後輩に頼まれて
「うーん! このクッキーおいしいよ! くるちゃん!!」
「あ、ありがとうございます。あの、というかくるちゃんというのは」
「君の愛称だよ! キリバの子分なら、思いっきり可愛がらないと! あっ! どうせなら、君も私の子供になっちゃう? いや、なろう!! それがいい!!」
「いや、それはその」
俺の母親であるローリメデスと会って次の日。一度帰ってしまっては、中々離れることはできない。今日も今日とて、我が母と一緒。子分であるクルルベルは、一度魔王城に帰ってから、クッキーを土産にまた来てくれた。
「母さんは、クルルベルのことを気に入ったみたいだな」
「もう! キリバ! ママ! ママって呼んでくれないと、だーめ!!」
「はいはい。わかりましたよ、ママ。それで、話は変わるけど、バッカスのことはどうするんだ?」
王都からの報告はまだないが、召喚したのは俺のママだ。王都がまだ帰さないと言っても、ママが帰すと言ってしまえば、簡単に元の世界に帰してしまう。
「私的には、今すぐ帰してやりたいところなんだけどねぇ。でも、神様が人々の意思関係なく勝手にやるのは、いけないことなの。だから、私は人間達の答えを待つ。待つことも、大事だからね」
「ですが、世界を脅かす脅威はあるので、勇者という希望は必要なんじゃないでしょうか?」
ママにミルクが入ったコップを手渡ししながら、呟くクルルベル。その脅威とは、ゼルドとか言う鬼人族を操り、俺達の命を奪おうとした主とやら。そいつは、バッカスを闇の力に染めようともしていた。当然、そのことは王様にも伝えたから、もう世界中にその話が広まっているはずだ。
ただ、誤解されるとあれなんで、クルルベルは関係ないことをしっかりと伝えておいた。闇の力となると、魔王が関係しているんじゃないかと思われるだろうからな。闇の力が関係しているからと言って、全てが魔王のせいにしてもらっては困る。子分を守るのも、兄貴としての役目だからな。
「ふむ、それなんだよねぇ。この私に気づかれずに、そんな力が侵入してくるなんて……」
「ママはよく昼寝をしてることがあるから、その時に入られたんじゃないのか?」
創造神と言っても、今のところは暇も暇。つい最近やった仕事と言ったら、バッカスを召喚することだけだ。それ以外は、この一軒家でずーっとのんびりと暮らしているんだ。神々しか足を踏み入れることしかできない聖域で、自分達を見守ってくれていると言われているけど、実際はこんな感じである。
「むぅ、昼寝をしていたら、さすがの私もだめなのかな……いや! 私ってば、ちょー! すごい神様だからね! そんなはずがないよ!! ね? そうだよね? ね?」
「うんうん。ママは、ちょーすごいぜ。とりあえず、口拭こうか」
「ぶー!」
「そっちじゃないんだけど……」
「べたべたです……」
前々から、思考回路が子供な感じだったけど、ここでのんびりとしているうちに、また精神年齢が下がってしまったのか……それにしても、白い液体塗れ、いやミルク塗れのクルルベルは何かこう、ぐっとくるものがあるな。
いや、変な意味じゃなくて。仕方ないことなんだ。俺だって、男なんだから。そういうことに興味がないことなんてないんだ。
「ごめんね、くるちゃん。よいしょっと」
ママは、一言謝罪の言葉を伝え、手をかざす。そして、眩い光に包まれたと思ったら、真っ白なタオルが出現する。
「す、すごい。何もないところからタオルが」
「創造神だからね! これぐらいは空気を吸うぐらい簡単だよ! 他にも、こういうのとか。こういうのとか!」
自慢するように、自分の創造の力を次々に発動する。まるで、褒められて上機嫌になっている子供のようだ。無から創造されたのは、新しいミルクが入った瓶に、おいしそうな小麦色のクッキーだ。それを、お詫びとばかりにクルルベルに渡す。
「わかってはいるのですが、こうして実際に見るとすごいものですね。創造の力というのは」
「でも、あまり使い過ぎるとお腹空いちゃうし、眠くなっちゃうんだよねぇ。聖域だとそんなことはないんだけど」
「そういえば、どうしてローリメデス様は地上で暮らしているのですか?」
「だって、つまらないもん。聖域からずっと見守ってるなんて。だったら、地上で楽しく暮らしながら見守っていたほうがいいでしょ?」
「な、なるほど」
創造神としては、あれなんだろうけど。この神様にとっては重要なことなんだ。それに、地上にはママの他にもチュルメや、他の神様もどこかに居るってことだしな。自分が最高神だからって、聖域から離れられないのはおかしいと。
・・・・
「やほー、先輩」
「おっ、王都に戻ってから姿を消した後輩じゃないか」
「お久しぶりです、カルミナさん」
「うん、クルルベルちゃんも元気そうね」
これからママのために、食材を買い込もうと可愛い子分と共に買い物に来たのだが、その途中でカルミナと遭遇する。カルミナは、王都に戻って報酬を手に入れてから、全然姿を見せなかった。てっきり、報酬を手に入れたから、さっさと次の街にでも行ったのかと。
そのことを彼女に話すと。
「そんなことはないわ。あたしは、あなたの代わりに勇者パーティーに入ったんだから。ちょっとやることがあって、しばらく宿に篭ってたのよ」
「そうだったのか。それで、今日はどうしたんだ?」
「ちょっと手伝ってほしい依頼があるの」
「依頼?」
ソードマスターであるカルミナが手伝ってほしいほどの依頼か。いったい何なんだ? と話だけでも詳しく聞くことにした。
「依頼としては、普通の採取依頼なんだけど」
「採取依頼?」
てっきり討伐依頼だと思ったんだけど、まさか採取依頼だとは。普通ならば、手伝うほどのことではないのだが、まさかとんでもない秘境にあるものを採取するとか?
