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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第一章「ラリカ=ヴェニシエスは猫と出会った」
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第七話「魔法とは」


 ラリカ嬢に拾われてから、早いもので三日が経った。


 朝は、『ヤズル』『リヴィダ』と言うらしいラリカ嬢の御両親がラリカ嬢と出かけるのを見送り、三人が帰ってくると一緒に食事をし、夜はラリカ嬢に湯たんぽ代わりにされて眠るという毎日だった。


 何度か、扉をカリカリ掻いて、外に連れて行ってほしいとせがんでみたものの、ラリカ嬢は『まだまだ安静にしてないとだめですよ』といって、私を必ず寝床に置いてから出て行くのだった。


 とはいえ、一人残されるその間とて、してなにもせずに過ごしていたわけではない。


 ラリカ嬢に恩返しするため、この世界に来るにあたって身についた、魔法の力を確認したりしていた。


 やはりこの世界の魔法は術式というものを利用して、発生させているらしい。ただ、それも一定以上の魔力を持ち、才能がある『魔法使い』のみが用いることができる代物のようだ。


 元々魔法というのは、神が起こす奇跡を模倣しようと始まったらしい。『神が与えたもうた術式』というのもそのあたりが発祥(はっしょう)のようだった。


 ただ、やはり『神が与えた』というのは非常に怪しいものだと私は感じている。


 なぜなら、術式には『第一世代術式』、『第二世代術式』、『第三世代術式』という進化の歴史があり、そこには明確な人間の試行錯誤と努力、研鑽けんさんの歴史が見て取れるからだ。


 私の知識の中で、もっとも古い術式は第一世代の術式であり、『癒す』為のものだった。


 長い儀式と、祈りを神に奉じ、たった一人を助けてほしい。

 ――そう願った末に生まれたものらしかった。


 その術式の記述は非常に非効率的で、現在の術式の構成からすると不要な記述の方が多く、術式の知識がある上でも読み解くのは非常に困難な代物である。


 要は、第一世代術式というのは、何がその効果をもたらすかは分からないが、なんとなく奇跡を起こせるようになった人々が使ったもののようだった。その当初は記述形式もその人ごとで好き勝手に記述していたのである。


 このころは、『奇跡』=『魔法』を起こせるようにはなったものの、発動すること自体に多大な労力を要したようだ。


 そこで、生まれたのが『第二世代術式』だ。


 第二世代術式というのは、第一世代でそれぞれが記述していた術式から、必要な記述を抽出し、命令系統を整備していったものだ。


 ここから、現在に続く基本的な術式の記述形式が生まれ、かろうじて人が理解できるものとなったようだ。


 ――そして、その結果、術式の数は膨大に膨れ上がった。

 第二世代術式が開発されて直後は、特に攻撃系の魔法が多数開発されたようだ。


 それまで、ごく()に魔法を使える者がいただけで、基本的に剣と槍で戦っていただろう戦場に、高火力で、しかも一人で多数の敵を相手取れるような魔法使い達が、多数存在するようになったのだ。


 それはあたかも火薬や銃が生まれ後のごとく、戦場の様子が一変したであろうことは想像に難くない。


 ……だが、そうした血なまぐさい魔法開発がおこなわれる一方で、第二世代術式も後半になればなるほど、『部屋や衣服を奇麗にする魔法』のように。人々の生活に密着した術式が生まれていっている。


 第二世代術式は、現在でも魔法の中心となっているようだ。


 そう、実は先ほど『第三世代術式』といったが、第三世代術式というのは、あまり一般的に用いられている物ではないようなのだ。この術式自体、先の二つに比べると非常に歴史が浅く、主に国家レベルでの大規模な事業において用いられる術式のようで、攻撃魔法しか作られていないようなのである。


 つまりは今のところ『戦争専用』ということだ。


 この世代の術式の特徴は、『一つの術式』に対して『複数』の魔法使いが魔力を供給できるようになった事である。


 大規模な術式に対して、その術式の構成を分解し、数十から数百、場合によっては千に届く魔法使いを一堂にあつめて、術式に魔力を供給していくようだ。


 これにより、あたかも人はかつてに神々の奇跡のように、今まで個人で起こすことができなかったような大きな『奇跡』を人々は手に入れた訳である。


 ……それでも使われる場面が攻撃魔法だけというのには、やはり否応いやおうなく人間のごうの深さというものを感じさせられる話だ。


 

