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『思い人』シリーズ

思い人:『紅い雪』

作者: 微風シオン

思い人:『影』、思い人:『残骸』のネタバレを含みますので未見の方はご注意ください。

 

 夏の事件から数か月後――。

世間には雪が降り、本日の日付は十二月二十四日。

一年に一度の特に子供達が喜ぶイベントの日だ。若い男女が手を握って歩幅を合わせながら街中を一緒に歩く。雪が降っているそのイベントの聖夜を人々は『ホワイトクリスマス』と呼ぶ。


この限られた時間の中で、人々はどんなクリスマスイブを過ごすのだろう。

家族と一緒に過ごす者。恋人と一緒に過ごす者。『サンタさん』という夢幻の存在を待ちわびる子供達。いずれにせよ、色んな『思い人』達が一番輝ける日だ。


だが、私立探偵の神原修一は何も考えずに街を彷徨っていた。

特に用があるわけでもなく、ましてや恋人がいるわけでもなく。

吐いた息は白く、寒さを物語る。両手をコートのポケットに入れて

ただ、自然が積み上げた雨の変化形であるこの雪というものを踏みつけて進む。


 雨が雪に形を変えるように、世の中の物は自在に言い換えできる。それは人も同じだ。

『家族』は言い方を変えれば兄弟にも親にもパートナーにも子供にも言い換えられる。

『恋人』も同性愛者だって居るかもしれない。『サンタさん』は子供達からすれば『恋人』の内に入るのかもしれない。無邪気にはしゃいでいるその子供達もいずれは大人になり、世の中の広さを知る。


大人になると、この『クリスマス』というイベントをもっと別のベクトルで楽しむ事が出来るだろう。

プレゼントは誰があげるのか、サンタさんは誰になるのか。

そんなことは探偵でも分からない。それは事件にも言える事だ。


動機は変幻自在で犯人の形も様々。事件にクリスマスは関係ない。

事件はクリスマスでも起こるのだ――。


「きゃあああああああ」


突然聞こえる女性の悲鳴は、聖なる夜の雰囲気を一瞬にして変えた。

その悲鳴を聞いて、神原修一は現場に急行する。


「どうされましたか」


その場所は路地裏で、女性は路地の少し進んだところで座り込んでいる。

怯えた様子で身体を震え上がらせ、それは冬の寒さではなく、恐怖の震えだった。


「あ、あれ」


その言葉は少し小さいが、神原に向けて放った勇気を振り絞った言葉だ。

そして、彼女が震える右の人差し指でさした場所に神原は視線を向ける。


「こ、これは……」


そこには磔の状態にされた遺体が路地の壁に打ち付けられていた。

見た所では男性の遺体だが、それは神原にとって他人ではない人物であった――。


「先生……!」


磔の遺体は神原修一と原宗司が高校時代に担任であった人物。

西川総悟にしかわ そうごだった。

彼から流血した血液は雪と一体化して、遺体から周辺の雪は紅く染まっている――。


「すぐに救急車と警察を呼んでください!!」


「はい!」


女性は神原に言われた通り救急車と警察を呼び出し、原も警察署から現場へやってきた。

かつての恩師の変わり果てた姿に原も衝撃を隠せない――。


「嘘だろ、先生!!」


原は驚いた顔で叫んだ。

刑事の仕事で、かつての恩師の屍を見る事になるとは予想だにしなかったからだ――。


その後、遺体は到着した救急車に搬送され、病院で死亡が確認された。

先生には家族がいなかった。一人暮らしで街を歩いていた所を何者かによって殺害されたらしい。直接の死因は「ナイフで心臓を一突き」にされている所だったと警察は断定し、死亡推定時刻は分かっていない。


