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8・その服はただごとじゃない!

 イルはこちらの思った通りにおおむね印象操作が終わった事を感じ、懐から取り出した手帳に報告内容として書き連ねた。目立つ事は今回悪くない手だ。

 イルが世間知らずで馬鹿な男だと思われる事で、この街の裏を誘ってみたのだ。そこから鬼の子の情報が入る様にはどうすればいいかも考えてはある。

 その前にやっと満足な金が手に入ったのだ。道具を買い漁らなくては。イルはギルドで腕相撲の相手となった者たちの行きつけのお店へとつま先を向けていた。

 最初に行くのはそう。


「(本当は本を適当に読み漁りたい所なんだけど、それはまたのお楽しみに取っておこうかな。剣と防具、道具屋に魔道具とやらも見たいな、楽しみになってきた。)」


 ギルドの3階部にあたる高さで大きな青銅製の鐘と魔道具であろう砂時計が刻限を告げていた。イルはこちらに来てから、毒や中る事も考え、食事を控えていたが、嗜好品は嫌いではない。

 携帯食料や嗜好品も見に行こう。イルの足取りは軽かった。


 最初に武器防具屋に行くのだが、ギルド紹介の必要な店には行けない。その為、いくらかランクの落ちた、初心者向けの鍛冶屋になってしまったが、仕方ないだろう。

 その鍛冶屋はどうやら最近他の鍛冶屋での弟子入りを終え、独立したてらしい。イルが入ると低い木椅子に座り、剣を拭く若い男がこちらを見た。


「あ、っといらっしゃい。何をお探しで?」

「お金がないんだ、安くて、丈夫なだけの剣が欲しい。防具も軽く見ていいかな?」


 イルの言葉に鍛冶の男は、早死にするだろうなと少し考えた。防具を儲けてから買おうだなんて初心者にありがちかつ、愚かな考えだ。ギルドの初心者講習を受けてないのだろうか、と思った辺りでイルは反射的に眉を顰めた。

 男は急に不機嫌になったイルに怯えつつも、防具が置いてある棚を手を振る事で促し、自身は店の奥へと入っていった。注文の剣を探すためだ。

 イルは防具の質や技術のレベルを観察しながら、舌打ちをしていた、思わず動揺した事に対してもだが、なにより。


「(そういえばギルド規則の本にもあったな。…これは、相当嫌われた様だが、どうやっても僕の設定上の生贄は君だよカリーナ…)」


 自身が典型的なミスをする初心者冒険者になりきっていると思っていたからこそ、有力な情報源をスルーしていた事実に歯噛みしていた。あとでカリーナには確実に嫌味を込めてデートに誘おうと心に決めた。

 イルは目の前の防具をざっと眺めて見て、自分が今着ているかっちりとした服を襟を整え、自身の服の選択は間違っていなかったと確信した。身に着けているセンスのいい服たちの性能を誉め、その製作者たる女性の顔を思い浮かべた。


「(この辺の下手な防具よりも強いと思われても困るし、防具を付けてないと怪しまれる。魔術師としてなら少し丈夫な魔物の皮製か魔道具防具って所がベストなのだろう。こういう未知の文化圏に溶け込む防具作りは、彼女が最も優れているようだ。)」


 イルは剣を持って戻ってきた男の手元にある2本の剣に目が移り、男は説明を始めた。


「これは丈夫ですが胴が太くて切れ味はあまりありません。こっちは多少胴が細くて切れ味がありますが、やや丈夫さに欠けます。どちらも鉄製でお手頃なお値段でしょう。当店では剣が折れた時の為、予備を持っておく事をおすすめしております。」


 イルは率直に驚いた。なんて”甘くて”、”お節介”で、”商売上手”な男だろうと。

 防具を後回しにする命知らずに剣を盾にする戦い方を薦め、2本売りつけるとは。少なくともそこそこ出来る鍛冶屋だとイルは思った。だからこそ、イルはこうした。


「わかりました、値切りはしません。いくらですか。」

「え、」

「それから僕はイルリュジオン、イルと呼んでください。」


 そういってギルド証片手に握手を求めた。男は金が無いと言った筈の男の突然の心変わりに首を傾げながらも仕事をするのだった。


「あ、合わせて銀貨18ですが、15でいいです、えっと私はルビスです」


 恐らく贔屓にするつもりなのだろうと感じたのか、イルに対して、値下げまでした男、ルビスにイルは楽し気に笑いかけた。






 腰に二本の無骨な直剣を鞘とサスペンダーの様なものでぶら下げたイルは懐から全ての銀貨を取り出し、数えた。さっきの腕相撲に勝った分も合わせて手元には38枚程度しかない。

 防具の問題は無かったし、魔道具の前に道具屋に行くべきか悩み、イルは真っ直ぐ魔道具屋に向かった。好奇心の前には全てが敗北を喫したのだ。

 想像以上の好青年だったルビスにイルは満足気だった。鞘とホルダーまでサービスしてくれ、何か彼から依頼があれば真っ先にこなそうと思う位には気に入っていた。

 レンガ作りの魔道具屋の木製の扉を開けば、ちりんと小さな鐘の音が鳴り、店の奥からやや年のいった不健康そうな細い男が店の奥の突き当りの扉から顔を覗かせた。


「なんの用かね」


 偏屈そうな態度にイルは手を振った、冷やかしだと。その素振りをみてふんと鼻を鳴らした男は扉から出て、恐らくレジのある机の前の椅子についた。

 それでも、何か調べものの途中だったのか、手には分厚い本があり、それをレジの横に置いて、客を無視して読み始めた。男の素振りに、イルは少し楽しそうに小さく笑った。

 一応質問されれば対応するつもりで店先に残ったのか、イルが盗みをする心配をしたのか、はたまた、何かに没頭して後で邪魔されることを嫌ったのか。イルは興味深い奴に続けて会うものだと笑ったのだ。

