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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第三章「ラリカ=ヴェニシエスは立ち上がる(下)」
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第十七話「吸血鬼との戦い」

 

 背後から掛けられた声に、慌てて横に向かって飛びすさり振り返る。

 先ほどの呻き声の影響か、手足が冷たく冷え切ったまま強張っていた。


 振り返った先にいたのは、悲しそうな顔をしたフィックだった。


 右の手のひらでで、半袖からのぞく腕の左肘のあたりを押さえるように包み込みながら立っている。

 フィックは、後悔をこめるように、唇を噛みしめながらただこちらを見つめていた。


「――ごめんね。試すような真似しちゃって」


 フィックが、申し訳なさそうに、しかし温度が低い声で謝罪を口にする。

 明らかに私が人語を解する事を分かっているかのような――

 いや、自分と対等な明確な意識が私に存在するのを確信しているかのような口調だ。

 

「もう、誤魔化さなくたって良いんだよ? ミルマルじゃ、ないんだよね?」


「――どういうことだ?」


「……やっぱりかぁ」


 ――もう、誤魔化すことは出来ないだろう。どうやら、私は失敗したらしい。

 そう思って、声を発した私に、フィックはか細い声を発しながら嘆息した。


「くろみゃーちゃんも、魔族なのかな? 魔獣じゃ無いよね?」


 一歩、軽く踏み出したフィックが、静かに確認するように私に問いかけた。

 ――魔族? 私はそんなものになった覚えはないが……

 近づいたフィックに警戒心を高めている間にも、なおもフィックは話し続ける。


「ああ、本当……私、ばかだな……こんな事になるなら――」


 嘆くように、自らを責めるように、明らかな後悔を込めた声を出しながら、フィックはかすかに、腕を振るわせながら左腕を押さえる右手に力を入れた。

 

 そして、そう言いながら、フィックは魔方陣を一瞬展開させる。


 ――収納魔法?


 発動したままだった瞳が、即座に発動段階に入った魔法を看破かんぱする。

 魔法の発動に全身に緊張が走るが、どうやら、攻撃魔法ではないらしい。

 なにかをとりだそうとしているようだ。

 フィックは、左肘からようやく右手を離すと、そっと右手を突き出す。


「――あの日、ちゃんと殺しとくんだったよ」


 ――そういったフィックの右手には、冷たい光を放つ、大ぶりなダガーナイフが握り締められていた。


「――やはり、あの時の――ッ!」


 そう。それは、紛れもなく、あのとき私が路地裏で戦った、『ハイクミアの吸血鬼』が使っていた武器だった。


 今の言動、そしてこの武器。


 ――つまりは、目の前にいる女が、あの日見たフードをかぶった犯人、『ハイクミアの吸血鬼』に違いなかった。



 ――目の前の女が、リクリスを。

 ――リクリスを……



 ――殺した……ッ!



 『くろみゃーさんっ!』


 王都に来て出会った、一人の少女。

 自信なさげに、舌っ足らずな口調で話す少女だった。

 よく、浮かべるのは困ったような笑顔だ。

 それに、ちょっとしたことでも慌てて、助けを求めるように周りを見回す癖があった。

 でも、時々こちらが驚くほど熱心になることもあって……


 頭の中に、出会ってからのつかの間の日々の表情が、思い出が駆け巡っていく。


 ――限界を超えた思考が焼き付いた。



「――貴様かぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」



 私は、体中に籠もったありったけの怒りを吐き出し、雄叫びに変えると、目の前の女に向かって魔法を放つための術式を起動する。


 はじめに生み出したのは氷槍の魔法だ。


 今回は、拘束だとか、生やさしいことは考えていない。

 手加減なんて一切していない。


 かつて、ラリカの目の前で大岩を砕いてみせた型の氷槍だ。

 大型の氷柱つららのような氷の塊が、フィックに向かって回転しながら飛んでいく。


 フィックは、私が魔法を放つのを見ると、その場で瞬間的に魔方陣を展開させた。

 そして、私が放った槍の側面にぶつけるように氷槍を放った。


 大ぶりな氷柱同士が激突し、内包された魔力と衝撃力を解き放つようにはじけ飛んだ。


 室内に、無数に砕けた細かな氷の破片が飛び散り、きらきらと照明を反射し視界を舞ってゆく。

 初夏の熱気を帯びていた室内が、ぐっと気温を落とした。


 フィックが腰だめにナイフを構え、力を溜め込むように姿勢を落とした。

 同時、再び氷槍の魔法が展開される。


 ――来る。


 私は大きく背後に飛びすさり、壁に着地(、、、、)すると、風槌ふうついの魔法を展開した。

 圧縮された空気が破裂するような炸裂音が響き、進路を逸らされた氷槍が天井を突き破った。

 私とフィックの間にあった、重量感のある机が、本が、飲みかけのカップが、風槌の魔法によって押しのけられ、吹き飛んでいく。


 轟ッという風が巻き上げる音と共にフィックに向かって押し寄せる室内にあったあらゆる『物』を前に、フィックは床板を踏み割って、足をアンカーのように固定して、ナイフを前に掲げると、まばたき一つせずに真っ正面から風槌を受け止めた。




