第十五話「月夜の影」
『ラリカさんの好きなものってなんですか?』
突然、そんなことを聞いてくるリクリスに、さてどうしたものかとテーブルにつき、詳しい話を聞いてみると、どうやらリクリスはラリカに何か贈り物をしたいようだ。
多層術式が完成したお祝いとお礼がしたいらしい。
どうも、ラリカと出会ってからこっち、貰ってばかりで何も返すことが出来ていないことが、ずっと心のなかに引っかかっていたのだろう。
元々は、自分の懐事情を考えて、手紙を贈ろうかと思っていたらしいが、テーブルの上にどっしりと置かれている思わぬ収入を見て、何か贈り物をと決意したらしい。
正直、ラリカなら手紙をあげればそれで十分に喜んでくれそうな気がするが、それではリクリスの気が収まらないようだ。
しかし、そうなると今度は何を贈って良いものやら、私も頭を抱えている。
とりあえず、手紙は絶対。リクリスはハイクミア教徒の矜持として。
私はラリカの性格を考えた上で、これは双方の共通認識だ。
それ以外となると……ラリカが興味を持つものといえば、魔法関係……後は食べ物くらいか……
装飾品の類いは、これといって身につけていないところをみると、あまり好まないようだ。
あの子は、ああ見えて案外、質実剛健というか、華美なものは身につけないからな……
そういえば――
「リクリス、その腰につけている装身具をおそろいでプレゼントしてはどうだ?」
「腰の……? オストラですか?」
自分の腰につけている、銀色の環が連なったオストラというらしい装飾品を持ち上げながら、リクリスは小首を傾げている。
流行り物なのか、町の中を歩いているときも、よく腰からこのオストラを下げている人間がいた。
「『オストラ』というのか。それはどうなんだ?」
「ラリカさん、オストラ持ってないんですか……?」
「……持っているのが普通なのか?」
「リベスの町から王都に来ているなら、見せてないだけで、持ってると思います。オストラは、旅人の証ですから」
「そうなのか!?」
「はい。オストラは、旅人が町から町に移るときに持ち歩いて、宿に入ると預けるんです。昔は、宿のお金を踏み倒したり、迷惑を掛ける旅人が多かったので、宿代代わりに預ける事になったんです……私みたいにお金のない旅人は装身具として身につけますけど……」
どうやら、ラリカに贈るものとしては不適らしい。
しかし、そうなるといよいよ悩むところだ。
料理関連で包丁とも思ったが、ラリカはすでに良さげなナイフを持っている。
うーむ……困った。こういうとき、案外つきあいが短かったことを再認識してしまう。
少女の好みそうな物……物……
しばらく考えたところで、ふと思い出した事があった。
「――少し待っていろ」
リクリスに言い残し、ラリカの眠る寝室へと歩いて行く。
寝返りを打ったらしいラリカが、先ほどとは体勢を逆にして左半身を上に向けている。
――うむ。ちょうど良い。
足音を殺しながら、眠るラリカに近づいていく。
ラリカを踏みつけないように気をつけながら、柔らかく不安定なベッドの上を軽い足取りでラリカの頭部に近づいていくと、昨晩、髪を解かずに眠ったラリカの髪を束ねているリボンをじっと見つめる。
ああ。やはり――思った通りだ。
端の方など、大分リボンに痛みが出てきている。
随分、このリボンを大事そうに使っていたからな。
お気に入りと言う奴なのだろう。
贈り物としてはこのあたりが最適か。
リクリスの問いに答えられそうな事に内心安堵しながら、ラリカの寝顔を見つめていると、ラリカの甘い香りがふわりと漂った気がした。
まったく、本当に偉人には見えんなこの子は……
「よし……リボンが良いだろう」
私は独りごちると、眉をハの字にしながら、困ったようにテーブルの上に置かれた袋を見つめるリクリスにアイデアを伝えに向かった。
『リボンが良いのではないか?』と言われたリクリスは、悩ましげな表情を明るくすると、朝食もそこそこに部屋を出て市へと向かって飛び出していった。
「くろみゃーさんっ! このことは内緒でお願いします」
出がけに口止めを頼まれた。
どうやら、ラリカに内緒で準備をして驚かせたいようだ。
「サプライズプレゼントということか。承知した。私もそういうのは好きだ。ラリカには、リクリスは日用品を買いに出たとでも伝えておこう」
「えへ……」
照れたように笑うリクリスの顔は今まで見たことの無い、いたずらっ子のような笑みだった。
――まあ、随分と幸せそうなことだ。
リクリスの出て行った扉を見つめ、一人残された部屋を見つめると、私は前足を使って顔を一人洗うのだった。
***
「……おはようございます。くろみゃー」
さて、朝食の準備を片付けて、『昼食の準備をしておけば良かったか』などと考えていると、ようやくラリカが起きてきた。
まあ、昨日、今日は特に予定が無いと言っていたし、少しくらい寝坊しても良いだろう。
「ああ。おはよう。寝ぼすけだな。ラリカ」
「……すみません。リクリスは?」
素直に、まだ少し眠気が取れていないようなとろんとした目で、ラリカはゆっくりとこちらに近づいてきて、椅子へ腰掛けた。
服装も若干はだけてしまっているし、髪だってそのまま眠ったためちょっとぼさぼさになってしまっている。
さらさらした髪質だからまだ見れたものだが、そうで無ければとんだ無精娘だ。
「もうとっくに出て行ったぞ」
「そうですか」
冷たい水を差し出しながら答えるが、どこにとは言わない。
ラリカもまだ頭が十分に回っていないのか、特に詳しくは突っ込んでこない。
水を飲んでいる間に乱れた髪の毛だけでも、少し整えることにする。
