1・僕が仕事を始める前にあった出来事。
まっさらなシーツの海に横たわった麗人は広がる裾を払い、足を折り曲げ、上体を持ち上げた。キングサイズのベッドの上に広がった紫煙の様に燻る薄紫色の髪が誘う様に踊る。
艶めかしい声が漏れ、彼は瞬きを二度。そして薄い唇を開き、細く尖った舌が突き出される。
「ん、駄目だね、これは」
甘い砂糖菓子の様な声で「駄目」と言われた相手は、どきりと彼を見つめる。駄目の意味を問いただそうと口を開いた【生き物】はそのまま動きを止めた。
「彼の前で不審な動きは控えて頂きたい。」
冷徹な声の持ち主は腰まで伸びた黒髪を鬱陶し気に書き上げ、冷たく暗い色の瞳が目の前の【生き物】を捕らえた。目が合っただけ全身が強張り、背筋に冷たい汗が流れ落ちてくる。
「で、ですが、駄目という事は息子は、あの子が死んだという事じゃないんですか?!落ち着いてなんて居られません、なんで、こんな、」
その後は嗚咽に埋もれて聴き取れなくなっていく。【彼女】が溺愛していた息子の運命に絶望の面持ちでカーペットに崩れ落ちた、ところで麗人は手を差し出した。
「“まだ”死んでないよ。ちょっと面倒なとこに行っちゃってて、【僕ら】の誰かが助けるのは難しそうってだけだよ。」
まどろっこしい預言者に溜息をつきつつ、この面倒ごとの仲介人をしてしまった事を後悔しながらノルクスは項垂れた。
「オニロさん、簡潔に話して頂けませんか。彼は、どうなったのか。そうしないと、彼女が不思議そうにしてますよ。」
ノルクスはもう一度髪を掻き揚げながら、手元の手帳と手首の腕時計を睨み、この問題を後5分で片づけたいと思いながら、この国で最も能力の高い預言者オニロを促す。
オニロと呼ばれた麗人は欠伸をしながら大きくを伸びをする。大きめのバスローブ姿のオニロははだけた胸元を正し、ベッドの端に礼儀正しく座り直した。
「えっと、【鬼人】の彼なんだけど、多分K-#1349?フレデイルって世界に居ると思うなぁ。」
「思うって、断言して頂かないと困ります。」
「えぇ?だってかなり特殊なケースだよこれぇ?誰が回収に行っても先行きは波乱しか無いよ?」
本格的に今回の行方不明者の母親を放置して会話を続けるオニロとノルクスはやっと石化している【生き物】に目線を映した。
「仕方ないでしょう、【鬼】の目にも涙、ですよ」
「地球の日本贔屓は相変わらず、だね。じゃあ君が行くの?」
「私は仕事がありますから」
「じゃあ、誰?」
「こういうのにぴったりな人が居ますので、彼女にお任せしようかと。」
「いやん、これは香しい百合の香りが、」
「…では彼に、」
「あー薔薇の花が咲き誇ってますわぁ」
言葉を失ったノルクスを、オニロが楽しそうに【子供らしく】笑う。ノルクスは呆れ顔で返した。
「…まさか、そういう意味で、波乱?」
「はらーん」
ノルクスは苦肉の策として、【両性】の人物にするか【人ならざるもの】にするか、頭を悩ませる事となった。