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3・その日、謎の不審な男がギルドにやってきた。

 今はまだ過ごしやすい季節、もう1ヶ月程もすれば鋭い日差しの下に居る事が辛くなるだろう。


 人々の喧噪と商人の呼び込む声、整えられた石畳の上を闊歩する軍靴の音。

 土煙が舞い、高い建物が少ないこの街でもっとも大きな建物こそ見上げる程の壮大なスケールで建てられた砦、この街の核。

 砦を中心に重厚な塀や壁が重なるこの街の名は【ダルクシアン】。【帝国ハウストラル】の王都の西の関所の役割を果たしている。

 その街の中央通りをシンプルな皮製の茶色いロングコートを羽織った男がブーツのコツコツと高い音を立てながら颯爽と横切っていく。人々とすれ違っていくその姿は長身ながらも威圧感はない。

 首元まで長さで等しく切り揃えられた茶髪が風に柔らかく撫でられて揺れ、涼し気な甘いマスクは微笑みを湛えており、人々は一目会うと思わず振り返って口々にその容貌や、目的等を取り留めもなく噂する。


 男は背景である街並みをゆったり眺めながら、平長の建物の目立つ所に紅い双頭の鳥と蔦の紋章があるのを確認してから両扉を押し開いた。

 街の外とは別の喧噪に包まれた室内、屈強な男たち、隙の無い女性たち、彼らが高い戦闘能力を持った集団である事は一目瞭然だった。イケメンに分類される男が入室した事もあり、衆目の関心の元となったのは言うまでもない。

 上げた前髪もあってか、その顔ははっきりと伺い見れた。やや吊り上がった瞳は黄色み掛かったブラウン、口元と同様に優しく弧を描いている。男は見ようによっては自信あり気な不敵な笑みを浮かべ、この建物にとって最も重要な機能である受付を見た。


 三人、若い真面目そうな男、地味ながらも素朴で可愛い少女、受付の顔であろう美人。

 男は迷いなく美人の元に進む。たまたま受付には誰一人並んでいなかった為、そのまま男は美人受付嬢の前で立ち止まった。


 そんな男に微笑まれた美人受付嬢の名はカリーナ、彼女は自分の容貌に関して理解があった。だからこそ自信満々にこちらを見つめる男はこの顔目当てだろうと解りきっていた。カリーナは男を足元から頭の先までよく観察した。

 使いやすさだけで無くデザインも統一されており、センスはそこそこいい。茶色の皮製ロングブーツ、細身の白いボトムス、白いシャツもきっちりと糊付けされており、


「(…茶色のベストとロングコート?流石にこの時期に厚着しすぎじゃない?もしかして斥候職?これで防具のつもり?どちらにせよ腕は期待出来そうに無いし、もう顔合わせの段階で私が惚れてるとでも思っているのかしら。)」


 男はこちらを見つめて何も言わずニコニコ呑気に笑っている。


「(ムカつく。)」


 一息にそこまで思考してこの男を値踏みしてから、


「…ギルド証を、提出していただける?」

「おっとすまない」


 笑顔のまま厭味ったらしく言ってやれば男はやっとロングコートの懐を探って、わざとらしく困った様に笑って腕を開いた。


「…おっと、すまないが持ってなくてね、ここで登録できるって聞いたんだけど、お願いできるかな。」


「(サイアク。ギルドに登録すらしてないなんて、こいつ2点ね、100点中。貴族の道楽、”整い過ぎている”顔も相まって最低よ。)」


 それでも仕事はこなすカリーナは受付机の下から登録の為の魔道具を三つと登録用紙を取り出した。一つは羽根ペンに近い物、一つは銀板、最後に大きな水晶玉を取り出した。


「こちらの水晶に手をかざしてください」

「…あぁ…えっと」

「かざしてください、犯罪歴を調べます」


 水晶玉をわかりやすく机に載せ、男に差し出せば何か戸惑う仕草と、笑顔を強張らせた。

 何を戸惑っているのか、まさか本当に犯罪歴でもあるのだろうか、男に安心させるのも癪だが、受付の仕事として最低限の説明もしなくては。だがその前に男は恐々とそれを指さし口を開いた。