 また、『魔法の威力』という面でも、いくつかの区分けが存在するようだ。



 主に用いられる区分としては、『下級魔法』、『中級魔法』、『上級魔法』というように分けられる。


 下級魔法は、せいぜい『火を灯す』、『コップ一杯程度の水を生みだす』といった程度の魔法である。魔力を持つ者なら、大概の人間が行使できるらしい。


 中級魔法は、それなりの威力をもって用いることができる魔法だ。『炎の矢を飛ばす』ような、戦場で実際使う事の出来うる魔法も恐らくこのレベルからになるだろう。


 対して、上級魔法というのは、中級魔法にくらべて非常に高い威力を持ち、戦場の一区画を吹き飛ばすような、『一般的に個人で用いることができる最高火力』の魔法である。



 ――ここまでが、私がこの世界に来た時に持っていた知識をまとめたものだ。

 随分と、物騒な知識込みで渡されたものである。


 だが、同時に実際ここで生活を送るうち、気になった事も出てきた。


 ――あまり、魔法の存在を見かけないのだ。


 こちらに来た当初気がついた通り、私は、魔力を視覚として捉えることが出来るようだ。


 目の前をふわふわと乱舞する光の粒が鬱陶うっとうしいので、普段は見ないようにしているが、意識をすれば簡単に見る事が出来る。実際、試しに自分で魔法を行使してみると、自分の中の光が術式に流れ込み、魔法が起こるのを見てとることができた。


 実は、この瞳の力で人が持っている魔力の量も、大雑把ながらに把握する事が出来る。


 たとえば、ラリカ嬢などは私と比較して、怖気おぞけが走るほどの莫大な魔力を持っている。


 ……そしてそれは、して、『私の魔力が少ない』と言う意味では無い。


 私の魔力は大まかに見繕みつくろっても、上級魔法を何発も、それこそダース単位で放てる程の魔力が眠っているらしかった。これは数少ない今まで見かけた人物と比較しても非常に多いようにうかがえる。


 ……ただ、残念な事に『持っている魔力の量』と、『術式に流しこめる魔力の量』はまた別のようで、一つの術式に流しこめる魔力の量は中級魔法程度しか流しこめないようだ。このあたりは、今後の成長に期待だ。


 とかく、要はラリカ嬢などはそれほど莫大な魔力を持っているのにも関わらず、日常生活で魔法を使っているのを見かけないのだ。


 確かに、照明や、着火などには魔法を込められたらしいものを利用しているのが見て取れるが、自分達で魔法を使っている様子は見受けられない。もっと魔法を使えば、便利になるだろうにも関わらずだ。


 そう考えると、多数の術式が存在するにも関わらず、あまり一般的に『魔法の行使』ということは浸透していないようである。まるで、誰かが魔法の使用を禁止しているかのようないびつさを感じていた。


 ……となれば、私も迂闊(うかつ)には魔法を使わない方が良いだろう。


 うっかり使ったはよいものの、それで魔女狩りの如くつるし上げを食らってはたまったものではない。この世界の文化習俗を早々に把握する事が先決だ。



***



「くろみゃー、お前もずっと家の中にいるのはつらいでしょう。元気になったようですし、今日は、一緒に外に行きましょうか」


 この日、毎朝のごとく、出かける支度をしながら、ラリカ嬢がそんな事を言い出した。早々にこの世界にもっと知らなければならないと考えていた私にとって、その申し出は渡りに舟だった。


 いや、それ以前に、このままではずっと『家猫』ならぬ、『家ミルマル』として飼われるのではないかという危惧を抱いていたため……内心ほっとした事も否定しない。


「みゃ!」


 元気よく返事をすると、ラリカ嬢の(もと)へ駆け寄ると、ぽんっと跳ね上がってラリカ嬢の肩に乗ってみた。最近ラリカに抱えられていて気が付いたのだが、猫ではなく、ミルマルという謎生物だからか、この体は見た目よりも軽いらしい。


 猫ほどの重量のものが乗ってくれば、このくらいの年頃の少女であれば体勢の一つ崩してもおかしくないが、ラリカ嬢は何ら苦慮することなく平然と私を肩の上に乗せている。


 こうしてみると、ラリカ嬢が杖を持っている事もあって。昔からよく描かれる『魔女』とその『使い魔』というと言う感じだ。


「うわっ!……もうっ、くろみゃー、ホントに元気になりましたねー!」


 元気に飛び乗った私をラリカ嬢がよしよしと頭を(いつく)しむように撫でる。

 御礼を示すために、頭をラリカ嬢の頬に擦りつけた。


 ……やはり、なんとも言えない羞恥を覚えるが、こうするとラリカ嬢が随分と嬉しそうにするため、仕方が無く度々こうして甘えてみせている。


「よしよし。落ちないように気をつけるのですよ」


「みゃ!」


 ラリカ嬢に爪を立てないように気をつけながら、しっかりしがみ付くとラリカ嬢は上機嫌な様子で一度私を見つめ、少しだけ心配そうに私の喉元を撫でると、家の扉を開いた。


 ――外は快晴だった。


 日本のように、大気汚染により常に薄暗いということもなく、青は青く、空はどこまでも抜けるような空だった。『かつて、人が見た空とはこうだったのだろうか』と感じるような。今まで見た事が無い空だった。


 一体、人類はいつからこの空を失ってしまったのだろうか?

