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Moon Child  作者: かゆき
第六章 千年の孤独
47/89

6

 幾重にも重なる枯れ草は、梅雨の日の枕のようにじっとりと沈む。熟れた柿のように火照っていた朽ち葉の(かも)はじょじょに色褪せていき、木々の根元を覆い隠しているものなど、すでに真っ黒く染まっていた。


 風がちょっと吹くたびに身が縮まるほどざわめく木々は、こちらを監視するかのように重たげに林冠を垂れていて、その合間から覗く空は薄い膜を張ったような淡青(みず)色になっている。


 遠いのか近いのか定かではない虫の声が高く低く響き、それが空間の広さを物語っていた。空はまだ明るさを残していたが、森の中はもうかなり暗くなってきており、奥まったところなど完全に闇が被さっている。

 飛び込んでいこうという気は全く起こらず躊躇していると、奥の方から早くと手招きされた。



 嫌だよ。



 そう思ったのに声が出なかった。

 そればかりか、意思に反して足が勝手に動き、その声に応えるかのように前進しはじめる。



 早く。



 手招きされているのはわかるのに、その手招きしている手が見えない。


 考えてみるととてつもなく恐ろしいことなのだが、不思議なことにそれについては恐怖感を抱かなかった。そればかりか、声が聞こえるということで逆に安心し、先に進もうという気になった。


 けれどもその意気込みは闇の凝った奥を見た途端に萎え、やはり戻ろうという気持ちが脳内を席巻した。



 早く。



 嫌だよ。行きたくない。嫌だ。



 抑えきれない不安感が(はだえ)を突き刺す。



 これ以上は行ってはいけない。行けば恐ろしい目にあう。



 頭の中に目の前の森と重なるようにして見知らぬ建物が見えた。

 満天の星空を映すドームと中央に配置された物々しい機械、そしてそれの周りに放射状に並んだカプセルベッド。

 その光景を認識した瞬間、心臓が早鐘を鳴らした。

 突き破って出てきそうなほどの激しい鼓動が更なる恐怖をあおる。



 今すぐこの場を離れたい。



 けれどそんな思いとは裏腹に足は更に森の奥へと進んでいった。



 早く。



 嫌だ。



 早く――





「いやっ!」



 自分の声でルナははっとした。大きく目を見開き、先程とは打って変わって明るい部屋を見回す。そこは先程までの場所ではなかった。

 枯葉が敷き詰められていた地面はくすんだ床になっているし、あたりに林立していたはずの木は一本も生えていない。あるのは円形の教卓とその周囲に並んだ数台の机と椅子のみである。



「あ……」



 呆然とした様子の自分を、金色の髪の少女が怪訝そうな顔で見ている。その姿に一瞬誰かの姿が重なった。きらきら輝く赤い光が目の隅で砕け、散っていく。



「アイラ……」



 バクバクと音を立てる胸を服ごとつかむように押さえながら、ルナは少女の名を呟いた。夢の中で感じた不安感がまだ体の中に残っていて、それが現実と夢との境を曖昧にする。


 けれども一刹那後に響き渡った女教師の声が、確実にここが現実であることを知らせてくれた。



「何が嫌なの? ルナレア」



 突き刺すような冷たい視線がルナを捕らえている。

 射抜くようなその目に一気に緊張感が増し、ルナは慌てて端末に目を向けた。指されたのかと思ったのだが、実際に画面を見る前に授業がもう終わっていることを告げ知らされた。



「最近、すこしぼうっとしすぎよ」



 確かにそれは自分でも思う。無言のまま項垂れていると、まあいいわと云われた。



「え……」



 それは普段ならありえない台詞だった。ルナとアイラの担任は、校内でも厳しいと云われている教諭の一人で、ちょっとでも授業を聞いていないことがわかると、容赦なく居残りをさせることで有名だったからだ。

