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Moon Child  作者: かゆき
第一章 黄昏の都市
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1

 

 dasha、nava、ashtau、sapta、shat、panca、catvari、trini、dve……


 

 暗号のようなその音に導かれるようにして朔夜さくやは目覚める。

 それは両親と弟がこの世を去ってから四年間、一度も途絶えたことのない不思議な音だった。

 声であるはずなのに音はなく、脳に直接書き込まれているような、そんな感覚を味わう。


 朔夜は乱暴に髪をかきまわすと、伸びをした。それだけで疲労感がつのる体を叱咤(しった)して、もぞもぞとベッドから出る。カーテンからもれる光がひどくうらめしい。


 朝は苦手だった。一日の始まりを痛感させられるこの瞬間が何よりも嫌いだった。目覚めるたびに、いっそ一生眠っていられたら、などと考えてしまう。


 大きく欠伸をしながら、ベッドサイドのコンソールをいじる。かたわらのカーテンが設定しておいたとおり、勢いよく開いた。窓の外に待ち構えていたホログラフィーの太陽がいやらしいくらいにまぶしく降りそそぐ。

 くらくらする頭を抱えながら、朔夜は手探りでコンソールの別のボタンを押した。

 クローゼットがすばやく展開し、カバーオールタイプのトレーニングウェアを出す。

 ぼやけた視界の中でふらふらと揺れる黒と灰色のウェアを見るなり、まだ何もしていないのにどっと疲れが出るのを感じた。カバーオールの後ろで出番を待つ、真っ黒のツーピースを見てしまうと、余計に部屋から出たい気持ちがなくなる。



「しっかりしろ如月(きさらぎ)朔夜。逃げても駄目だ。ここで逃げたらもう後はないんだぞ」



 頬をぴしゃりとはたき、自らを鼓舞するよう呟いてみたが、特に気持ちは昂揚しなかった。

 朔夜は無言でクローゼットをしめると、洗顔のため共用部の洗面所へ歩いていった。


 入るとすぐに、バスフロアのランプが使用中を示していることに気がついた。シャワーの水がタイルの床を叩く音が微かにする。砂利を足でかきまわしたときに聞こえてくるような音。毎朝の決まりごとのように響くそれは、朔夜にとってひどく耳障りな音だった。

 苛々しながら洗面所で顔を洗い、うがいをする。そして手に持っていたビンの中から数粒の錠剤を出し、口の中に放りこんだ。



 ◇



 国立天軍士官養成院――通称ナーサリーと呼ばれる宇宙軍士官学校の特待生に朔夜が選ばれたのは、今からちょうど三カ月前のことだった。



 現在、地球の防衛組織は地上軍と宇宙軍、中央統括司令部の三つの部門からなっている。

 地上軍の役割は警察組織を統轄し、地球内部の秩序と安全を守ること。

 宇宙軍の役割は地球外部からの攻撃に晒されたときにこれを迎撃、本土を守護すること。

 そして中央統括司令部とはその名のとおり、地上、宇宙の二部門を統括する上位組織である。

 地球外部とは、木星や土星といった辺境惑星の衛星からなる連合体のことだ。



 かつて地球全土を死の土地に至らしめた急性感染症オズによって宇宙で暮らしていかなければならなかった約五百十三年――暗澹(あんたん)の五百年に地球から旅立っていった人々が作り上げたのがコロニー、月、火星の三つの政府だった。


 だが暗澹の五百年の最中に月は環境の悪化から滅び、火星の民は星を捨て、さらに外部の木星、土星の衛星に移り住んだ。これが現在の土星人(サタンレイス)である。彼らは衛星連合と呼ばれる組織を作り上げ、地球に対抗した。

 彼らをまとめるものは唯一、暗澹の五百年に自分たちを見捨てたコロニー政府――現在の地球に復讐することである。


 五年前不可侵領域である火星沖まで衛星連合が進軍してからは戦争すらも絵空事ではなく、両政府間では依然緊張が続いている。


 地球を総轄する統合政府ユニオンは、そんな背景から軍事力の強化を星の題目として掲げ、巨額の軍事費用を投じて養成施設の数と質をあげることにした。


 朔夜が入学したナーサリーはその中でも特別な存在だった。統合政府ユニオンが創設した最古の機関であり、軍事衛星サテライトAにて専門に特化したあらゆる学術を学ぶことが出来る。中でも特殊軍務科は入学一年目にして士官になるための特別訓練を受けることが出来た。


 四年間で基礎的知識から技術にいたるまで軍人としての技能を身につけ、卒業と同時に希望する部署へ配属。二年間の士官候補生期間をへだててエリート軍人としての階段を上る。


 数ある養成機関の中でも最高と評され、卒業すること自体が誉れとなる学府。そんな由緒ある養成学校がこのたび特待生を募集した。十二歳以上十六歳以下の年齢制限がついている他は技術、学歴などに一切触れない告知に多数の応募者が出た。


 朔夜もその中の一人だった。軍事関係にはまるっきり興味を抱いていなかったが、四年前に事故死した両親の保険金が怠惰なひきこもり生活によりつきかけてきたので、自活を考えなくてはならなかったのだ。

 そんな中、偶然目にした特待生募集の広告。どうしてそれに目がいったのか、細かいことは覚えていない。けれども、生きていく上で必要な経費を全額負担してくれた上に給金まで出るというその募集は、初等教育すらまともに受けていない朔夜にとって、神が与えたもう救いの手だった。


 受験は中央大陸主要百都市で開かれ、二次試験は面接から心理、脳波テスト、健康診断に至るまで多岐に及んだ。



 約十万もの受験者の中から八十六人が最終選考に残り、その中に朔夜の名もあった。



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