第五話「血風舞わせ、大河を砕く……アホ」
「そーれじゃあ、私達はレシェル=バトゥスに挨拶してくるからっ、カーネは戻っといってくーださいっ!」
目的地――つまりはユルキファナミア教会のトップが居るという部屋の前に着くと、フィックは大げさなまでに手を振り回しながら、カーネにお別れを言った。
どうやら、流石にこれから教会のトップに会うのに、カーネが一緒という訳にはいかないようだ。
まあ、確かに私達がこれから話さなければならない内容を考えれば、部外者がいない方が良いのは確かだろう。
「刀自と一緒にお待ちしているでありますっ! フィーさん、必ず来て欲しいであります! 最近みんな出払っているのでカーネは寂しいのであります!」
カーネは、名残惜しそうに、目に見えて落ち込みながら、フィックの事を上目遣いに見上げている。
フィックが、力強くカーネの両手をぎゅっと握り締めた。
「わーかった。絶対っ、ぜーったい行くからね! 刀自と一緒にティジュの準備でもしといてよっ!」
「……お待ちしているであります~!」
二呼吸ほどの間、二人は意思を投げ交わすように間近で見つめ合っていたが、やがて決意したようにカーネはフィックから手を離すと、元気な声で挨拶しながら走り去っていった。
「――ごっめんね。ラリカちゃんお待たせ!」
「――随分と慕われているのですね」
微笑ましげに二人の会話を聞いていたラリカの元へ、フィックが詫びを口にしながら戻ってきた。
「たはは……そーんな大した物じゃないよ。ただ、カーネちゃんは、先技研に来た頃、特性のせいで中々みんなに受け入れられなくって……だから私にぴったりだったんだー。今も、第二の方ばっかり行ってるみたいだし」
照れたように笑って居るが、その実はあまり笑えるものでもないらしい。
どこか、影のある複雑そうな笑みに見える。
「特性というのは、その……分析官の?」
「そうそう。色々、見え過ぎちゃうんだよ。世の中、目のいい子をやっかむ人も多いからねー」
「なんとも、世知辛い話です」
「人と違ったり、才能があったり……あればあった分だけ、やっかいごとって増えるんだよ」
『あははー』と気楽な様子で笑いながらも、諦めたようにフィックはやれやれという風に首を左右に振った。
そして、ふと、ラリカに意味深な視線を向けた。
幼い少女と歳経た女性。二人の赤い瞳同士が向かい合った。
「――だから、ラリカちゃんも、気をつけて」
「私、ですか?」
突然、気遣いを向けられたラリカが、こくりと愛らしく首を傾げた。
「ラリカちゃんも、才能のある――普通と違う人だから」
「私なんて、何も出来ないポンコツヴェニシエスですよ?」
フィックが言葉を選ぶように、少し悩みながらラリカに向かって『普通と違う』と言った。
――確かに言葉通りだ。ラリカは、『普通の人』であっても、『普通の人』と分類できない。
同年代と比べれば、多少はしっかりしているとは言えその性格や心の成熟――精神性は見た目通りのものだ。
だが、その才がどうしても一般的な基準から逸脱し、ヴェニシエスとしての立場が、そして巡り合わせの運命が、彼女をただの一般人として過ごすことを許していないのだ。
――王都での事件でラリカにもっとも衝撃を与えた、彼女が犯行の最後の後押しとなったことも、最終的にはヴェニシエスとしての発言に帰結する。
どうにも、いまだ当人の自覚が薄いようだが、確実に彼女は異才の存在なのだ。
「……うん。そんな風に自分で思うのは良いよ? 言うのも良いんだ。だけど、『他の人からどう見られているのか』その自覚だけは持っておいて」
「――分かりました」
同様の懸念を持っているのだろう。
いつになく真剣な様子のフィックに、戸惑った様子ではあったがラリカはこくりと頷いた。
そして、それを見ると、フィックは破顔して扉に手をかけた。
その扉は頑丈な鋼鉄細工が施された、レリーフの施されたもので、他の部屋よりも一際豪奢な造りのもので――これから、我々が訪問するはずだった部屋の扉だ。
――つまり……
「ま、これから会う子は、『普通と違う子』の筆頭だけどね――ッ!」
「ッ――! フィック=リスッ! それは――」
まだ、心の準備が出来ていなかったらしいラリカが、扉を開こうとするのを制止しようとするが、フィックは何処吹く風かと言わんばかりに遠慮も無しに扉を開いていく。
ギィ――、重苦しい音を立てながら扉が開き室内の様子が目に入ってきた。