 ルナもアイラもそれで幾度となく居残りをしている。



「ご不満のようね」



 ルナは慌ててかぶりを振った。



「でも明後日までには今日の内容をまとめたレポートを仕上げてくること。眠っていられるくらいの余裕ぶりならさぞかし、いいものに仕上がるでしょうね」



 意地悪なところはやはり変わってはいなかった。



「じゃあ、今日はこれでおしまい。せいぜい楽しんでいらっしゃいな」



 教師は二人を交互に見ると、端末の電源を切って出て行った。



「嫌な奴」



 去っていく教師の後姿に舌を出し、アイラがそばにやってきた。



「大丈夫だった?」



 そう云うアイラの髪はいつになく綺麗に編みこまれていた。普段もきっちりと結ってきているが今日はかなりの気の入れようだ。昨日までは明るい茶色だったはずの髪も見事な黄金に変化している。



 おばさん、何かいいことでもあったのかな。



 アイラの母親を脳裏に思い描きながらルナは頷いた。



「平気。でも授業中に寝るなんて思わなかった。ところでなんだって明後日なの? いつもなら明日っていうはずなのに。――ねえ、今日って何かあったっけ?」



 塔から出ると、思わず目をつむってしまうくらいまぶしい光が注いだ。


 今日は午後から雨が降るんじゃなかったっけ、と思いながら雲ひとつない晴天を仰ぎ見る。



 予定が変わったのだろうか。今日は何だかおかしいことだらけだ。



「呆れた。本当にわかんないの?」



 空を見あげて不審そうな顔をするルナにアイラは大きく溜息をついた。



「何で怒ってるの?」



「いーえ、別に。ただルナが薄情だなーって思っただけ」



「何それ」



「分からないならそれでいいんじゃない」



 アイラは吹嘘(すいきょ)すると、お手あげというように軽く首を振って歩き出した。それはすこぶる機嫌が悪いときのアイラの癖で、ルナは過去に幾度となくその怒りを食らっていた。大抵発作的に起こるので理由が定かでないのが、これの恐ろしいところだ。


 今回も理由はさっぱり分からず、ルナはおろおろしながらアイラのあとを追った。



「アイラちゃん、アイラ、待ってよ、ねえ、どうして怒ってるの? ねえ」



「怒ってないってば」



「嘘、怒ってるよ。待ってって、アイラちゃんっ」



 まとわりつくルナを邪険に扱い、アイラはずんずんと道を進んだ。


 人に会うたびににこやかに微笑んで挨拶するのはいつものアイラだが、背中から感じる空気は完全にこちらを遮断している。これ以上側によるなと云わんばかりのその背にルナは訳が分からず泣きそうになった。



「アイラぁ……」



 一瞬反応を見せたもののアイラはそのまま突き進み、やがて彼女の家の前までやってきた。


 喧嘩したまま、別れるのは嫌だなと思っていたのだが、予想に反してアイラは自分の家に見向きもしなかった。



「ア…アイラ……?」



 もしかして許してくれるのだろうか。



 ルナは期待に満ちた目で幼馴染みの背中を見つめていたが、想像と違い彼女が振り返ることはなかった。

 

