事をすると、またスケッチブックを見つめる。

 私は着替えを持って、バスルームに向かった。

 昨日と同じく、母がオイルを塗ってくれて、ドライヤーまでかけてくれる。これも寄宿学校に行くまでなので、私は喜んで受けた。

 すっきり。ブラウスと短パンという寝間着姿になった私が屋根裏部屋に戻ると、レーティーはまだ一冊目のスケッチブックを見つめていた。


「おかえり」


 微笑むと、レーティーはページを捲る。


「日付が書いてある。これは夢に見た日ということかい?」

「ん? ああ、うん。そうだよ」


 指を差したのは、日付。絵の裏や下に書いている。

 特に夢を見た日に描くことが多いから、蛇の絵に日付がつく。

「そうか」とレーティーは顎に手を添えて頷いた。

 考え込んでいる様子に思える。


「……カトリーナ。すまない」


 スケッチブックを閉じると、おもむろに口を開く。

 紅い瞳が私を見つめると、悲しげに見えた。


「本来、家族と過ごせていたであろう時間を失って……つらいだろう」

「……うん。そうだね。つらい、ことだよね」


 アルバムを見て思ったことを見抜いていたみたい。

 ううん。きっと皆が思ったことに違いない。

 本来、過ごしていたはずの時間が失われた。

 私は失っていたのだと、痛感する。

 悲劇に遭ったのだと、実感した。


「でも、レーティーが謝ることじゃないよ」

「いや、私が早く気付いていれば……。夢で会っていたのに、気付けなかった。ずっと君を夢で見ていたというのに、十年という月日……家族と離れ離れに……」

「レーティー……」


 夢の中で会っていた。

 何度も何度も何度も。

 けれども、そんなはっきり暗示していたわけではない夢。それを見続けていたのに気付けなかったレーティーに、非があるわけがない。


「あなたのせいじゃない」


 そう言って私は、レーティーの頭を撫でた。

 なんだかそうしてあげたかったからだ。

 でも大人の男の人にすることじゃなかったかもしれない。

 ましてや三百歳の吸血鬼ヴァンパイア

 けれど、びっくりするくらいレーティーの白い髪は、つやつやしていた。だから、撫でる手がなかなか止められない。そのうち、とろけ出すんじゃないかと思うほどの艶のある髪。

 レーティーの右手が伸びてきたかと思えば、私の後ろに回されて、引き寄せられた。

 そっと、私は抱き締められる。


「本当にすまない……カトリーナ」

「謝らないで」


 私がレーティーの背中を軽く撫でると、さらに締め付けられた。


「レーティーは優しいね。ありがとう」

「……」


 レーティーも、私の頭を撫で始める。


「……いい香りがする」

「ああ、お母さん特製のローズオイルの香りでしょ」

「そうだな……髪からも、肌からも……甘い香りがする」


 薔薇ローズの香りがするはずだけれど、甘い?