「――ん? なんだ?」
扉が開いた奥には、執務机が置かれており、浅黒い肌の精悍な体つきをした四十代ほどの男性がこちらに鷹のような鋭い目つきを向けていた。
低く、独特のハリがある声をしている。
「どもども、フィック=リスです。ラリカ=ヴェニシエスをお連れしてうっかがいましたよー」
……一応、目の前の人物はこの教会の長であるはずだ。
だが、その教会に所属しているはずのフィックは、一切気負う様子はなく、むしろ旧知の友と再会するような軽いノリで話しかけた。
「――ラリカ=ヴェニシエス? ああ、そういえばなんかンナ連絡来てったけな……神器の受け渡しつったか?」
少し粗雑な印象を受ける言葉遣いで、書き物をしていた手を止めた男性が眉根を寄せた。
大量に積み上げた山の中から一枚を引っ張り出してなにかを確認するように書面に目を滑らせている。
「――お初にお目にかかります。リベスの町、クロエ=ヴェネラがヴェニシエス。ラリカと申します」
「おお、お前がユーニラミアのクロエ嬢ちゃんトコのヴェニシエスか。初めてだな。レシェル=バトゥスだ。……そっちは?」
引きつった表情をうかべていたラリカは、意を決したように一歩踏み出し、かしこまった様子で挨拶をした。
室内に居た男性は、興味深そうに値踏みするような視線をラリカに向けている。
話の内容から察するに、どうやらクロエとは面識があるらしい。
老婆と言って良いクロエの事を嬢ちゃん呼ばわりとは。
……やはり神代から生き続けているというのは本当らしい。
口元をうっすらと笑みに吊り上げ、生気に満ちあふれている見た目にとてもそうは思えない。
思う間に、レシェルは視線をフィックに移し、素性を問い掛けた。
思わず『お前、知り合いじゃなかったの!?』という冷めた視線を向けてしまった。
てっきり、先ほどまでの物言いと振る舞い。
そして、その経歴から、友人とは行かないまでも少なくとも面識はあるものと思い込んでいたのだ。
……見れば、ラリカも同じような温度の低い視線をフィックに向けている。
だが、何故かフィックはフィックで笑顔のまま固まっているようだ。
しばらく思考を止めた後に、慌てたようにわたわたと取り繕うように両手を奇怪に蠢かしはじめた。
「――ええっ!? そんな、フィック=リスでっすよー? いっくら会ったのが昔だからって、すーっかり忘れてるなんて、ひっどーい!」
「あん? 会ったことあんのか? ……スマン。最近どうも記憶が曖昧でな。なんせ、人は寿命が短すぎてなぁ……」
あくまで冗談めかした様子でフィックが責めると、レシェルは困ったようにポリポリと頭の辺りを掻きむしった。
どうやら、本当にフィックに覚えがないらしい。
「――寿命って、ちょっ、え? 冗談じゃなくって、ほんとに、ホントに忘れちゃってる?」
「ああ。だから言ってンだろ。スマンって……」
「そんなぁー……レナ坊、それはいくらなんでも非道いよ……」
よよよ……と目元を押さえる演技をしながら、フィックがラリカの肩にしなだれかかった。
これは……レシェルのことを責めているようだが、本当に覚えられていないのであれば、随分と無礼を働いている事になるのではないだろうか?
――というか、あれか。
さほど親しくもないのに友人面をしている面倒な類いだと思われていないだろうか?
「――おい」
だが、レシェルが一言発した瞬間、そんな弛緩した雰囲気は霧散した。
蛇に睨まれた蛙は、恐怖から身動きを取れなくなると言うが、本能が猛烈な勢いで警鐘を鳴らし、全身の体毛が、ぞわりと総毛立った。
ラリカも、同じく本能が根源的な恐怖を覚えたのだろう。
とっさにもたれかかっていたフィックを放し、片足を引いて杖を両手で構えると、臨戦態勢を取って対峙した。
――本当にフィックの態度がレシェル=バトゥスを怒らせることになったのか!?
フィックの方を責めるように視線を向けたとき、予想していなかった内容が聞こえてくる。
「――おい。テメェ。なんで、その名を知ってやがる――ッ!」
レシェルが怒気を強めて叫ぶや否や、そのまま執務机に立てかけるようにおいてあった瀟洒な杖を左手で掴み、息つく暇も無く魔方陣を展開し、俺たち――より正確に言うのであれば、フィックに杖を向け、魔法を発動した。
とっさに瞳の力を起動すると、狭い室内で視界を埋め尽くすように膨大な数の金色の術式が渦巻いている。
――術式は単一。
――種類は――雷槍ッ!