 その後も歩みを止めず、何故かルナの家に向かっていく。



「アイラ?」



 考えていることが分からない方が余計に怖い。


 どぎまぎしながら幼馴染みの顔色を窺っていると、アイラはずんずんとアプローチを突き進んだ。


 現金なほど堂々としたその態度は、どちらがこの家の娘なのかを分からなくさせる。



「ただいま……」



 もしかしたら文句を云うためにやってきたのではないかという疑心に駆られ、ルナは呟くように声を出した。

 家の中から返ってきた声は明るかった。姿を現さないまま、リビングの奥からまた声がかかる。



「二人とも、早く二階で着替えてきて。急いでよっ」



「着替え?」



「そうよ。まだ分かんないの。鈍感」



 アイラはルナを睨むように見て、階上へ向かった。

 ルナは状況が今一理解出来ず目をしばたたかせていたが、こんなところで迷っていても仕方がない。首をかしげて階段を駆け上がった。


 部屋に入るとプライベートルームには当然のような顔をしてアイラが座っていた。


 母親が片づけてくれたのか、朝方には散らかっていたはずの空間は綺麗に片付けられていて、自分の部屋ではないように見える。


 いつもの二倍は広く見える空間に驚嘆していると、アイラが服を投げて寄こした。



「ルナはそれ着て」



 云いながらアイラは姿見の前で自分の分だと思しき服を合わせた。摘んだドレスの裾がひらりと広がり、放すと指先からふわりと落ちる。

 限りなく透明に近い白と薄いブルーの生地を何枚も重ねたそのドレスは噴水からあふれる水のカーテンのようで、愛らしい容姿のアイラにぴったりだった。

 髪型もそのドレスを意識したとしか思えないほど完璧に決まっていて、ルナは顔を曇らせた。


 アイラが投げて寄こしたワンピースはアイラのものと劣らず優雅なものだったが、きちんと着こなせるか自信がない。



「ぼさっとしてないで早くしてよね。あたしは隣の部屋に行くけど、戻ってくるまでには着替えておいてよ」



「アイラより遅いなんてありえないよ」



 溜息をつきながら云うと、アイラはきつい視線をこちらに向けて出て行った。


 肩をすくめて服を取りあげ、寝台に服を放る。ぱさりと音を立てて落ちた白のドレスを見て再び大きく溜息をつくと、ルナは袖から腕を抜いた。


 アイラから投げ与えられたロングワンピースは少し大人びたデザインをしていて、裾がまるで植物の花弁のように花開いている。袖を通すとしっくりと肌に馴染み、気持ちよくさえある。

 非常に伸縮性のある素材で出来ているらしく、もう少し大人になっても着られそうだった。


 ダイヤモンドの粉を混ぜたような布は身じろぎするたびにきらきらと光り、ルナは嬉しくなって鏡の前まで行ってくるりと回った。しゃらんと軽い音を立てて裾が翻り、また元に戻る。



「ふふっ」



 裾をたくしあげてポーズをとり、姿見に背中を映したりして遊んだりしていると、下から声がかかった。



「用意出来た?」



「はーい!」



 こちらが声を上げるよりも早く、アイラが答えた。そして数秒も経たないうちに、扉が開いてそのアイラが入ってきた。



「出来たの?」



 不機嫌そうに眉根を寄せてやってきたアイラだったが、ルナの姿を見るなり、眉を上げた。



「良いじゃない」



「本当?」



「本当。褒めてるのはルナじゃなくて、服だけどね」



 ルナは頬を膨らませたが、自分でも思っていたことなので文句は云えない。

 下唇を噛み、アイラのあとに続いて階段を降りた。階下には待っていたらしい母がいて、おりてきた二人を抱き締めた。



「かわいいわ、二人とも。ドレスもよく似合ってるじゃない。サイズもぴったりね」



 二人を交互に見て、頭を撫ぜていた母だったが、ルナの髪を触った途端、あらと声をあげた。



「ちょっとルナ」



「何?」



「その髪はちょっとかわいそうよ。やってあげるからおいで。アイラは先に行っててちょうだい。外に車が待たせてあるからその中にいて」



「はぁい」



 アイラは元気よく返事をすると、ルナには見向きもせずに出て行った。


 確かにアイラに比べれば何も手を加えていない自分の髪はかわいそうかもしれないが、いつも何もしていないのだからそんなにこだわる必要もない気がする。


 ルナは別にいいとごねたのだが、文句も母には届かず、リビングに連れて行かれると強制的に椅子に座らされた。後頭部にブラシが当たり、毛先に向かってゆっくりと下ろされる。



「痛かったらいいなさいよ」



「大丈夫……」



 大きな手が髪と髪との間に入り、撫ぜるように丁寧に梳られていく。細い指が奏でるその温かい感触に、ルナはうっとりしたように目を閉じた。



「ママ、今日お仕事は?」



 髪を梳く手に微かな乱れが生じる。ルナはそのわずかな変化に、眉根を寄せて母を呼んだ。



「ママ?」



「分からないの?」



「え?」



「それじゃあ、アイラに怒られても仕方ないわね」



 おかしそうな笑い声のあと、再び頭皮に刺激が走った。

 痛くてもすこし我慢しなさいよ、と云いながら、長い髪に編みこみがされていく。どんなふうになっているのか、想像するだけでどきどきして、ルナは唇を噛んで笑みが零れるのを堪えた。