西川の死亡確認の後、病院で原は神原にある事を話した。


「実はな、先生から昨日連絡があったんだ」


「連絡?」


「誰かに狙われてる、『思い人』に殺されるって」


「『思い人』に殺される?彼女とかじゃないのか?」


原は『思い人』という存在について神原に話した。

『思い人』というのは『愛する者』の居る人が教唆されて、犯罪を犯してしまう犯罪者達の総称。

その教唆犯は「Ⅹ」と呼ばれる人物である事を明かした。


「じゃあ、過去の事件も」


「ああ、夏に逮捕した五十嵐翔は裏にこいつが絡んでいる事を吐いた後に毒薬を飲んで自殺したんだ。春に逮捕した大学生もこいつの事を『私の先生』だって取り調べで言ってたんだ」


どちらも人の心につけ込んだ悪質なものだ。

神原と原は『思い人』となって実際に犯罪を犯した人物に話を聞くことにした。

刑務所に服役する『春の事件』を引き起こした人物である加藤優里だ――。


「あーあの時の探偵さん、来てくれてうれしいです。聞いてくださいよ、私フラれちゃいましたー」


囚人服を身に纏い、牢獄の中で神原に話しかける。

神原は彼女の挨拶を無視し、「Ⅹ」という人物について問いかける。


「それよりも、Ⅹについて知ってることを教えてくれ」


「なんだ、先生の事かー。まあ、探偵さんのハンサム顔に免じて特別に教えてあげるよ」


神原を口説く言い方で加藤はその「Ⅹ」となる人物の容姿について語りだした。


「先生はサングラスをかけてて、髪の長い女の人だね」


その言葉を聞いて、静観していた原は口を挟んだ。

夏に逮捕した五十嵐翔の供述と明らかに矛盾している点があったからだ。


「女の人!?サングラスをかけているのは当たってるが、五十嵐は男だと言っていたぞ」


「嘘ー、女の人だよ。刑事さん男も女も分かんないのー?」


加藤優里との面会で得た手掛かりは、教唆犯『Ⅹ』の容姿は多種多様という事だけだった。

変装しているのか、それとも元々そのような人物なのかは不明。

性別まで分からないとなると刑事の原も捜査のしようがなかった。


だが、神原は五十嵐が毒薬を飲んで自殺したというのが引っかかった。

刑務所から警察署に向かう車の中で、神原は原にその事を問いかけた。


「なあ、宗司。五十嵐の飲んだ毒薬ってどんな奴だったんだ」


「取り調べ直後にその毒薬を飲んだみたいなんだが、口から泡を吹いて倒れたらしい。俺が駆け付けた時には口からわずかにアーモンド臭がしてたから恐らく、青酸カリウムの毒だろうな」


毒を飲んだのは取り調べが終わった直後という点から、毒薬は逮捕される前から持っていたものと神原は予想した。

恐らく、毒薬を渡したのは教唆犯「Ⅹ」だろう。

容姿と性別を突き止める事が難しいのなら、唯一の手掛かりである「毒」を辿るしかない。

そう推理する神原の横から原が自身の考えを言葉にした――。


「俺が思うに、Xは今まで事件に関わった被害者やその遺族の中に居ると思うんだ」


「どうゆう事だよ」


警察署に到着後――。

原は教唆犯「Ⅹ」の正体が、これまで事件に関わった人物の中に紛れている可能性があるとまとめた資料を取り出す。そして、その中から人物も何人かに絞られているリストを神原に見せた。その『容疑者リスト』には何人もの容疑者が記述されていた。だが、その中に神原にとって目を疑う名前があったのだ。


