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5・彼女が察した真実

 イルの現在位置は俗にいう遊郭、に近い場所であった。娼館に迷い無く入っていったイルは男たちから三者三様の反応を返された。

 ある男には「(そこまでモテず飢えているのか)」と。ある男は「(そこまで絶倫なのか)」と。ある者は「(そうまでしてチヤホヤされたいのか)」と。いずれにせよ、良く思われてはいなかった。

 店内に入ってまずイルは、受付の男に笑いかけるのだった。


「どうも」

「はぁ、どうも、えっとご利用ですか?」


 イルの目的が読めず、恐々と返した受付にイルは手早く切り返した。


「一番安い子っていくらで買えるのか聞きたくて。あと”その後”って泊まれるの?」

「あ、ええ、素泊まりで、食事とか出ませんが、安い子は、その銀貨1枚で…」


 男は多少バチが悪いと思っているのか、最後の方は小声だった。イルはにっこりと笑った。


「食事も多少持ち込んでいいのかな?」






「まさか、泊まる気で、私を買ったんですか…?」


 イルは今晩はこの娼館に泊まる事でケチ臭いかもしれないがお金の節約をしたのだった。なにせ、宿に泊まるだけで銀貨5枚、食事も付ければ6枚だ。軽く6倍。いや、彼女の値が安すぎたのだ。

 イルは受付の男に最安値の女を買う事を告げ、娼館の外で買った食事と共に部屋に入り、ゆったりと落ち着きだした所で立ち尽くしていた少女から説明を求められ、そこまで簡略に一気に告げ、勝手に食事を始めたのだ。

 あまりに衝撃的な事を告げられた少女は絶望で項垂れる事しか出来なかった。


 彼女の売り名はメアリー。本名ではないのだろう。彼女の値が安い理由は部屋に入ってすぐに気が付いた。体が傷だらけでボロボロというのもあるが、それ以上の物が彼女の存在を誇示させていた。

 イルは部屋のベッドの横に据え付けられていた丸い机に食べ物を広げ、背もたれ付きの木製の簡素な椅子にどっかりと座り、正面の椅子に座る事を彼女に促した。


「とりあえず、食べたかったらどうぞ。」

「え、あの」

「ああ、面倒だから、『失礼になりますのでできません』とか遠慮の言葉を言うつもりなら黙ってベッドに横になってもらえる?あと、体洗ってる?酷い姿だけど。」


 言い淀んだメアリー(仮)にそこまで言い切ったイルは腹黒い笑みのまま、彼女にもう一度椅子に座るようジェスチャーするのだった。恐々と椅子に座った彼女は、早口に告げた。


「どういうつもりですか」

「食事が終わったらお互い、するべきことをしよう。そう、男と女の、ね?」


 カリーナの”笑える”仕草を思い出しながら、イルは意味深にウインクをしてみせるのだった。






 とてもじゃないが二人分とは思えない量を持ってきたイルもそうだが、それを腹に収めたメアリーも相当変わっているだろう。イルはメアリーに必要以上に事情を尋ねたり、あの値段への説明は求めなかった。


