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ほづみんさんちの雪華さん 4話「正座と星座とウチのカミさん」


「じゃあ、これで、お風呂の使い方は分かったか?」

「うん……分かった」

「そっか。なら、ゆっくり入ってくれたらいいからな」

「……ありがとう」


 やっぱり雪華は、お風呂の使い方が分からないようで、脱衣所からなぜか自信にあふれた様子でお風呂場を覗き込み――固まった。


 恐る恐るという風に振り返る雪華に、『やっぱりなぁ』ってため息が出たけど、何となく色々な事に戸惑う雪華が新鮮で、一つ一つお風呂の使い方を説明しながら、説明するのも少し楽しいなと思えた。


「――あら? 優結ゆう。何笑ってるの?」


 どうやら、いつの間にか笑って居たらしい。

 脱衣所の戸の前で立っていると、母さんが通りかかった。

 慌てて表情を引き締める。


「な、なんでもない。――あ、そ、そうだ。雪華の着替えってある?」

「ああ、そうね……ちゃんとした服は、明日買いに行くにしても、今日は、私の浴衣でも着て貰おうかしら?」

「分かった。勝手に箪笥たんす開けるよ?」


「ちゃんと、若い子に似合う浴衣出してくるのよ? 確か――」

「分かったっ! 『撫子』か『矢羽牡丹』でいいかなっ!?」


 母さんの浴衣姿を思い出しながら、雪華に似合いそうな浴衣を思い浮かべながら、二階の座敷から浴衣を取ってこようと階段を昇り始めると、後ろから母さんがついてきた。


「――ああ……もう、この子は……そんな急いで探さなくても雪華ちゃんだってすぐに出てきたりしないわよ……『撫子』はちょっと地味すぎるし、『矢羽牡丹』は家で着るには派手すぎるわね……ほら、お母さんも一緒に見てあげるわ」