「……ありがとうございます」
「水を飲んで、少し食事をとったら風呂にでも行ってこい。少しはそれで目も覚めるだろう」
「……ありがとうございます」
そう返事するラリカは、どうもぼうっとしていて、機械的に返事を返すだけだ。
――だめだ。ちょっと今日の主人は、ポンコツ気味かもしれない。
***
「ん……リクリスがなかなか帰ってきませんね……」
夕方、手元の書類から顔を上げながら、ラリカがぽつりとつぶやいた。
視線は暗くなった窓の外に向かっている。
結局、今日のラリカは事務処理に専念することにしたらしい。
どこから来たのか大量の書類の山を形成したラリカは、せっせせっせとそれぞれの書類に目を通して何事かを書き込んでいた。
私も、ラリカの手伝いで動かしていた前足を止め、窓の外を見つめる。
確かに、窓の外は暗く、お出かけと言うには少々遅い時間になっている。
大方、ラリカに贈るリボンの種類に頭を悩ませているのだろう。
難しい顔で、冷や汗を浮かべながら店先で悩み続けているリクリスが目に浮かぶようだ。
いや、ひょっとしたら図書館の方に顔を出しているのかもしれないな。
「リクリスは、今日はお買い物でしたか?」
「そうだ」
「――少し、心配ですね」
ラリカが、先日路地裏で倒れていた少女を思い出したのか、少し不安げな表情で窓を見つめている。
確かに、いくら贈り物を探していると言っても、少し時刻も遅くなってしまっている。
流石にそろそろお店も店じまいだ。
迎えに行っても買い物途中のリクリスとかち合うことは無いだろう。
ここからお店の並ぶ通りまでは大通りが一本通じている。
帰ってくるとすれば、その道を通ってくるはずだから、迎えに行ってしまってもすれ違いになる可能性は少ないだろう。
「迎えに行くか」
「――そうですね」
頷き合うと、ラリカは外套を羽織り杖を持つ。
「ついでに、受け取っておきたい荷物もありますから、ソトスさんのところにも寄っていきましょう」
「――受け取っておきたいもの?」
「――リクリスへのプレゼントです」
そういって、ウチの主人は、今朝方部屋を出て行った少女のような、いたずらな笑みを浮かべた。
***
「――おかしいですね。リクリスが居ません」
「――ああ」
お店の建ち並ぶ通りに近づくにつれ、私とラリカの間になんとも言えない緊迫感が漂っていった。
そう。何人もの人々が、帰りを急ぐように大通りを歩いて行くのだが、肝心のリクリスが見つからないのだ。
――ひょっとすると、別ルートで帰ったのかもしれない。
そうは思うのだが、ちりちりと首の後ろを焼くような、嫌な予感が止まらない。
内心の焦りが発露するように、知らず、ラリカも早足になっていった。
街灯が、石畳を照らし出し、路地の各所に陰を落としている。
――まるで、それらが、黒い髪をした少女を深い闇へと引きずり込もうとしているように思えた。
「――頼むから、無事であってくれ」
誰ともしれない神様に祈るように、小さく私はつぶやいた。
商店が並ぶ区画にたどり着くが、そこには買い物している人々の姿はほとんど無かった。
本日の営業を終えて店じまいを終えたお店ばかりが並んでいる。
いくつか明かりの灯っているお店も、酒場のような食事処ばかりで、リクリスが入りそうなお店は見当たらなかった。
――リクリス。一体どこに居るというのだ。
「戻りますよ――ッ!」
「ああ――ッ!」
ついに焦りを隠せなくなったラリカが、叫ぶような声を上げると、踵を返して、もと来た道を戻り始めた。
リクリスを探してゆっくり進んできた行きとは違い、ミギュルス討伐の時のような全力疾走だ。
走り始めると同時に、肩の上にいた私は首根っこをラリカに掴まれ、ラリカの胸元へと抱え込まれている。
私を抱え込む腕は、不安を押さえ込むように、ぎゅっと強張っていた。
***
「――止まれッ!」
教会と商店街の半分近くまで来たとき、誰かに呼ばれたような気がした。
『虫の知らせ』という奴だったのかもしれない。
なにかに導かれるように、私の視線が一つの路地に釘付けになった。
夜目の利く瞳にも、何かが見えている訳ではない。
だが、何かがそこにある。そんな気がしたのだ。
「……ラリカ。急いでいるところすまない。少し、そこの路地に入りたい。離してもらえるか?」
「……分かりました。ですが、私も一緒に行きます」
私の言葉に急制動を掛けて立ち止まったラリカは、私を力強く抱え込んで離さない。
――きっと私と同じ嫌な想像をしたのだろう。
その顔は不安と焦りを貼り付け、真っ青で血の気がなかった。
――こんな予感、当たっていて欲しくない。
――いや、当たっていて良いはずが無い。
そう思いながら、一歩ずつ路地に向かって近づいていく。
ラリカが、足を止め、震える手で私を下ろすと、肩に掛けている杖を両手でぎゅっと握り締めた。
――ふぅ……と、ラリカと私、どちらともしれず散乱する意識を整えるように大きく息を吐き出した。
ドクドクと心臓が、耳元で鼓膜を破るように大きな音を立て、首の後ろの血管が音に合わせてずきずきと痛む気がした。
一歩
また、一歩
私達は、不安を抑えこむように、先ほどまでとは打って変わった、ゆっくりとした足取りで、路地に向かって腰を落として近づいていく。
――雲に隠れていた月がちょうど顔を出したらしい。
月明かりが、路地裏を大通りから奥に向かって照らし出していく。
――ナニカがあった。
その何かは、地面に長い尾のような黒いものを広げて――
いいや。ちがう。
アレは、尾ではなく髪――
「――リクリスッ!!」
――ラリカの悲痛な声が、王都の闇に響き渡った。







