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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第三章「ラリカ=ヴェニシエスは立ち上がる(下)」
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第十話「王都観光①」



 ――ラリカさん、良かったら……少し観光しませんか?



 そんなリクリスの言葉から、歓迎会までの間、ちょっとした王都観光と洒落しゃれ込むことになった。


 手早く支度を整えた娘が二人、弾む足取りで石畳の道を進んでいく。


 思えば、王都に来てからは随分とバタバタとしていて、なかなか観光といった風情ふぜいではなかった。

 息抜きがてら、のんびりとあちこち冷やかして回るというのも、良いものだ。

 自然、足取りも軽くなる。


 先ほどから、やはり一定の割合でラリカに向かって礼を取る者たちもいるが、ラリカ達にも、王都の住人達にも多少なりとも慣れが見受けられる。

 ひょっとすると、先日の宴でのラリカの様子が伝わっているのかもしれない。

 曰く、『庶民的で親しみやすい』とか。


***


 今は、露店が立ち並んでいる広場にやってきている。


 色とりどりの布製のテントが張られた一画は、見た目にも華やかで、今まで立ち寄ってきた店とはまた違ったおもむきだ。


 各露天商達の前では、難しい顔をした男性が顎に手を当てながら思案にふけり、日用品の類いを買いに来たらしきご婦人方は井戸端会議に花を咲かせている。

 恋人か、はたまた家族への贈り物にでもしようというのか、若い男が彩り豊かな花を前にして、何事か熱心に店主に相談している。

 明るい笑顔の子供達が走り回り、何事かを叫びながら走り抜けていった。


 そんな雑踏の中、リクリスは不意に何かに目を引かれたようにある露店の前で足を止めた。

 その露店は、屋根を設けておらず、木箱に座った若い商人が、布の上に細かな装飾品や、宝石の原石らしい茶色い小石が詰められた袋、日用品などを並べていた。


 なぜか、店主は思い詰めたようすでぼうっと遠くを見つめている。

 売れ行きがあまりかんばしく無いのだろうか?


「どうしました? なにか、気になる物でもありましたか?」


「え、あ、何でも無いんです。ごめんなさい」


 ラリカが、リクリスに笑いかけると、リクリスは慌てた様子で両手を振った。

 否定をしながらも、時々気になるようにちらりと動くリクリスの視線を追ってみると、どうやら布の上に、一段高くなるように置かれた指輪が気になるらしい。


 ツタの文様が彫り込まれた金色の指輪は、いかにも高級そうな一品で、店先の商品の中で一際異彩を放っている。


「――この指輪が気になるのですか?」


 指輪を見て、なにか記憶を刺激されるのを感じていると、リクリスの横に並んだラリカが、露店の前にかがみ込みながら、リクリスの視線を追って指輪を指さした。


「――あ」


 指輪を気にしていたことがばれたのが恥ずかしいのか、リクリスは慌てて誤魔化そうとぱたぱたしている。


「いやーお嬢さん方お目が高いッ! それは、今話題の名工、アドルミアのツェツェリ作の名品ですよ! ツェツェリの作には珍しく、ユルキファナミア教会の象徴があしらわれた珍品。しかもその上、素材にはコミュサの一番品を用いた一品だよ!」


「――コミュサの一番品?」


 ぼうっとしていた店主は、ようやくリクリスの視線に気がついたようで、リクリスと、その隣でかがみ込んでいるラリカを見るなり、再起動を果たし早速営業トークを仕掛けてきた。

 ラリカの身なりから、それなりにお金を持っている家の者とでも見て取ったのだろう。


 だが、その言葉になにか気になる点があったのだろうか?

 ラリカが、眉をひそめ、不審げな声を出した。


「あ、コミュサの一番品が分からない? 実はコミュサは純度で一番品、二番品ってな具合にランク分けがされてましてね。一般に出回るのは精々三番品まで。ところがどっこいこいつは紛うことなき一番品。普通なら王侯貴族でもなくちゃお目にかかることもない品物だよ」


「――ああ、いえ、コミュサの一番品は分かるのですが・・・・・・その、これはお幾らですか?」


 『そうなんだー』と、手が届きそうにない触れ込みに残念そうにつぶやくリクリスを他所に、ラリカが価格を聞き出していた。


 なんだ? よほどこの指輪を気に入ったのだろうか?