「……嘘だろ」



 見た目は華奢な女性が、とんでもない膂力りょりょくを発揮する荒唐無稽こうとうむけいな様子に、思わず素でつぶやいてしまう。


 その間に、フィックが再び正面に魔方陣を展開した。


 ――再び、氷槍だ。


 魔方陣を見て取った私は、同じく氷槍の準備を整えながら、フィックの魔法をぎりぎりで避けるように壁を走り抜ける――ッ!


 ――避けた!


 避けると同時に、照準を定めて魔法を放とうと立ち止まる。


 ――だが、すでに二本目の氷槍が打ち出されこちらに迫っていた。


「なん……くっ!」


 呻き声を上げながら、準備していた魔法を目標も定めず大雑把に打ち出しながら走り出す!


 そんな私の後を追うかのように、次から次へと氷槍は降り注ぎ、駆抜ける私の後ろにつきたって線を描いていく。


 追い立てられながら魔法を放とうとするが、次々と飛んでくる魔法を避けるのが精一杯だ。

 今も無数の氷の槍が、その航空機の偏差射撃のように精度を上げながら私を追い立てていく。


「この……ッ! 化け物か――ッ!」


 壁を、床を、天井を、軌道を予想されないように、あらゆる足場を利用しながら、小さな体躯と運動能力を生かして、縦横無尽に走り回る。


 歯を食いしばりながら、普段は口にしない悪態が口から飛び出した。

 その言葉に、部屋の中央で私の方を向きながら魔法を放つフィックの肩がぴくりと揺れる。

 ――ずろりとした影が、フィックから立ち昇り、圧力を放ち始めたように感じる。


 先ほどまで、能面のように表情を浮かべず、機械のようにこちらを狙ってきていたフィックの顔に、激情が浮かんだ。


「――確かに、確かに私は化け物だけど、それでも、お前にッ! リクリスちゃんみたいな小さな子供を殺したお前なんかにっ! そんな事言われたくなんか無い――ッツ!」



 ――そして、まるで、私の罪を糾弾するように、私を責めるように、フィックが怒りの叫び声を上げた。




「――なん……だと……?」



 さらに勢いを増し始めた氷槍を必死に避けながらも、フィックの叫び声に冷やされた頭に、戸惑いの感情がわき上がってくる。

 それでは、まるで、リクリスを殺したのが私だとでも言うようではないか。

 

「リクリスちゃんはッ! リクリスちゃんはッ! 仕事するときは一生懸命でッ! 私達がお昼ご飯持って行かないと、お昼だって食べないんだッ! なのに、私達がちょっとでも疲れたときは、必ず声を掛けてくるんだッ! 『大丈夫ですか?』ってッ! リクリスちゃんだけじゃ無い、アレネちゃんだって、ティムちゃんだって……ッ! みんな、みんな、良い子だったんだぁッ!」


 フィックが、飄々(ひょうひょう)とした仮面を放り投げ、苦痛に顔をゆがませながら叫んでいる。


 その言葉は、決して表向きや演技で言っているとは思えない。

 心の底からの叫びのようだった。


 ――まて、なにか、致命的な勘違いが存在する。

 フィックの様子を見て、私はそう確信した。


「――待て……ッ! 貴様が『ハイクミアの吸血鬼』ではないのかッ!?」


「……え」


 氷槍を避けながら、大声を張り上げると、フィックがそれまで激情に駆られていた表情をすとんと落とした。


「貴様が、ハイク、ミアの、吸血鬼では、ないのかと……聞いているッ!」


「――ッ!」


 未だ打ち続けられている氷槍を避けながら、切れ切れに問いかけると、フィック顔が驚愕に染まり、不意に氷槍の連打が止まった。


 私も壁に張り付いた状況で静止し、お互いの視線が正面からぶつかり合った。

 赤い瞳が、私の嘘を見破ろうとするかのように、強い力を持って見つめ返してくる。


「――くろみゃーちゃんが、『ハイクミアの吸血鬼』じゃなかったの?」


「――貴様が、『ハイクミアの吸血鬼』では無いのだな?」



 ――床に、壁に、無数の氷柱が剣山の如く突刺さりる部屋の中、死闘を繰り広げていた私達は、話し合いの必要性を認識した。

 