「うん。採取物は、誰もがご存知、傷を治すための回復薬の重要素材」
「薬草か」
「そうそう」
「なんで、今更それを」
「これを見て」
そう言って取り出したのは、黒く染まった薬草だった。ペンキなどで塗っているのでも、焦げているのでもない。これは……汚染されてる? 生物や植物などには、マナと呼ばれる生命エネルギーが存在している。この薬草からは、そのマナがまったく感じられない。
「これじゃ、回復薬の素材に使えないな」
「そうなの。最近、薬草の他にも色んな植物達がこうやって汚染されて、困ってるらしいのよ。で、それをなんとかするために、採取をしつつ調査をするってこと。本当なら、勇者の出番なんだけど」
バッカスは、まだ療養中。
元気そうだけど、体はまだまだ自由が利かないみたいだった。かなり闇の力に汚染されていたからな、軽く見積もっても後、いつかはまともに動けないだろう。
「なるほど。代わりに俺にってことか」
「ぶっちゃけ、あの馬鹿勇者より先輩のほうが頼りになりそうだし。それに、一緒についてくるクルルベルちゃんの力も必要になるかもだからね」
「私のですか?」
「うん、あたしが思うにあの闇の力とやらが関係しているんだと思うのよ」
なるほど、クルルベルはあの時魔界で感じたことがある力に似ていると言っていた。もし、今起こっている現象の原因がそれだったとしたら、クルルベルに探知してもらうってことか。
「そういうことなら、やるぜ。クルルベルもいいよな?」
「はい! 誰かのお役に立てるなら!!」
「ありがとー! さすがは二人! 頼って正解だったわ。エルカやリーミアの二人は他の依頼に出発しちゃったからいないのよねぇ」
勇者が動けないとはいえ、パーティーとしては休むことはできない。魔王の脅威はないとはいえ、他にも小さな脅威が世界中にはまだまだある。少しでも、それを減らすために二人は頑張っているのだ。俺もできるだけ手伝うとは言ってやったが、バッカスが復帰したら難しくなりそうだろうなぁ。
「って、カルミナは勇者パーティーなのに別行動していたのか?」
「いいでしょ? それに、二人にはちゃんと言っておいたわ。キリバと一緒に、重要依頼に行って来るって」
「実際は、採取クエストなんだけどな。ま、ともかくだ。行こうぜ! 薬草採取と調査に!!」
「おー!!」
「頑張りましょう!! ……って、あっ」
どうしたんだ? 気合いを入れたところで、何かを思い出したかのようにクルルベルが声を上げる。
「あ、兄貴! 私、冒険者登録してません!」
「……そういえばそうだったな」
一応ギルドからの依頼ってことになってるからな。冒険者じゃないと、参加することができないんだった。
「よし、じゃあ登録しに行こう」
「ま、魔王でも登録できるんでしょうか?」
「できるんじゃない? 大丈夫よ! あたし達が、協力してあげるから」
「そういうわけで、まずはギルドへ出発だ!!」
その後、無事に冒険者登録ができ、魔王クルルベルは冒険者になった。案外、普通に登録できたけど……皆も、クルルベルは無害だってわかってくれたってことでいいのか。
まだ不安が残るが、その時はその時で、俺が打破してやるか。