高橋恭介たかはし きょうすけ』大学の教員で、加藤優里のチューターであった人物。


千堂聡せんどう さとる』春の事件で被害者の一人となった人物。


小泉健太こいずみ けんた』サラリーマンで、夏の事件で死亡した少女の父親。


永井燐火ながい りんか』年齢、職業共に不明。十年前に人身事故で死亡したとされている。


最後の永井燐火という人物。それは、神原修一と原宗司の高校時代のクラスメイトだった。

彼女は両親からの虐待に耐え切れなくなり、被害者となった当時担任の西川総悟に度々相談していた。

さらには友達もいなかった彼女に声をかけて仲良くなったのは神原と原だったのだ。


「燐火は死んだはずじゃ……!」


仮に生きていたとしても彼女が教唆犯「Ⅹ」だとは信じたくない。

神原修一はその声と共に推理に初めて『迷い』が生じた瞬間だった――。


「神原、俺も信じたくない。あいつが教唆犯だとは、でも仮に生きていてそうだとしたら……」


「そんな訳ない!あいつが犯罪者になるなんて、あんな優しかった奴が……。親に自分を認めて貰いたくて、いくら殴られても友達を必死に探してたあいつが!!」


感情的になった。こんな事は久しぶりだろう、いつも冷静に推理して事件を解決してきた神原修一が叫んだその声は一人の刑事を動かした。


「あの!自分も捜査に協力してもいいでしょうか!」


手を挙げて答えたのは「佐藤晃さとう あきら」という新米刑事だ。

彼は原宗司の後輩で、加藤優里に手錠をかけた人物だった。


「おいおい、佐藤。俺らが追ってるのは教唆犯「Ⅹ」なんだぞ」


「分かってます、先輩。自分もその捜査に少しでもお役に立てればと思いまして」


佐藤の捜査を希望する姿勢を見て、原は足手まといになるだけだと断る。

しかし、神原は彼の姿勢を評価した。


「いいよ、宗司。捜査する人数は多い方がいいだろ」


「ありがとうございます!」


佐藤は神原に深々と頭を下げ、原はそれを呆れる目で見ていた。

その後、少しため息をついて――


「神原、お前昔から変わってないな」


加藤優里を逮捕したから新米にしては心強いと思ったのだろうか。

いや、神原の優しさから来ていた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


三人はクリスマスとなった次の日、遺体の第一発見者である「池田恵美」を含めて容疑者リストにあった「永井燐火」を除く三人の聞き込みを開始した――。昨日のクリスマスイブとその前日に振った雪で、町は真っ白な現象に包まれている。どれほど積もったのだろうか、今日はクリスマスだというのに三人は素直に喜べない。

そんな彼らが車で最初に向かったのは、加藤優里が通っていた大学だ。

その彼女のチューターであった人物、高橋恭介と春の事件の被害者である千堂聡に話を聞こうとしたのだ。

すると、大学内の外に位置している休憩場に『高橋恭介』の姿があった。

彼の元まで接近して話しかけたのは原宗司だ。


「すいません、高橋さん。警察の者なんですが、少しお伺いしてもよろしいでしょうか」


「ええ、構いませんよ」


大学の教員であった『高橋恭介』は加藤優里がストーカーであったとは知らずに恋の悩みを聞いていたという事を話した。それ以外は授業で会う程度だったらしい。

だが、彼女がサングラスをかけた『髪の長い女性』と大学の外で話をしていたのを目撃した事はあるという。


「その女性はどんな人物でしたか」


「容姿としては黒い帽子に黒いコートを着てましたね」


「ありがとうございます」


その話を聞いていたのか、近くに『千堂聡』の姿もあった――。

原が高橋の聞き込みで忙しい中、千堂に声をかけたのは佐藤だった。


「あの、僕のこと覚えてます?」


「あなたはストーカーを逮捕してくださった、あの時の刑事さんですか」


笑顔で『そうです』と答える佐藤の対応を見て、千堂は聞き込みに応じてくれた。

彼の証言は教唆犯『Ⅹ』の正体に関するものではなかったが、襲われた当時の状況を述べた。


事件当日に加藤優里は『千堂聡』の心臓を狙ってナイフを振りかざしてきたという。彼女のバッグの中には磔にする道具も入っていたと供述した。磔にする道具は大きな釘とそれを打ち付ける物が入っていたらしい。


その後、残り二人の人物に話を聞いて回ったが


夏の事件で娘を誘拐され、車も盗難された『小泉健太』は事件当時の事を思い出したくもないと供述。

しかし、花火大会の会場で犯人の男と話している『別の男』が居たという。

顔までは見えなかったようだ。


最後に、今回の事件の第一発見者である「池田恵美」は事件当日にサングラスをかけた『長い髪の女性』を街中で見かけたという。その女性は路地裏から出てきたらしく、気になって路地裏を覗くと被害者の遺体を発見したと供述。