***



「……どうして、私をハイクミアの吸血鬼だと思った?」


「――そりゃー、吸血事件の現場で、ミルマルっぽいなにかに襲われたからだよー」


「では、やはりあの晩戦ったのは、貴様だったのだな」


「もー、『貴様』じゃないよ。ちゃんと、フィックって名前があるんだ。フィーとか呼んでくれたら嬉しいなー」


 私とフィックは、襤褸ぼろになった部屋の中、なんとか椅子を二つ発掘するとお互いに向かい合うように座った。


 フィックは、先ほどまでの深刻な様子が嘘のように、普段の明るい雰囲気を取り戻すと、おちゃらけた様子で私の質問に答えている。


 いや、よく見ると瞳はまったく笑っていない。

 それに、フィックの体内の魔力の流れは、戦闘時のように体内を巡っている。

 いつでも、魔法を放つ準備は出来ているようだ。


 おそらく、今のおちゃらけた様子は演技なのだろう。


「それで、フィー、なぜあの日あんな場所に居た?」


「……吸血鬼事件を調べてたから」


「……なに?」


 少し、声のトーンを落としたフィックは、両手を組んで膝の上に置くと、顔をうつむける。


「――私は、ずっと吸血鬼事件の犯人を捜してたんだ」


「――なにか、事情があったのか?」


「んーまあね。この教会のハイクミア教徒の子が被害に遭ったのは、リクリスちゃんが初めてじゃ無いんだー……」


「なんだと……!」


 フィックからもたらされたのは、意外な告白だった。


 ――今までも、教会の人間が被害に遭っていて、同僚を失っていた。

 だが、そう言われてみれば、納得できる事もある。


 今回の事件のあと、教会に戻ってきたときも、皆どこか慣れた様子で私達の事を放っておいてくれた。

 あれは、今までにも似た経験があって、学んだ対応だったのではないか?

 あのときは、リクリスを失った悲しみにそれどころではなかったが、今更ながらにその事に思い至った。


「まあー、うちの教会はいろんな子が出入りするからねー……事件に遭う子が出ても、おかしくないんだけど……それでも、やっぱり、ね……」


 明るい声を出そうとして失敗したように、じわじわと悲しみを染み出さたフィックが、言葉を続ける。


「それで、時々町に出て、事件が起こってないか調べてたんだー。あの日、あの子が倒れてるのを見つけて、様子を確認しようとしたら、誰かが走ってくるみたいだったから離れたんだよ。そしたら、追いかけてくるのがくろみゃーちゃんだったんだ」


 苦笑するように、フィックが口元を弱々しく吊り上げた。


「単なるミルマルだと思ったら、なぜか魔法は使うし、ちょうど事件が無かった間王都に居なかったみたいだし、『これはひょっとして、犯人かなあ』って思ったんだけどなぁ……だから、リクリスちゃんの事件もあって、ラリカちゃんも危ないって思ったんだ……」


「――そういうことか。私は、あの時戦った相手がハイクミアの吸血鬼だとばかり思っていたからな……」


 言いながら、結論を急くあまり、つい決めつけてしまった自分の短慮を猛省する。

 だが、『吸血鬼』という言葉につい思考が引っ張られてしまったと言うのも否めない。


 フィックの見た目や、銀に似た食器を嫌がったところを見ていたため、ついついフィックを吸血鬼かもしれないと思ったときに、信じ込んでしまったのだ。

 そういえば……


「――『刻印』はどうしたのだ?」


 フィックがあの時戦った相手だとすると、かねてから疑念だった事をを口にする。

 刻印がなかったから、最後までフィックは犯人ではないと思っていたのだ。


 フィックは、『嫌な事を聞かれた』という風に顔を少し顰めると、困った顔をしながら私の瞳を見つめた。


「そーだね……説明しないわけには……行かないよね」


 そう言って、フィックは先ほどのダガーナイフを再び取り出した。

 見ている前で、ナイフを少しゆらゆらと動かすと、自分の左手首に当て――


「さっき、くろみゃーちゃんが言った『化け物』って言葉、あながち間違いじゃ無いんだ――」


 止めようとする私の目の前で、大きく手首を掻き切った――ッ! 

 かなり深く切ったのだろう。血が傷口からあふれ出て、床に向かって滴り落ちた。


「な、何をしている!?」


 慌てて私が治癒魔法を発動させようとすると、フィックは右手にナイフを持ったまま軽く上げて制止する。


「まあ、見てて」


 そうして、自分の血に塗れた左手首をがれきの中から拾い上げた布で拭った。

 そこから、見えたのは、グロテスクな想像とは違い、傷一つ無い綺麗な肌だ。


「――ね?」


 私の反応を面白がるように、自嘲気味な笑みを浮かべたフィックが言葉を続けた。




「――私は、人間じゃ無いんだ。歳を取っても、傷ついても死なない。血を吸った人も不老不死に変えてしまう、不滅の存在。だから、『吸血鬼』とか、『化け物』とかも間違いじゃ無いんだよ」





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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

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これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

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