月夜の下で
バッカスを探しに来た日の夜。
俺は、村の周辺を見回っていた。警備兵達がすることなのだが、せっかく来たんだ。ただ泊まるよりは、誰かの役に立ったほうがいい。
それに、動いたほうが寝る時、ぐっすり眠れるからな。
「さて、この辺りは、こんなものか」
多少、村から離れた場所まで来たが、敵の気配はなかった。ちゃんと、支給された魔除けの結界石を使っているからある程度の魔物は寄ってこない。
ただ、魔除けの結界石が効かない魔物も居るので要注意だ。ま、そんな魔物はこの辺りには居ないんだけどな。大抵は、人が寄り付けないような秘境の地に存在している。こっちから近づかない限り、奴らは滅多のその地からは離れない。
「ん? よう、お前も見回りか?」
村に戻ると、シルムと出くわす。相変わらず、美人顔なのに眉間にしわを寄せている。
「当然だ。僕は、常に魔王様の命を護るために行動している。例え、ここが魔界でなくとも、いや……魔界でないからこそ、警戒は怠れない」
こいつの魔王様愛は、本当にすごいな。
どうしたら、ここまでの忠義の心をもてるのか……そうだなぁ。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」
問いかけておいて、なんだが今までの会話の流れから、断られるだろうと思っていた。
しかし、今夜のシルムは、朝よりもどこか落ち着きのある雰囲気だった。
そのためか。
「いいだろう。特別にひとつだけ答えてやる」
断ることもなく、俺の話を聞いてくれた。少しは、打ち解けられたのか? そう思うが、本人に言えばまた怒りそうなので、内に秘めておくことに。
今は、こいつの機嫌がいい間に、気になることを聞いておかなければ。
「じゃあ、質問だ。お前、どうしてそこまでクルルベルにべったりなんだ? 側近だから、ってだけの理由じゃないだろ?」
「……もちろんそれもある。だが、それだけじゃない」
夜空に浮かぶ、満月を見上げシルムは若干悲しそうに、それでいて怒りも混じったようなそんな表情で語り出す。
「貴様も知ってるだろうが、魔王様はお優しい方だ。争いを嫌い、お菓子などを作り、我々と家族や友人のように接してくれる」
「ああ」
それは、骨身に染みている。あいつが、どれだけ優しいか、戦うのが嫌いなのか。
「そんな魔王様を他の魔族達は、面白がってちょっかいを出してくることが多かった。僕は、彼女に救われた身……強者絶対、力が物を言うあの魔界で、数少ない天使のような魔族。だからこそ、僕は彼女をどんな危険からも護ると誓ったんだ。あの純白な心が、黒く染まらないように。悲しい顔をさせないためにな」
「……そうか。すまん、俺は勘違いをしていたのかもしれない」
「勘違い、だと?」
いったいどんな勘違いだ? とシルムは不思議そうな表情で俺を見詰める。こいつは、俺の問いに答えてくれた。だから、俺も隠さず答えよう。
彼の目を真っ直ぐ見詰め、俺ははっきりと言ってやった。
「ただ単に、クルルベルが可愛いから一緒に居るんだと思ってた」
「そ、そんなわけあるか! 貴様じゃないんだぞ!! そんな小さな」
「小さいだと!?」
「なっ!?」
おいおい、可愛いが小さい? そんなことはない。それは違うぞ、シルムよ。俺は、ぐっと拳を握り締め、何もわかっていないシルムに熱弁してやる。
「いいか! 可愛いから一緒に居る! これは決して小さな理由じゃない! めちゃくちゃ大きな理由だ!! お前もわかるはずだ。想像してみろ……クルルベルのあの可愛い笑顔をいつでも見られるんだぞ? それだけでも、一緒に居ようって思えるだろ?」
「……た、確かに、そうだが」
「それに、あいつに悲しい顔させない。つまりは、笑顔にさせたい。つまりは!! 可愛い姿を見たいから護っている!! そういうことだろ?」
「なんだか、貴様の理論はどこかずれてる……間違ってないのに、間違ってるというか」
まあ、今はそれでいいだろう。いずれ、お前もわかるさ。
そう言って、俺はシルムの肩に手を置いた。
「聞いておいてすまないと思ってるが、俺はシリアスが嫌いでな。とにかく、お前はあいつの笑顔のために戦っているってことでいいんだな?」
「ああ、その通りだ。この世界に飛ばされた時、魔王様は大変悲しい顔をされていた。そして、やっと落ち着いたと思ったら、貴様が……そう、貴様が!!」
おっと、どうやらあの時のことを思い出して怒りが込み上げてきたようだな。こいつは、あの時名も聞かれず一撃で倒されたことをまだ根に持っているみたいなんだ。
斬られない様にそっとシルムから距離をとる。
「……ふう、今日は止めておく」
「なんだ、切りかかってこないのか?」
「ああ。今日は、満月だ。魔王様は、満月を見上げるのがとても好きなのだ。だから、その邪魔をするわけにはいかない。貴様にリベンジするのは、また今度だ」
なるほど、だから大人しかったのか。しかし、やっぱりああいう性格だから、魔界では大変な目に遭い続けていたんだよなぁ、あいつ。
正直、こっちに来てよかったんじゃないかって俺は思うな。
「そうだ。シルム! すまんが、もうひとつ重要なことを聞きたかったんだ」
「今度はなんだ? 僕は、もう魔王様の下へ」
「お前って、本当に男なのか?」
「……貴様、僕に何度同じことを言わせれば気が済むんだ? 最初から言ってるだろう。僕は、男だ!!」
そう断言するが、その見た目で男だと言われても簡単には信じられない。声だって、高いほうだし、腰だって細い。
なんだか立っているだけ美人だぁ! と思える雰囲気もある。本人にとっては、すまないと思っているが、どうしても気になってしょうがないのだ。
「本当なのか? マジで、男なのか? 実は、男だと信じ込まされて育てられた女ってオチじゃないよな?」
「なんだそれは」
本当に何を言っているんだ? という顔をするが、俺は語るのを止めない。
「ほら、あるだろ? 男だと思って一緒に遊んでいた友達が、育ったら胸とかが膨らんできて。お前、女だったのか!? てさ」
「だからなんだそれは。どこかの国では、男が王となるため、女として生まれた子供を男として育てるところがあるようだが。僕は、男として自覚をもって育ってきた」
「実は」
「しつこいぞ、貴様!? どうして、そこまで僕を疑う!! 重要なことなのか!?」
「重要だ! 男と女区別なく接しているとか言う奴も居るが、男と女では接し方は違うくしたほうがいいと思うわけだ!」
だって、そうじゃないと。男同士で接していて、その接し方を女の子にまでやったら、変なところ触ってしまって変態だと思われでもしたら、大変だからな。
男女差別とかじゃないんだ。これは、男と女にとっては重要なことだと思ってる。
「……確かに、それはあるな。とはいえ、僕はれっきとした男だ。どうしたら、わかってくれるんだ?」
「……触るとか?」
「貴様、本気で言ってるのか?」
「すまん、正直。これは、俺もないと思った」
その後、微妙な空気のまま、俺達は一緒に村に帰るのだった。