四人の人間から得た教唆犯『Ⅹ』についての情報は『髪の長い女性』『男』という特徴が証言によって異なる多種多様な容姿。しかし、死亡する前に取り調べで供述した五十嵐の『サングラスをかけた男』という情報から『サングラス』をかけているという特徴は唯一共通している。


三人は一度、警察署に戻って今回の情報をまとめるが有力な情報は少ない。

分かったのは、過去二件の殺害方法と今回の事件の殺害方法が一致している点から

関与した事は明白という事とサングラスをかけていたという特徴だけ。

今日ずっと二人の行動を静観して頭を抱える神原を見かねたのか、原は神原に一つの資料を差し出した。


「これは……」


「燐火の資料だ」


それは、十年前の人身事故で死亡したとされる『永井燐火』に関しての資料だ。

死者である彼女も教唆犯『Ⅹ』の容疑者の一人だ。

その資料には事故当時の警察の動きについて書かれていた。


「十月三日:午後五時過ぎ。都内に住む、一人の女子高生が鉄道人身傷害事故にて死亡した。両親の虐待を苦にして自殺したと思われるが、彼女の部屋などから遺書が見つかっておらず警察は殺人の線も視野に入れて捜査を続けている」


「警察は、彼女の担任教師である西川総悟を容疑者として身柄確保したと発表。西川容疑者は虐待で悩む彼女の相談に乗っており、事故当日も彼女と一緒に駅を歩いていた所を目撃されていた」


西川総悟はその後、証拠不十分で釈放された。燐火の親は虐待容疑で逮捕されたと書かれていた所で資料は終わっていた。この事から当時の警察は彼女が自殺なのか殺人なのか分からない未解決事件の一つとしたらしい。