「――はい、出来た」



 頭をポンと叩かれて、ルナは母親の手の中から解放された。


 ルナは早くどんなふうになったのか見たくて、母の顔も見ずに椅子から飛び降りて、姿見の前に駆けていった。



「ママはあとから行くから、ルナも車に乗ってなさい」



「はーい」



 大きく返事をして、ルナは背後用の鏡の前で髪を掻き上げてみた。ゆっくり時間をかけて梳かれた髪は手を離すと水のようにさらさらと零れて、下に落ちる。

 後頭部で結い上げられた髪は細かい編み口がとても綺麗で、あんな短時間で作ったとは思えない出来だった。


 すっかり嬉しくなって飛び跳ねるようにして車に行き、中に入ると、極めて不機嫌そうなアイラの顔に出会った。



「おそーい」



 口を曲げて抗議するアイラの隣に座ると、ドアが自動的に閉まり、静かな駆動音とともに車が発進した。



「どこ行くの? アイラ」



「あたしだって知らないよ」



 肩をすくめるアイラにルナはそれよりと、後ろを向いた。



「かわいい。さっすがエラおばさま。ルナにはもったいない」



 アイラはルナの髪型を見て、感嘆した。自分より全てにおいて勝っている幼馴染みに褒められて、ルナは鼻が高くなった。



 二人が話しているうちに車はルナたちの住んでいる居住区の細い道を抜けて、メインストリートに出た。窓から見る通りには自分たちが乗っている他に車の姿はなく、アイラと顔を見合わせて不安に顔を引きつらせた。



「どうしたんだろう」



「あたしに云われたって分かるはずでしょ」



 ドレスの裾をいじりながらアイラはちらちらと窓の外を見た。そのうちに中央塔が近付いてきて、車もその前で止まった。

 再び顔を見合わせる二人の前でドアが静かに開き、ここが目的地であることを知らせる。



「どうする?」



「どうするも何も行くほかないでしょ!」



 アイラは怒鳴るように云うと、ルナを押しのけるようにして車内を移動した。狭さに我慢しながら避け、ルナもそのあとに続く。


 こういうときに前に出ることが出来るアイラが凄いと思う。不安なのは彼女も同じなのに、それでも進もうとする勇気が持てるからだ。


 おろおろしながらアイラの後ろを歩いて塔の中に入ると、目の前に閃光が走った。


 ルナは小さく悲鳴をあげてアイラの後ろに隠れる。


 その瞬間――



「ネアイラ! ルナレア!」



 大勢の人々が呼ぶ声とともにパンパンと何かが破裂するような音がした。


 蛍光色の赤や青で彩られた室内用の花火。


 祝い用のそれを見て、ルナは何が何だか分からずにまばたきをした。


 ドームの中で待っていた大勢の女性たちは一様に笑顔で二人を見、彼女たちにしか分からない合図とともに叫んだ。



「二人とも十歳の誕生日、おめでとう!」



「あ……」



 そこでようやくルナは今日が何の日か思い当たった。


 思わず口を手で覆うルナにアイラが振り返る。



「サイテー」



 睨むように見られて、ルナは萎縮した。


 ごめんなさいと小さく呟くと、アイラは腰に手を当てて大きく息をつき、ルナの前にこぶしを突き出した。



「ほら」



「え?」



 開かれた手の間からさらりと何かが落ちてきた。


 とっさに両手を出し、ぎりぎりキャッチする。


 掌の中にあったのはきらきら光る(ほそ)い鎖がついた宝飾だった。色とりどりの石が散りばめられた大きな銀の装身具。


 目をしばたたかせるルナに、アイラは怒ったように顔を逸らした。



「誕生日プレゼントよ。本当は誕生日忘れてる人にあげるのなんて癪なんだけど」



 ルナはもう一度目をしばたたかせた。熱い感情が胸の奥から込みあげてきて、咽喉を詰まらせる。


 ルナは微かに体を震わせると、動揺を隠すようにうつむき、呟いた。



「ありがとう……、アイラちゃん」





 パーティーの余韻がまだ残っている。

 どくどくと踊る心臓に手を当て、ルナはそっと目を閉じた。


 中空に散る小さくて冷たい花火や、映像が移り変わるシャボンなど祝いのための趣向全てが綺麗だった。眩暈を引き起こすほどにあふれた様々な色彩が、いつもは地味な塔のホールをパーティー会場に変えていた。


