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追憶のリアム  作者: うさみかずと
連邦からの亡命者
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連邦からの亡命者


 今年は早々に梅雨が明けたため暑さのピークを過ぎるのも早いのかと思いきやそう甘くもない模様。空は憎たらしいくらいの青、周りの山々の頂は雪がとけてはげていた。もう少し時が過ぎて、南から風が吹き始めると涼しい秋がやってくる。


 広大なジャガイモ畑を背にして一人の青年が草原に座っていた。 


 黒髪の天然パーマにうっすら茶髪がまざった髪質に、碧色の瞳。平均的な身長の割りにがっちりした体つきをしている。着ているのは鮮やかな藍色、海のような色をしたスラックス。同じ色の、肩に白色の糸で繊細な装飾が施された薄手のジャケット。絹のシャツと赤と黒のストライプのネクタイに、分厚い革製のウエストベルトと、黒光りするショートブーツ。


 胸には海の神が持つセーラーサーベルの徽章がある。この徽章が彼がアリストワ公国の軍人であることを示していた。


 彼は欠伸をするとゆっくりした動きで脇においた鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出した。


 スケッチブックを開くとまっすぐ地平線上にある広大な自然を片目で眺めた。太陽が高いところにあるため遠慮なく手元を照らす光が邪魔をする。

彼は立ち上がり何歩か歩いて木々が植えられた場所をさがす。ようやく見つけた一本の木の下に座りなおした。


 デッサンが始まった。


 軍の所有するポロイ士官学校および駐屯基地は自然の中にありひとつの村がまるまる入ってしまうほどの敷地面積をほこる。


 どっしりとしたレンガ造りの学び舎が四棟整列して、教官用の棟、飛行場、訓練場、運動場などなどが立ち並ぶ。軍事学校としても機能しているため生徒、役員を含めると千人を越える大所帯だ。この国では最大の軍事施設として存在し続けている。


 青年の見ている世界はどこまでも続く草原と畑しかない。


 絵を描く青年が全体の下書きが完了し鉛筆を変えようとしたときだった。前方から白いシャツと薄い紺色のパンツを着て分厚い本を抱えた男が歩いてきた。青年は顔を上げた。


やがて男は彼の前で立ち止まる。


「また下手な絵を描いているのかリアム」


 不服にもそう話しかけられた青年、リアム・リングトンは顔を上げ中指を立てる。


 男が何を描いているのだとスケッチブックを見ようものなら腰にぶら下がっているリボルバーで脳天をぶち抜きたい気分だった。男は苦笑いを浮かべた。


「おいおい、竹馬の友に殺気を飛ばすなよ」


「アイザック俺が自分の絵をコケにされるのがいやなのは知っているだろう」


「まあおちつけよこの本読んで頭を冷やせ」


 リアムは手に取ると作者を確認した「べガルダ海の奇跡、著者アイザック・ロビンソン」そして放り投げる。


「お前が書いた小説など読んでたまるか」


 アイザックは本を拾い上げると軽く肩をくすめてみせた。


「失礼なやつだなこの人気作家アイザック先生に向かって、というかお前勤務中じゃないのか」


「そうだよ。休憩中」


「世界が平和になったら軍人は気楽なもんだよな中尉殿」


 アイザックがおどけて言った。


「いまの俺の任務は書類整理や軍事費の調整をする事務仕事だぞ、ちっとも気楽じゃない毎日が戦争だよ」


「毎日が戦争か……でも血で血を洗う戦争はもう終わったんだ、アンゴラ連邦と休戦締結を結んでから五年もたつ俺たちの国もいずれは全て返還される日がくるさ。すこし歩かないか」 


 この世界は大きな二つの大陸と海に浮かぶ小さな大陸で成り立っている。西側の大国コロビア帝国と東側のアンゴラ連邦の歴史は戦争の歴史だ。


 人類最古の文明が生まれた、紀元前の古代。水平線の先はこの世の深淵、悪魔の世界だと考えられていたため東西の交流はなかったとされている。


 やがて、文明が生まれ、いくつもの小国が生まれ、数え切れない争いを経て、東西は巨大な帝国にまとまった。そして、海洋技術が発達すると今度は帝国どうしの戦争になる。

 

 お互いの領土の奪い合いが目的とされる争いは数十回を超えたと古い歴史書に記されている


 海の向こうの大国を滅ぼすことはいつしか東西の権力者たちの野望となっていった。


  そして地理的な問題からそのほとんどが失敗に終わる。ベガルダ海を越え一時的に占領してもすぐに押し戻された。


 それから千年近い時が流れてかつての帝国は滅び小さな国がいくつもできた。東西の大陸で消滅と繁栄を繰り返していた。


 中世に入ると教皇(最高位聖職者)が各国の王を従えるようになり西側の王国が連合を組んだ。かつての野望を果たそうと東側が戦争に明け暮れている隙に奇襲攻撃を決行した。


 東側の国々は同盟関係を結び総員で迎え撃った。母なる海ベガルダ海を挟んだ攻防がずるずると一世紀以上続く。やがて人類が衰退するほどの伝染病が蔓延して戦争どころではなくなった。

