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Moon Child  作者: かゆき
第九章 神の都
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2

 北欧神話の神々の居所(きょしょ)を名に持つ星都アスガード。

 数百メートル級の巨大なビルが立ち並ぶ超高層都市であるその中において、他に飲み込まれることなく存在感を放つ建物がある。

 世界一のコングロマリット、アースグループの本社である。


 山のようにそびえ立つ何棟ものビルはその一つ一つがユニオンの本部や政府官邸より長大で、その城のごとき風貌からバルハラと呼ばれていた。

 その通称は北欧神話の主神オーディンの居城から取られており、首都名と重ねた、蔑称と云われている。


 社員証やアポイントメントがないと入ることすら出来ないというバルハラの内部で、朔夜は(ほう)けたように佇んでいた。



 何だこれ。



 バルハラのエントランスホールは馬鹿みたいに広かった。そこだけで庭つきの家が五、六軒は建てられそうなほどに。

 しかもただ広いだけではない。ホールに規則正しく並んだ柱にはヤーンスの実家がそうだったように端末が内蔵されていて、手で触れるとホログラフィーの棒が指に吸いついてきた。

 驚いているうちに六角柱の棒は端から輪切りになり、さらに細かく割れた。金平糖のような小さな星の粒になってやがては消えていく映像に、朔夜は目をしばたたかせた。


 床は大理石のように見えるが、それ自体が巨大な投影機となっていて、それらしく見せているだけということがわかる。

 これだけ巨大だと幻覚のように見せることも可能だろう。これも一種の防犯設備なのかもしれない。


 朔夜はポカンと口を開けて、天井を仰いだ。


 ドーム状になっているそこは、眩暈がしそうなくらい高い吹き抜け構造をしている。

 白を基調にした色合いと、自然光に似せたライトのせいで、長く見ていることが困難な天井を、田舎者丸出しで見上げていた朔夜は肩に手をかけられてびくっと身を震わせた。



「シン……」



 心臓を押さえてはあっと息を吐くと、シンは腰に手を当てて顔をしかめた。



「大袈裟なやつ」



「いきなり話しかけてくる方が問題だろ」



「ぼさっとしていたのが悪い。口半開きで天井眺めて馬鹿みたいだったぞ」



 観光客でもそんなやつはいないと、シンは嘲笑うような顔をした。

 恨めしそうに睨めつけると、シンはにやにやした顔を引っ込め、今度は文句あるのかと渋面した。



「別に……」



 溜息交じりに云うと、シンは満足そうにうなずいてきびすを返し、そのままスタスタと歩きはじめた。


 妙にハイテンションという感じがするのは気のせいだろうか。自分の家を見下ろしているときの情といい、シンはアスガードに入ってからどうも情緒が不安定だ。

 

 朔夜はまた首をかしげた。



 アスガード一の警備といわれるバルハラのセキュリティはシンいわく風変りらしい。


 アースグループ総帥とその一家は慣習で本社ビルでもあるバルハラに居住する決まりになっているためか、出入りする社員たちも徹底的に管理されている。


 入社と同時に遺伝子情報とリンクさせた生体識別コードが与えられ、認証は掌に刻んだコードをセンサーにかざして行われる。端末や持ち物、デスクの管理などもすべてこのコードによって行われる。


 朔夜はシンの招待ということで、受付で滞在期間内は消えない紋を手の甲に刻んでもらった。


 バルハラは向かって一番奥のビルがシンの家でもある総帥邸、その周辺を囲むようにして立つ十二棟のビルがアースグループの本社となっている。

 エントランスホールの最奥は一族専用であり、その先に進むには更なる認証が必要だった。



「なあ」



 周りの景色は歩くたびに変わっていく。


 万華鏡、はたまたミラーハウスのような白い空間に、朔夜は強い不安感を覚えた。



「……これ無事に辿りつけんの?」



「辿りつけるに決まってる――ああそうか、朔夜は見てるものが違うのか」



「は?」



「おれは自分の目に映るものしか見たことがないから普通はどう見えているのかわからないんだが、おれには普通の道に見えるんだ。理由はこれ」



 シンは自分の目を指差した。



「うちの一族は強膜の一部に個別の認証紋が発現するよう遺伝子をいじっているんだ。特定波長と認証紋が反応すると視覚中枢が誤認するらしいんだが、その作用を逆に利用して道が見えるようにしていると聞いたことがある。認証紋は父や兄たちとも違うから、ここの空間で見える道が違うらしいぞ」



「でもあんた、目……」



「あれは虹彩だから関係ない。あと蛇足だが、うちには一族内でしか使わない専用言語があるんだ。スライン・ラングといって……朔夜どうしたんだ、顔色悪いぞ」



「……酔ってきた」



「まだ半分だぞ、しっかりしろよ。宇宙空間の方がよほど酔うだろ。何でこれは駄目なんだよ」



「あんたは普通の道に見えてるかもしれないけど、こっちは違うんだぞ。歩くたびに景色が変わって……う……気持ち悪くなってきた」



 口元に手を当て始めた朔夜を見て、シンはあわてて道を進んだ。

 朔夜は景色を見ている場合ではなかったのでシンの背中だけを見て進み、それから二分後にセキュリティを突破した。

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