それも、釣瓶打ちの如く撃ち放つつもりなのだろうか。
二桁を超える量の雷槍が起動されている。
文字通り、光の速さで飛来する雷の槍は、目で見てからでは到底回避が間に合わない。
術式構成をみながら、とっさになんとか土壁の魔法を間に合わせようと試みるが、相手の展開速度の方が早く間に合わない。
――まずい、巻き込まれるッ!
そう、覚悟を決めた瞬間、私とラリカの前に飛び出した金色の影があった。
――フィックだ。
自分を狙って放たれたらしい雷槍に、私達を巻き込まないようにという配慮なのだろう。
数歩前に向かって飛び出したフィックは、一身ですべての魔法を受けるように両手を広げた。
次の瞬間、すさまじい光量で室内が覆い尽くされる。
閉じた瞼を突き抜けて光が目を焼き、爆発音が響き渡った。
雷の熱量に、瞬間的に加熱された内装が爆ぜ、辺りに四散していく。
着弾した地点の近くに居た私達も、その余波を受けて、壁に向かって吹き飛ばされる。
「――ラリカッ! フィーッ!」
ラリカの肩から吹き飛ばされそうになるのを、服に爪を立ててしがみついた。
思わず声を出してはいけないという事も忘れて大声をあげてしまう。
フィックは、数秒にわたり何発もの雷槍が打ち込まれ発生した爆発の中心に居るはずだ。
気がかりにじっと埃の向こうに目を透かすと、おぼろげながら影が立つのが見えた。
ぶわりと、どちらが放ったものか分からない魔法が大風を引きおこし、室内に吹き上がった余計な埃を打ち払った。
――そこには――傷一つ無いフィックの姿があった。
しかし、流石にすべての衝撃を殺しきることは出来なかったのか。
いつも後ろでまとめてひっつめている髪の毛がぱさりと肩の辺りまで垂れ下がっている。
「な、な、な、な……ッ! なーにするんです! レナ坊!」
流石に攻撃されると思っていなかったのだろう。
珍しく怒ったようにフィックがレシェルに向かって怒鳴りつけた。
そういえば、先ほどから『レナ坊』と呼んでいるのはどういうことだろうか?
レシェルの方も、その呼び方をされた瞬間怒りだしたようにも見えたが……
「――やっぱ無傷か……テメェ、一体何処のカミの手の者だ?」
「……へェッ!? ――ほ、ホントにそこまで覚えてないのッ!? 昔、ファナちゃん達みんなで、しばらくウチにいたじゃないかっ!?」
「ハァ? ファナと……?」
レシェルが、不審げな顔をしながら目を細めてフィックの顔をまじまじと見つめた。
フィックは、レシェルに何か伝えようとするように目をそらさない。
視界の端で、ラリカが壁にもたれかかりながら杖をぎゅっと握り直し、左手につけた指輪にチラリと視線を向けているのが見えた。
どうやら、いざという時に魔法が使えるかの算段をしているらしい。
――確かに、これは話の流れによってはもう一悶着ありそうだ。
戦う覚悟を決めながら、私もいつでも魔法を放てるように体内の魔力を練り上げ、術式の起動準備に入る。
――重苦しい沈黙が流れた。
やがて、何かに気がついたらしいレシェルが、表情を見る間に驚愕の色に染め上げていく。
「――ッ!? 待てよ? さっき『フィック』つったか? フィックって、テメェ、まさか……『血風砕河』の――フィー姉ちゃん……ッ!? アルセイルナの姫さんか!?」
「――ようやく思い出してくれた?」
物騒な名前でフィックを呼ぶと、フィックは肩の力を抜きほっとした様子でため息をついた。
「――な、なんで……」
だが、レシェルは引き続き驚愕に目を見開いたまま、わなわなと肩を震わせている。
やがて、自分の中で何か落としどころを見つけようとするように、目をつぶり大きく息を吐き出すと、絞り出すように口を開いた。
「――なんで、そんなアホっぽくなってやがンだよッ!?」
――レシェルの言葉に、先ほどとは違うキンと無音の音がする痛い沈黙が降りた。
やがて、じわじわと言葉の意味が頭の中に染み渡っていき――
先ほどまでの深刻そうな様子も忘れて吹き出した私とラリカは悪くないと思う。
「ひっさびさに会った感想がアホっぽいってどぅーいうことっすか――ッ!?」
顔を赤くしながら、両手を振り上げて叫ぶフィックの声が室内に木霊した。