 『なんだい物の分かる姉ちゃんじゃねえか』という風な笑みを浮かべながら、店主が自信満々に答えた。


「本来なら『百万カルロっ!』って言いたいところだけど、今回はちょっと事情があって、二十万カルロにしてあげるよ」


「……そ、そうですか。ち、因みにですが、そちらの小石の詰まった袋の値段はいかほどです?」


「……ああ、この石かい? そうだね。これなら、こっちの小さい袋で三千カルロでいいよ」


「――ああ……」


 なにか、頭が痛くなる事実を聞かされたように、ラリカがこめかみをぐりぐりともみながら、目をつぶり嘆息した。


「――どうされたんですか?」


「いえ、リクリス――残念ですが、この指輪だけを購入するのはお勧めしません」


「あーやっぱり……まあ、二十万カルロは大金だしね」


 ラリカが、リクリスに対して購入を止めるように言うのを聞いて、店主も内心、子供がそれほどの大金を持っているとは思っていなかったのだろう。

 苦笑を浮かべながら、納得の声を上げた。


「……どうやら、本気で言っているようですね」


「どういう意味だい?」


 先ほどまでの営業トークとは打って変わり、子供へ話しかけるように優しく問いかける店主に、ラリカは困ったようなしばらく無言になると、ひどく言い出しづらそうに言葉を続けた。


「その……多分……と言いますか、確実に偽物を掴まされています」


「――な、なんてことを言うんだい!? これは、本人の証明書だってある! 間違いのない本物だ!

変な難癖つけるのは止めてくれないか!?」


 ラリカの言葉に、店主は商品に難癖をつけられたと判断したらしい店主がむっとした口調で反駁した。


「その、私のような子供に言われて腹が立つのは分かるのですが……そもそも、これはコミュサですらありませんよ……」


「何を言い出すんだ!?」


「これは、俗にミアコミュサと言われている物なのですよ。ほら、ここの黒い部分の見てください。コミュサなら、本来コミュサの上から着色されるので、着色の下にコミュサの色が見えるのですが、これは逆に黒の上にのっているでしょう?」


