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Moon Child  作者: かゆき
第七章 不滅の青
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13

 ジグラと話をしてもシンの中に(くすぶ)るかげりは一向に消えなかった。図書室で精神関連の書物を少し見て、足取り重く寮に帰る。



 朔夜がサーヴァインのことを忘れていたのは、もしかしたら望が行方不明になったことに関係があったからかもしれない。



 本をめくっている最中にふと浮かんだその仮定は、寮に帰った今も頭の中を占拠している。


 シンは部屋に戻り、朔夜のコンパートメントを一瞥して自室に戻った。


 サーヴァインの記憶消去が行われたと仮定して、どうしてそれが望のことと関わってくるのかが分からない。


 サーヴァインの引越しと望の失踪との間には半年近くの隔たりがあるのだ。


 普通は結びつけたりなどしないのだが、朔夜が不自然なまでにサーヴァインのことを覚えていなかったということや改竄されていたアルバムなど、おかしなことが重なっていたので、そう思わずにはいられなかったのだ。



 いくら朔夜がショックだったとはいえ、両親の事故死よりも親友が引っ越したことの方が衝撃が大きいなんてことがあるだろうか。


 記憶喪失になるのだったら普通は両親が亡くなったことの方でなるような気がする。



 けれど、朔夜は両親の事故死はきちんと記憶していて、サーヴァインのことはその存在すら思い出せなかったほどに綺麗に忘れていた。



―――ヤーンスに樹海があっただろう。あの子はそこで行方不明になった



 シンは倒れ込むようにしてベッドにダイブした。


 気を失ってしまうほどに衝撃の大きな過去。その過去を思い出さない限り朔夜はこれからもずっと幻覚に怯え続けるだろう。



 しかし実際に実行するにはあまりにもリスクが大きい。



 ぼんやりとした頭で打開策を考えていたシンは、唐突に脳裏に過ぎった情景に勢いよく起き上がった。



「そうだ!」



 シンは手を打つと、早速端末に向かった。


 机上の電源が自動的につき、少し暗い部屋の中に、純白のホログラフィースクリーンが現れる。

 シンは目の前に出現したスクリーンには目もくれず、机上に刻まれたキーボードに指を滑らせた。


 じじじ、とスクリーンが震え、少しの間ののちに画面上に一人の少女を浮かび上がらせた。



「ミカ?」



 シンの問いかけに、スクリーン中の少女はぱちぱちと目をしばたたかせた。



「どうしたの? シン。久しぶり。元気してた?」



 シンはぎこちない笑みを浮かべて首肯した。


 その反応に、ミカは明るかった表情をさっと曇らせた。



「一体どうしたの? 朔夜に何かあった?」



 さすがに察しがいい。


 シンは苦笑気味にいや、と答え、曖昧に笑ってみせた。



「特に何がって云うわけではないが、少し気になることがあって」



「気になる? 何?」



 何でもないという台詞に安心したのか、ミカは少しだけ顔色をやわらげた。



「その……朔夜のことで訊きたいことがあるんだ」



「――やっぱり何か、あったのね?」



 再び顔を強張らせたミカに、シンは慌ててうなされているだけだと付け加えた。



「うなされて?」



「ああ。望の夢を見るって」



 本当は極めて幻覚に近い白昼夢なのだが、そのまま云えばミカは余計に心配するだろう。


 シンは愛想笑いを浮かべた。



「だから、過去に何かあったんじゃないかとおもって」



 ミカは暗い面持ちで、そう、と呟いた。頬に手をやり、何かを考えるふうにうつむく。


 ジグラの云う通り望が行方不明になっているのなら、幼馴染みであるヒイロやミカにも何らかの影響があったと考えるのが自然だ。


 それまで遊んでいた相手がある日突然いなくなり、彼とそっくりの外観を持った片割れだけが成長していくのだから、それを目の当たりにして平気だったはずはない。


 ヒイロはともかくとしてミカの方は、アルバムの撮影方法や茶の入れ方、話し方の全てをとってもかなり神経質な方だというのはわかる。


 望の失踪がミカにどれほどの衝撃を与えたかは計り知れないが、無理に聞き出せば心に傷を負ってしまうかもしれない。



「あの、ミカ。云うのがつらいならいいんだ。ただ少し気になったから、それだけなんだ。無理に云わせようなんて思っていない」



 シンはうつむいたままのミカを見て、慌てた。


 謝辞を重ね、どうにか場を和ませようとしたが、ミカの反応はなく、シンはますます自分の行動が誤りであったことを痛感した。



 どうしようか。



 シンは忘れてくれと云おうと口を開きかけたが、実際に言葉になることはなかった。


 ミカが垂れていた顔をあげて、シンをじっと見つめてきたのだ。



「ミカ……?」



「これがその悪夢の原因になっているのかどうかはわからないけど……」



 云ってくれと視線で促すと、ミカはまた少し逡巡したあと、思い切ったように唇を開いた。



「――望、苛められてたみたいなの」



「……苛め?」



 反問したシンにミカは小さく頷いた。



「あたしも詳しくは知らないの。あたしたち学年が違うから。でも望が学校に行きたがらなくなって、二ヵ月くらい登校拒否になってたときがあったの。ヒロとあたしで迎えに行ったりしたけど全然効果なくて。でも少し経ったら元気に登校したのよ。あたしたち今でもあのときは朔夜が入れ替わってたんじゃないかって思ってるんだけど」