 イルは店内に置かれた様々な物を少し時間をかけて吟味し、いくつかを選び取って男の前に置いた。


「これを」

「説明はいるかね?」

「いや、会計してくれ。」

「…合わせて銀貨30枚だ」


 投げやりに告げられた言葉に、また吹っ掛けられたのか、イルには判断が付かなかった。しかし、値切ろうにも知識がない。下手にかまを掛けることも必要ないだろう。イルは素直にギルド証を出した。


「ギルド証でも大丈夫かな?」


 そう言って差し出せば、きっちりしたフロックコート姿(上着は脱いで椅子に掛けてある)の男はベストの胸元のポケットに引っ掛けた眼鏡を取り出し、掛けた。

 イルの手からギルド証のカードを受け取ろうと男が手を伸ばした所で固まった。がしりとイルの手を掴み、男は怒鳴った。


「なんて高品質な防具だ!!」


 やらかしてしまった。思わずイルはゴウルの様に、低い天井を仰ぎ見るのだった。


「こ、こここんな魔術防具見た事が無い!これほどの物をもっていながらこんな魔道具屋で一体何を買うって…」


 男は震え声でそこまで言ってからイルが買うつもりの商品を見て口をあんぐりと開けた。


1.ペン、魔力をインクに変えて筆記する効率の悪い一般商品

2.財布、時空魔術で多少容量を広げ、嵩張る硬貨を収納する為の物、多少軽量される。やっぱり一般商品

3.リュックサック型の鞄、時空以下同文、質の悪い一般商品

4.洗濯鞄、鞄に布商品を入れると【生活魔術:洗浄】で洗ってくれるジョーク商品

5.水筒、飲料水を出す、魔道具の核である魔石に魔力補充しなくてはならない


 そう、『ジョーク商品』。洗濯鞄は下らないジョーク商品だ。


 魔道具の殆どには核たる魔石が付いており、魔石はいうなれば電池。しかも、持ち主がセコセコ充電をしなくてはならない為、あまり魔道具に頼り過ぎないというのは暗黙の了解だ。ここまで馬鹿な買い方(ジョーク商品も合わせて)をする奴は早々いない。

 一方イルは、この男の眼鏡が鑑定用の魔道具だと気付き、鑑定されなければ問題ない防具だという情報と、バレるとすごく面倒な事になるくらい、完成度が高すぎる逸品だと気付いた。


「(相変わらず、過保護なお方です。そんなに私がしくじると思われているのでしょうか。いえ、現に今、しくじってますね。)」


 イルは内心思わず素に戻っていた。男はイルの手首を情熱的とも言える程にがっしりと掴み、そのコート、ベスト、果てはシャツまで隙無く魔道具、いや魔防具である事に驚いていた。

 更に眼鏡を掴み、じーっくり見れば見る程、豪勢な効果を誇っていた。


「…洗濯鞄は、必要無いかと。」


 やっとの思いで絞り出した男の言葉にイルは力なく微笑んだ。


「あの、会計してもらえます?」

「いや、それより、このベスト、いえ、靴下でも何でもいいので一つ譲って欲しいのですが。一つくださるなら好きな物を持って行って下さって結構ですので」


 食い入る様に服から目を離さない男はイルの手元のギルド証なんかよりも重要だと言わんばかり、イルに対して早口に交渉を始めた。

 イルは軽く緊張の息を吐きながら、何とか免れないかと舌を回し始めた。


「これ全部借り物で勝手に売れないんですよ」

「では本当の持ち主に会わせてくださいお願いします!」


 袖に縋りつかんばかりに懇願し始めた男に、面白い考えが浮かんできてしまったイル。彼らの想定を超えた事実を突きつけた。


「申し訳ないのですが、これの持ち主は”空高く”にいらっしゃるのでお会いになりたいのでしたら、”死後”ご自分でお願いします。」


 そう揶揄う様にイルは告げるのだった。男は一瞬拍子抜けした様な顔になり、やがて落ち着いたのか、眼鏡を指の腹で押し上げ、イルの手からギルド証を取り姿勢を戻した。

 何も言わない男にイルはわざとらしく首を傾げて見せた。


「神の御業ともあれば、納得だ」


 そう言いながら魔道具屋の店主はギルド証から洗濯鞄銀貨3枚分を抜いた”銀貨23枚”を引き下ろしたのだった。ギルド証を返し、洗濯鞄を棚に戻す店主は生活魔術の魔術書を洗濯鞄の代わりにイルの前に置くのだった。


(やっぱり、吹っ掛けられてたのかあれ。)


 ちゃっかりギルド証の名前を店のメモに残した男にイルは引き攣った笑みを見せるのだった。密かに二度と来ないようにしようと決意する。


 魔道具屋から出た後、最後にギルドが直接管理している雑貨屋に足を運んだ。【魔法薬】、と呼ばれる治療薬も少しだが扱っている。

 冒険者に必須とも言える道具を扱っている為、ギルドの敷地内にあった。適当に店内を眺めて携帯食料である干し肉等を少しと安い【魔法薬】を軟膏タイプと液状タイプをいくつか購入した。

 買ったばかりのリュックに購入品を全て詰め込んで、ペンと財布だけ懐に入れたイルは適当に嗜好品である酒やつまみ類を求めて、街を周り、娼館に戻るのだった。

【魔道具】魔石と呼ばれる電池駆動式の小道具の事。

【魔防具】魔術付与と呼ばれる強化加工が施されて防具の事。かなり高価。

【魔石】電気に近いエネルギーバッテリーの事。

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