「お腹いっぱいになった所、悪いんだけど、仕事をしてもらおうか。」


 イルはそう声を掛けてから椅子から立ち上がり、正面の彼女の傍まで机に沿って回り込んで近づいた。彼女の顎に手を掛け、顔を上向かせてからイルは暗く嗤った。


「君が安いなんて、面白い国だよ。本当に、ね。色々”聞かせて”もらえそうだ。」


 メアリーがびくりと肩を揺らし、イルを見た。そこには怯えと、恐怖が色濃く映る”紫色の瞳”とくすんだ銀髪、脚にびっしりと生えた鱗と鰭の様に尖った耳があった。


「本当、今回は、かなり、たのしい、仕事、だね」

「ああ、ああ!」


 自分が激しく動く下でメアリーの悲鳴が響く、ドアの外で聞き耳を立てていた男が立ち去った後、イルはメアリーの頭を軽くはたいた。


「いたっ!」

「流石に、棒読みは止めてくれるかな。僕の沽券に関わってくるから。」

「けど…」

「ああ、処女じゃ無理か。」

「うっ」


 イルが最高にクズな会話をし、メアリーを放り出すと、ベッドを降りた。


「服くらい、脱いだ方がよかったかな。」

「…あの、どうして」

「どうして君を抱かないか?これまでの人たちに散々言われたんじゃないのかな?『気持ち悪いから』って」


 戸惑い交じりに尋ねてきたメアリーに対してイルの回答は辛辣だった。メアリーの服は乱れていても脱げては居なかった、互いに真似事をしていたに過ぎない。

 イルの元々の目的は宿でしかない。メアリーに対し、多少哀れに思っても、任務が最優先だ。


「まぁ、暫く利用させてもらおうか。君には美味しい食事と、寝床が与えられ、仕事しなくてもいいんだから、最高だろう?」

「…いてい」

「最低?」


 楽し気にしていたイルに対して暴言を呟いた少女は聴き取られていた事にびくりと怯え、イルの顔を見上げた。

 折檻される事を想像したメアリーにベッドの傍に立つ男は振り返り、そして、楽しそうに笑った。


「今は、誉め言葉だよ。」






「うう」

「メアリー?もしかして昨日の色男、酷かった?」

「…大丈夫です」


 隣に座った、同じく安い女はメアリーの「大丈夫」をどう取ったのか、次は私かもしれないと怯えを強く感じたらしい。

 メアリーは地下の粗末な私室で膝を抱えて座りながら、昨日の出来事を何度も繰り返し思い出し、とめどない思考をしてしまっていた。


 最初から変な客だった。


 【ヴォイドアーク】と呼ばれる魚人であるメアリーはこの娼館に格安で売られてきた奴隷だ。容姿の不便さから客が取れない駄目な女であるメアリーは折檻という鞭打ちは日常だったし、飯を抜かれる事も多かった。

 満足に飯炊きなどの裏方も出来ないと蔑まれる日々。それでも彼女は海に還る日(この場合は死)を待ち望んでいた。だが、自死は出来ない。首輪によって行動を戒められた奴隷だからだ。

 彼女はメアリーなんて名前ではなかった。だが、元の名前は捨てたし、まともな名前をつけてくれる人なんて居ない。そして両親こそ彼女を奴隷にした人だ。

 父は人、母は先祖に人魚が居ると言われていただけの人。そんな両親から生まれたからか、彼女は生まれた時から疎まれ、母の浮気の証拠とまで罵られた。

 貴族の両親の事を誰にも話せない様にさせられ、下女以下の扱いをされ、自分の境遇を恨み続け、その上こんな仕事。誰も買う筈が無いのに。

 そんな彼女を一晩買ったのがあの男。名前をイルとだけ名乗ったあの男は、メアリーを抱く振りだけして飯を食い、湯桶を使いメアリーに体を拭わせ(イルは服を脱がず、メアリーだけ拭った)、メアリーを横目にベッドに入り熟睡した。

 朝、メアリーよりも早く起き、さっさと出て行ったあの男は、連日でもう一度買う予約だけしていった。メアリーにはもう、訳が分からなかった。メアリーはこれを降って沸いた幸運とは思わなかった。なにせ彼女は


(どうして、あの男は、)


 重大すぎる謎の種を抱えてしまったからだ。


「…食べなかった…?」


 彼女の紫色の瞳は少し多めながらも一人分の食事しか捉えておらず、彼は食事した振りか、腕は常に空を切っていた。昨日の食事はすべて、メアリーの胃の中だ。

 メアリーは朝が来るまでそれを少しも疑問に思わなかったのだ。夜が明けてやっと、それが奇妙であることに気付いた。それがメアリーにはたまらなく恐ろしい事に思えたのだ。

【ヴォイドアーク】魚人、とも呼ばれる水棲系亜人種の事。差別されているらしい…?

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