「けど?」



「けど、そのときの望は喘息の発作なんてちっとも起こさなかったし……。朔夜は小児喘息がひどくて学校に行けなかったくらいだからもしかしたら違うのかもしれないわ。でもそれからあれが始まったの」



「あれ?」



「入れ替わりよ」



 ミカは口元を両手で覆い、怖いものを見た経験を語るように少し震えた。



「大丈夫か?」



「ええ。ごめんなさい」



 ミカは呼吸を整えるようにほうっと息を吐き、胸元を手で押さえた。これ以上云わせるのは彼女自身にもよくない。シンが制止しようと、口を開けかけたそのとき、再びそれを遮るようにしてミカが顔をあげた。



「望の執着もそこからひどくなったの」



「執着? 二人は仲が悪かったんじゃ…」



 思わず訊いてしまってからシンは口を閉じた。


 ミカの顔はもう真っ青で、精神的負担はかなりのものだというのがこちらまで伝わってくる。



「それはサーヴァインが来てからよ。それまではどこに行くのも二人一緒。ヒロも云ってたでしょ。本当に見てる世界も違うような雰囲気だったの」



 ミカは一息に云って、ごめんね、と呟いた。


 これ以上はもう話すことが出来ないという意味だと直感的に察し、シンは緩くかぶりを振った。



「ありがとう」



「ううん。あまり力になれなくて本当にごめん」



 ミカは力なく微笑むと、じゃあと云って、通信を切った。


 瞬間スクリーン上に現れていた少女は消え、画面は元の真っ白に戻った。痛々しいまでの重みがそこから伝わってきて、シンは堪えきれなくなったように電源を消した。


 椅子の背にもたれかかり、ゆっくりと体を引き伸ばす。椅子がしなり、視界いっぱいに天井が広がった。


 意識せずにぼんやり見上げながらシンは口の中で呟いた。



「苛め……」



 双子の兄に執着していた望。

 小児喘息が治ったにもかかわらず、いまだにそれと似た病を患っている朔夜。


 しかもその発作は精神安定剤で一時的に治まるというもので、心的要因があるのは明らかだった。

 心的要因というのは、ミカやジグラが口にしない望についてのことで間違いはないだろう。


 問題は樹海で行方不明になった双子の弟がどうして朔夜の記憶から除外されているのかということだ。そして朔夜の中から完全に存在しないものとされていた親友サーヴァイン。



―――シン!



 脳裏に息も絶え絶えに駆け込んできた朔夜の姿が浮かんだ。


 ゆえになかば拉致されるようにして連れていかれた屋上。

 殺されるかもしれないという恐怖のあまりに何度も朔夜の名を呼び、早く来てくれるようにとしつこく念じた。そして実際にやってきた朔夜を見て、泣きそうになったことを今も鮮明に記憶している。


 初めはあまりに強く念じたために普通の人間でもある朔夜にも聞こえたのかと思った。けれどもそれは間違いだった。

 通常状態でも朔夜はこちらの声が聞こえているようなのだ。


 けれど向こうの声やイメージがシンに伝わってくることはほとんどない。

 はっきり呼ばれたと意識したのは、昨日の教室での騒ぎが初めてだった。



 こんなにも発信と受信の感度が違うものなのだろうか。



 異関に登録されているようなテレパシストは基本的に発信も受信も同じレベルだと聞いている。いびつになった理由はいじめ問題のせいだろうか。



 そこまで考えて、シンは引っかかるものを感じた。



 以前似たような症状をどこかの文献で読んだ気がする。あれは一体いつごろのことだっただろうか。



 シンは眉根を寄せて再び端末の電源を入れた。


 中空に残光をのこしながら、薄い緑のホログラフィースクリーンが現れる。専用の機器を装着し、意識を集中させる。


 シンの意識が乱れるたびに、それと連動して球体になったスクリーンが収縮と拡張を繰り返す。

 イメージ検索はこれを重ねていって、記憶の中からこれが近いと感じたものを無数にある情報の中から引っ張りあげて提示する検索方法だ。


 雑多なイメージはくりかえしのうちにはじかれていくので、求めているものと異なる情報が出てくることは滅多にない。どうしても思い出せないときなどには重宝するが、集中力ととても高価な専用の機材が必要となるので一般にはあまり流通していなかった。



 検索が終了しました。


 なめらかな合成音が流れ、シンはふっと目を開けた。



「過敏性共感症……」



 スクリーン上には文献とその内容が簡単に記載されている。

 シンはそれに目を走らせて読了したのち、放心するような面持ちで椅子の背に体を預けた。



「朔夜……」



 縋るような思いでルームメイトの名を呟き、シンは天井のしみを見つめたまま口元を手で覆った。



 全ては望に繋がっている。最早そうとしか思えなかった。


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