「……確かに」


 ラリカの指摘に、まじまじと指輪を覗き込んだ店主は、しぶしぶながら同意する。


「それから――」


 ラリカは、腰の袋をごそごそとまさぐると、中から一つの指輪を取りだした。

 その指輪をみて、私は瞬間言葉を忘れた。


 ――雪華の指輪だ。


 すっかり忘れていた。この世界に来たときに私と一緒に送られてきた指輪だ。

 自分の死の直接の原因となった物を忘れるというのも、随分間抜けな話である。

 思えば確かに、ラリカがあの時拾い上げて持っていたのだった。


「コミュサの一番品というのは本来こういう色合いなのですよ。ほら、少し赤みがかった色をしているでしょう?」


「――なッ!?」


 ラリカの取り出した指輪を、震えながら店主は見つめている。

 どうやら、幼い少女が『コミュサの一番品』とやらを持っていたのが衝撃だったようだ。


「ちゃんと本物ですよ?」


「あなたは一体……そうだ、証明書、証明書があるんだッ!」


 店主は、最後の希望とでもいう風に、なにがしか書かれた用紙を取り出した。

 どうやら、証明書なる物らしい。

 つらつらと書面一面に細かな文字が並べられ、最後には大きく本人を証明するらしきサインと印鑑が押されている。


「――あっ」


 証明書を店主がこちらに見せつけた途端、今まで黙って様子をうかがっていたリクリスが声を発した。

 店主とラリカ、二人がリクリスの方に視線を向ける。

 突如注目されたリクリスは、びくっと肩をふるわせる。


「――どうしましたか?」


「あ、その……署名……昔、ツェツェリさんの署名を見たことがあるんですけど、その、ツェツェリさん、ここに横線を一本多く書くんです……」


「――なッ」


 どうやら、リクリスはリクリスなりにハイクミア教徒としての視点で、贋作であるということを証明したようだ。

 申し訳なさそうに告げられた言葉だけなら、いくらでも否定する事が出来るだろうが、先ほどのラリカの説明もあって、どうしようもなくその言葉には説得力があった。


「――という訳で、申し上げにくいですのですが――偽物ですね。おそらく、値付けするなら数千カルロ程度になるかと……」


 ちらりとリクリスの方を見て思いついたように言ったラリカの言葉がとどめとなったようで、店主はがくりと肩を落とし、顔を青ざめさせる。


「――ああ、ああああああ」


 店主は意味を成さない言葉を発して頭を抱え込んだ。


「そ、その……ひょっとしてかなりの値段で仕入れたのですか……?」


 仕手株に気がつかず全力投資した個人投資家のような悲哀を放つ店主に、若干引いた様子でラリカが気遣わしげに声を掛けた


「ああ……」


「その、もし良ければいくらか聞いても?」


「……八十万カルロ」


「――は?」


 苦々しげに店主が告げた金額に、ラリカが目を見開いて問い返した。


「八十万カルロ……実は、さっき言った金額も赤字なんだ」


「――はぁ?」


 ラリカは、山奥で地面から大量のナマコが生えているのを目撃したような視線を向けて固まった。



***



 その後、ラリカが青年から聞き出した話をまとめると、こうなる。


 どうやら、この青年は最近独立して商人になったものの、店を持つことが出来ずにあちこち流れながら、いつか自分の店を持つことを目標に、妹と二人、旅をしながら商人をしていたらしい。

 ヨルテ族すら使わず、町から町へと放浪していく貧乏旅だったが、兄妹仲良く乗り切ってきたとのことだ。


 そんな根無し草な青年だったが、懇意にしていた商人がいたらしい。

 その商人は、普段から良い品を少し安い値段で販売しており、他の町に運んで販売する事でそれなりの収益になっていたということだ。

 そんな商人がある日とある品の取引を持ち出してきた。


 ――なかなか手に入らない一品が手に入りましたよ?

