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ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。  作者: 弓弦
第三章「ラリカ=ヴェニシエスは立ち上がる(下)」
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第八話「神炎実演」


「あ、そーだ。ラリカ=ヴェニシエス、ちょーとご相談といいますか、お誘いごとがありまして……」


 真剣な表情で同じ悩みを持っている者同士、ラリカと視線を交わしていると、フィックが企みごとを秘めた様子で申し出てきた。

 なにやら、頼み事でもあるようだ。


 貴重な話を聞かせてくれた分、ちょっとした頼み程度なら聞いても良いかもしれないが……

 ――またやっかいな話ではないだろうな?


「なんでしょう?」


 ラリカも、表情に警戒を滲ませながらフィックに続きを促した。


「実は、明日の夜、ちょーっとみんなで飲み会をするんですけどー、ヴェニシエスもどーかなーって思いまして。最近このあたりにできたお店でーとーってもおすすめのお店らしいんです。きっとみんなヴェニシエスが来るって言ったら喜ぶと思うんですよー」


 どうやら、先日図書館内を案内してもらった際に話していた飲み会の件らしい。

 シェントから大目玉を食らって涙目になっていた姿を思い出して、随分と情けない気持ちになった。

 同じことを思い出したのか、ラリカに苦笑を浮かべている。


「なるほど。確か『愚痴会』と言いましたか? 私が参加しても良いのですか? 皆さん、色々と人に聞かれたくないお話もするのではありませんか?」


「いやーたはは、さーすが、ヴェニシエス。よーく覚えてらっしゃることで……シェントさんも今回は参加するってことですしーぜーったい、ぜーったい、ヴェニシエスが参加してくださった方が盛り上がるんですよー。あ、でもでも、絶対に無礼講になっちゃうので、ヴェニシエスに失礼なことがあるかもしれないですねー」


「ふふ、『失礼なこと』ですか……」


 普段、割とうやまいを感じさせないフィックが『失礼』などと言葉を使ったのが、おかしかったのか、ラリカが柔らかくほほえむ。

 どうやら、うちの主人は割と乗り気らしい。

 この前の宴で近づいた距離をこの際一気に詰めてしまおうという心づもりなのだろうか?