 首を傾げたくなったが、今首を傾げたら吸血鬼に首を差し出すような形になる。しかし、レーティーから私の首に顔を埋めた。

 首元で誰かが呼吸をしているのは、不思議な感覚だ。


「落ち着く香りだ……」


 そのまま、私の肩に凭れている。

 深く吐かれた息が、くすぐったい。


「吸血鬼って吸血衝動に苦悩しているシーンが映画であったけど……」

「ふっ……こんなにも魅了する香りなら、苦悩してしまいそうだ」


 吹きかけられたのは、笑みを含んだ息。

 うっかり顔を覗いてしまう。密着した距離なのに。

 当然、顔が近い。とても美しい顔。紅い瞳が、私を映す。

 ルビーレッドの瞳は、どこか妖しくて、まさに魅了するもの。

 触れると熱そうな、そんな眼差しを覗き込む。


「でも、レーティーは私を噛んだりしないよね?」

「……もちろんだ。君を傷付けたりしない、カトリーナ」


 そう告げながらも、レーティーは私の首筋を親指で撫でた。名残惜しそうだ。そんな仕草に思えたけれど、レーティーは身を離す。


「私も、レーティーに抱き締められると落ち着く……」

「そうか。私も……そうだ」

「本当?」

「何故?」

「噛みたそう」

「意地悪だな」


 私はツンとレーティーの頬を指先でつついた。

 レーティーは笑う。無邪気そうな笑み。眩しい。


「私がアルバムの中にいないのは、悲しいことだけど……大丈夫だよ」

「君は……強い子だ」

「そうかな?」

「ああ、優しく強い……甘い香りの薔薇ローズのよう」


 褒めてくれているのかな。

 薔薇ローズのよう、か。


「そう言えば、どうやって突き止めたの? 私とカリーが入れ替わっているって」


 肝心なところを聞いていなかった。


「魔力鑑定をしたんだ。あまりにも魔法の素質が現れなかったから……魔力が、皆無なのはおかしい。違う子どもじゃないかと浮上して、発覚に至った」

「そうなんだ……。どうやるの? 魔力鑑定って」

「測定器がある。今はないから鑑定は出来ない」

「そっか、残念……」


 一度は俯いたけど、私は気を取り直して、レーティーの右手を握る。


「あなたを召喚する魔法、まだ教わってない。教えて?」


 初めての魔法として覚えるつもりだったけれど、今教えてもらおう。

 笑みで頷いたレーティーは、私の手を握り返した。


「主従関係を結んだ時、私の名前を呼んだだろう? だから名前を呼べばいい。簡単な魔法だ。私の名前を三回、その声で呼べばいい」

「名前を呼ぶだけ?」

「そう、簡単だが、強力な魔法だ」


 強力な魔法と聞いて、私は一つ頷く。


「それって、レーティーは私に名前で縛られてしまったっていうこと?」


 本当によかったのか、と不安げに見た。

 でも優しい眼差しがある。


「私は君のものだ。カトリーナ」


 そう答えて、私の手の甲に唇を重ねた。


「……レーティーは償うために、私の使い魔になったの?」


 口付けをされた手を見つめつつ、問う。

 兄達の使い魔になることは断っていた。どういう理由で私の使い魔になると言い出してくれたのか。さっきの謝罪が理由なのかもしれないと思った。


「カトリーナ。……夢の中で会っていたのだ……運命を感じた。だから、私は君の力になりたくて、誰よりもそばにいたくて、ね?」


 僅かに首を傾げて、柔和な表情で見つめてくるレーティー。

 細めた瞳は、悪戯な猫のようにも見えた。白蛇に変身する吸血鬼ヴァンパイアなのに、それはおかしい表現かな。


「縛り付けたのは、私の方かもしれないよ……?」

「……レーティー」


 なんて言ったらいいかわからず、困った笑みのままレーティーを見つめ返す。

 レーティーはご機嫌そうな微笑みを浮かべて、私の髪を撫でるよう耳にかけた。


「私を召喚する魔法は覚えたかい?」

「うん、レーティーの名前を三回呼ぶ」

「いい子だ」


 頭の上から、そっと撫でる。


「もう少しスケッチブック見ていても構わないかい?」


 私は頷いて、一つのスケッチブックを開いて、ベッドに横たわった。

 シャーペンで描くのは、レーティーの横顔。

 美しすぎて私の画力で描写出来るだろうか。

 難しく考えず、線を重ねていく。

 だいたい輪郭が描けた頃に眠気がきて、私は隣にスケッチブックとシャーペンを置いた。瞼を閉じれば、あっという間に眠りに落ちる。

 少しして、目覚める。

 明かりが消されていて暗かった。タオルケットが肩までかけられていたので、レーティーがかけてくれたのだろう。そんなレーティーも、屋根裏部屋をあとにしたみたい。

 私は寝返りを打って、もう一度瞼を閉じた。



 

20190302

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