 ――もちろん、値段ははりますが、今回は一発逆転、かなりの儲けになりますよ。


 そんな甘言を弄しながら取り出したのがこの指輪だったらしい。

 無論、はじめは指輪一つで八十万カルロという金額。

 仕事を始めたばかりの流れの商人が扱うには、あまりに高額な商品に尻込みしたらしい。


 だが、長く世話になった『誠実な』商人の言葉に、だんだんと気が大きくなった青年は、ついに有り金をはたいて指輪を買ってしまったらしい。


 『絶対に売れる』訳もなくそう信じ込んだ青年は、指輪を片手に意気揚々となんどか取引をしたのことのある宝飾品を専門に扱う商人に取り次ぎを頼みに行った。

 だが、指輪を見せたところ、なぜか(、、、)その店では買い取ってもらえなかった。


 ――なるほど確かに高額な商品だ。それなりの筋へのルートがないと売ることも難しいだろう。


 そう思った商人は、より大きな店になんとか扱ってもらえないか聞いて回った。

 だが、ろくな実績も持たない若い商人ではそれらの店では門前払いにされるばかりだったらしい。


 そうして、『高額であるにも関わらず』売ることが出来ない不良在庫を抱えた訳らしい。

 ただ、貯金はすべて指輪にかわったものの、それ以外の商品在庫の売り買いでなんとかその日の生活を贈る事が出来ていたらしい。


 しかし、その生活は一週間前破綻を迎えた。


 ――妹が病にかかったのだ。


 すぐに近くの医師に助けをうたのだが、妹を診察した医師はさじを投げてしまったらしい。


 ――これは、魔法による治療しか方法がありません。

 ――それも、かなり優秀な治癒専門の魔法使いでなくては。


 医師の紹介で、なんとか治癒が出来る魔法使いは見つかった。

 だが、青年の持つありとあらゆる物品を売り払ったとしても、そんな貴族が受けるような治療が出来る魔法使いを雇うだけのお金には、あと二十万カルロほど足りなかった。


 高熱を出し、ぐったりと寝込む妹を前に、青年は決心をする。

 ――事情を話して指輪を返品しよう。


 本来商道徳としてそんな事は認められるはずがない。

 今回は事情が事情だ。あの『誠実な』人なら分かってくれるはずだ。

 そう決意して、青年はいつもと同じ連絡手段で連絡を送った。


 しかし、不思議なことに、普段であれば連絡を送った翌日には現れた商人が、もう一週間も音沙汰無しらしい。


 このままでは妹が死んでしまう。

 焦った青年は、今日、ここで露店を開き、誰か指輪を買ってくれる人間が現れはしないかと神に祈っていたらしい。



***



「「「……」」」


 青年が語る話を聞き終えた私達は、なんと言葉を掛けて良いのか思いつかず、黙り込んでいた。


 ……詐欺だ。

 ……典型的な詐欺だ。


 はじめはちょっとした利益を出せる商品を売り、信用を得た後で、高額で安物をつかませる。


 もはや使い古されていて、なんともコメントがしづらいが、詐欺にかかった本人はこうも分からないものなのだなと、感心に近い感情を覚えた。


「――その」


 痛々しい沈黙を破るように、ラリカが口を開いた。

 左右に揺れている視線が、如実にょじつにラリカの心情を表している。


「……商人に向いていないのではないですか……?」


 その言葉はあまりにも直球なものではあったが、その場にいた全員の心を代弁していた。


「――くッ」


 青年は、食いしばった歯の間から苦しそうな息を漏らしている。

 その表情は、自分の愚かさを嘆く物だった。

 自分が馬鹿で騙されたから、明日にでも妹が死んでしまうかもしれない。

 そんな心情が垣間見えるようだった。


「――仕方が無いですね」


 ひとしきり、青年が後悔の念に押しつぶされそうになっているところを見ていたラリカは、ふうとため息をつくと、首を振った。


「その指輪、リクリスが気に入ったようですし、二十万カルロで買ってあげましょう」


「――なんだって?」


 ラリカの言葉が信じられないように、顔を上げた青年はラリカの顔を見つめた。

 

 ――同情か?


 正直、私はラリカの言葉を聞いて、内心眉をひそめた。

 同情や哀れみから手を貸し、自分が損を被るというのは、あまりよろしくない。

 確かに、目の前の人は救えるかもしれないが、そんな人間世の中には大勢いる。

 自分の不始末を自分で尻ぬぐい出来なかったといって、いちいち手をさしのべていてはきりが無い。

 その先に待ち受けるのは破滅だけではないか。

 せめて、なにか代わりになる対価を得なくては。


「ただし、条件があります」


 そんな風なことを考えていると、私の心中を見透かしたように、ラリカが言葉を続けた。

 どうやら、一応条件は用意しているらしい。

 一体、どんな条件を課すつもりなのだろうか?

 うちの主人は外道な人種ではないから無体な要求はしないだろうが、二十万近い損をするのだから、要求は厳しい物にならざる終えないだろう。


「そちらの石も、一袋、さっきの金額で売ってください」


 青年と共に、息をのみながら身構えていると、告げられた条件は意外な物だった。


「これかい? 旅の途中で拾った石で、宝飾品の加工業者には、石が柔らかすぎてつかえないって言われたゴミだよ?」


「ええ。かまいません。それを一袋です。一番小さな袋で良いですから」


「ああ……一つと言わず全部でも良いが……」


「一袋だけ! です」


 青年の言葉を遮るように、ラリカは強く告げると、そのまま青年の手に問答無用で対価を握りこませた。

 青年は、目を白黒させながらも、ラリカから受け取った貨幣を数えている。


「二十万三千カルロ……確かに」


 また、なにか騙されているのではないか……?

 そんな表情を浮かべた青年は、何度も何度も金額を数え直している。


「――まったく、そんな何度も確認しなくても、本当に二十万三千カルロ渡していますよ。失礼ですねッ!」


「ああ、いや……信じられなくて」


 商品を受け取りながら、ラリカが少し頬を膨らませている。


「――確かに受け取りましたよ。では、妹さんが無事回復する事を祈ります」


 ラリカは商品を受け取ると、そのまますっと立ち上がり後ろを向いた。

 肩の上に乗っている私の視界も、百八十度回転する。


 ――なぜだろうか? 振り返った瞬間、確かにラリカの口元がにんまりと嫌らしくつり上がった気がする。


「あ、待ってくださいラリカさん!」


「――ラリカ?」


 リクリスがラリカに向かって呼びかけるのを聞いて、何かに気がついたように青年がその名前を口にした。


「――それから、さっきは『商人に向いていない』と言いましたが、商人に取って大切な『運』は持っているようですね。その石を持って、ソトスという人物が経営する大店を訪ねると良いでしょう」


 一方的に告げたラリカは、そのままリクリスを伴うと、つかつかと露店から離れ歩き出した。




 ――今にも袋に頬ずりしそうな、満面の笑みを浮かべて。


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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

いつも応援・ご評価ありがとうございます。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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