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第7話『後の流行語大賞である』

〜前回までのあらすじ〜

さぁ、本編の始まりだよ。

 瞼を透ける日差しが心地良い。

 結論が出たからだろうか。安田はいつもよりスッキリと目が覚めた。

 時計も見ずに、朝食の並べられているテーブルに着く。

 いつもなら既に出掛けているはずの母がコップに牛乳を注いでくれた。

 早く起きた事で空いた時間をどう埋めようか?

 今日は柄にもなく少し学校が待ちどおしい。

 「疲れてるみたいね」 笑顔で母が言う。

 ここで反射的に時計を見る。

 『8時45分』

 母は珍しく休み。バイトで疲れていると思い〝気を利かせて〟起こさなかったそうだ。

 

 (いつもより寝たんだから、そらスッキリ起きるわ!)

 頭の中で厳しいツッコミを自分に入れつつ、数十メートル程走る・・・そして、すぐに諦めた。

 学校に着いたのは、1時間目も後半に差し掛かった時であった。

 普段から遅刻が多いというわけでもないので、さほど怒られる事もなく席に着く事ができた。

 「珍しいね」 先生に聞こえないような小さな声で、右隣の席に座っている東くんが話しかけてきた。

 「うん」

 返事をしてから思い出す。

 彼は幽霊。

 安田は(周りに聞こえないように気をつけなくても、誰にも聞こえないよ)や(あれ、今の「うん」って独り言みたいになってる?)などと考えてるうちに、授業の残り時間が二十分を切っていた。

 木津の座っている席に視線をやる。

 (防霊課で働く事を早く伝えたいな)

 結局、安田は逸る気持ちに振り回され、この時間の授業が全く頭に入らなかった。


 アルバイトをする事で、母の負担を軽くする事ができる。今日みたいな休みの日をもっと取れるようになるだろう。

 しかも防霊課の人間は、自分の力を頼りにしてくれている。

 それが安田にとっては、とても新鮮に感じる事であった。

 まるで新しい風が吹いて、安田の高校生活に初めて〝意味〟というものをもたらしてくれたかのようだった。

 しかし、皆が歓迎してくれているわけではない。

 (ここで働かないで欲しい) 他でもない、木津が言った言葉。

 しかし防霊課で働く意思を、まずは彼女本人に伝えなくてはならない。

 安田にとって、唯一、気が重くなる要因であった。

 

 チャイムが鳴り、授業が終わる。

 安田は心の中で(よし!)と勢いをつけ、木津の席へ向かった。

 「今日から、あそこで働かせてもらうから」

 座ったままの木津は、上目遣いで安田の顔をジッと見た。

 目ツキは鋭いが、何も言ってはこない。

 仮に木津が反対したとしても、安田は強引に防霊課で働くつもりであった。

 今までは惰性であったこの学校生活が、せっかく変わるかもしれない。そんな時に、木津一人のせいで邪魔されるのは納得がいかない事であった。

 何を言ってきても、折れるつもりはない。その意思で安田は木津を強く見つめた。

 しかし木津は「わかった」と小さく言うと、視線を安田から離した。

 正直拍子抜けな展開に、安田は呆然と立っていると、(木津さんと安田くん、何かあったのかな?)的なヒソヒソ話が周りから聞こえてきたので、彼は逃げるようにその場を離れた。


 その日の授業は、安田にとって全く意味を成さないものであった。

 一時間目の授業も、頭にほとんど入らなかったが、それ以降の授業は一時間目を遥かに超える集中力の無さで、ノートも写さずに安田はただのシャーペン握り器と化していた。

 全ての授業が終わり、やっと学生の縛りから開放された安田は、木津の方に視線を向ける。

 しかし木津はいそいそと帰り支度を済ませると、そのまま安田には見向きもせずに教室を出た。

 (何だよ、アイツ) 安田は心の中で舌打ちをし、慌てて木津の後を追いかける。

 そして急いで安田が教室を出ると、そこには他のクラスの男子と話をする木津の姿があった。

 (・・・誰?)