 とても嬉しそうだ。


「私は全く気にしませんよ。むしろ、皆さんともっと距離を縮めたいと思っていたところです。こっちからお願いしたいくらいですね」


「さっすがー話が分かる! あ、リクリスちゃんは参加で良かったんだよね?」


「はいっ! この間お聞きした話ですよね?」


 唐突に話を振られたリクリスも、元気よく返事をした。

 先ほどから、ラリカとフィックの話を随分そわそわしながら聞いていたと思ったが、事前に話を聞いていて、参加したかったのかもしれない。


「そそ。実は、今回の飲み会は、リクリスちゃんの歓迎会も兼ねて開催しようってお話になってるんですよ」


「――なんと。それでは、ますます参加しない訳には行きませんねッ!」


「――ッ! はい! よろしくお願いしますっ! ラリカさんが、『参加しない』って言ったら、私一人だけで寂しいなって思ってたんです。ありがとうございます」


「おやー、リクリスちゃんは、私たちだけだと不満だと申しますかぁっ?」


 フィックが、リクリスをからかいながら両手を広げて飛びかかり、両手でぷにぷにとしたリクリスの顔を、頭をこねくり回し始めた。


「あ、や、その、そういう意味じゃ無くって……」


 リクリスはフィックに撫で回されながら、縮こまってなされるがままになっている。

 まあ、距離感の近いフィックに戸惑っている様子ではあるが、決して不快だったり嫌がってはいないようだ。


「もー、分かってるってばー冗談だよ。リクリスちゃん」


 今度は頬ずりしながら、フィックが明るい笑い声を上げている。


 神炎についても、リクリスからフィックに相談してはどうかと言い出したことと良い、随分ここ数日で二人とも打ち解けたようだ。

 初日、リクリスを雇うことを渋っているように見えたフィックも、リクリスを問題なく受け入れている――どころか、随分とかわいがっているようで、大変喜ばしい。


「――リクリスも仕事が上手くいっているようで良かったです」


 ラリカも、二人の戯れる姿に緩んだ表情を浮かべながら、安堵の声を漏らした。

 リクリスとフィックが声に釣られて顔をラリカに向ける。


「フィック=リスが、はじめはリクリスを雇うのを躊躇っているようでしたから、心配していたのですよ?」


「いやー……あれは、やむにやまれぬ事情という奴がございまして……」


 バツが悪そうに、フィックが言い訳めいたことを口にしながら、リクリスに抱きついていた両手をぱっと解くと頭をかいた。

 若干、服装が乱れているリクリスが、ほんの少しだけ名残惜しそうな顔を浮かべると、髪の毛と服装を正した。


「ああ、でも、リクリスちゃんはほんとーによく頑張ってくれてますよー? いやー良い子を紹介してくれました。本当、リクリスちゃんってば優秀で、まだ仕事を数日しかお願いしてないのに、長年貯まってた写本のお仕事、十分の一が終わっちゃいましたよーシェントさんが、止めてた予約本の受け取りを考えてるみたいですよー?」


「――十分の一ッ!?」


 感心した様子のフィックの言葉にラリカが驚愕した。

 私も話してはいけないことを忘れて危うく声を出すところだ。

 なにせ、先日シェントが写本していた部屋に積み上げられていた、写本をしなくてはいけないという本の山は、まさしく『山』というのがふさわしいほどの量があったはずだ。


「い、一杯写さないとって思って必死で……あの、ひょっとして、いけないことしちゃいましたか?」


「まっさかー! リクリスちゃん、本当助かってるよー! ほんとー、人間業とは思えない速度だよねー! シュバババババーって音が聞こえそうだよ」


「ありがとうございますっ!」


 謙遜(けんそん)する訳ではなく、本当にたいしたことではないといった風情でリクリスが喜びの声を上げているが……・

 いや、本当にあの量を数日でそれだけ書き写したとしたら、確かにそれは人間業では無いだろう。

 人は見かけによらないというか、能力が自信と比例していないというか……うちの主人も相当だが、この子も相当規格外な少女だ。


「リクリスちゃん! お給料は期待して良いよー? ちゃーんと冊数とかを踏まえてそれなりの金額は渡すからねー」


「わわ……お給料……ノルンとか買えるのかな?」


 フィックの『お給料を期待して』という発言に、リクリスが慌てふためきながら、こっそりとほんのちょっぴり希望を口にしているのをミルマルの良い耳が捕らえた。


 ――リクリス。おそらくだが、君が想像している給料より高い給金が支払われるのだと思うぞ?