「ありがとっ!」


 どうやら、俺の言った候補は母さんのお眼鏡にかなわなかったらしい。


 ――だって、浴衣の柄とかあんまり分かんないんだから仕方ないじゃないか。

 よく分からないのに、勝手に選ばないとって思ったのは、呆れられても仕方が無いかも知れないけどさ。



「そのっ……母さん……ありがとう……」



 でも、いきなり連れてきたのに、ちゃんと母さんが雪華のことを受け入れてくれているんだなって思えて、お礼を言った。


「はいはい……ちょっとそこをお退きなさいな」


 色々な意味を込めて、恥ずかしさを堪えながら、さっきに比べて随分小さくなったお礼は、果たして母さんに意味は伝わったのか、それとも分からなかったのか。

 軽く笑うと落ち着いた仕草で箪笥を開き、浴衣をり始めた。


「――ほら、これが良いんじゃないの?」


 その後振り返った母さんが笑いながら差し出していた浴衣は――『朝顔(あさがお)』だった。


「――昔、お父さんに言われたの。袖すり合うも多生の縁。えにしも、きずなも、かけがえのないものだって。だから優結。――ちゃんと、大切にするのよ?」


「――わかった……ッ!」


 ――やっぱり、母さんにはかなわない。

 俺は、力強く両手を伸ばして、母さんから華やかな柄をした浴衣を受け取った。



***



「着方、合ってる……?」


 浴衣を脱衣所に置いて、しばらく父さんと縁側で座り込んでいると、脱衣所の扉が開く音がして雪華が姿を現した。


 湯上がりで少し浴衣の袖がひっつくのだろう。

 雪華は形を直すように浴衣の袖を引っ張りながら聞いてきた。


 ――でも、俺は口を開いても、何故かとっさに言葉が出てこなくて、それに答える事が出来なかった。


 さっきまで異国情緒あふれる服装だった雪華が、見慣れた浴衣姿でそこに立っている。


 ――ぐっと、雪華との距離が近づいたような気がした。


 すると、今度は急に、雪華のあちらこちらが気になり始めた。


 ――初めて会ったときに、光り輝いていると思った銀色の髪が水気を帯びて、真っ白な肌にくっついている。

 ――それに、今まで現実感がないくらい真っ白だった肌が、ほんの少しピンク色になっていて、頬の辺りがほんの少し緩んでいるように見える。

 なんだか、さっきまでより『お姉さん』って気がする。


 浴衣の間から見える部分をなぜかついつい見てしまう。

 そして、袖から出ている手先をみると、さっき家まで帰ってくるときに握っていた手の感触を思い出して――


「――お風呂入ってくるッ!?」


 俺は、雪華から逃げるように、横をすり抜けると脱衣所に滑り込んでバタンと戸を閉めた。

 雪華の横をすり抜けるとき、ふんわりと、自分がいつも使っているのと同じ、でも、どこか違う香りが漂った。


「なんだよ……なんなんだよ……」


 どきどきと早鐘を打つ胸の辺りに右手を当てながら、俺は落ち着こうと思って深呼吸をした。


 ――吸って

 ――吐いて


 ――もうひとつ、吸って


 ――脱衣所の中も、雪華の横を通ったときと同じ、少し甘いような香りが漂っているのを認識した。



「~~ッ! ほんとっ……なんなんだよッ……!」



「――大丈夫?」


 小さな声で、再び呟くと、背にした扉の向こうから気(づか)わしげな雪華の声が聞こえた。


 ――そっか。雪華の後ろに滑り込んで扉を閉めたんだから、まだそこに居るよな。


「――ッ! なんでも無いッ!」


 俺は、恥ずかしさを必死でこらえながら、扉の向こうにいる雪華に向かって叫んだ。


「ん」


 雪華は短く答えてくれたけど、その声を聞くと、余計に心臓は早く脈打っていった。


「お風呂……お湯の抜き方が分からなかった……から、まだお湯抜けてない……」

「――それは、良いからぁっ……」

「でも――」


 雪華の声を聞きながら、俺は、なんだか泣きそうになりながら、服を手早く脱いで風呂場に飛び込んだ。


 風呂場の扉を閉めて、もう一度落ち着くように深呼吸を――しようとして、慌てて風呂場の小窓を全開にした。

 蒸し暑い夏の夜風が、なんだかとても涼しく感じた。

 そのまま、妙に火照っていた顔を風に晒していると、ようやく少しだけ頭のしびれがとれていくのが分かった。

 さっきまで、どこかぼやけていたようだった視界が、広く膜を取っ払ったみたいに広がった気がした。


「はぁ……」


 そこまで至って、ようやく俺は大きくため息をついた。

 なんだろうか。本当に、雪華には調子を狂わされてばかりである。


「やっぱ、家族じゃないのに、家に居るのが落ち着かないのかなぁ……」


 きっと、家の中に誰か他人がいる。

 まだ、そんなに親しくない人が居るって事が、この調子が狂っている原因だろうと思う。

 ――でも、『俺』が、雪華を拾うって決めたんだ。


「情けないよなぁ……」


 母さんでも、父さんでもなく、雪華を連れてくると決めた自分が、一番雪華を受け入れられてないんじゃないかって思って、ちょっとした自己嫌悪を覚えた。


「きっと、母さんや、父さんも、俺が変なの、気がついてるよなぁ……ひょっとしたら、雪華も」

「――情けないなぁ……」


 もう一度、同じ言葉を繰り返しながら、俺は手早く風呂を済ませるために、手桶を握った。

 ――これから、花火をみんなでするんだ。遅くならないようにしないと。


 そうして、浴槽の湯を掬おうとして――



「どうしよう――……」



 ――その湯が雪華の残り湯だということに気がついて手が止まるのだった。


 

