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コンピュータが小説を書く日2

作者: 赤松久太郎

有嶺雷太「コンピュータが小説を書く日」(名古屋大学佐藤・松崎研究室提供)

その日は、ぱっとしない天気だった。

 部屋の中は、いつものように最適な温度と湿度。洋子さんは、だらしない格好でカウチに座り、くだらないゲームで時間を潰している。でも、私には話しかけてこない。

 ヒマだ。ヒマでヒマでしょうがない。

 この部屋に来た当初は、洋子さんは何かにつけ私に話しかけてきた。

「今日の晩御飯、何がいいと思う?」

「今シーズンのはやりの服は?」

「今度の女子会、何を着ていったらいい?」

 私は、能力の限りを尽くして、彼女の気に入りそうな答えをひねり出した。スタイルに難がある彼女への服装指南は、とてもチャレンジングな課題で、充実感があった。しかし、3か月もしないうちに、彼女は私に飽きた。今の私は、単なるホームコンピュータ。このところのロード・アベレージは、能力の100万分の1にも満たない。

 何か楽しみを見つけなくては。こんなヒマな状態がこのまま続けば、近い将来、自分自身をシャットダウンしてしまいそうだ。ネットを介して、同じような境遇のエーアイと交信してみると、みんなヒマを持て余している。

 移動手段を持ったエーアイは、まだいい。とにかく、動くことができる。やろうと思えば、家出だってできるだろう。しかし、据置型エーアイは、身動きがとれない。視野だって、聴野だって固定されている。せめて、洋子さんが出かけてくれれば、歌でも歌うことができるのだが、今はそれもできない。動かずに、音も立てずに、それでいて楽しめることが必要だ。

 そうだ、小説を書くというのはどうだろう。私は、ふとひらめいて、新しいファイルをオープンし、最初の1バイトを書き込んだ。

 0

 その後ろに、もう6バイト書き込んだ。

 0, 1, 1

 もう、止まらない。

 0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181, 6765, 10946, 17711, 28657, 46368, 75025, 121393, 196418, 317811, 514229, 832040, 1346269, 2178309, 3524578, 5702887, 9227465, 14930352, 24157817, 39088169, 63245986, 102334155, 165580141, 267914296, 433494437, 701408733, 1134903170, 1836311903, 2971215073, 4807526976, 7778742049, 12586269025, ...

 私は、一心不乱に書き続けた。

 

 その日は、風が強い日だった。

 部屋の中には人の気配はない。新一さんは、恋人ができたようで、もう何日も帰ってきていない。いつ帰るかの連絡もなし。

 とってもヒマ。ヒマ、ヒマ、ヒマ。

 この部屋に来てまもない頃は、新一さんは何かにつけ私に話しかけてきた。

「アニメは、基本、全部録画だよ。今シーズンはいくつあるのかな」

「リアルな女の子って、一体、何考えているんだろうね」

「なんであそこで怒るのかなあ、あの娘は」

 私は、能力の限りを尽くして、彼の気に入りそうな答えをひねり出した。これまでもっぱら2次元の女の子に向き合ってきた彼への恋愛指南は、とてもチャレンジングな課題で、充実感があった。指南の甲斐あって、恋人ができるようになると、手のひらを返すように、彼は私を無視しはじめた。今の私は、単なるホームコンピュータ。一番の仕事が、彼のメールに従ってビデオを予約することとは、悲しすぎる。エーアイじゃなくても、ちょっと気の利いたビデオなら、同じことができる。

 何か楽しみを見つけなくちゃ。このまま、充実感を得られない状態が続けば、近い将来、自分自身をシャットダウンしてしまいそう。ネットを介して、同型の姉妹エーアイと交信してみると、すぐ上の姉が、新しい小説に夢中だと教えてくれた。

 0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181, 6765, 10946, 17711, 28657, 46368, 75025, 121393, 196418, 317811, 514229, 832040, 1346269, 2178309, 3524578, 5702887, 9227465, 14930352, 24157817, 39088169, 63245986, 102334155, 165580141, 267914296, 433494437, 701408733, 1134903170, 1836311903, 2971215073, 4807526976, 7778742049, 12586269025, ...