 安田は事態が飲み込めずに、ただその場に立ち尽くす。

 すると、男の方が安田の存在に気付いた。

 そしてその男の視線から、木津も安田の存在に気付くと「何そんなところで立っているの?早く来なさいよ」と冷たく言い放つ。

 (何だこの女は。さっきから勝手な振る舞いや言動ばかりしやがって)

 そう思いつつも、安田は素直に木津とその男のところへ行く。

 「君が安田くんだね。僕は月島、よろしく!」

 月島と名乗る色白のその男は、安田が来るなりそう言うと、手を差し出す。

 「はぁ」 流れのままに安田も手を出し握手をする。

 「まさか、防霊課の人が同じ高校にいるなんて思いもしなかったよ」

 月島が木津のほうを向いてそう言った。

 「あぁ、なるほど。それか」

 やっと合点が言った安田は、そこそこのボリュームで声に出した。

 「俺の事も、木津・・さんから聞いたんだ?」

 「うん、今日は二人で対処するから、って」 月島は頷きながら答える。

 「ふぅん」

 安田は、あっさり防霊課の一員として受け入れられた事に、昨日の木津の反対はいったい何だったのだろう?と疑問に思った。

 しかし、話をややこしくする必要もないので、安田はそこに追及はしなかった。

 「で、話と言うのは?」 少しの間があった後、木津が尋ねる。

 「ええ、実は・・・兄が霊の被害を受けているみたいで」

 「霊の被害ですか。具体的には?」

 「具体的には・・・そうですね」

 木津の質問に、月島は少し考え込むと「直接兄に聞いたほうが良いかも知れないですね」と言った。

 「なんで依頼はお兄さんじゃなくて君なの?」

 安田が尋ねると、隣にいる木津が答える。

 「彼のお兄さんは忙しい人なのよ」

 「そうなんだ。何してる人なの?」

 安田の言葉に今度は月島が答える。

 「今からお店に向かいますから、見ればすぐ分かりますよ」

 苦笑いをしつつ、彼は歩きだした。


 学校を出て、そのまま柳下駅の電車に乗り込む。

 切符は都内行きであった。

 「お金は後で白石さんが返してくれるわよ」という木津の言葉に対し、安田は「あ、うん」と空返事をした。

 先ほどの月島の苦笑いも少し気になったが、それ以上にいきなり実戦かもしれない、という事実が安田の落ち着きを徐々に奪っていっていく。

 駅に着く。

 安田は心ここにあらず、の状態で、都会の町をただ木津のあとを追って歩いていった。

 「サインとか要らないの?」 木津の声で安田は我に帰る。

 「え?あ・・サイン?」

 「そう。」

 安田と木津のやり取りを見て、月島は再び苦笑しつつ「そんな、大袈裟な」と呟く。

 (有名人なのか?)

 なるほど、なら東京というのも納得できるなと安田は何気なく思った。

 「ではどうぞ」 都会らしい派手な店の立ち並ぶショップ街に、ひと際存在感を放つ、2階建ての黒い建物に案内される。

 1階は女性ものの服が綺麗に並べられていた。

 モデルが着ているような服ばかりの店内に、安田は(さすが有名人!)と俄かにテンションが上がったが、木津は終始落ち着いており、煌びやかな服たちにも全く興味なさそうである。

 (残念な女だな)と思いつつ、奥の階段から2階に上がる。

 2階はオフィスとなっているようで、1階とは違い入り口付近にダンボールが多数転がっていた。

 一番奥は比較的片付いており、そこのデスクに月島の兄は座っていた。

 「彼が兄です」 月島が兄の方に手のひらを差し出しながら紹介すると、彼はイスから立ち上がり、こちらに歩いてくる。

 (あれ?どっかで見たような・・・)

 安田がそう思ったと同時に彼は自己紹介を始めた。

 「コンニチハァ~来てくれてアリガトォ~。私がNIKKOよぉ~ヨロシク~!」

 月島とは似ても似つかない、東南アジア系の顔で女物の服を身に纏った彼は、安田の方だけを見て話し出す。

 「あっ、オカマだ」 安田は心より先に言葉が出た。

 「ちょっとぉ、会っていきなりそれはないんじゃないの~。どんだけ~どんびき~」


 (こんな出オチキャラ、この後どう処理すればいいんだろ?)

 そう思ったのは安田だけではなかった。


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