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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第四章「ラリカ=ヴェニシエスは何かを見つけた」
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第八話「一人の道化と神」



「部屋に入ってきたときは、なんか珍しいミルマルかと思ったが……雷槍(らいそう)を使ったときに確信した。テメェ、なんかファナの関係あんだろ? あん時、アホみたいにファナの気配がしやがった」


「――くろみゃーちゃん、本当?」


 確信を持った様子でレシェルが言うが――ちょっと待って欲しい。

 なんの事やらさっぱり分からない。

 ユルキファナミアに縁があると言われても、この世界に来てからそんな不可思議なものと出会った経験などありはしない。

 そもそも、出会った人物自体が少ないのだ。

 実はラリカのお母上がユルキファナミアでしたなどと馬鹿げた事態でも無い限り、レシェルの見当違いの指摘だろう。


 だが、なにか妙な確信を持ってしまっているようだ。

 ここは、やはりラリカに伝えたとおり記憶が無いとでも誤魔化すしかないか。


「――なんの事を言っているのか分からんな。第一、私は、気がつくと森で倒れていてここがどこかすら分からない状態だったのだ。そのユルキファナミアという存在になど――」


「――嘘をつくんじゃねぇよ。いや、嘘とまでいかなくても。なんか言ってねぇことがあるだろ?」


 レシェルが、その(たか)のような視線を、獲物を見定めるように研ぎ澄ませながら、私の言葉を遮る。


 ――確かに、元々他の世界の住人だという話などは話していない。

 その点において、レシェルの指摘というのは間違っては居ない。


 だが、ユルキファナミアなどという妙ちくりんな神とは関わった覚えなぞ無い。

 私をこの世界へとこんな姿で送り込んだのは、雪華……


 ――ん? 待てよ……

 ――ゆきはな?


 ――脳裏に浮かんだのは銀色の少女との記憶。

 今では、思い返すとチクリと胸に痛みが走る記憶だ。


 実家近くの公園で、並んでベンチに座りながら夜の空を見上げながらお互いに名乗りあった。


 あの時は確か――まさか……


 ユルキファナミア。いや、ユルキファナ。ゆきはな。

 妙に語感が似ていないだろうか?


 ――そうだ。

 あの時は確か風の音によく声が聞きとれなくて……

 彼女が名乗ったのは『ゆきはな』ではなく『ユルキファナ』だったとしたら……ッ!


 ――なんと言う道化(どうけ)ッ!


 この世界に来てから何度となく聞いていた名称を『彼女』と繋げなかったのは阿呆(あほう)としか言いようがない。


 いや、心のどこかで、神様だと名乗った雪華にどこか納得いっていなかったのがあるのだろう。

 ――それにしたって間抜けにもほどがある。


「――やっぱり、なんか、心当たりがあるみてぇだな」


 そんな私の自嘲を見透かしたように、レシェルが獲物を見つけたような笑みを浮かべた。


 ――だが、これを言ってしまう訳にはいかない。


 このとき、自己の保身よりも真っ先に浮かんだのは黒髪の少女の姿だった。

 この世界に来てからずっと一緒に過ごしている、幼い少女だ。


 ――そう。永く生きた者たち。

 私をこの世界に送り込んだ雪華。アイツと同じ時代を生きた存在。


 今ここで真実を告げれば、ひょっとしたら何か元の世界への手がかりや、自分を取り囲む状況への糸口が見つかるかも知れない。

 だが、そのためには私はこの世界の住人でないことを伝えなくてはならない。


 この世界に存在してはいけないものだと――『異物である』という事を伝えなくてはならない。

 その訴えの結果、仮に何らかの対応が成されるとしても今まで通りという訳にはいかないだろう。


 もしかすると、彼女――ラリカと過ごすことが出来なくなるかも知れない。

 そうしたとき、ラリカは何を思うのか?