 いつもの配給食とは異なり、食事もきちんと調理されていてケーキまであった。味もこれまでに食べたことがないくらいに美味しくて、幸せな気分になった。


 ベッドの上で反転すると、視線の先にはドレスがあった。先程まで着ていたドレスだ。裾がよれてしまうからと云われて仕方なく脱いだが、本当はもっと着ていたかった。


 この間見た映画のお姫様のようで、思い出すと今でもどきどきする。



 ルナは込み上げる笑みを押さえきれずに何度も口元を隠した。


 アイラから貰った装身具を取り出し、かざしてみる。


 光を編んだようにきらきら光る銀鎖が揺れる。青色の石が数多く入った銀の金属は細かい彫り物がしてあってかなり大きい。髪飾りなのだというそれをルナはつけてみようと思い立った。


 鏡を睨みながら、つける位置を決める。良さそうな場所でとめようと思ったのだが、意外に上手くいかず、何度も失敗した。


 少し苛々してきたところで、もうじらすのは充分と判断されていたかのように突然嵌まり、ルナは爽快感にも似た気分を味わった。




「やった……っ」



 ベッドの上から降りると、髪留めから伸びた鎖がしゃらんと軽い音を立てる。


 その音がとても心地よくて、ルナは片足を軸にくるくると回った。


 冷たい髪が頬に当たり、首にかかり、腕に触る。しゃらしゃら鳴る音に踊らされるように回り、やがて眩暈に耐えかねて再びベッドに倒れた。



「ふ……ふふっ。ふふふっ」



 ぐるぐる回る視界に妙なおかしさが込みあげてきて、ルナはひとりでくすくすと笑った。


 ひとしきり笑い、疲れてベッドの上に横になっていたルナだったが、突然パンと手を叩いて身を起こした。



「そうだ! これ、ママにも見せてあげよう」



 階段を駆け下りてリビングに行くと、いつものように研究資料を読む母を見つけた。



「マ……」



―――本当に大丈夫なの?



 母の姿と重なるようにして、見知らぬ女性の影が見えた。


 ゆるいウェーブのかかった亜麻色の髪をひとまとめに結った女性。ゆっくりと振り返り、心配そうに目を震わせてこちらを見ている。



―――朔夜



 窓ガラスを打つ雨音が聞こえる。(ほそ)い雨がガラスに当たる細かい音。


 ぱらぱらと鳴るその音に被さるようにしてカプセルが見えた。真っ白な葬儀用のカプセル。その映像は歪んでいて、カプセルは三つにも四つにもぶれて見えた。


 ぶれたその向こうにはさらにまたもう一つカプセルが見えて、合わせ鏡のようにどこまでもカプセルが続いている。


 その様子に何故か云い知れぬ恐怖感を感じ、ルナは意識を別なところに逸らそうと、母親を呼んだ。



「ママ」



「どうしたの」



 ううん。ルナは力なく首を振ると、髪飾りの鎖を指先でいじりながら顔を上げた。



「ねえ、ママ。今日、一緒に寝ていい?」



「何よ、変な子ね」



 にっこりと笑うルナを見て、母親は困惑したような声を上げた。


 髪を撫ぜ、どうしたのと首を傾げる。


 ルナは顔を赤らめると、赤面したのを隠すように母親に抱きついた。



「いいでしょ? お願い……」



 温かな感触がじくじくと伝わってくる。胸が痛くなるほどの幸福感。


 母親がいる。たったそれだけでどうしてこんなにも幸せになれるのか、ルナには分からなかった。



「いいけど……」



 まだ戸惑いがある母の声にルナは母を抱き締める手に力を込めた。



「ルナ?」



 泣きたくなるくらい幸せなはずなのに、どうしてだか心の中にある感情は絶望にも似た悲しい色をしていた。


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