 ……ついそんな事を柄にもなく考えてしまう。


 日差しを受けて乾燥した草木のさわやかな香りが心を躍らせる。


 道行く街並みは、初日に見たとおり。どこか欧州の香りを感じる石造りの建造物群が並んでいた。大通りは荷馬車が通るのか石畳で整備されており、人通りも多く活気にあふれている。


 ラリカ嬢の肩の上、左右に尻尾を振りながら座っていると、道行く人がこちらをじっと見て来た。


 確かに、肩の上に猫を載せて歩いている人物がいれば、驚いて見ても不思議はない。

 ……それは、異世界であっても変わらない共通認識らしい。


「――あ、ブロスさん、おはようございます!」


 やがてパンのようなものが並べられた、一軒のお店らしき建物の前でラリカ嬢は立ち止まると、恰幅かっぷくの良い四〇代程の男性に声をかけた。


「あ、やあ、ラリカちゃんおはようさんっ!今日はいくつだい?」


「スィキュムスノルンの特上を四つお願いします。三つはいつも通りでお願いします。残りの一つは今持っていくので、そのままください」


「あいよ! 6,000カルロだよ」


 そういうブロス氏に、ラリカ嬢が何枚かの硬貨を渡すと、ラリカ嬢の顔ほどもある大きな丸いパンが手渡された。ラリカ嬢は受け取ったパンを布に包むと、手慣れた仕草でカバンにしまった。


「――値下げは 2ヶ月後くらいになりそうですか?」


 店主に向かってあくまで明るい声色で問いかけながら、カバンにパンを仕舞い込んだラリカ嬢が顔を上げる。


「んーそうだねぇ。たぶんそれくらいになるんじゃないかな?……バイドイの方はどんな感じだい?」


 店主も目を細め、にこにことした人のよさそうな笑みでラリカ嬢に聞き返す。


「やはり、この前言った通り、七掛け位になりそうですね。ただ、若干今の時点で値下げの話を皆さんされているので、このところ買い渋りが続いていますから、収穫後の値下がりが予想を下回る可能性があります。全部込みこみで八掛け位になるんじゃないでしょうか?」


「そうか。じゃあ、値下げ後は粉屋に言って叩いてもらって、スィキュムスノルンの特 300クルスで1,200 ~1,300カルロってところかな」


「そうですね。……正直、ちょっと予想より渋い感じです」


 小気味よく受け答えをしていたラリカの表情が不意に少し曇った。店主も呼応するかのように、人の良さそうな顔に、悩ましげな表情を貼り付けている。


「……まあ、だなあ。ラリカちゃんのところとかは良いけど、他のお客さんが逃げちまう」


 店主の答えに、ラリカ嬢は難しげに眉間に(しわ)を寄せると、その心情を示すかのようにトントンと軽く右足に履いた靴の先を石畳と軽くぶつけ合わせた。


「……とはいえ、昨年と違って、今年はバイドイ以外の作物もそこそこ取れてますから……もう少し下がるかもしれませんけどね……ただ、アシュスの方面からのルートがちょっと不穏な感じなので、考えに入れずに計算してます」


「――アシュスが?」


 途端、『意外な事を言われた』という驚きの顔で、ブロス氏が確認してくる。ラリカ嬢は顔を上げ、店主の顔をしっかりと見上げると、周りに気を遣うように左右に視線をやってから、少し声の調子を落とした。


「――ええ。少し」


「……分かった。詳細は聞かないでおくよ」


 ラリカ嬢の態度に、聞くべきではないことを察したのだろう。男性が、真剣な表情で大きく頷く。


「助かります。確認取れ次第、職人ギルドの定会でも話題に上るはずですので……その時はフォローお願いするかもです」


「あいよ」


 短く店主が言葉を返し手を上げるのを見てから、何事かを考えるかのようにほっそりとした右手を華奢な(おとがい)に当てながら、ラリカ嬢ゆっくりと石畳の道を歩き始めた。


 ……なるほど、確かに見た目に似合わず、ラリカ嬢はお金儲けにうるさいと言うのは本当らしい。


 二人のやり取りを見て、ようやく先日から疑問だった言葉に合点がいった。


 先ほどから店主と話し合うラリカ嬢は、まだ幼いというのに、まるで名うての商人の如き貫禄がある。彼女の意外な一面をみて、いままでの『幼い優しい少女』という認識を少し改める私だった。


 ――その後も、ラリカ嬢は似たようなやり取りを繰り返しながらいろいろなお店を周っていく。


 途中、どうもラリカ嬢の自作らしい薬を手渡している場面があった。昨晩も不思議な匂いを漂わせながら食事以外を煮炊きしていたが……どうやら薬を作っていたらしい。なにやら、ラリカ嬢は薬師のような仕事もしているらしかった。


 ……確かに、ムシュト氏もラリカ嬢に奥さんの薬をお願いしていた。


 家での様子を見る限り、リヴィダさんが薬を作っているようには見えない。

 ということは、この子は家以外のどこかしらで身につけたのだろう。



 ――まったくもって、なにやら、謎の多いご主人様である。





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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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