 決してこちらの物価に通じている訳ではないが、なんとなく、リクリスとフィックの考えている金額には大きな差がある気がする。

 不憫というか、なんというか、全く、つくづく、涙を誘う少女である。


 その後、しばらくラリカがフィックからリクリスの普段の様子を聞き取っている間、三者面談中の生徒のように縮こまるリクリスを眺めていた。


 ――うむ。こういうのもなかなかに良いものだ。

 私は、授業参観中にやってきた父親の気分という奴を体験させてもらったようだ。




***




「『神炎』しか、神様は魔法を使っていない……ですか。くろみゃーが以前言っていたとおりでしたが、結局なぜ他の術式が使えないのかまでは分かりませんでしたね」


「ああ……そうだな」


 部屋に戻った後、ラリカは考え込むように右手の甲を額に当てながら天井を見つめてベッドに倒れ込んだ。

 だらんと足を垂らしているため、少しだらしない。

 リクリスは心配そうな顔をしながらも、会話に入って来づらいようで、部屋の入り口近くで様子をうかがっている。


 そんなリクリスをちらっと視線を動かして確認したラリカは、リクリスに向かって手招きした。


「リクリス、そんなところで立ってないで、あなたもこっちに来ると良いですよ」


 ぽんぽんとベッドを軽く手先で叩き、隣に来るように促した。

 おずおずとした様子で、リクリスはラリカの横にちょこんと座るようにベッドの縁に腰掛けた。

 私も、皆に視線を合わせるように、ベッドサイドに置かれた椅子の上へと飛び乗ることにする。


「ラリカさん、『神炎』……神様の魔法が本当に使えるんですね」


「ええ、『それしか』使えません。もし、他にも神様の魔法があれば共通点も見つけられるかもしれませんが……」


 それっきり、神炎の由来や神という存在について考えているのか、ラリカが黙りこんでしまったため、部屋に重苦しい沈黙が降りた。


「――そ、その神炎の魔法はどうやって見つけたんですか?」


 やがてそわそわとし始めたリクリスが、沈黙に耐えかねた様子であうあうと口を開いた。

 ラリカは、つっと視線を私の方に向けると細い指を私に向けた。


「あそこにいる真っ黒でみゃーと鳴く獣が知っていました」


「随分な言い草だなぁッ!?」


 ラリカの言いように、少々憤慨しながら抗議の声を上げる。

 リクリスは、首をかしげながら『くろみゃーさん……?』などとつぶやいている。

 ラリカは、私の言葉に一度髪をかき上げると、上半身をベッドから起こしてリクリスの横へと座り直すと、私に向かって顔を近づけてきた。


「だって、そうではありませんかっ!? 大体なんでお前はそんなに色々魔法についての知識を――いえ、術式に対する知識を持っているのですか!?」


「私も分からないといっているだろう!?」


「もうそれなりに時間がたっているのに、どうして全然記憶が戻らないのですか!?」


「私に聞かれても、わからん!」


 ――そういえば、ラリカの中では私は記憶喪失ということになっているのだった。

 危うく普通に生活を送っているとはじめの設定を忘れそうになってしまう。

 いかんいかんと思う一方で、日本のことを思い返して、どこか懐かしい気分になった。


 だが、術式に関する知識の正体を聞かれても、雪華からいつのまにやら渡されたものだから、詳細を問いただされても答えようが無いのも事実なのだ。


「まったく……本当にお前は何者なのです……」


 ラリカがちょっと困った顔で私の頭をつんつんと突いてくる。

 決して責めている訳ではなさそうだが、今更ながらに私のことをどう扱う物か悩んでいるらしい。


「『聡いミルマル』『人語を解するミルマル』というだけなら、大したことは無かったのですが、失われた術式に関する知識まで持っているとなると、本当にお前が何者なのかを調べないといけないかもしれませんね……」


 『もちろん私の体質についてもです』とラリカは続けた。


「神炎……」


 リクリスが、私をじっと見つめながらつぶやいた。


「あ、あのっ! ラリカさんっ! もし良かったら、神炎の魔法、見てみたいです!」


 リクリスが、好奇心を抑えきれなかったように、申し訳なさそうに、でも目を輝かせながらそんなことを言い出した。


「見てみたい……ですか?」


「あ、その、別に、あ、それに、大変ですよね。ごめんなさいっ!」


「謝らなくても良いですよ……そうですね。リクリスには見せておきましょうか」


 ぺこぺこと甘いウェーブのかかった髪を揺らして頭を下げるリクリスにラリカは苦笑すると、そっとリクリスの頭を撫でた。


「……大丈夫なのか?」


 私の頭に浮かんだのは、ミギュルスとの戦いの後泥の中へと倒れ込んだラリカの姿だ。

 いくら魔法を使って倒れるのがよくあることとはいえ、そうしょっちゅう倒れていて体に良いことはないだろう。


 それに、どこであんな兵器じみた派手な魔法を使うというのか。下手をしなくても皆飛んでくるぞ。


「まあ、街の外で威力を押さえて使えば大丈夫でしょう。流し込む魔力もごく少量にするようにしますよ――あまり魔法を使わずにいて、前みたいな状況になるのも困りますから」


 ――ッ!

