2・僕は依頼内容を確認した。
高層ビルの最上階に近いこの部屋からはこの地をほぼ一望出来る。優雅な一室でガラス張りの書斎、高級感のある黒い椅子に腰かけ、デスクの上のパソコン、の様な何かを睨むのは先程の仲介人、ノルクスという男。
デスクを挟んだ反対側では、【一人の男】が所在なさげにゆらゆらと体を揺らしながら、苦し紛れに窓の外の晴れやかな昼間の絶景へと目を背ける。
「という事で、お願いします」
「ああ、今日はとっても、いい天気ですねぇ、帰っていいですか?」
呼び出された【人物】は、忙しなくキーボードらしき物の上で指を滑らせながらノルクスが投げやりに放り投げてきた一枚のプリントを拾い、目線を滑らせてから頬を引き攣らせた。甘く軽い声で媚びてきた男が最後にえへっという情けない声を出し、だらしない笑顔で誤魔化そうとするも、ノルクスは「はっ」と鼻で笑い皮肉気に笑ってから、楽しそうに追い打ちをかけた。
「いいですよ、では、上に報告するので首を置いていきなさい」
「死ねって事じゃないですかヤダー」
モニターから目線を外さなかったノルクスが剽軽な動きで驚く振りをした辺りで呼び出された男は、何度も左瞼を人差し指で摩った。
「そんなに不味い仕事なんですね、二つの意味で」
「そうですね、内容的にも、報酬的にも、”状況的”にもかなり、不味い。現地人、って事で溶け込んでいてくれると有り難いのですが、…そんな賢明な判断を子供に期待するのは酷でしょう。ウチテル向きですよ。」
ウチテル、と呼ばれた彼は終始にこやかだった顔をすっと冷たい仮面さながらに固め、ノルクスを見た。
「…ここは、ウチテルと呼ぶなと、切れた方が、人間らしい、でしょうか?」
区切り区切りにノルクスよりも感情の振れ幅の無い声で、姿勢を正した。だらしなく着崩したチェック柄のシャツが不似合いな程に。
「らしい、かどうかは私にも判断が付きませんね。私も人じゃない。」
「失礼しました。ノルクス様も、被造物、と呼ぶのは、また、失礼でしょうか?」
控えめに会釈をし、上司の機嫌を伺いみるウチテル。ノルクスは皮肉に軽く噴き出してから、手を振った。
「気にしなくていい事です。私も彼女に生み出された事を誇りに思っている。」
「…なるほど、勉強になります。」
顔を上げたウチテルは元に戻す事にしたのか、朗らかな笑みを浮かべ、優しく甘い楽し気な声に変えた。
「報酬が不味いという事は、表沙汰に出来ない内容って事か、派手な仕事まわってきた事ってないよな」
「K-#1349、フレデイルに落ちた鬼の子、の回収だ。」
「【回収】…って事は?」
「【死体】の場合でも持って帰ってこい、一片も残すな。」
「あー、…理由を聞いても?」
頬を掻きながら申し訳無さそうに聞き返したウチテルにノルクスは楽しそうに嗤ってから指を立てた。
「生態系を壊す、外来種だから。というのは人間のお得意だろう?」
「まぁ、保護だの言っても滅んだ種は山程ありますし、今更感がありますが、了解です。」
「詳しくはそれに書いてある。後で読んでおけ。」
話が終わり、出て行けとばかりにぞんざいに振られた手にウチテルはもうこれ以上話が聞けそうにない事を察し、踵を返し退室する。
「ウチテル」
書斎の扉を閉める前に一声掛けて投げつけられた四角い物体を、何とか掴み取り、ウチテルは首を傾げながらも頷き、扉を音も無く閉じた。
ノルクスは立派な椅子にゆったりと凭れてから膝の上で手を組んだ。
「…例え死んでいたとしても、何も手を打たない訳にはいかない。あれは…」