「…これは…どうして、いや、えっと、どういう仕組みなのかな?」


 男の言葉にカリーナは首を傾げた、何故そんな事を聞くのか、さっぱり理解出来なかったが、いつも通り義務的に説明をする。


「ご安心を、よっぽど凶悪な犯罪、殺人、恐喝、盗みでなくては反応しませんよ。盗み食いとか、罪悪感まで神は判断しません。」

「【神】?」


 男はもっとぎょっとしたようで、二歩三歩下がって、目の前の水晶玉を眉を顰めて見つめ、余計にカリーナには理解できなかった。


「ええ、当然でしょう?【月弓神】たる【ルーネル】様が生まれてから犯した全ての罪をご存知です。」

「…ルーネル?」

「ええ」


 カリーナは余計に意味が解らなかった。この男、有名な裁きと罪を司る神ルーネル様を知らないなんて【あり得ない】。だが、男はそれを聞いて逆に安心したらしい。

 何を安堵したのか男は何の気負いも無くサッと手を翳し、水晶の中に真っ白の煙が渦巻いた。


「白い、煙?」

「ええ、白は無実、赤い煙が巻けば殺人、黒い煙は恐喝、青は盗み、紫ならば…わかりますね?」

「殺人と盗み?」

「何を言ってるんですか、詐欺ですよ、そう、男と女の、ね?」


 そうにっこり、わかってるんだぞ、という意味を含めて笑ってやれば、男も笑い返してきた。鈍感なのか、それでも落とす自信があるのか、カリーナは仕事を続ける為に受付机に備え付けられたレジスターに似た大型の箱に銀版をセットする。

 羽根ペンと登録用紙を男に差し出した。男は羽根ペンを一度見た後、ペンを拾い、綺麗な所作で構え、滑らかに文字を紙の上に浮かび上がらせていった。


「…便利なペンだね、魔力でインクが出るなんて」

「インク?」


 訝し気に聞き返せば、男は素早く紙を差し出した。この会話を続けるつもりは無いらしい。カリーナは紙の内容を確認し、それを銀板に打ち込もうとして手を止めた。

 魔術師、24歳、出身は無し、人種空欄、得意な事も無し。


「(こいつ、真面目に書くつもりあるのかしら。)」


 この内容でパーティーメンバーが集まるかが左右されるっていうのに。しかし、カリーナは仕事を続けた。


「えっと、イルルジオンさん?本当に、こちらの内容でよろしかったでしょうか?」

「”イルリュジオン”」


 ぎりっとカリーナは奥歯を噛んだ。いや、名前を言い間違えたこちらが悪いのだが、男としては登録内容よりも名前の方が重要らしい。つくづく一貫して嫌な男だ。


「イリュルジオンさん」

「イルリュジオン、って、ああ、そうか”こっちでも”言い辛いのか、すまない。イルでいい。続けてくれ」


 そうイルリュジオン、いやイルは少し諦めを込めてこちらを見る。これは親し気に名前を呼ばせる男の作戦だったのか。だがカリーナは最後の抵抗をしながら銀板に情報を打ち込み終えた。


「リュジオンさん、登録料として銀貨3枚いただけますか?」

「ああ、どうぞ」


 だが男は特に気にするも無く無造作に机に三つの銀貨を置いた。男は懐の寂しさを確かめたから溜息を軽く吐きながら、胸元を軽く二回叩いた。カリーナは敗北感と共に銀板を男に渡した。


「…どうぞ、これがギルド証です、再発行は銀貨10枚掛かりますので、絶対に無くさない様に。」

「結構掛かるね」


 さっきの懐の寂しさ具合からの男の皮肉にカリーナは鼻で嗤った。この男を籠絡しようなんてつもりはありはしないので、カリーナの対応も冷たくなっていた。


「ええ、そのギルド証は特殊な魔道具なんです。【能力神アリシアス】様のお力で個人の力が計れ、個人識別が可能で唯一無二、とも言えるんです。偽造は出来ませんから。ギルドについて、説明を聞きますか?」

「頼むよ。ああ、なるべく質問しない様にするさ。」


 大げさに手で話を遮りながら男は、イルはふてぶてしく笑うのだった。

現時点の用語解説

【ダルクシアン】帝国の王都を守るために建設された砦型の街。関所代わりになっている。

【帝国ハウストラル】ダルクシアンという街がある国の名前。

【月弓神ルーネル】犯罪を見通す神?

【能力神アリシアス】ギルド証と呼ばれる物を管理しているらしい…?

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