近代になるとそれぞれの諸国で領土の奪い合いを繰り広げた。しかしその一方でもし海の向こうの国が束になって攻めてきたらどうするのか。東西の古代の帝国は団結するという形で再構築された。来るべき戦いに備えて海洋術、航空術を発達させた両国は着々と軍事力をつけていた。 


 そして東西の冷戦時代がはじまる。

  

「中立国であったアリストア公国俺たちの国を東側の連邦は侵攻してきた。それがきっかけで大戦争が勃発した。いまから三十年前のことだ。当時俺たちは戦争を知らなすぎた」


「西と東の小競り合いに巻き込まれた。戦場となったこの国はモルス山脈のちょうど真ん中で別れてしまったからな」


 アイザックはモルスの山々が聳え立つ方角を指差した。


「あの山の向こうは俺の生まれ故郷だ。いまはどうなっているか検討もつかないがいつか帰ってみせる」


 沈黙して空を見上げた二人は持ち場に戻ろうとしたときだった。ゴオーと音を立ててサイレンが鳴り響いた。この音は国の定めた領空に何者かが無断で侵入したことを知らせるものだ。リアムのトランシーバーが応答を要求した。


「こちらリングトン。どうしたなにがあったモリア伍長?」


「中尉こちらモリア伍長、報告します。東側の連邦のエンブレムが記された見たことのない戦闘機がわが国の領空に侵入。超スピードで低空飛行していたためレーダーに映らず発見が遅れました。どうぞ」


「了解した。敵機に信号をおくれ、反応がなかったら宣戦布告とみなし撃墜しろ。」


「御意」


 リアムとアイザックは走り出した。飛行場からすでに新型の戦闘機が三機飛び出していた。


「なにが平和だ、貴重な休み時間を奪いやがって」


「そんなこといってる場合じゃない一大事だ」


 風が吹き始めて、同時に体に響くような重低音が聞こえた気がした。


「新型の音じゃない」


 やまない音に焦りつつ空を仰ぐ。


「リアムあれはいったい?」


 アイザックがそれに指をさした。 


 それは、見たことのないフォルムの戦闘機だった。くさび形のインテークのある平らな側面空気取り入れ口、双尾翼、薄い台形の低アスペクト比翼が装備されていてエンジン二基が胴体付近についている。


「着陸するつもりか? 足がでている」


 囲むように三機の戦闘機がかなり低いところを並んで飛んで、学び舎の上空すれすれをかすめる。三機の戦闘機はバランスを崩しかけ一度上昇する。


「パイロットはかなりの腕だ」


 少し興奮してリアムが言った。左側面には、主神オーディンが持つグングニルの槍が描かれていた。


 槍の色は赤、尖った先端には世界共通原語で運命と刻まれてあった。アンゴラ連邦の紋章だ。


「戦闘する気はなさそうだな」


 アイザックはつぶやいた。


 学び舎に隠れた生徒たちは怖いものみたさに窓からその異様な光景を眺めるもの、目を輝かせ外にでて行くものいろいろだったが飛行場に向かうリアムたちと学び舎の間を寸でのところで機体を傾けさらに高度を下げ爆音をたてながら飛びぬけた。


 操縦席にいるパイロットがリアムたちを目視した気がした。


「派手に飛行するパイロットだ。一瞬墜落するとおもった」


 リアムとアイザックは互いに顔を見合わせた。


 機体は大きく旋回した後飛行場の滑走路を目指して今度はゆっくり高度も速度も落としていく。ていねいな着陸、そのまま滑走する。


 リアムたちは飛行機へ早足で向かう。武装した同胞たちが見たことのない戦闘機を囲み銃を構えた。


「リアム、まさかと思ったがこの戦闘機は」


 現場に着いたリアムは少し返答に迷った。



 戦闘機は完全に止まりエンジン音がやんだ。

 


 体格のいい大柄の男がハッチをあけて外に出てきた。緊張が走る。男はすぐに両手をあげ抵抗しないと首をふった。男は黒色のつなぎに足には軍用ブーツ羽織ったジャケットには左腕に東側の空軍シンボル、ヤタガラスが刺繍された徽章があった。襟についた星の数は階級を示している。リアムたちが到着したときに勇気ある一等兵がパイロットに質問を浴びせた。


 侵攻か? 違う。


 宣戦布告か? そうじゃない。


「亡命だ。手土産は連邦の国家機密戦闘機イーグル21だ」


 パイロットは飛行帽とゴーグルをはずした。



 年齢はリアムとアイザックと同じか少し上くらいで、右頬に傷があった。目は歴戦の覇者のように据わっていて瞳は鮮やかな蒼だった。短髪だが綺麗な金色の髪をしていた。


「おいおい……まじかよそんなことがありえるのか」


 リアムの脇でアイザックがつぶやいた。


 ざわついた同胞たちを尻目に男は戦闘機から降りるとそのまま歩き出した。堂々としたたたずまいに銃を構えた同胞たちが数歩引いた。男はリアムの前で止まった。ほんの少しだけ、リアムより背が高い。


「あなたがこの場で一番階級が上ですね。私は連邦のヴィンズ・フランコ大佐です」


「大佐。詳しい話は中に入ってしましょう。コーヒーでも飲みながらゆっくりとね」



 ヴィンズ・フランコは笑顔で頷いた。


「それは楽しみです」


 リアムはまっすぐに彼を見据えた。 





毎週木曜日に更新します。

たぶん、、、

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