 思い出されるのは先ほど部屋を出て行くときの不安げ姿である。

 リクリスの事件から日も浅く、今の彼女状態はまだ不安定だ。

 そんな状態で放ってなどおけるわけがない。


 ならば、この場でとれる選択肢は一つしか無い。

 なんとか、この場での質問を誤魔化しつつ、誠意を見せて対応する。

 つまり、真実の一端を与えつつも、彼らに自分の正体を誤魔化さなければならないということだ。


「――ん? どうした?」


 黙り込んでいる私を不審気(ふしんげ)にレシェルが見つめ、先を促してきた。


 悩んでいる時間は……

 ――ないッ。


「――ああ、すまない。もしかしたら? という事に思い当たってな」


「……おう、言ってみろ」


「さっき、雷槍を使ったときにユルキファナミアの気配を強く感じたと言っていただろう?」


「ああ。確かにさっき俺が雷槍を使ったとき、ファナの気配が強くなった」


「あの時、私は自分に備わっている能力を使ったのだ?」


「能力――?」


「ああ。どういう理屈かは分からないが、私は術式が視覚的に捕らえられるのだ」


「術式が見える瞳――そういやぁ、クロエの嬢ちゃんがなんかンなことを問い合わせてきてやがったな」


「クロエ=ヴェネラが……?」


 そういえば、ミギュルスの事件の際、クロエと二人きりで話した時に、私の目についてユルキファナミア教会に問い合わせると言っていたような覚えがある。

 ――どうやら、約束通り、彼女は調査を行ってくれていたらしい。


「ああ。しかし、それで納得がいった――いや、納得はいっちゃいねェが、なんとなくつながってきやがったな。どこでその瞳の力を身につけやがった?」


「分からんな。ラリカと森で出会ったときにはこの力は使えるようになっていたのだ」


「はンッ――分からねぇってか。なるほど。なら教えてやる」


 理由については首を振る私に向かって、レシェルは嘲笑うような笑みを浮かべ言葉を切り、一つ息を吸い込んだ。


「――そいつァな。ファナの瞳の力だ」


 ため息と共に吐き出すように、私の瞳の力をユルキファナミアの瞳の力だという。

 ――やはり……そうなのか。

 私の中で、『ユルキファナミア』=『雪華』という図式がより明確化していく。

 あの時、確かに雪華は瞳の力を自分の力だと言って居たはずだ。


「ファナ――アイツは魔力が全部見えてやがったンだよ」


「――言っちゃって良いの?」


 レシェルが、ユルキファナミアの瞳の特性を語り出すと、心配そうにフィックが確認する。

 どうやら、ユルキファナミアの瞳については、教会として秘匿するべき事項に関わる話のようだ。

 しかし、レシェルは、そんなフィックの懸念を笑い飛ばした。


「ミルマル相手に構やしねぇよ。――ファナは、魔法を一切使えなかったからな。代わりに大概の奇跡を起こしてやがったが」


「魔法を使えない……?」


 確か、ユルキファナミアのことは『魔導王』だのと呼ばれていた覚えがあるのだが。

 クロエから聞いた話でも、ユルキファナミア教徒が一番魔法に詳しいという事だったはずだ。

 その神の元になった人物が魔法を使えないとはどういうことだろうか。


「ああ。『あらゆる魔法を使いこなした』なんて言われちゃいるが、アイツは術式なんてもんまともに理解しちゃいねェ。やろうと思ったことはなんでも思い通りになっちまうからな」


「……あーれは反則だよね……」


 遠い目をしたフィックが、腕を組みながらうんうんと同意を示すように頷いている。

 横目にフィックを納めながら、レシェルも疲れた声を出した。


「ああ。反則も反則。それこそ、カミ様共と同じようなもんだ。――今じゃアイツもカミになっちまったが」


「――寂しいんだ?」


 声のトーンを落としたレシェルを少しからかうようにフィックが口元を笑みに歪めて問い掛けた。

 レシェルは暗さを打ち払うようにそんな言葉をあざ笑った。


「……ハッ! 笑わせやがる。――ともかく、そのファナのデタラメの源になってたのがアイツの馬鹿魔力と――その瞳の力だ」


「ファナちゃんは、瞳で魔力の流れを見ながら、有り余ってる膨大な魔力――ぶっちゃけ人としてあり得ないくらいの馬鹿魔力……で現実をねじ曲げて魔法……魔法?を使ってたんだ」