「ありがとう、総司。もう少し一人で調べてくるよ」


「ああ」


「神原さん、お疲れ様でした」


神原はそう言うと、警察署を後にした。辺りは暗くなって夜、雪はまた降り始めている。

一つ気掛かりになったのは、十年前の人身事故が事件だったのかという事。

そして、ある場所へと足を運んだ――。


それは今回の被害者である西川総悟の家だ。

警察は既に到着しており、調べが進んでいた。


「すいません、探偵の神原です」


町有名な私立探偵という顔の元、被害者の家にも入る事が出来た。

西川総悟の自宅はアパートで携帯電話が置きっぱなしだったらしく、警察から渡された被害者の携帯から着信履歴を見ると確かに原との通話履歴が残っていた。


「探偵さん、それと遺書を見つけんですが」


「遺書?」


「はい、被害者が自殺したとは考えられないんですよ。どうやって自分で手足を磔にしたのか」


その会話中に神原は遺書を見つめ、同時に電話が鳴り響いた――。

その電話は佐藤からだった。


「どうした」


「神原さん、大変です!長い髪の女性から原さんに電話があったみたいで」


「原は、原に代わってくれ」


「原さんが電話で場所を聞いたらしくて、急いで現場に行っちゃいましたよ」


「分かった、お前も来い。現場はどこだ」


「現場は町にある廃ビルだって言ってました」


現場で合流すると約束し、通話は途絶えた。

神原はその場から遺書を握り締めて現場へ急行する――。

その途中、走りながら遺書を開封して全てを理解した。

十年前の人身事故も今回の事件の犯人も、教唆犯「Ⅹ」の正体も――。


「そういう事か、急がないと手遅れになる」


走って十分。町にある廃ビルは一つしかなく、すぐに場所は分かった。

だが、神原の向かった場所は廃ビルではない。誰もいない夜の高校だった。


「やっぱりここだったのか」


校内で一つだけ明かりのついている部屋があった。その部屋は二階だ。

神原は急いで柵を飛び越えて校内に侵入。階段を駆け上がって、その教室のドアを開ける。

そこには長い髪にサングラスとマスクをかけ、ナイフを持った女性がその場に居た。

それは今回の事件の犯人だ――。


「もう止めろ、もう燐火のフリするのなんてやめろ。宗司」


そう言われると、女はサングラスとマスクを外していき、最後にカツラを外した。

その正体は探偵『神原修一』の言う通り、原宗司だった。


「なんでここが分かった、俺の正体も」


「お前の考えそうな事なら分かるよ。昔の事を今も引きずってたんだろ」



殺人事件の真相については変装と、今回の事件が起こる一日前に原と被害者との間に通話履歴があった事。

原は『先生から連絡があった』と言っていたが、被害者の携帯にあったのは『着信履歴』

かけたのは原の方からだったという点。当日の雪はその一日前の時点で既に降っていた。

現場にあった『紅い雪』は雪と被害者の血液が一体化するまで、時間が経過した事になる。

死亡推定時刻をずらして警察署から駆けつける事でアリバイを成立させる。

その後、事件現場に居合わせて神原と合流。という計画だった。


正体を看破され、場所も見破られた原はその場で不敵な笑みを浮かべながら動機について語り出す。


「そうだよ、あの男は燐火を殺した殺人犯だったからな」


「燐火は自殺だったんだよ、宗司」


「なんでそう言い切れるんだよ、遺書も見つからなかったんだぞ……!」


「遺書なら見つかった。燐火の遺書なら見つかったよ、宗司」


二度言葉を繰り返し、神原は懐に入れていた遺書を取り出す。

その遺書は西川総悟のアパートで発見された物だった。


「この字、先生のじゃないだろ。燐火の筆跡だよ」


そう落ち着いた声で話す神原の言葉を聞き入れたくない原宗司は

その遺書を現実のものとは認めたくなかった。


「読むぞ、宗司。三人と過ごしたこの教室で」


そう言うと、神原は永井燐火の遺書を読み上げた。

そこには彼女の筆跡で最期の言葉が記されていた。


先生と神原君と原君へ。

家に置いてたら、捨てられちゃうだろうから先生にこの遺書を預けました。

私は今まで、希望を持って生きてきた事がありませんでした。

お父さんとお母さんは私が邪魔者みたいです。

私が唯一安心できた居場所の高校も止めるように手続きしていると言われました。

もう私に希望はありません。

先生にも、神原君と原君にも会えなくなってしまう。

そんなのもう生きていても意味はないんです。

私の希望は完全に壊されてしまう、だからそうなる前にこの世界とさよならします。


私のお友達になってくれてありがとう。先生は大丈夫だと思うけど

二人は自殺なんかしちゃだめだよ。

私みたいになったらだめだよ、じゃあ元気でね。 永井燐火


『涙』――。

原宗司と神原修一の目からこぼれ落ちている。

原はその場に倒れ込んだ。神原は原に説教をして目を覚まさせようとする。