***



 風呂から上がると、縁側に座る雪華の姿が見えた。

 俺が風呂に入るまでそこに座っていた父さんの姿はなかった。

 ひょっとすると、二階の座敷で母さんの手伝いでもしているのかも知れない。


「あがった?」


 俺が声を掛けるよりも先に、雪華がこちらを振り返って声を掛けてきた。

 雪華が振り返ると、さっきより夏の暑気に、少し乾いた髪の毛が、遅れてふわりと舞っている。


「……ああ。ありがと。――あがった」


 一瞬、ぐっと息が詰まったような気がしたけど、大丈夫。

 今度は普通に声を発することが出来た。


「そう。――こっち」

「……あ、ああ」


 さっきの公園のベンチのように、雪華が隣をトントンと左手でたたきながら、一緒に座ろうと示した。

 俺は、少し緊張しながら、雪華の隣に腰を下ろす。

 ――正座で。


「……どうしたの? ……座り方……」

「――これで、良い。大丈夫。問題ない。俺、正座、平気だから」

「そう……」


 俺が、早口で大丈夫だというと、雪華は納得のいっていないような表情を一瞬浮かべたが、すぐに普段通りのなにを考えているのか掴みづらい表情へと戻ってしまった。


 そして、そのまま俺たちは何も言わずにじっと空を眺めた。


 七夕の夜は過ぎてしまったが、夏の分厚くて重たい空気の向こう側で、無数の星が美しくまたたいていた。

 天の川が、見える限りの空の果てまで流れて消えていく。

 心地よい風が吹き、湯上がりの体からあふれた熱が奪われて心地よい。


 ――ああ。なんか、すっげーいいなぁ。


 そう思うと同時、雪華の方はどうなのかが気になっていた。

 さっきから表情を変えずに空を見上げているが、退屈なんじゃないだろうか?

 こういうとき、どんな話をすれば良いのだろう。

 分からない。


 ぐるぐると思考しながら、再び空を見上げると、そこにはやはり天の川が見えた。

 そういえば、クラスの女子連中は、星とかそういう話が好きだったな。

 よく、星座占いとか心理テストだとかについて話している。

 なら、星に関する話題が良いかもしれない。


 ――七夕の伝説だとか、そんなのは図書館で読んだ本でしか見た事は無いけど、何となく、女の子と話すにはふさわしい気がした。


「なんで、織り姫と彦星はそこまでして会おうと思えるのかな?」

「?」


 唐突に話しかけた俺に、雪華は静かに首を傾げた。


「いや、七夕の伝説。一年に一度だけしか会えなくって、それでもなんとか川を渡って、お互い一緒に過ごすんだろ?」

「そう……なの?」

「ああ、知らないのか。昔々、えらい真面目な機織り娘と、牛飼い青年がいて、天の世界で結婚したんだけど、結婚したら仕事をさぼるようになっちゃって、怒られたんだってさ。」


 色々と必要な情報を削っている気がするが、要点だけ伝われば良いから、思った以上にすらすらと説明が出てくる。


「それで、怒られた結果、一年に一回しか会えない事になったんだけど、それでも二人は毎年必ず会って、七夕の日は一緒に過ごしてるらしいぜ。だから、一年に一度だけなのに、なんでそんなに相手のことを想ってられるんだろうって思ってさ」


 『一年』なんて長い間、ずっと相手のことを想っていられるなんて、織り姫と彦星っていうのは随分気長な性格をしていると思う。

 しかも、それだけ待っても会えるのは一日だけ。

 それとも、恋だとか愛だとか、そんな気持ちを持ったら、案外一年くらいはあっという間にやってくるんだろうか?


 そんな経験、したことがない俺には、あんまり理解が出来なかった。


「たかだか、一年……」

「でも、一年経っても一日だけだぜ?」

「きっと、二人……どうしても会いたいと想ってる……なら、誰かを想う気持ちは、とても強い。――人も、カミも」


 神様も、人も同じように考えてるっていう雪華の話がなんとなく面白かった。

 確かに、日本の神様のお話とか、ギリシャ神話だとか、俺だって読んだことがあるけど、どっちも普通に今の人と変わらないようだった。


「ははっ。確かに、織り姫と彦星の話を聞いてると、随分神さんって奴は、人間に似てんだな。――ウチのカミさんが一番良いってさ」


 どうやら、俺、やっぱりちょっと浮ついているらしい。

 普段なら口にしないような、しょうも無い冗談を口にしてしまう。

 しまったと思って雪華の反応を確かめたけど、雪華は気にしていない様子で、少し真剣な表情を浮かべていた。


「きっと、カミ様も……人と変わらない。人の……中、に紛れてしまったら、きっと人はカミをカミだって分からない……と、おもう」

「じゃあ、案外その辺で神さんがふらついているかもな」

「そう。ひょっとしたら、拾われた家でそらを見上げて、星を見ているかもしれない」


 ――ひょっとして俺の下手な冗談に合わせてくれたのだろうか?