 また、魔力が貯まってしまって死ぬかもしれないという状況になることを言っているのだろう。


 とっさに瞳の力を起動してラリカを見つめる。


 そう、今この瞬間にもラリカの周りにはきらきらと輝く金色の粒子が集い集まってきている。

 ラリカの体を透かすように見つめると、確かにミギュルスとの戦いであれほど使用した魔力が、ほぼ回復してしまっている。


「確かにな。だが、決して無理はするなよ」


「ええ」


 意味深なやりとりをする私達を、リクリスが小首をかしげて見つめていた。



***



 王都から出て一時間ほど歩くと、人が居ない、大型の岩が転がる土地がある。


「……それでは、実践してみましょうか……」


「お疲れ様です……」


 リクリスが、ラリカをおもんばかって心配そうな顔でのぞき込んでいる。

 ラリカがすでに疲れた顔をしているのは、どこか良い場所がないかと兵士に聞いたとき、まさしく初日の焼き直しのように大げさな歓待を受けたためだ。


「――さて」


 気を取り直したように、ラリカは杖を立てると、両手でぎゅっと握りしめた。

 私は、瞳の力を起動すると、ラリカのことをじっと見つめた。


 リクリスも、はじめてラリカが魔法を使うところを見るためか、それとも神が使った魔法という物に緊張しているのか、固唾をのんで見守っている。

 体の前で組まれた両手がラリカの魔法を見逃してなるものかと決意しているように感じられた。


「――行きますよっ!」


 鋭い声が上がると周囲に漂う魔力が、ざわりと騒ぎ声を上げた気がした。


 静かにラリカが瞳を閉じるに合わせて、周囲の魔力が少しずつ少しずつ速度を上げてラリカの元へと集まり始める。


 かつてミギュルスと戦うときに見たように、世界のすべてがラリカへと屈服して頭を垂れるように集まり始めた。

 金色の波が、ラリカを中心として私達の元へと押し寄せ始める。

 ミギュルスと戦ったときには、意識していなかったが、圧倒的存在への(おそ)れとでも呼ぶべき恐怖に似た感情を覚え、全身の毛が総毛立ちぶわっと膨らんだ。


 魔力を見ることができないリクリスも同様なのだろう。

 寒気を覚えたように、両手で自分の両腕を抱きしめるように撫でさすりながら、空中へと描き出された魔方陣を見逃す物かと見つめている。


「――神、炎ッツ!」


 ラリカが杖を振り下ろすと、確かに以前見たときよりは規模の小さい炎の渦が、遠くに転がっていた直径五メートルほどの大岩を包み込んだ。


 神炎がふれた岩は、その端から形を失い消失していく。

 大岩がすべて消え去ったとき、ラリカは静かに腕から力を抜き、だらりと杖を下ろした。


「――ハァ、はぁ……」


 ラリカの荒い息づかいが聞こえた。

 はっとしてラリカを見つめてみると、左手で心臓のあたりを強く押さえている。

 握りしめられ、ぎゅっとシワの寄った服が、より痛々しさを感じさせた。


「大丈夫かッ!?」 


 慌ててラリカに向かって駆け寄っていく。

 地面に立てかけた杖に、右手ですがりつきながらラリカが冷や汗をかいている。


「だ、大丈夫です……」


「ラリカさんっ! 大丈夫ですかっ!?」


 私に遅れて、リクリスも後を追ってラリカに駆け寄ってきた。


「やはり、威力を押さえても堪えますね……」


 リクリスがどこからか取り出した布でラリカの汗をぬぐいはじめると、ラリカは申し訳なさそうに笑った。


「魔力の過剰使用……ですか?」


 遠く、溶けることさえ許されずに消え去った大岩のあった場所を見つめ、リクリスが問いかけた。


「ええ……実は、前に使ったときも倒れてしまったのですよ。情けない話です」


「あれだけ複雑で大規模な魔法を使ったんだから当然ですよ!」


「まあ、私はこれしか使えません……から」


 憤慨したように口をとがらせたリクリスに、自嘲気味にラリカは笑った。

 どうやら、少しずつ呼吸も落ち着いてきたようだ。

 だが、顔色がまだあまりよろしくない。

 このまますぐに王都までの道のりを歩かせるのはこくという物だろう。


「少し休んでから戻るとしようではないか」


 ひとまずラリカを休ませてから帰ることにした。


 まだ日は高いとはいえ、そろそろその高度を落とし始めたところだ。

 日が暮れるまでには、街に戻ることにしよう。

 その間も、ラリカはどこか悔しそうに、時々自らの唇を噛みしめているのだった。



 ――そして、その夜、教会にもどったラリカはすぐに溶けるように眠りについた。









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◆◇◆ ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。 ◆◇◆

「ラリカ=ヴェニシエスは猫?とゆく。」
◆◇◆                   ◆◇◆

いつも応援・ご評価ありがとうございます。
これからも、お付き合い頂ければ幸いです。

*******↓ 『もうひとつ』の物語 ↓******

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