第5話『何故に眼鏡?』
〜前回までのあらすじ〜
とりあえず状況説明に終始。
「では安田くん、着いて来て下さい」
ぶつかられた事を気にも留めず、伊澤は静かに言った。
「・・・はい」 安田は右手で鼻を抑えながら小さく答える。
市役所を出た途端、伊澤は「走るよ」とだけ声を掛けると、ドラ○ンレーダーに似た機械(霊探知器?)を手に駆けだした。
(えっ、走るの?)
てっきり移動手段は車か何かだと思っていたため、安田は少し戸惑ったが、素直についていく事にした。
「伊澤さん!」
伊澤に追いつき安田は声をかける。
「なんだい?」
「あの、車とか使わないんですか?」
「車は無いんだ。ウチの課は予算があまり無くてね。僕自身も、車は持ってないんだ。・・・タクシー代もない」
伊澤の声が段々小さくなる。
話はそれで終わった。
「もうすぐ着くよ」
しばらく2人は真直ぐな道を走っていたが、伊澤がふと口を開く。
人通りの極端に少なくなる街路樹の途切れた場所。
そこには人が住まなくなって久しいであろう、寂れた大きな洋館が聳えたっていた。
異様な空気がそれを包み込んでいるのが分かる。
少し近付いてみると、俄かに背筋がゾッとした。
(うわっ、これはいかにも何か出そうだな)
ほんの1、2歩近付いただけで、まるで侵入者を威嚇するかのように洋館がざわついた気がした。
「薄気味悪いでしょ、ここ」
伊澤が話し掛ける。
コクリ、と安田は頷いた。
「では、行こうか」
伊澤は安田の肩をポン、と叩くと未だ警鐘を鳴らし続けるかのようにざわついたままの洋館の、横の空き地へと歩いて行った。
(えっ、そっち?)
本日何度目であろう、肩透かし。
空き地には先に着いていた木津が、既に何者かと対峙していた。
「二人とも遅い」
木津がこちらを向かずに呟く。
「安田君、あれが悪霊だよ。よく見てて」
伊澤が指し示した先には、黄色い、まるでクリームのような物体がいた。
大きさは木津と変わりないが、それは人のカタチをしておらず、だ円形の・・柔らかそうな・・とにかくクリームとしか例えようがない。
「あの、クリームみたいなのがですか?」
「そうだよ。なんだろ?ほんとクリームみたいだね、アレ」
伊澤の言動からも、悪霊のその見た目からもコレといった緊迫感は感じられない。
「何か、弱そうですね」
安田は思った事をそのまま口にした。
「そうかい?」
しかし伊澤からは意外な言葉が返ってくる。
「え、どう見たって手ごわそうには見えないでしょ?」
「そう思うなら、攻撃してみるといい」
伊澤はそう言うと、安田の下に落ちている石コロに目線を送った。
「投げるんですか?嫌ですよ。何か、クリームに目をつけられそう」
安田は苦笑いしながら断る。
「目をつけられるって、どこが目か分からないじゃない。既に僕達をガン見してるかもしれないよ?」
「なんで木津と向き合ってるのに、こっちガン見なんですか。気味悪すぎるでしょ」
呆れ顔で安田は返す。
ふふ、と笑いながら、伊澤は手のひらほどの大きさの石をひろい、クリームに向けて投げつけた。
「あっ」 思わず安田は声を出す。
しかし、真直ぐに飛んでいった石はクリームに届いた瞬間、その黄色い体に吸い込まれてしまった。
クリームは全く動じる様子もなく、木津の方を向いた(若しくは、こちらをガン見した)ままだ。
「見ての通り、直接的な打撃は効かないみたいだね」
伊澤は表情一つ変えずそう言った。
「どうするんですか?こんな相手倒せっこないじゃないですか」
そう言って安田は少しだけ不安げな表情を浮かべる。
「確かに、普通なら打つ手なし、だ。だけど木津さんなら話は別なんだ」
そう言って伊澤は木津の方へ視線を移す。
釣られて安田も視線を向けると、木津がスカートのポケットから何かを取り出していた。
「何ですかあれ?・・・メガネ?」
「そうだよ。モチロンただのメガネじゃない」
しかし伊澤はそれ以上言葉を続けない。
(あのメガネで何が出来るんだ?)
安田は再び木津に視線を向ける。
その時、木津は手にしたメガネを素早く装着すると、クリームとの間合いを一、二歩広げた。
「!?」 瞬間、安田に衝撃が走る。
(木津ってスゲェ、メガネ映えする・・・)
木津の思わぬポテンシャルに驚きを隠せない安田であったが、間髪入れず、再び衝撃が走る。
「メ・ガ・ネ・ビーーーーーム!!!」
腰を落とし、両の拳をお腹の前に突き出しながら木津が叫ぶと、眩い光がメガネから放たれた。
「ダ、ダセェ・・・」
思わず声が出た。