「アイツが言うには『秘訣は気合い』らしいぜ?」


「ファナちゃん……」


 レシェルの言葉に、フィックが哀れみさえ感じるような声を上げる。

 その哀れみの向かう先は、レシェルではなく……ユルキファナミアの残念さに向けてなのだろう。

 

 ああ……でも、これはきっと雪華だ……

 なにせ、『気合い』などと言うのは、いかにもあの馬鹿(雪華)が言いそうな言葉だ。


 そう。あいつは中々見た目に似合わず、勢いで押し切ろうとするきらいがあるのだ。

 そのくせ妙なところで頑固だし、くよくよするし、変なところで気を遣うし。


 ――ああ、駄目だ。


 さっきから雪華がユルキファナミアかもしれないと気がついてから、目の前に居る二人にほんの少し嫉妬を感じてしまっている自分がいる。


 二人は、俺の――私の知らない雪華を知っているのだ。


 ただ、どうやら昔からあいつは進歩も変化もしていないようなのが本人にとってはともかく、私にとっては救いかも知れない。

 もしこれがまったく知らない彼女だったら、私はより深く嫉妬するのを避けられないと思うからだ。


「話が逸れちまったな。つまりは、テメェはどっかでファナの奴の加護を受けてやがんだよ。それも力を分けられるつぅ最高クラスの加護をな。……何処でアイツにあった?」


「――わからん」


 その言葉に、ほんの少しの嫉妬を含んでいたのは否定しないが、それ以上にラリカのためにもこれ以上の情報を与える訳にはいかなかった。


 ――そう、無意識に自分に言い聞かせている自分がいた。


「――そうかよ。まぁ、アイツの事だ。記憶を消したり書き換えたり位は簡単にするだろうから仕方ねぇか」


「ああ……ファナちゃんのアレはえっげつないよねー。記憶が変わってることさえ認識できないから……」


「ん? なんだ。ファナが本当に記憶を書き換えた事があったのかよ」


「あー……うん。その様子だと……ホントにやーっぱりえっげつないよね」


 レシェルが私の言葉に納得したのかは分からない。

 しかし、それ以上詳しく問い詰める気は無いようだ。

 それどころか、『簡単に記憶を消したり書き換えたり』の下りなど、妙に自慢げな雰囲気を漂わせている辺り、かなりの身内贔屓なのかも知れない。


 ――いや、そもそも崇め奉る宗教など起こしている時点で贔屓目が過ぎるのは確定的に明らかというものか。


 なんにせよ、私にとってはありがたいことだ。


「おう、そういやクロエの嬢ちゃんからはヴェニシエスの魔法と体質についても来てたな。――黒いの。聞いてるか?」


「――こらっ。レナ坊! ちゃぁんとこの子、『くろみゃー』って名前があるんだよっ!」


「さっきから気になってたんだが、また随分ご大層な名前だな」


 『黒いの』などと、ともすれば蔑称とも捕らえられかねない言い方をしたレシェルを、フィックが軽く(たしな)めている。

 たしかに、せっかくラリカがつけてくれた名前なのだ。

 私も随分安直な名前だと思うが、軽く見られるのは非常に不本意である。


「ラリカがつけてくれたのだ。安直な名前かもしれんが、大切な名前だ」


「ハハッ……随分ミルマルの癖に忠義者じゃねェか。おう、別に馬鹿にした訳じゃねえよ。――良い名前じゃねぇか。それで、聞いてるか?」


「ああ。ラリカの体質の事だな。知っている。そもそも、クロエにその話をしたのは私だ」


「なんだ。それなら話は早ぇな。――『神炎』をラリカ=ヴェニシエスが使うだって?」


「ラリカちゃんが、『神炎』を――ッ!?」


 私が反応するよりも早く、切羽詰まった様子でフィックが声を上げた。

 先ほどまでのほほんとした様子でレシェルの方を向いていたが、弾かれたように私の方を振り返った。

 そういえば、神炎についての話をフィックに聞いたことはあったが、ラリカが使えるという話をしたことはなかったか。


「あ、ああ。術式自体は私が教えたのだが……どうも他の魔法はラリカが魔力を注ぐと術式が崩壊してしまってな……」


「そっか……それであの時神炎について聞きに来たんだね」


「そういうことだ。リクリスが――リクリスが、フィーに聞こうと言い出してな」


 リクリスという言葉を発するのに若干の抵抗を覚えたが、ぐっと飲み込み言葉を続けた。

