勇者を求めて洞窟へ
「さて、バッカスを探すとは言ったもののどこを探すか」
「とりあえず、あたし達が依頼で行った洞窟にでも行って見ましょう」
「そういえば、お二人は依頼でこの村にやってきたんでしたね。討伐依頼だったんですか?」
翌日、俺達は、朝早くからバッカスを探すためにどうしたものかと悩んでいた。そこで、バッカスと一緒に行動をしていたカルミナが、だったらと提案する。
「ええ。この村の近くにある森。その奥にある洞窟に、魔物が住み着いたととかで。まあ勇者に頼むほどの相手じゃなかったんだけど」
「じゃあなんで、勇者にわざわざ?」
「さあ? その依頼者も、この村の子じゃなかったそうだし」
この村の子じゃなかった? それはどういう意味なんだと問いかける。
「それがね。どうも怪しいってあたしは思っていたから、ずっと監視していたんだけど。村に到着した途端に、消えちゃったのよ」
「それって、目の前から一瞬で?」
「違うわ。これは、あたしの失態よ。少し目を離した隙に、消えちゃったの。だけど、洞窟に魔物が住み着いて村が大変だったっていうのは、本当だったから嘘はじゃないなかったのよ。でも、村の人達は、そんな人は村にはいないって」
これは思っていたよりも謎が深いのかもしれないな。ただ、あの馬鹿を探しに来ただけなのに、色々と深いほうへと……まさか。
「その子が、バッカスを連れて行ったてことかもしれないな」
「それはありえるかもしれないですね。バッカスさんを連れ去るために、村人に偽装して、油断したところを」
「ち、ちなみにあの依頼人の方は」
と、クルルベルが問いかけるとカルミナが、ため息交じりに答える。
「そうねぇ、かなりの美人だったわ。もうあの勇者様は、デレデレよ」
なるほど、これはありえる話だな。あの女好きの勇者様だったら、お色気でころっとやられてしまう可能性が高い。
「ふん、そんなのが勇者とは。神も変なのを召喚したようだな」
まあ、魔王が無害だってわかっていたからなぁ……それは、仕方がないことなんだ。とりあえず、実力重視で、性格は後回しってところだったんだろうからな。
人々を安心させるための救命処置。
「ともかくだ。その洞窟に行くのが一番だろうな。もしかしたら、そこに隠れているのかもしれない」
「そうだね。なんだかんだで、バッカスは死にそうになさそだし」
「一応勇者だものね」
「い、一応ではないのですが」
そんなこんなで、俺達は手短な手がかりである依頼で行ったという洞窟へと向かうことにした。
・・・・
村から少し離れた森の中。
緑豊かな草木が囲む、道を俺達は進んでいく。洞窟の魔物のせいで、遠くへ逃げていた野生動物達も、ちらほらと見受けられる。
木漏れ日が心地よく、俺はこういうところが案外好きだったりする。
「はぁ……なんだか落ち着きますねぇ」
「クルルベルは、森が好きなのか?」
「はい。私、森の中の小さな村で育ったので」
そうだったのか。魔王だからと、王城で育ったとばかり思っていたが。
「そういえば、力が強いからって魔王になったんだっけか」
「それって、強制的にってこと?」
「本来は、魔王になる予定だった魔族が居たんですけど……」
「魔王になる前に、戦で命を落としたんだ。そこで、代わりの魔王を探していたところ」
「クルルベルちゃんという逸材を見つけたと。まったく、こんな可愛い女の子を魔王にするなんて、どこのどいつなの?」
おっと、さすがのカルミナもこれには怒っているようだ。シルムも、どこか同意しているかのように説明を続ける。
「九代目魔王、ブラデス様だ。十代目魔王となる予定だったのは、ブラデス様のご子息エイファナ様」
「エイファナって……もしかして、女の子だったんですか?」
「その通りだ。そして、クルルベル様は、エイファナ様の生き写しかのような容姿とその力の強さから、十代目魔王として選ばれた」
クルルベルから聞いたが、魔界では力こそが全て。どんなに位が低い者だったとしても、力あるものが絶対。なので、森の中で育った子が魔王になることだってあるってことか。
「大変だったねぇ、クルルベル。よしよし」
「はい……すごく大変でした……もう、いきなり魔王になってからは波乱万丈な毎日で」
エルカに撫でられながら、クルルベルは、過去を思い出し、深いため息を漏らす。
「でも、そうじゃないこともたくさんありました。お金もたくさん稼げて、家族も養えますし。シルム達とも出会えましたから」
「魔王様……くぅっ! このシルム、感激です!!」
「え? あ、あのなんで泣いてるの? どこか痛いの、シルム?」
よかったなぁ、シルムよ。こんな優しい子の近くに居られて。
おっと、話している内に、目的地に到着したようだな。
「ここが、魔物が住み着いていた洞窟か」
「いたって普通の洞窟だね。いや、ちょっと入り口が狭いかな?」
エルカの言うように、若干人一人がギリギリ入れるぐらいの入り口。これぐらいの入り口に入る魔物とは一体どんな奴だったんだろうか。
そういえば、それを聞いたことが無かったな。
「入り口は、小さいけど、奥に進めば案外広い空間になってるわよ」
「カルミナさん。今更なのですが、洞窟に住み着いた魔物とは?」
「若干大きなリザードソルジャーだったわ。かなり縄張り意識が強かったから、ちょっと近づいただけでも切りかかってくる凶暴な奴よ。この森で、キノコとかを採取している時に、村人はよく襲われて困っていたそうなのよ」
リザードソルジャーか……確かに、勇者に頼むほどの魔物ではないな。俺は、まず先陣を切って、洞窟の中を覗く。
確かに、少し先に広い空間が広がっているようだ。魔力を込めると光り輝く光石が入ったランプを持ち、奥に進んだところで、安全だとわかり、皆を呼ぶ。
「ほえー、確かに入り口からは考えられないほど広いね」
「魔王様、足下が暗いゆえ、お気をつけください」
「うん、ありがとうねシルム。兄貴? この中に勇者さんは、居るでしょうか?」
「そうだなぁ……居れば、それで俺達の依頼は終了なんだが」
俺の予想としては、そんなにも早く終わるようなものじゃないだろう。あいつは、馬鹿だが何も告げずに消えることはない。
まだ俺がパーティーに居た頃も、どこかに行く時は、行き先を告げてから出て行ったほど、案外律儀な奴だったからな。それに、中に入ってやっと気づいた。
「……兄貴」
「お前も感じたか」
「おい、カルミナとやら。本当に、ここに住み着いた魔物は倒したんだろうな?」
「ええ、そうよ。だけど……ふむ、これは厄介なことになりそうね」
「ひょえぇ……なんだか寒気が」
「この奥に、何かが居ますね。邪悪な、何かが」
俺だけじゃない。皆が気づいたようだ。洞窟の奥から、漂う邪悪な気配。これは、明らかにリザードソルジャーが出せるような邪気じゃない。
もっと、大きな他の何かが、この奥に居る。まさかとは思うが、バッカスは、これに気づいて一人で倒そうと?
「行くぞ。道中でも、何かがあるかもしれない。気をつけて進むんだ。カルミナ? 案内を頼めるか」
「ええ。とは行っても、ほとんど直進だけどね」
より一層の警戒心をもって、俺達は洞窟の奥へと足を進める。もし、バッカスがこの奥に居るのなら、無事であるように願おう。