「この遺書を見ても、お前はまだ先生が犯人だと思うのか!今お前がしようとしてる『自殺』って行為は本当に燐火が望んでいる事なのか!」


泣きながら叫ぶ神原修一のその言葉は原の心に響き渡る――。

その時に『原宗司』は気づいた、自分が今なんでナイフを持っているか。

何でこの思い出の教室を巻き込もうとしたのか。

自分の勝手な思い込みで大切な人を手にかけてしまったのかを。

最後に痛感した、自分の愚かさを――。


「ごめんな……燐火、神原、先生……!俺、どうかしてた」


手からナイフを放し、床に落とす――。

その直後、佐藤が現場に姿を現した。


「佐藤……!」


近づこうとする原に対して右手を横に出して止める神原。

そして、次に口にする言葉は最後の謎と真実だ――。


「やあ佐藤。いや、教唆犯『Ⅹ』……!」


神原のその発言に原は驚きを隠せない。


「なんで、佐藤がⅩなんだよ。神原」


「宗司、お前はⅩの素顔を一度でも見たことがあるのか?」


「ないけどよ……」


これまで素顔について言及した人物は誰一人としていない。

Ⅹは西川総悟の殺害はナイフで刺して磔にしろと命じた。

それは未遂に終わった春の時も、少女を誘拐した夏の時と同じ殺害方法だ。

Ⅹは原に自分の特徴となっている『女性の姿』をして自殺しろと命じた。

そうする事で自分の罪を擦り付け、あたかも教唆犯『Ⅹ』は原宗司で死亡したと見せかける。

それが、教唆犯『Ⅹ』=『佐藤』の目論見だった。


「今回の事件の目撃者が、遺体を発見する直前に長い髪の女性が路地裏から出てきて、その路地裏へ様子を見に行ったら遺体を発見したと言っていた。だが、実際に殺されたのはその数時間前」


もしも、原がXであったならその直後に通報を受けて、警察署から飛んでくるなんて事はまず出来ない。

そこで神原が考えたのは、『Xと原は共犯者だった』という推測。髪の長い女性となったXが、わざと目撃される形を取って、あたかも今殺害されたかのように振る舞ったのだ。現場にあった血液は雪と一体化していた、これは血液が雪と固まるまでに時間が空いたという事になる。


「確かに、血液と雪が一体化していれば被害者は女性が路地裏から出た直前ではなく、それよりも前に殺害された事になる。雪が降った影響で、気温が下がっている事から死亡推定時刻もずらせる。神原さんのおっしゃる通り、僕でもそう考えますね」


佐藤は神原の推理に共感する。そして、神原はここから一方的に事件の全貌を解き明かす。


「雪はイブの前日である二十三日の時点でも降っていた。その日、宗司は先生を呼び出して教唆犯『Ⅹ』に命じられた通りに路地裏へ呼び出した。そして、イブの日。殺害を終えた宗司は警察署から数時間前に犯した殺人現場へ向かってアリバイを成立させる」


「その頃、もう一人の犯人である教唆犯『Ⅹ』は犯行時刻をずらすために『女性の姿』で現場へ先回りし、わざと目撃されてその場から逃げ込んだ。行先は表の顔となる警察署」


「その後、僕達の捜査に自ら志願して関わる事で『監視』を続け――。宗司の自殺を確実に成功させるため、さっき僕に嘘の場所を電話で伝えた」


「だがな、佐藤。お前は決定的なミスを犯していたぞ……!」


「ミス?僕が教唆犯『Ⅹ』だって本気で思ってるんですか。冗談はやめてくださいよ神原さん」


両手を挙げて答える佐藤に、神原はその決定的なミスを述べる。


「お前は僕に電話で場所を教える時、原がⅩから電話を受けたと言っていたな」


「ええ、それが何か?」


「でも、お前は普通ならあり得ない事を言ったんだ。二人は電話で会話してるのに『髪の長い女性』から連絡があったなんて、まるで直接会ったような事が言えるんだ!」


その瞬間、全てが決まった。

たった一つのミスは真実の扉をこじ開けた。

神原の探偵としての推理力が一気に三つの謎を解き明かしたのだ――。


「知っちゃったんなら、仲良くその燐火ちゃんの元へ行ってもらいましょうか」


その言葉と同時に佐藤が拳銃を取り出して神原に向けるが、即座に原が発砲して撃ち落とす。

その直後、原は佐藤の足に銃弾を二発命中させて逃げる手段を封じた――。


数十分後、警察が到着。原と佐藤は逮捕された。

連行される途中、原は神原の方に振り向いて告げる――。


「これが俺の最後の事件になっちまったな。まあ、ちょっと頭冷やしてくるわ」


少し笑って告げた原に対して神原は答えた。


――待っていると。


後に遺書は警察によって押収され、十年間謎だった事件にも終止符が打たれた。

先生が彼女の遺書を持ち続けていたのは、二人との再会を待っていたからなのかもしれない。

逮捕された当時、もしも遺書が押収されていたら二人に読まれる事がなかったかもしれない。


彼らにとってのクリスマスプレゼント。

それは、十年振りに再会した殺害された恩師と

死んだクラスメイトからの過ちを正してくれる遺書ことばだった――。




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