1
真珠色の空間に、プリズムのフラクタルが踊る。
薄紅、浅黄、萌黄、黄金、乳白。薄い発色の色彩が波紋のようにせわしなく広がり、別の形へと変化を遂げる。
墨流しの絵をほうふつとさせるそれは、ときにカリグラフィーの文字のような紋様に変化し、ときには単なる流れとなった。大理石のようにあいまいな色彩をしたリボンが中空を舞い、同化と分離をくりかえす。
「これが朔夜の脳内イメージですか?」
シンは装置を操るジグラをふりかえって見た。
ジグラが操るマシンはレギオン社製の脳内検索装置で、何段もの鍵盤があるパイプオルガンのような形をしている。
ジグラがキーを押すたびに、彼の目前で展開しているスフィア型の脳内マップの一部が光り、拡大図が現れる。
「いや今は最適化中だ。電気信号を映像化するのにもうしばらく時間がかかる」
シンは小さくうなずき、カプセルの中に入った朔夜を見下ろした。
棺桶のようなカプセルの上にはホログラフィースクリーンが出ていて、そこで脳波やバイタルを確認することが出来た。
「今モニターに映っている映像を朔夜も見ているんですよね」
ジグラはうなずいただけだった。シンはそれ以上軍医に話しかけるのをやめ、カプセルの中の朔夜を見つめた。
柩のような装置の中で朔夜は静かに眠り続けている。
睡眠薬を服用し続けていたのですぐに効くかは不安だったが、ここ最近睡眠不足が続いていた影響なのか、存外早く効力を発揮した。
よほど疲れていたんだろうと、何とも云えない気分でいると、カプセルの上に浮かんだ映像が乱れた気がした。
気のせいかもしれないと思いつつ、もう一度映像を見ているとまた映像が乱れた。
「今一瞬何か出ました。記録を戻してそちらに送ります」
記録映像の一部を切り取ってジグラに見せると、彼は目を細めたあとに首肯した。
「どうですか?」
「粗いが確かにそうだ。この線で刺激をかける」
何度かそれをくりかえしているうちに画像はどんどん鮮明になっていった。
二時間ほどの調整ののちに出てきた映像は、今シンが見ているものと大差ないくらい鮮明だった。あまりにも綺麗なので、シンは紋章を見られたときのものが出てきたらどうしようかと突然不安になった。
「――これはこの間の図書館のものですね。ですがこれほど細密画像にすると脳への負担や容量の問題もさることながら個人保護法に抵触するのではないでしょうか」
「無論。画質安定後に問題箇所へ飛ぶ」
ジグラの答えを聞いてシンは心の底から安堵した。
やがてジグラの細かい調整の甲斐あって、画質も安定し、音声抽出も滞りなく進んだ。
「それではこれより当該箇所へ移動する」
言下に現れた画像は一番初めのものと同じく波打ったものだった。オーロラのようにゆるやかに広がる波が青い景色。だが先程とは異なり、衣擦れのような音が高く低く響いている。
雨だ。
間断なく続く雨音。しかしモニターに映し出される画像は屋外ではなく室内のようだった。しとしとと降る雨をバックにモザイクがひどい人間の姿が映った。
不思議なことに雨音ははっきりと聞こえるにもかかわらず、モザイクが話している言葉は雑音が激しすぎて何も聞き取れない。
「先生、ここの音声設定は調整しなくても良いのでしょうか」
「――ここはこのままでいい。以前もこうだった」
「以前?」
「このモザイクは私だ」
「じゃあこの映像――」
「姉夫婦の葬儀のときのものだろう」
朔夜の記憶では双子の弟は両親とともに事故死していたことになっていた。
映像を見る限り、カプセル型の柩はぶれていて正確な数がわからない。
「このフィルターを外す」
モニターの画像のぶれがなくなる。柩がはっきりと二つ映し出され、瞬間、朔夜の脳波とバイタルが乱れた。
シンは事前に説明された通り、ジグラが処置するのを待った。
その間にも脳波やバイタルはどんどん乱れていく。このまま心停止してしまうのではないかとシンは焦り、振り返って叫んだ。
「先生!」
「今見つけた。安定剤を注入してくれ」
すぐにカプセルの設定を変更する。
朔夜が着ている服は内部に毛細管のような管を張り巡らせたスーツで、外部から設定することによって薬剤が管をめぐり服自体が湿布になるというものだった。
「朔夜の具合はどうだ?」
投与開始後、しばらくして朔夜の容態は落ち着いてきた。伝えると、ジグラは大きく息を吐いて検索装置から出てきた。
「一度休もう。十分後に問題箇所に移行する」
シンは頷いた。




