ごきげんよう
太陽が東の空からゆっくり顔を出し西の空に月が隠れる午前四時。
二人乗りのプロペラ機に乗り込んだリアムは操縦桿を握る。地平線の遥か彼方を目指して離陸する。ジパング公国は島国で他の国から比べれば小さな国であるが大国に引けをとらない、無敵の力があった。それは、空の上での戦いだった。航空力学に優れ優秀なパイロットが多いこの国は戦闘機の開発にも最先端の技術を駆使していた。
二時間ほど飛行するともうすっかり太陽が雲の切れ間から光を放出して体温がじわじわと上昇するのを感じた。
「中尉殿。今のところ以上なしありますです。はい」
後方の通信士件航法士のアイザックが目をこすり欠伸をしながら言った。
セントラルの都市が薄っすらと姿を現した。
セントラルは人口約二百万人の都市で軍の中枢機関である。人口密度が濃いこの都市は朝、昼、夜四六時中祭りのような活気があり驚かされる。
「リアムさん。アイザックさんお疲れ様です」
「お出迎えありがとう。マルス二飛曹。失礼。いまは曹長だね」
リアムが敬礼をするとマルスは嬉しそうに笑った。
「偉大なる先輩方。大佐がお待ちです」
セントラルから離れたところにある空軍の飛行訓練場は約十五ヘクタール程でローズタウンの駐屯基地の半分もないが最先端の技術と最新鋭の戦闘機があり経験地が高い教官が日夜金の卵の訓練生を鍛えている。
一時間も走ればセントラルの中心街、中央政府がある場所にたどりつく。
この国の中枢機関だけあってひときわ大きい建物の外観は古代の王朝の宮殿をイメージしたもので玄関には白く大きな柱が何本も立っていた。
立派な門の前で車を止めたマルスは二人に会釈してまた車を走らせた。
門兵に敬礼して門を通り入り口のドアまでの階段を登ったところに、にんまり笑った屈強な中年将校が立っていた。
「ごきげんよう」
「お久しぶりです。師匠」
バレンタイン大佐は帰還した元部下の二人を向かいいれた。
中央ホールを抜けて長い廊下を歩く、途中何人もの国家公務員とすれ違った彼らは軍人とは違いそのほとんどが家柄がいいエリートでありたたき上げのリアムはあまりよく思っていなかった。損得でしか物事を見ることができないくせして国のために戦う軍人の給料を減らせだの軍事を縮小しろだの騒ぐので今すぐにでもぶん殴りたかった。
「アイザックは何しに来たの?」
「私は中佐の命で・・・・・・」
バレンタインとまったく顔を合わせようとしないアイザックは今もリアムの後ろでこそこそしていた。
「あ~そうか、てっきり隠居して執筆活動に勤しんでいると思ってたからさ」
「大佐。勘弁してください、もう許してもらえませんか」
笑顔が引きつるアイザックはいい気味だと笑うとリアムを恨めしそうに見ていた。
「みんなは元気ですか?」
「元気だよ。もう元気すぎるくらいね。平和だと書類やら報告書の整理に追われてストレスが溜まっているからなおさら」
「セントラル勤務もこっちの仕事と変わりませんね。よかった左遷されて」
懐かしいドアの前にリアムは立っていた。ドアノブに手をかけると勢いよく押した。
机に向かって作業をしていた何人かは振り向いて二人の顔を見たとたん笑みをこぼすもの、手を叩くも
の、再び作業をはじめるものとさまざまだった。
「おやおや懐かしい人が帰ってきたもんだ」
最初に声を発したのはダンテ・ゲルマン大尉だった。
「大尉相変わらずだね」
握手を求められたリアムは応じる。ゲルマンはいつまでもリアムの後ろでもじもじしているアイザックを見つけて肩を組んだ。
「おや、アイザックも珍しいね。元気してた」
「大尉もお元気そうでなによりです」
咳払いのあと資料をたたく音が聞こえた。音のするほうに視線を移すとショートカットの気の強そうな女性が座っている。
「戦うことを放棄して逃げた人と度重なる命令違反を犯して左遷された人がいまさらなんのようですか」
「マクガイア少尉。久しぶりの再会なんですから抑えて抑えて」
フォアマン准尉がなだめたがリサ・マクガイアはふんとそっぽを向き次の仕事に取り掛かった。
バレンタインが手を叩き部下たちはいっせいに振り向く。
「あいさつが済んだようだからみんなは作業に戻ってくれ、リアム・リングトン中尉はこれからアマルド氏の本社に向かう大尉は曹長と一緒に二人で同行するように」