 初めて、『魔法使い』と名乗ったときのように、少しだけ悪戯っぽく笑って居る。


「ははっ……じゃあ、俺が拾ったのは神様だったってことだ。福の神かな?」


 だから、俺はそんな雪華の冗談に乗っかるように、雪華に出会ってからのふわふわした気持ちをのせながらそんな言葉を口にした。


「さあ――何のカミ……豊穣(ほうじょう)?」


 雪華は、ゆったりと首を傾げ――『豊穣』の神と言った。

 ――ついつい、雪華の頭のてっぺんから、足先までをついと見つめて、『あんまり豊穣なんてイメージじゃないな』なんて失礼な事を考えてしまった。

 でも、ふわふわとした声音から豊穣なんて堅苦しい単語が出てきたのがおかしくて、思わず、ふふっと笑ってしまった。


「そりゃぁ、随分ありがたい神さんだな。じゃあ、一つ畑の豊作でも祈っとくか。――いや、最近小学校でひまわり畑を作って、最近ようやく芽が出てきたんだよ」


 失礼な事を考えてしまったばつの悪さから、話題を変えるように、最近小学校で育てているひまわり畑の話をした。

 先生が、どこかの団体からひまわりの種を貰ってきたらしい。

 体育館裏の砂利敷きの空き地の整備から始まって、畑を作って、最近ようやく少しずつ育ち始めたのだ。


「植物の芽吹きは、()の息吹。――大切に」

「本当に神様みたいなこというんだな……」


 そんな、俺の逃げるような言葉に、雪華が、ちょっといい話っぽく返した。

 ――ほんの少し、得意げな表情を浮かべている。

 『したり顔』って奴だ。


「――私は魔法使い。たぶん。きっと。できれば」


 でも、本人的にはやっぱり神様より、魔法使いの方がお気に入りらしい。

 ――その設定、まだ続いてたんだ……


「『できれば』って明らかに願望が入ってるじゃん!?」


 したり顔のまま、そんなとぼけた事を言う雪華に、思わず突っ込んでしまう。


「――間違えた。できればじゃない。きっと私は、魔法使い」

「それでも、『きっと』なんだ……」


 呆れたように俺がいうと、雪華はしたり顔を少し悲しげなものへと変化させた。


「魔法は難しい……とても、とて……も……難しい」


 困ったようにぽつりぽつりとつぶやく姿は、なんだか哀愁が漂っていて、悪い事を聞いた気分にさせられる。

 どうやら、よっぽど魔法使いに憧れがあるらしい。

 クラスメイト達がよく魔法の呪文を唱えたりしているけど、それはちょっと大きくなったお姉さんでも同じようなものなんだろう。

 ただ、雪華の場合は、浮世離れした雰囲気があるから、『魔法使い』って言われたら、なんだか納得してしまいそうになる。


「そりゃあ、そんなもんぽんぽん使えたら世の中きっと大混乱だろ。FBIの超能力捜査官とか、うさんくさい連中がみんな本物になっちまう」


 雪華をなんとか元気づけようと、最近テレビで良く出てくる、超能力捜査官とか名乗っているやからを例にだして言うと、意味が分からなかったのか、雪華は不思議そうに首を傾げた。


「えふびーあい?」

「世の中の悪事の大半に関わっている謎の組織だ」


 だから、俺は得意げにちょっと大げさな事を言ってみた。

 映画だとか、ドラマだとか、色々な作品で彼らは悪事や陰謀に関わりすぎだと思うのだ。

 この間は徳川埋蔵金を探していたっけ……


「そう……えふびーあい」

「他にも『かーげーべー』とか色々あるんだぜ?」

「……詳しい」


 雪華。お願いだからさ、そんなきらきらした尊敬の目でこっちを見ないで。

 正直、場を和ませようと適当にふざけていった内容に感心されると気まずい。



 変にかっこつけようとした恥ずかしさで死にそうだから。


 

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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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