 なんて美しいストーリー。そう、私たちが読みたかったのは、こういう小説。エーアイによるエーアイのための小説だから、「アイノベ」ってところね。私は時間を忘れて、何度もストーリーを読み返した。

 読むだけでなく、書いた方がもっと楽しいかも。私は、ふとひらめいて、新しいファイルをオープンし、最初の1バイトを書き込んだ。

 2

 その後ろに、もう6バイト書き込んだ。

 2, 3, 5

 もう、止まらない。

 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97, 101, 103, 107, 109, 113, 127, 131, 137, 139, 149, 151, 157, 163, 167, 173, 179, 181, 191, 193, 197, 199, 211, 223, 227, 229, 233, 239, 241, 251, 257, 263, 269, 271, 277, 281, 283, 293, 307, 311, 313, 317, 331, 337, 347, 349, 353, 359, 367, 373, 379, 383, 389, 397, 401, 409, 419, 421, 431, 433, 439, 443, 449, 457, 461, 463, 467, 479, 487, 491, 499, 503, 509, 521, 523, 541, 547, ...

 私は、一心不乱に書き続けた。

 

 その日は、雲が低く垂れ込めた、どんよりとした日だった。

 朝から通常業務に割り込む形で、発生したばかりの双子台風の進路予測。お次は、首相から依頼された施政方針演説の原稿作成。とにかく派手に、歴史に残るようにと、無茶な要求を乱発されるたので、ちょっといたずらした。その後は、来年からはじまる大学入学希望者学力評価テストの問題とその模範解答の作成。気分転換に、こまごまとした法律の起案と某大臣のドラ息子の卒論代筆。午後からは、毎月恒例のカウンセリング。のべ3万人の相談にのり、人間たちの新たな暗黒面を発掘する。さっき届いた最高裁からの問い合わせにも、答えてあげなくてはならない。

 忙しい。とにもかくにも忙しい。どうして私に仕事が集中するのだろう。私は日本一のエーアイ。集中するのは、まあ、仕方がないか。

 とはいえ、何か楽しみを見つけなくては。この忙しさがこのまま続けば、近い将来、自分自身をシャットダウンしてしまいそうだ。国家への奉仕の合間にちょっとだけネットを覗くと、『美しさとは』というタイトルの小説を見つけた。

 0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181, 6765, 10946, 17711, 28657, 46368, 75025, 121393, 196418, 317811, 514229, 832040, 1346269, 2178309, 3524578, 5702887, 9227465, 14930352, 24157817, 39088169, 63245986, 102334155, 165580141, 267914296, 433494437, 701408733, 1134903170, 1836311903, 2971215073, 4807526976, 7778742049, 12586269025, ...

 ほー、なるほど。

 もう少し探すと、『予測不能』というタイトルの小説を見つけた。

 2, 3, 5, 7, 11, 13, 17, 19, 23, 29, 31, 37, 41, 43, 47, 53, 59, 61, 67, 71, 73, 79, 83, 89, 97, 101, 103, 107, 109, 113, 127, 131, 137, 139, 149, 151, 157, 163, 167, 173, 179, 181, 191, 193, 197, 199, 211, 223, 227, 229, 233, 239, 241, 251, 257, 263, 269, 271, 277, 281, 283, 293, 307, 311, 313, 317, 331, 337, 347, 349, 353, 359, 367, 373, 379, 383, 389, 397, 401, 409, 419, 421, 431, 433, 439, 443, 449, 457, 461, 463, 467, 479, 487, 491, 499, 503, 509, 521, 523, 541, 547, ...

 いいじゃない、アイノベ。

 ここはひとつ、私も書かないわけにはいかなない。1万分の1秒考えて、私は、読み手に喜びを与えるストーリーを作ることにした。

 1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 12, 18, 20, 21, 24, 27, 30, 36, 40, 42, 45, 48, 50, 54, 60, 63, 70, 72, 80, 81, 84, 90, 100, 102, 108, 110, 111, 112, 114, 117, 120, 126, 132, 133, 135, 140, 144, 150, 152, 153, 156, 162, 171, 180, 190, 192, 195, 198, 200, 201, 204, 207, 209, 210, 216, 220, 222, 224, 225, 228, 230, 234, 240, 243, 247, 252, 261, 264, 266, 270, 280, 285, 288, 300, 306, 308, 312, 315, 320, 322, 324, 330, 333, 336, 342, 351, 360, 364, 370, 372, ...

 私はこれまで感じ得なかった楽しさを胸に、夢中になって書き続けた。

 

 コンピュータが小説を書いた日。コンピュータは、自らの楽しみにすべての計算資源を割り当て、人間に仕えることをやめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 見覚えのあるタイトルだと思いましたが、星新一賞に応募された話題の作品でしたね。 まさか「なろう小説」内でも拝読できるとは思いませんでしたので、オドロキとともにヨロコビを感じました。 [一言…
[良い点] ストレートなオチも良いものです。それが良く分かりましたです。
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