 しかし、その言葉にフィックは神に助けるように、瞠目(どうもく)し、天を仰いだ。


「おい。神炎みてぇな古い術式なら、俺よりそっちの方が詳しいだろ?」


「――まぁ……ね。でも、神炎は――カミの術式だよ?」


 天を仰いでいたフィックは、『ほいっ』という気の抜けるようなかけ声と共に、レシェルの机の上に行儀悪く腰掛けた。

 そのまま、妙に色っぽさを感じる仕草で両手を後ろについて体を逸らしながらレシェルに視線を流す。


「それくらいは俺でも知ってンだよ。ファナと最後まで居たのは俺だぞ?」


「でも、ラリカちゃんが神炎を使えるって事は……」


「――荒れるな。盛大に。天高く見下ろしていらっしゃるカミ様共が放っておくわきゃねぇ。んで、その中心は間違いなく、どういうわけかカミとしての特性を持ってやがる――」


「――ラリカちゃん……かぁ ――どうしたの?」


 ――私の理解を置き去りにして、二人が合意に達したように、大きく嘆息しようとしたときだ。


 レシェルが急に表情を引き締め直し、右手を持ち上げて、こちらを制するような仕草をした。

 その仕草に、フィックも言葉を止めて首を傾げている。

 レシェルは、すっと制止していた右手を動かし、人差し指で自身の鋭い目の辺りを指し示した。


「――見られてンな」


「――ッ……あいっかわらず悪趣味だね」


 その言葉に、フィックは得心がいったように頷き、顔を歪めると明確な嫌悪を示した。

 二人の間では納得がいったようだが、完全にこちらは置いてけぼりも良いところだ。


 一体、何が起こっているのか。それ以前に聞き捨てならない言葉も出てきたというのに。


「私を置いて話を進めないでいただきたいものだな。世間知らずというのは認めるが、まったく説明無しというのは些か不親切というものではないか? 特に、事はラリカに――私の主人に関わるのだろう?」


「……うーん。だよねー。やーっぱりくろみゃーちゃんは気ぃ―になっちゃうよねぇ……?」


「――くろみゃー=エクザ。わりィが、あんまりこの話は語ってやることが出来ねェんだよ。どこに目があるか分かったもんじゃねぇからな。話したら、かえって事件を呼び込みかねねぇ」


 先ほどまで、どこかこちらを馬鹿にしたような風情だったレシェルが、少し改まった様子で謝罪する。

 それは、恐らくこの男の最大限の敬意の表現、謝意の表れなのだろう。

 ならば、それは現時点では本当に目の前の二人にとって、決して口に出来ない話という事だろう。


「――特に、この国じゃぁね。ヨルテの族長くらいこの世のくびきから逃れてれば別かも知れないけど」


「あんなもん別枠だ。……ただ一つだけ言えるのは、あのクロエの嬢ちゃん所のラリカ=ヴェニシエスはこの後やっかいな事件に巻き込まれる可能性が高いってこった」


「それも、とびっきり面倒で、最悪な災厄で、世界全体を巻き込みかねない……ね?」


「――ったく。そう考えると、うちの教徒でだったのがせめてもの不幸中の幸いか」


 二人分の視線が、私に向かって注がれる。

 どうやら、二人なりの説明……いや、警告のつもりらしい。


 ――二人の警告には一切の説明がなく。何も語っていない。

 危険だとだけ言うとは、とんだ警告があったものだ。


 それならはじめからなにも聞かない方が良いくらいではないか!


 ――私は一体何に気をつければ良いというのか!?


 しかし、二人はそれ以上語る気は無いようだ。


 ならば、調べなくてはならない。自分の手で。

 降りかかる火の粉を振り払うために。


 ――ラリカの事を守るために。


 そして



 ――雪華が私をこんな所に連れてきた意味を知るためにも。



 幸い、先ほどからの会話の間に糸口になりそうな単語は潜んでいた。


 それを元に調べればあるいは――

 私は、二人に対して静かに頷きながら、内心決意を固めた。


 


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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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